お姉ちゃんらしくなりたくて
2 お姉ちゃんらしくなりたくて
義弟のカーターがうちの家族になって数週間が経った。
思い描いていた「頼れるお姉ちゃんと、甘えん坊の弟像」がこの数週間で音を立てて崩れていった。
カーターは下級貴族出身で、習っていないことも多いはずなのに、なんでも教えられればすいすいこなしていく。普通の勉強は言わずもがな。今までやっていなかった乗馬、剣術といった体を動かす分野もなんなくこなし、お父様の仕事の手伝いまでしている。
カーターに私から教えられそうなマナーやダンスの授業では、私は頼れるお姉ちゃんになるぞ!と張り切って挑んだ。
結果は悲惨だった。
マナーの授業では弟の目の前で講師にダメ出しをくらい、ダンスの授業はそもそも男性パートを踊れない私に教えることは何もなかった。盲点だった。
「姉上、落ち込まないでください。ダンスはパートナーがいると上達が早いと先生もおっしゃっていました。姉上が一緒に踊ってくれて助かります。」
マジ天使か。うちの弟。
なのにダメなお姉ちゃんでごめん、といじけてしまう。
不満はもう一つある。せっかく最初砕けた感じで話してくれていたカーターが、マナーの講師にしっかりとした敬語を身につけるため、家庭内でも敬語を使うよう指導され、敬語で話すようになってしまったことだ。
人前だけ敬語にすればいいじゃん、と反抗したけれど、しっかりとした敬語を身につけるまでは父にも私にも敬語で話す、とカーターから強く言われてしまった。
「カーターがお兄ちゃんだったらよかったのに。」
「何を言っているんですか、姉上?」
お父様は王城で働いているため、日中屋敷に姉弟2人でいることが多い。今日も昼食を食べながら、つい本音を洩らしてしまう。
「カーターは優秀でしょう?お兄ちゃんだったら、ダメな妹を優しく指導するって形が自然だったのに。」
「姉上、、、」
あら、カーターが変な顔をしているわ。私の理想の兄妹像が理解できなかったのね。
「駄目ねえ、私は。姉らしいことができていないわ。」
ほうっとため息を吐く。
そんなことないですよ!と言ってほしいと思って発言したけれど。
頼むから無言はやめて。
「姉上はそれでいいんじゃないですか?」
褒めるところが思いつかなかったのね。お姉ちゃん地味にショックなんだけど。
「あ、ほら。姉上がお食事を召し上がる仕草は綺麗ですし。マナー教育の賜物ですね!」
よし、思いついたぞ。みたいなとってつけたセリフが私の涙を誘う。
「あ、ありがとう。お姉ちゃん、その気持ちが嬉しいわ。」
泣かないからね。褒めるところを思いついてくれてありがとう弟よ。
なんとなく気まずい雰囲気になってしまった。
ここは姉として空気を変えねば。
「そういえば、来週、カーターが来てから初めての夜会ね。カーターのお披露目だから沢山話しかけられるわよ。」
養子にしたカーターを将来の公爵候補として、お披露目の夜会をうちの屋敷で行う予定だ。
カーターのマナーとダンスの習熟度合いではだいぶ先に行うはずだったのだが、優秀なカーターには、お披露目の夜会に絞っての教育を施せば問題ないと講師からお墨付きが出た。
とはいえ、公爵家の跡継ぎお披露目が名目の夜会なので参加者は王太子、第二王子、他ニ家の公爵家を初め、国の重鎮勢揃いだ。私がカーターの立場なら断固拒否させていただきたい。
国王様が参加しないのはせめてもの救いだ。
私もホスト側として色々と気配りすべきことがある。本来は女主人が気配るものだが、残念ながらうちはお母様が他界しているので、お父様が中心になり、執事や侍女、私とカーターといったチーム制でこの夜会を成功させなければならない。
私とカーターに与えられた1番重要な役割は挨拶だ。基本的にお父様にくっついて3人でゲストの方に挨拶をするのだが、お父様はゲストによっては大人同士で話し込む必要があって離れる可能性がある。私もそれほど誰が誰だか知っているわけではないが、少なくともカーターよりは知人が多い。カーターにぴったり寄り添って誰か教えたりしなければ。ふふふ、お姉ちゃんらしい役どころだわ。燃えてきた。
「姉上、またご自分の世界に入られていますね。戻ってきてください。」
天使な弟ににっこりと微笑まれる。
「うん!お姉ちゃん頑張るからね!」
「姉上?頼みますから、頭の中の妄想を解説してください。」
「妄想?大丈夫よ!夜会は絶対成功させて、カーターは公爵家の跡継ぎとして参加する重鎮達に認められるのよ!」
そもそも、こんな天使みたいな子、皆んなうっとりしてしまうわ!なんの心配もいらないわね。
「姉上が何を言っているのか、僕にはさっぱり理解ができませんが。成功すると良いですね。」
「問題ないわ!お姉ちゃんに任せなさい!」
そしてない胸を叩く。
あらカーター、益々不安そうな顔が得意になってきたわね。お姉ちゃん泣いちゃうよ?