ふわふわした前哨戦
二次試験ROUND1終了後の夕方、試合を終えた私は夕食を食べようと食堂に向かっていたんだけど、いくら廊下を歩いてもたどり着くことができない。最初はちょっと道間違えちゃったかなってくらいだったけど、時間が経つにつれて似たような景色ばっかりで全く食堂にたどり着けなくて、だんだんと不安が大きくなってきた。
「も、もしかして迷っちゃった……?」
私はドジだって自覚あるけど、まさか4日も過ごしたところの道で迷うなんて。しかもよく利用する食堂。今日の試合でかなり良い結果を出せたから浮かれてたのかな。ど、どうしよう。この辺りは受験生と連絡係の職員以外は入れないから全然周りに人がいない。変なところに入り込んじゃったみたいだし、道を聞ける人がいない。先輩に食堂集合って言われたのに、遅れて心配かけたくないよぉ。
「おっ?お前どうかしたのか?」
「わっ!?ビックリした……」
急に後ろから話しかけられて驚いた。振り向くと私より二回りくらい小さな女の子が立っていた。でも、オドオドしている私とは対照的に腕を組んで堂々としている。ここにいるってことはこの子も受験者なのかな?
「ハハッ、そんな驚くなんてお前ビビりだな!」
「うぅ、ドジでビビりでごめんなさい……」
こんな小さな子にも侮られるなんて、やっぱり私はダメな奴なんだぁ。でも、人に会えたのは良かった。年下であろうこの子に道案内されるのは恥ずかしいけど、先輩たちに迷惑をかけるよりはマシだ。
「えっと、ここから食堂までの道って知ってる?」
「お前も食堂行きたいのか?」
「うん。先輩と待ち合わせしてるんだ」
「奇遇だな!私も仲間と待ち合わせしてるんだ!」
少女はキラキラした純粋な笑顔を向けながら私の手を握った。自己肯定感の低い私にはその輝きは眩しすぎて、思わず目を背けてしまった。
変な奴だと思われてないかと不安になりながら彼女に視線を向け直すと、案の定挙動不審になっている私を見て頭にクエスチョンマークを浮かべていた。あうぅ、そんな純粋な疑問の目を向けないでぇ……。
「ご、ごめんね。でもよかった。これでようやく食堂に行けるよ」
「うん!それじゃ道教えて!」
「うんうん、食堂までの道を……え?」
「ん?」
「君も迷子!?」
「お前もかぁ!?」
私と少女はじっと見つめ合う。そして事態を飲み込んだ瞬間、廊下中に響く渡るような大声を出した。そんなところまで一緒じゃなくていいのに。いや、そもそも道を知ってる人はこんな所来ないのか。……じゃあもしかして詰み?
「どどどどどうしよう?!」
「むむむ、まずいな。このままじゃスイーツセットAが売り切れちゃう」
頭を抱えて慌てふためく私に対して、少女はかなり可愛いお悩みをどうするべきか考えている。
そんな時、後ろから廊下を走ってくる足音が聞こえてきた。振り向くと、廊下の角からピンクの髪の可愛らしい少女が顔を出してこちらを窺っていた。
「えっと、大声がしましたけど、どうかしましたか?」
どう考えても冷静じゃない私を見て彼女は少し警戒しているようだ。でも、声を聞いて来てくれたってことは迷子じゃないちゃんとした人だ!そう思うが速いか、私は彼女に駆け寄って手を握った。
「食堂まで案内してください!」
「えっと……いいですけど……」
「そいつのついでに私も頼む」
彼女は詰め寄った私に若干引きながら了承してくれた。よかったと安堵のため息をつき、私は救世主である彼女に迷子仲間の少女と共について行った。
○○○
迷子になっていたら騒がしい子に会って、一時はどうなることかと思ったけど、おかげで無料で目的のスイーツセットAを手に入れることができた。迷惑をかけたからと奢ってくれたのだ。私は別に何もしてないけど、まぁギャーギャー騒いでたのはうるさかったから謝罪を受け取らない選択肢は無かった。
「本当にありがとう!お陰で先輩たちに迷惑かけずに済みそうだよ」
「困った時はお互い様だから。それにしてもそんなに先輩を待たせるのが怖いの?」
「いや、怖いってわけじゃないの。むしろすっごく優しい先輩達で、だからこそ迷惑かけたくないってかんじかな」
「そっか。素敵な先輩なんだね。僕は同期の友達とチームを組んでるんだ。今の僕があるのは二人のおかげだから、今回の試験は絶対合格しようって思ってるんだ」
「あっ!すっごくわかる!私も先輩達にはすっごく感謝してるんだ。ダメダメだった私を信頼してくれて、だから私も強くなろうって思えたの」
どうやら二人は波長が合ったようで楽しげに話している。まぁこの二人は少し似てるって初対面の私でもわかる。二人ともフワフワしてるっていうか、見守ってあげたくなるような雰囲気がある。
「そういえば自己紹介がまだだったね。僕はエリアステラ学園魔法科三年アルト・メルランだよ」
「私はシリー・ボルム。ブレーメン学園の魔法科二年だよ。アルトちゃんの方が年上なんだね。敬語使った方がいいかな?」
「気にしないでいいよ。それで君は?」
「ん、私?」
私はおやつの時間は邪魔されたくないんだけど、この二人と話すのは楽しそうだからプリンを食べる手を止めた。
「私はミル・エンズ18歳。学校は国の事情で休校中なんだ」
「18歳!?私より年上なの!?」
「そうだよ。だからシリーちゃんは敬語使ってね。私はアルトちゃんみたいに優しくないから。年上特権を振りかざしてやるのだー!」
「わかりましたミルさん!」
案外素直に従ってくれて、これがこの子が先輩に可愛がられる理由なんだろうと一人で納得した。……にしてもこの二人の名前どこかで聞いたことがあるような。
「ミルちゃんは誰とチームを組んでるの?」
「男の幼馴染二人とだ。腹の底が読めないやつと、お前らみたいに柔らかい雰囲気のやつ」
「そっか。幼馴染同士で参加なんて仲良しなんだね」
「仲はいいけど、お前らみたいな感じじゃないや。目的だって国に支援をもらうためだし」
「それも立派な目標だよ」
「そうそう!国のためだなんてすごく立派じゃん!」
国のためとはいえ、結局お金が欲しいって言ってるから俗っぽいと思っていた目標だけど、二人にそんな感じに肯定されて少し心が軽くなった。道で迷うなんて不運だと思っていたけど、スイーツをタダで食べられた上、この二人に会えたのならむしろ迷ってよかったと思った。
「おや?こんな所いたんだミル」
そんな事を思っていたら迎えがきたようだ。振り向くと、当然のように学生服を着用しているバーンがいた。何やらニヤニヤと笑っている。これは、何かを企んでいる時の顔だ。
「シリー、集合時間はとっくに過ぎてるわよ」
「あっ、ごめんなさいナディヤ先輩!つい話し込んじゃって」
「ようやく見つけたよアルトくん。夕食食べるって約束すっぽかされたと思ったよ」
「ごめんシアン。ちょっと話し込んじゃった。じゃあご飯にしよっか」
他の二人も仲間が来たみたい。じゃあちょっと名残惜しいけど、ここでお別れしよう。そんな事を思っていたら、迎えに来た組同士でなにやらただならぬ雰囲気が漂っていた。
「へぇ、こんな偶然あるんだ」
「フフッ、試験に参加してよかったよ。こんなに面白いことが起こるなんてね」
「シリー……本当にアンタって運がいいのか悪いのか」
ニヤニヤと笑う男とバーン、頭を抱えている女の子。どうやらこの三人は私たちが気付いていないことに気付いているようだ。
「バーン?どういうこと?」
「……ここで相対している三チームが、次の対戦相手さ」
『えっー!?』
私とアルトちゃんとシリーちゃんが同時に叫ぶ。先程で和気藹々と話していた相手がまさか敵だったとは。自分の使える魔法については話していないから良かったけど、こんな展開があるなんて。何と言う偶然。
「ここで会ったのも何かの縁だ。どうだい?チームメンバー勢揃いで会食っていうのは」
アルトちゃんを迎えに来た男が突然そんな提案をした。確かに縁は感じるけれど、正直お断りしたい。だってコイツ見るからに頭が回るやつだもん。絶対に私たちから情報を引き出すつもりだ。
「面白そうだね。ぜひお願いしたい」
「はぁ!?」
私が断ろうと思っていたのに、こともあろうかバーンは快く承諾した。
「確かに面白いかもしれないけどさ!絶対やばいって!」
「いいじゃないかミル。東国にはこんな言葉があるというじゃないか。虎穴に入らずんば虎子を得ずと」
「知らねーよ!」
いつもはヒロトにバーンの相手を任せているけど、こんなに大変だとは。次からはコイツの相手を少しくらい手伝ってやろう。
「えっと、先輩どうします?」
「受けるわけないでしょこんな馬鹿な話」
一方シリーちゃん達は乗り気でないらしく、ナディヤと呼ばれていた人はすぐにこの場を立ち去ろうとした。でもそれをシアンと呼ばれていた男が呼び止める。振り返った彼女は敵意剥き出しで、私は睨まれていないのに体に悪寒が走った。
「君達にとっても悪い話じゃないと思うんだけどね。それとも、腹芸は苦手かな?」
「アンタ達といたら食事が不味くなる。それだけよ」
ナディヤと呼ばれていた彼女はそれだけ吐き捨てて、シリーちゃんを連れてどこかに去って行った。
「あらら、振られちゃったか」
彼は軽薄な態度を崩さないまま彼女達を見送った。この態度で良くわかる。コイツは信用ならない。
「バーン、私たちも行くよ。どうせシリーちゃん達がいないなら面白さ半減でしょ」
「ふーむ、確かにそうだね。というわけで済まないシアン。僕らも他のところで食事にするよ」
「そうか。まぁ仕方ないか」
企み上手な男共もお互いに納得して解散ということになった。バーンは頼りになるけど、何考えてるかわかんない時があるから疲れる。疲れを癒すためにスイーツを食べたのに、逆に疲れることになるなんて。やれやれと肩を落として立ち去ろうとしたら、アルトちゃんから声をかけられた。
「シリーちゃん。明日はお互い頑張ろうね」
敵であるはずなのに彼女の声がスーッと体に染み込んで、明日への活力が湧いてくる。本当に戦いに来たのかと疑いたくなるくらい優しい雰囲気の子。でも、それでいいのかもしれない。
だってここは戦場じゃないから。
「うん。でも、手加減はしないよ」
「望むところだよ」
コツンと拳を合わせる。迷子から始まった不思議な会敵。そこで生まれた奇妙な友情。最初は勝って合格することばかり考えていたけど、次の試合が純粋に楽しみになってきた。
「あの二人との会話は楽しかったかい?」
ヒロトを待たせている場所に向かう途中、バーンがそんなことを聞いてきた。
「うん。久しぶりに友達ができたから」
「ならよかった」
何かに安堵したような声。胡散臭い参謀の彼が、時折私とヒロトに見せる優しい幼馴染の姿。でもそれは彼が弱っている合図でもある。
バーンは自分の楽しいを優先する問題児だけど、私たち幼馴染の幸せを第一に考えてくれる奴でもある。それに賢いから、頭の悪い私やフワフワしたヒロトの分までいろんなことを考えてくれてる。試験のことも、国のことも、どうすれば良いかを一番考えてるのはバーンだ。
だから、たまに弱みを見せてくれた時は幼馴染として寄り添う。それが頭の悪い私がバーンにしてやれることだ。
「バーンもあのシアンって奴と楽しそうだったじゃん」
「まぁね。彼とはなんとなく波長が合うんだ。でも、彼のいるチームに勝つのは骨が折れそうだよ」
バーンは頭を掻きながら苦笑した。それを見て、私はバーンがいつも以上に弱っているのだと悟った。
いつものバーンならシアンってやつとの試合を楽しみだと興奮して語るはずだ。自分と似たタイプの敵との戦いが、バーンにとって面白いことでないはずはないのだから。
「大丈夫だよ。相手が誰であろうと勝つのは私たちだ」
「……ふふっ、心強いね」
いつもの余裕がある態度を取り戻したバーンは、私が突き出した拳に応えて拳を当てた。
第一級魔術師になって国に支援をもらうのが私たちの目標だ。でも、それ以上に私は大切な幼馴染に笑顔でいて欲しい。だから、戦争で苦しい思いをした分、今は自分が思うように楽しんでもらいたい。
バーンはバーンらしく、ヒロトはヒロトらしく、私は私らしく全力で戦う。どんな結果になっても後悔なんてないように。
まぁ、負ける気なんてさらさら無いけどね。
ちょこっと裏設定
『食堂のスイーツセット』
魔術師協会本部の食堂ではスイーツセットA〜Dが販売されている。内訳は以下の通りで、それぞれ日本円に換算すると620円。ドリンクは自由に選べる。
スイーツセットA
プリン、旬のフルーツ、ショートケーキ
スイーツセットB
乗せるフルーツを選べるパフェ、チーズケーキまたはパンケーキ(トッピング自由)
スイーツセットC
クレープ(トッピング自由)、アイスクリーム(バニラ、チョコ、いちご、抹茶が選べる)
スイーツセットD
大福、あんみつ、羊羹(陽元から来た職人が作っている)




