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兄弟で親子

ブクマと評価よろしくお願いします

 皆が寝静まった深夜。シアンはランプ片手に、久々に帰ってきた孤児院を巡っていた。変わっている場所、変わっていない場所、そしてそこであった思い出を振り返った。


「あったかいな」


 柄にもなく微笑んでそう呟いた。そして最後に訪れた場所、図書室の扉を開けると真っ暗な部屋の中で弱々しく光る燭台と、その近くで難しそうな分厚い本を読んでいる男がいた。その男を見るや否や、シアンはパッと目を輝かせて男の胸に飛び込んだ。


「ラピスにぃ!」

「ぐおっ」

「やっぱり帰ってきてたんだ」

「おまえなぁ……いきなり飛びかかってくんな」

「えへへ」

「はぁ……」


 ラピスは明るい黄緑色の髪をかき上げてため息をついた。そして、彼は嫌そうな顔で怒られているのに何故か子供のように笑うシアンに呆れた。この普段とのギャップが激しすぎる光景を見たら、他の学生はドン引きし、ザックは嘔吐していただろう。


「そう言っても無理にどかさないの優しいよね」

「うっせ」

「ねぇねぇ、何読んでるの?」

「世界の説話集だ。ここの絵本を子供たちがほとんど読み終えてしまったらしくてな。兄さんに頼まれて説話をピックアップして絵本にするんだ」

「手伝おうか?」

「別にいい。お前の感性はどうも信用ならん」


 やんわり断られたシアンは、ラピスの膝の上に座るように姿勢を変えた。本の間にシアンが入ってきたせいで読みにくくなったラピスは目を顰めた。


「ねぇねぇ、昔みたいに読み聞かせしてよ」


 シアンはそんなことお構いなしに純粋な笑顔で提案してきた。


「はぁ……だったら少し頭どけろ」


 ラピスはその提案をコートについた皺を直しながら受け入れた。この歳になっても兄離れできないのかと思いつつも、その弟を甘やかしてしまう自分にも呆れてしまう。以前ブルーに「対応が雑な時はあっても、お前がシアンに怒ったとこ見たことない」と言われてしまったのを思い出した。


「その神は、美しいものを求めていた……」


 難しい話、難しい単語、読んでいるものはそんな物語だったが、その話を読む声は幼児に読み聞かせる時のように優しかった。


「……でかくなったな」


 ふと思ったことが口をついて出た。ラピスは在学中、兄弟で唯一学園にいないシアンが寂しくないよう、定期的にシアンに会いに行って読み聞かせをしていた。体がもう成長しきっていたラピスにとって、まだまだ成長途中のシアンは小さく、今と同じような姿勢で読み聞かせをしても問題なかった。しかし今は視界の半分をシアンの頭が占めていて、彼を乗せている膝も少し辛くなった。それが嬉しかったのか、無意識のうちに笑みが溢れた。


「うん。みんなのおかげでこんなに大きくなれた。……ねぇラピスにぃ。ラピスにぃは僕の世話大変だって思ったことある?」


 シアンは普段からは想像できないほど弱々しい声で質問した。その質問に対し、ラピスは顔色ひとつ変えずこう答えた。


「あぁ、大変だったよ。あの場所でお前に食べさせられるもの探すの大変だったし、夜泣きして俺を寝不足にするし」

「うっ……」


 シアンは申し訳なさそうに目を伏せた。その時、温かい手がシアンの頭の上に乗った。


「でも、拾わなきゃよかったとは一度も思わなかったよ」


 励ますように柔らかい声色でそう伝えて、赤子をあやすときのように優しく撫でた。すると、暗く沈んでいた表情が水晶のように透き通った可愛らしい笑みに変わった。


 シアンは親を知らない。だから、親の愛情を知らない。親に愛されて育ち、その親を失った悲しみも知るラピスは親の愛情がどれだけ尊いものか理解していた。だから、ラピスはシアンを愛そうと思ったのだ。


「はは、僕は幸せ者だなぁ」


 目一杯の愛をもらったシアンは、その幸せを噛み締めるようにそう呟いた。ラピスにとってその言葉は誰からのどんな賞賛よりも価値あるものだった。例え血が繋がっていなくとも、この二人は兄弟で親子、何よりも硬い絆で結ばれていた。


 ○○○


 話を読み終えたラピスは一旦シアンをどかして一息ついた。十八になる少年を膝に置くのはかなりキツく、ずっと体重をかけられていた膝はピリピリと痺れており、分厚い本を持っていた腕をだらんと垂らして休ませている。


「もう二度とやらん」

「えー、またやってよ」


 シアンはシシシと冗談めかして笑うと、カーテンを開けて外の景色を眺めた。すると、彼は突然ニヤリと笑った。その笑みからは先ほどの幼さと純粋さは消えており、普段よく見せるような、いや、普段よりも露悪的なものになっていた。


「こんな所に来てもやるんだ」

「どうかしたのか」

「気にしないで。……それより、ラピスにぃは僕らがここに来た目的って知ってる?」


 振り返ったシアンの顔を見て、ラピスは弟の甘えたモードが終了しているのを察知し、真剣な面持ちになった。


「いや、知らないが」

「そう。僕らはアルト君が何者になりたいかを見つけるためにブルー兄さんの話を聞きに来たんだよ」

「アルト君か……確かに彼にとって兄さんの話はためになるな」

「そう。同じ規格外の才能を持つもの同士通じ合うところもあるしね。でもさぁ、アルト君の悩みって贅沢すぎるよね」


 シアンが窓を勢いよく上げて外へ手を伸ばす。


「どんなに叶えたい願いがあっても、それを実現する才能がない人がほとんどなのに」


 彼の恍惚とした視線の先には、息を切らしてトレーニングをしているザックがいた。


 ○○○


 山の麓のアルト達が立ち寄った村では、悪魔が現れたと通報を受けた憲兵は現れた悪魔についての現場検証を行なっていた。彼らはもとは悪魔の討伐隊だったのだが、現場に着いた時には既に悪魔は討伐されていたため、それについての聞き込みをしているのだ。


『マイク、それは本当か?』

「えぇ、聞き込みで裏も取れました」


 マイクは目の前の山盛りのうどんを啜りながら、連絡用の無線でタイラーに報告をしていた。彼の周りでは他の憲兵もうどんを啜っていた。


「今回この村に現れたのは男爵級三体、伯爵級一体。そして、それを討伐したのはたまたまこの村にいたエリアステラ学園のアルト君とザックとシアンっていう男子生徒。学園に連絡してみたら、この先にあるブルーさんの孤児院に向かうと外出届をだしているので間違いありません」

『……とうとう上級悪魔まで現れたか』


 タイラーは深刻そうな声色でそう言った。マイクは一旦食べるのをやめてタイラーと話すのに集中することにした。


「ここ一ヶ月での悪魔の大量発生に関係してるんですかね」


 以前にも説明した通り、悪魔本体が姿を現すことはほとんどなく、下級悪魔が月に一体でるかどうか程度。しかし、ここ一ヶ月の間で百を超える下級悪魔が出現しているのだ。そのため、この大量発生は何かの前触れではないかと世界中で話題になっている。


『そうとしか考えられない。今回の事案は明らかにおかしい。契約者でなく悪魔本体が出現しただけでなく、それで襲ったのが辺境の農村だぞ』

「よっぽどの理由がないと上級悪魔は姿を現しませんしね。この村に何かあるんじゃないか捜査中ですけど、今のところ本当にただの農村です」

『……この調子だと、特級悪魔の出現もありえない話じゃなくなってきたな』

「え、四十年前の「地獄変」以来特級悪魔が出現した例はないんですよ?いくらなんでもそれは言い過ぎじゃ」

『俺もそうであってほしいんだけどな』


 タイラーはチラリと仕事机の上に広げてある「地獄変」の資料に目を向けた。四十年前、かつて悪魔本体が人間の世界に現れることが珍しくなかった時代にあった未曾有の悪魔達の大侵攻。一度は大陸の半分を支配され、人間の世界が悪魔に塗り替えられる一歩手前までいったこの事件は、アリーゼが首謀者の悪魔を殺したことで幕を下ろした。


 そして、この事件以降悪魔はあまり人間の世界に姿を現さなくなった。つまり、先程までタイラー達が常識として話していたことは、地獄変以降の常識なのだ。


(だとしたら、悪魔がこっちの世界に現れるのはありえない話じゃない。四十年前はそれが当たり前だったんだ)


 タイラーは資料のページを一枚めくった。そこに書かれていたのは、地獄変での被害一覧だった。億単位の死者数と怪我人、かつて名の知れた実力者達の名前がそこに載っていた。そして、彼は吸い込まれるようにある名前に目を向けた。


(エリア・ステラ、十柱(ナンバーズ)第七柱(ナンバーセブン)と交戦し死亡……)


 十柱の第七柱、それは地獄変の首謀者であり、アリーゼの親友の命を奪った悪魔の肩書きだ。


『タイラーさん?』

「え、あぁすまない」


 マイクに声をかけられ我に帰る。勘のいいマイクと話していてこんな態度をとってしまったら、また心配させてしまうと思い気合を入れ直す。


『ちゃんと食事と睡眠とってます?最近色々あったからちょっと心配なんですけど』

「……問題ない。ともかく、警戒は怠るな。もう何が起きてもおかしくない」

『了解です。しばらくここに滞在して調査を続けます。その間、体調管理は自分でやってくださいよ』

「そのくらいできる。ったく、お前は心配性なんだよ」

『ハハッ、すみません』

「じゃあ切るぞ」

『あっ、最後に一言いいですか?』


 一通りの連絡を終えたタイラーが無線を切ろうとしたら、マイクに引き止められる。なんなのかと思いつつ彼は、マイクの言葉に耳を傾けた。


『おやすみなさい』

「……あぁ、おやすみ」


 プチっと無線が切れる。優しくてふわりとした声色で、マイクが何を考えていたのか察した。目の前に広げた資料をしまい、背後の窓から外の景色を見る。もう街の明かりはほとんど消えていて、見えなかった星空がはっきりと見える。


「気遣いばっか上手くなりやがって」


 そう憎まれ口を叩いた彼は、仕事部屋の明かりを消して自室へ向かった。

おまけ

〜とある生徒の日記〜

ふふん。明日は良一郎様と一緒にブランチ王国にお出かけ!芸術とファッション業界の中心、まさに花の都!そこで良一郎様とふたりきり……えへへ。じゃないじゃない!私は陽元の霊術界の代表として、ブランチ王国国立魔法学院に訪問するの!こんな邪なことを考えてたら良一郎様に失望されちゃう。私の目的のためにも、そして、私に道を示してくれた良一郎様のためにもしっかりしないと!

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