財務部で働き出しました
6 財務部で働き出しました
15歳の文官試験で私もカーターも無事合格して、カーターが言っていた通り第一希望の財務部に勤務できることになった。我が国の成人である16歳になる年に私とカーターは財務部で働き出した。
働き出して早々に、各領地から上がってくる収入の中から貯蓄に回す分と、使用する分を決め、使用する分は何に使うのか予算決めをするという予算作成シーズンに入った。
各部署から予算の要求があり、まずは財務部で各部署の書類の正当性の評価をし、各部署間で予算を調整、国の審議機関である高等議会へ上げるための資料の作成を行う。高等議会には国王様や三公爵家等、国の重鎮にあたる貴族の方々が参加して意見を交わし合い、そこでまとまった案を最終的に国王様が承認して年間予算が決まる。
新米の私は先輩にくっついて、各部署をまわっている。
カーターも新米のはずなのだけれど、集まってきた各領地の収支書類の精査の方を担当している。新米がやる仕事ではないと思うのだけれど、彼が飛び抜けて優秀なことは周知の事実だったらしい。
お父様の元で領地経営の経験を積んで来たから、領地から上がってくる収支書類を見てその正当性が判断できる、という強みもあった。
凄いなあ、とは思うけれど、私は凡人だと自覚しているので、自分のペースでやっていこうと思う。
終業の時間になっても私の仕事は終わらない。
先輩方が一緒にやろうか、と言ってくれるが与えられた仕事を1人でできるようになりたいのでお断りして1人残って書類と向き合う。予算シーズンも佳境に入ると、皆居残りするようになるらしいが、早く帰れる時期は決められた終業時間を皆守っている。
「姉上、見せてください。」
突然カーターの声がかかる。
驚いて顔を上げるとムスッとした顔のカーターが机をはさんで対面に座り、こちらに手を差し出している。
「あれ、先に帰ったんじゃなかったの?」
「姉上が仕事を早く終わらせれるようにならないと周りに迷惑がかかるので。教えてあげますから書類を見せてください。」
嫌味を挟んでくるのは面倒だが、行き詰まっているから正直有難い申し出だ。
手元の書類を渡す。
カーターは書類を受け取ると素早く目を通す。
食料資材部から上がってきた今年の年間予算要望の書類だ。
美形だと書類を見るだけで様になるもんだなあ。とカーターを見ていた。
長い足を組んで、冷たい目で書類を捲る様子だけで絵になる。
「姉上はどこで詰まっているのですか。」
弟に見惚れていた私に突然声がかかりビクッとしてしまう。カーターの声の響きに苛つきが含まれているのがわかる。
「あまりにも金額が膨大すぎて、妥当性の判断ができないの。」
はあーっとため息を漏らすカーター。な、なによ。
「そんなの、この資料をいつまでも見つめていてもわかるわけないじゃないですか。何のために過去の資料があると思っているのですか。数年間の実績資料を見て、王城で使用される食料の量、金額を把握しないと妥当性がわかるはずもありません。」
「あ、なるほど。そうやって考えるのね。」
「基本です。姉上に付かれていた先輩はそんなことも教えてくれなかったのですか?」
「先輩は基本、見て学べっていう考えの方だから。私の察しが悪いのがダメなのね。」
「こればっかりは先輩の怠慢ですね。最低限の基本を教えないというのは看過しがたい。」
「意地悪で教えなかったという訳ではないのだし、私も頑張るから先輩を見逃してあげてくれないかしら?教え方はともかく、良い方なのよ。大事にしたくはないわ。」
新人とはいえ、私達は公爵家の子息令嬢。カーターが先輩を糾弾したら、先輩の立場が悪くなるどころか、下手したら退職に追い込まれかねない。教え下手というだけで、優しい先輩の立場を悪くしたくはない。
「わかりました。ただ、このままでは姉上は財務部ではやっていけません。間もなく更に忙しくなり、他の方の足を引っ張るのが目に見えています。」
仕事をやめろ、と言われるのを覚悟する。
「ですから、僕が教えて差し上げます。」
え?
「何鳩が豆鉄砲を食ったような顔をされているのですか。公爵家の一員が足を引っ張るような不様を見せないよう、僕が直々に教えて差し上げると言ったのです。毎日就業時間が終わったら残ってください。その日1日やったこと、持ち帰った仕事内容を報告してください。」
「でもそれじゃあカーターの仕事に支障が出るのでは、、、、」
「僕の業務は時間内に片付けますのでお気になさらず。」
正直とても助かる。先輩に迷惑をかけなくて済む。
「ごめんなさい、貴方には迷惑をかけてばかりね。」
「悪いと思うならまずは止まっている手を動かしてもらえますか?今日全ての資料を読み込むのは時間的に無理なので、過去資料を集めるだけで終わりましょう。過去資料の数字が頭に入っている先輩方ならともかく、新人に本日中にこの資料の精査まで求めているとは思えません。今日の作業について、どの範囲まで終わらすべきかは先輩に確認しましたか?」
「・・・してないわ。」
はあーやれやれと言った感じで首を振るカーター。
「明日からは、もっと先輩に自分で聞くようにしてください。その日にどこまで終わらせるべきかは最低限確認してください。あとはただ先輩に着いて回るだけでなく、訪問先で資料のどこら辺を確認しているのか、先方への質問の意図は何かといったところも見るように。先輩が細かく教えてくれないタイプの方なら自分でわからないことを聞いてください。」
本当に、入ったばかりとは思えないカーターの視野の広さに驚かされる。
数字の見方は先輩から事前に教えてもらっていたけれど、「仕事」として考えると全然足りていなかった。
「カーターが優秀だとは知っていたつもりだけれど。同期で入ったとは思えないわね。本当申し訳ないわ。」
「姉上に追いつかれるようでは僕もまだまだですから、千歩ぐらい先を行かせてもらいます。」
にっと笑うカーターのことを苦々しく思いつつも、とても追いつけるレベルではないことを自覚している私はブウ垂れるしかない。