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理想郷の魔法使い〜最強の才能をもつ少年は戦う理由を探す〜  作者: SEN
第五章 第一級魔術師昇格試験
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偶然とか運命とか

 明日のための肩慣らしで一次試験で落ちた奴らと模擬戦をした後、私は疲れた体を癒しに食堂にあるカフェスペースに来ていた。大人数用の食堂と違って、壁は木のタイルが敷き詰められていて落ち着いた雰囲気になっている。


 紅茶と甘さ控えめのクッキーを頼み、隣接しているバルコニーに出ると、上を見れば満点の星空、下を見れば魔晶灯に照らされる街が広がっていた。この町の観光案内で夜景が素晴らしいと書いてあったから見に来たけど、想像以上にいい景色だ。やはり写真で見るのとでは訳が違う。


 腕時計を見ると既に十時を過ぎており、思ったより長く模擬戦をしてしまっていたらしい。空いている席に座って注文の品が来るのを待っていたら、隣の席からこんなことが聞こえてきた。


「ザック君たち大丈夫かな……」

「私達が心配してもどうにもならないでしょ。あいつらを信じてドンと構えなさい」

「でも、メアリちゃんもさっきからそわそわしてて落ち着きないよ?」

「えっ、そうだったの」

「自覚なかったんだ。ふふっ、そんなにアルト君が心配なんだね」

「そう言うフロウだって、次の相手はザックが一回負けたカゲロウって奴らしいじゃない」

「それはまぁ、すごく心配だよ。でも、ザック君なら本番は絶対勝つよ!」


 会話の内容を聞くに、どうやら彼女達は私の次の対戦相手のウィザーズの関係者のようだ。口ぶりから察するに、アルトとザックの恋人だろうか。


「そこの二人、ちょっといいかな」

「どうかしましたか?」


 少し話してみるのも面白いかもと思って声をかけたら丁寧に返事をしてくれた。顔も和やかだし、二人とも育ちがいいのがよくわかる。


「さっきアルトとザックって聞こえたけど、もしかして君たちはその二人の恋人なのかな?」

「えっ、あっ、ち、違いますよ!」

「そ、そうですよ。応援に来たただの友達です!」


 あーなるほど。恋路の途中か。こんなあからさまな反応を見たら誰でもわかっちゃうよ。でも、ちょうど話し相手がいなくて退屈していたところだ。この子たちとは面白い話ができるかも知れない。


「というかいきなりそんなこと聞いて誰なんですかあなた!」

「あぁごめん。自己紹介が遅れたね。私はカトヤ・フェルスター。君たちの思い人の対戦相手さ」

「なっ、そんな人が私達に何の用ですか」

「言っておきますけど、ザック君たちの情報は渡しませんよ」


 予想通り警戒されまくってる。まぁ対戦相手がその関係者に話しかけてきたんだからそう思うのも当然か。あの三人はデータが少ないから正直欲しいけど、それだと面白い話はできそうにないからやめておこう。


「そんなつもりで話しかけたんじゃないよ。面白い話が聞けそうだから話しかけたんだよ」

「はぁ……でも面白い話なんてありませんよ?」

「あるじゃん。とびっきりのが」

「と言いますと?」

「やっぱり女の子が三人揃ったらやるでしょ。恋バナ」

「なっ!?」


 二人は赤面して分かりやすく反応した。青春真っ盛りって感じで可愛い子たちだなぁ。その隙をついて自然流れで二人が座ってる席に割り込み、両手で頬杖をついて興味津々な目で二人の方を見る。


「で、メアリちゃんがアルト君、フロウちゃんがザック君が好きなのかな?」

「み、見ず知らずの人に話すことじゃないわよ」

「つれないなぁ。仕方ない。じゃあ私の好きな人について話してあげるよ。その次に二人ね」

「ちょっと!勝手に話を」

「その子はねー」


 止めようとしてきたメアリちゃんを無視して私の話を進める。自分のペースに持ち込むには多少なりとも無理矢理な方がいい。この二人は真面目だからこれがよく効くみたいだ。私が話し始めたら聞く体勢になってくれた。


「背は私より二回りくらい低くて、夜空に浮かぶ星みたいに輝く銀色の髪が綺麗な可愛い子なんだ。それで普段はクールで目つきがネコみたいに鋭いんだけど、私と二人きりの時は優しい目で甘えてくるんだよ。それがすっごく可愛くて、ぎゅっと抱きしめてあげると笑顔で喜んでくれるんだ」

「……えっと」

「ん?どうかしたの?」

「後ろ」


 フロウちゃんに指摘されて振り向くと、そこには明らかに不機嫌そうな顔の私の恋人、ナディが立っていた。


「ナディ?こんな所で会うなんて偶然だね」

「……なにしてるの」

「この子たちと楽しく恋バナしてたんだよ。ナディも一緒に」

「やめて」


 彼女は地の底から響いてくるような低い声で私を威圧した。両手で胸ぐらをグッと掴まれて少し苦しい。だけどそれが私への独占欲だと考えると、大切なものを盗られたくないネコが精一杯威嚇してるみたいで堪らなく愛おしくなった。


「カトヤさん大丈夫ですか!?」

「気安くカトヤの名前を呼ばないで!」

「ヒッ……」


 ただならぬ雰囲気を感じ取って止めようとしたフロウちゃんをナディが凄まじい剣幕で威圧した。完全に返り討ちに遭った彼女は恐怖で青ざめて椅子から転げ落ちた。すぐにメアリちゃんが駆け寄り、彼女を助け起こした。


「ナディ。やりすぎだよ」


 少々おいたが過ぎるので、ナディの腕を掴んで二人から集中をそらす。


「ごめんね二人とも。ナディはちょっと独占欲が強くて嫉妬深いんだ」

「は、はぁ……」


 すっかり萎縮してしまった二人に謝り、ナディの方を向く。彼女は今にも泣き出しそうな顔で私を見下ろしていた。


「ナディ。あんまり人を威圧するものじゃないよ」

「だって、だってカトヤが知らない女の子と話してたから。浮気はダメ。私にはカトヤしかいないの、カトヤじゃないとダメなの」


 涙目でそう訴える彼女の姿ひどく不安定で弱々しい。普段のクールで何者も寄せ付けない雰囲気の彼女からは想像できない姿に胸の奥がゾワゾワと湧き立つ。


 ナディは私に依存している。彼女がこんなふうになってしまったのは優秀すぎて孤立していた過去のせいだろう。そんな彼女に私はひどく心惹かれ、策を尽くして私の手の中に堕としたのだ。……我ながら恐ろしいことをしたものだ。


「そんな顔しない。いつも言ってるでしょ?私はカトヤが一番大切で、誰よりも好きだって」

「……だったら証明して」


 欲しがりな彼女の要求に口角が上がる。彼女の肩を掴み、顔が見えやすいようちょうどいい距離をとる。


「わかった」


 その言葉と共に私は彼女に優しく唇を落とした。ほんのちょっと触れるようなキス。流石に衆目に晒された中で深いキスはできなかった。けれどそれで彼女は満足したらしく、弱々しく揺れていた瞳はいつものクールな目に戻っていた。


「……えっと」

「あっ、ごめんね。なんか見せつけるみたいになって」


 急に現れて恋人とキスをするという奇行を見せてしまった二人に軽く謝罪を入れる。


「私もごめんなさい。急に怒鳴ったりして……」

「大丈夫ですよ。ああなっちゃうくらいカトヤさんの事が好きって、素敵な事じゃないですか」


 メアリちゃんがナディの謝罪にそう返すと、隣のフロウちゃんも微笑んでコクリと頷いた。ドン引きされると思ったけど、まさかこんな好意的に対応されるとは。こんな子たちに好かれるなんてアルトとザックという奴は幸せ者だ。


「そうは言っても迷惑かけちゃったし、何かお詫びさせてよ。ここで何か奢ってもいいし、なんなら恋の相談も聞いちゃうよ?」

「なっ!それは余計なお世話です!」

「で、でも参考になるかも……」

「フロウ?!」


 まだ照れてチャンスを不意にしようとするメアリちゃんに対して、フロウちゃんは少し興味を持ち始めた。恋愛偏差値はフロウちゃんがちょっと上って感じかな。


「そうかそうか。遠慮なく質問してくれていいよ。ほらナディも、四人で楽しくお話ししよ?」

「……うん」


 少し不服そうだけど酷いことをしてしまった手前断れないらしい。ナディは小さく頷いて私の隣に座った。


 シリーをチームメイトに迎えて以来意識し始めたのだけど、私はナディにもっと沢山の人と関わって欲しい。それがナディの可能性を広げることになるし、私にもしものことがあった時も安心できる。


 まぁ、ナディは私のそんなお節介なんていらないのだろうけど。


「さて、二人はどんな事を聞きたいのかな?」


 余計な事を考えるのはさっぱりやめて、目の前の恋する乙女たちに向き合う。楽しい楽しいガールズトーク。明日は試験だけど少しくらい夜更かししてもいいかな。

ちょこっと設定解説

「カフェ ランシェリー」

今回登場した魔術師協会本部のカフェスペースの一つ。有名な夜景スポットであり、落ち着いた雰囲気と素朴だが芯の通った味のメニューが好評価。

人気メニューは「ムーンライトコーヒー」

苦味の中から仄かに甘味を感じる優しいコーヒー。日本円換算で一杯350円。

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