39 油断と心
一夜明けて、朝の九時。
第一会議室に集められて、椅子に座らされ、僕らはモニターを見させられた。そこには何やら映像が映っていた。
何の映像かと聞いてみた。すると。「渋土谷の交差点付近でまた電波ジャックされたの」
答えてくれたのは犬神さんだった。彼女は僕らのほとんどとは違って立ってはいるものの、一緒にモニターを見ている。
モニターには、最初はどこかの古びた部屋が映っているようだった。コンクリートがむき出しの部屋の映像だ。
再生してしばらくすると、青い肌の人物がそこに現れた。それから割とすぐに、その人物のいかつい顔がクローズアップされた。
風浦さんも犬神さんと同じようにモニターの前に立った状態。
風浦さんがモニターを見ながら。「これもニュースに取り上げられたものが動画化された映像だ」
その発言内容は、僕の頭に入ってすぐに抜けていった。そんなことよりも、と感じたのだ。それも当然。――青い肌。ルオセウ人の。本来の姿までさらすだなんて。そんな驚きで心が満たされていて、どういう経緯かなどどうでもよくなっていた。
なんてことをやってるんだ、そこまでやるか。なんでだ。みんながそう思ったかもしれない。少なくとも僕はその一人。
そんな僕の前で、ヴェレンさんが呟いた。「イマギロ部長――ッ?」声を抑えるようにしていた。
彼の口から出たのは間違いなくそんな音だった。一部翻訳されていない? 固有名詞? 人名? 役職なら少しは訳せるだろう、部長と聞こえた、それがきっとそう。じゃあその前は? 知ってる人物の名前? あの青い肌の人がその……? 色々と考えが浮かぶ。
その映像の中で、青い肌のいかつい男は、翻訳機らしきマイクを通して話し始めた。
「皆様、申し訳ありませんがしばらく電波をお借りします。私達はルオセウという星から来た調査員です。最近までルオセウは戦争中でしたが、それも終結しました。私達は、この星に逃げて生き延びたルオセウ人の保護を執り行っているのですが、その過程で先日のような電波ジャックの内容を知り、その内容が間違っていると伝えなければと思い、この場をお借りしました。先日の電波ジャックで放送された内容は、ルオセウの過激派の企みによる嘘だと思われます。フジミヤダイキは無実です。ですが、彼はマギュートという能力を使えるようです、それだけは事実でした。それは本来、地球人にとっては不可能な、物体の拡大や念力による操作のようなものです。大変危険な力です。彼――フジミヤダイキは、一般的なルオセウのマギュート使いとも少し違う性質を持っています。そのため、過激派は、研究してテロ用の武器開発をしたいために、どうにかしてフジミヤダイキを拉致しようと考えているのです。私達はそれを阻止するために動いています。協力して頂ければ大変嬉しいのですが、注意が必要です、好戦的な過激派がフジミヤダイキを拉致しに向かった場合、その周りにいる者は、攻撃や二次災害に巻き込まれるかもしれないのです。その危険を回避するため、そもそものフジミヤダイキを私達、ルオセウの穏健派に預からせて頂きたいのです。そうすればある程度は被害を抑えられるでしょう。自体が解決し次第、フジミヤダイキを無事お返し致します。ですので、私達に保護させて頂きたいのです。間違ってはいけません、彼らに協力するのではなく、私達に協力するのです。彼らの番号に電話を掛けてはいけません、掛けるのならばこちらにです」
そして電話番号が発言者の体の前に、黒縁の白文字で表示された。
「す、すごい状況……じゃない?」と姉がこの場に問い掛けた。
対して母が「そりゃあもう」とだけ答えた。それしか言えないでいるんだろう、多分。
「大樹が組織立って守られてることを、知らないのかな」これは兄が言った、僕や父に、という感じで。
そこでシリクスラさんが。「応援に駆け付けてくれたんですかね」
これは翻訳機を通ったあとの言葉だが、明らかに僕らに向けた言葉ではない。顔の向き的にもヴェレンさんへの発言か? やっぱりあれは知り合いか?
ここにはイチェリオさんもいた。緊急事態として、調査の手を止めて、彼らそれぞれの部隊だけ一旦ここにいる、という状況であるらしい。
僕は兄に『多分そうだと思う』と答えようとした。
それより早く、イチェリオさんが言葉を。
「これはむしろ私達へのメッセージかもしれません。あなた方の組織は、ここでこうして、マギュートに関わる者を数人保護しています。そういった関係者と接点を持ちたい、あわよくばテロ阻止のために先に来ていた我々調査員と早く合流を――と、彼が思ってもなんら不思議ではありません」
「なるほど? それはありえそうだ」イチェリオさんの近くに立っていた歌川さんがうなずいた。
僕は考えていた。
彼って? つまりあのルオセウ人は男で、やっぱり知り合い? さっき……ええっと、ヴェレンさん、だっけ? 彼が口にしたのは名前だったのか。ただ、なんて言ったか忘れてしまった――『部長』の部分しか覚えていない。
「さっきあの人を見て名前みたいなことを言いましたよね、なんて言ったんです?」
僕がそう聞くと、ヴェレンさんが。「ワンダスタ・イマギロ。我々の上司にあたる人物の名前です。応援に来てくれたのではないかと」
「なるほど」と納得を示す。
そしてなぜだかほっとした。応援がどれだけの人数によるものかは知らないが、マギュート使いがもっと味方に付くのなら、それは単純にいいことだ。調査の人手にも繋がるし、安全度も増す。だからほっとしたのか?
この身を預かってもらうだけになるとは思えないけど、味方は多いに越したことはない。うん。
そこで急に、もしや、と思った。「ちょっと待って」
「何です?」シリクスラさんが振り返った。
「あいつらがなりすましているんだとしたら?」
言ってすぐ、肌が粟立つのを感じた。信じ切っていたら連れ去られていたかも――と、改めてそう思う。
シリクスラさんは否定した。「いやそんなまさか」
するとヴェレンさんが言った。
「大丈夫だと思います。彼は私達の知っている人物です。ワンダスタ・イマギロ。マギュート使いでありマギュート事件特殊捜査部の部長。……まあ翻訳のニュアンスで聞こえ方は違うかもしれませんが、ほんの誤差でしょう、それはさておき。映像内でも取締官の制服を着ていますし、階級を示すバッジの数も本人のものと同じです」
バッジ? いや、細かいことまではいい。
確かに画面内の青い肌の人物は、地球に現存するどこかの国の軍人が着ていそうな濃い灰色の服で身を包んでいる。その胸元には金色のエンブレムらしき物がある。六枚の花弁が綺麗に開いているような形のバッジ。それが三つ、胸ポケットの上に、横並びに付けられている。
そんな『制服』のことをわざわざ言うのは、それの調達が難しいからか? それに、彼らの言う捜査機関では常識でも、特定の人物のバッジの数なんかは詳しい者しか知らない? だとすると、そこまで一致するなら本当にただの援護?
……それでも気になる。
この気持ちはなぜ湧くのか。
なぜだか、この状況そのものがおかしいように思えた――ので、できるだけ言葉にしようとしてみた。
「でも、あのあと学校を襲ってない……みたいじゃないですか、そうなんでしょ? もし学校を襲ってたらもっと騒いでる。だったらもしかしたら、あいつら、本当になりすましたのかも。『誘導した方が手っ取り早い』――そう考えてあんな風に。手っ取り早い方法があるから、それ以上ほかの誰かを襲う必要がなくて、すぐに引き下がった……。どう? ありえなくはないでしょ? 戦ったのは――ごまかし……油断させるためなんですよ、きっと。それにほら、全勢力で来たようにも思えなかったし、あの時」
でも、確証はないけど、と思い、不安になった。
「何か、間違ってるかもしれないけど、違和感は確かにある、でしょ?」聞いてみたくなる、答えはこうじゃないかもしれないけど。
「実はありえないんですよ」イチェリオさんが答え始めた。「何から話したらいいか。……前にも言いましたが、確かに私達は二、三種類の姿に変身できます。ただ、これは、私達が『改造された細胞を持つ種とそうでない種との混血タイプ』だからなんです。このタイプの能力を、ルオセウでは第三種変身能力――モッブルドゥン――と呼びます。細胞を改造された世代、『一世代目』のことを第二種と呼び始めたのが切っ掛けでそう呼ぶことに……。第二種変身能力のことを、我々の間ではモッブルフィンと呼びます。変身能力自体のことは『モッブル』と。――無改造の場合はモッブルとだけ呼びます」
現地語を説明する際は度々翻訳機のスイッチをオフにしているようだった。
そして今度は、イチェリオさんがマスクを半分外して内側をしっかりと確認してから、何かスイッチを押したり小声で話したりした。多分単語の登録だろう、こちらに端的に分かるようにとの配慮か。
イチェリオさんはそれから続けた。
「この第三種変身能力を使えるルオセウ人は、私達三人以外にはあと二人しかいません。その二人は今も厳重に守られているはず。拉致は困難でしょう。その上その二人は過激派に加担する性格ではありません」
「じゃあ、それがありえないから、これはあなた方の上司本人だろう、と」歌川さんが意見を確認した。納得をしたのかどうなのか。
「そういうことです」イチェリオさんがうなずいた。
そんな時、テーブルの前に並べられた椅子の中で、モニターに一番近い椅子に座っている奏多さんが。「じゃあ奴らが使うのは、その、モッブルフィン? モッブルドゥンはありえないから――」
すぐにイチェリオさんが答えた。「いえ、単なるモッブルでしょう」
すると、奏多さんは眉をひそめた。そして問い質した。
「でも、じゃあ奴ら、日本人じゃない時の姿を見られるかもって恐れながら調査してるってことですか? それって……奴らにとってやり辛いし、やっぱ変じゃないですか?」
もしかしたら、奏多さんは、お爺さんが変身できることを思い出しながら聞いたんじゃないか。
あれがモッブル。
それを聞いて姉が声を上げた。「確かにそうじゃん」
一番モニターから離れた位置に座っている僕は、みんなに訴えるように。
「ほら。そこにも違和感ある。もし奴らがそのモッブルドゥンの使い手だったら――」
すると、シリクスラさんが「ですが」と。切り出した。「そもそもの改造タイプやその二世代目、三世代目も、今は完全に保護されている状態ですし、これまで、誰かに連れ去られた、という話を聞いたことがありません。行方不明だ、ということはありましたが、その後、そういった者の消息の確認は取れています。そして、過激派に従っているという者はいなかったのです」
……ここまで言われるのなら、もう、納得してもいいのかもしれない。
でも、このタイミングで僕を誘う味方の立場からの電波ジャック。どうなんだ? 不安で仕方ない。怪しい、どう考えてもそう思ってしまう――。
「じゃあ別の何かで――別の何かを経路にして――連れ去られたのかも。そうと認識されずに。知られずに――!」
この違和感は何なんだ、僕はそう思いながら、叫ぶみたいに聞いた。
「となると……保護施設に誰かが企みを隠して入って……」イチェリオさんの意見が傾いた。そう思った直後。「いや、それがありえないから……」
「どうしてありえないって思うんです」つい、早口に聞いてしまう。
イチェリオさんが言う。
「当然というか、私達もその保護施設で育ったのですが、そこは厳重でした。その施設の従業員も経歴や出自を何重にもチェックされていました。何より、その環境が私達は大好きでした、そこから反乱分子は生まれない、そう思うほどに。三人ともがその保護施設出身。少なくとも私は好きな国と施設を守りたくて警察に志願し、今の課に配属されています。このような三人だからこそ、この星へと送られた訳です。この三人で、施設に対する印象は共通のものだと断言できます、それほどに厳重で、とてもいい環境だった。私達を尊重してくれたし、厳しく優しかった、いい施設です。もし疑うなら……七十四年前……」
「――! てことは僕らの!」
僕がそう言うと、イチェリオさんが。「そうです。お爺様が地球に逃れた事件――」
その時、シリクスラさんが悲し気な目で丸っきり別の方を向いた。何かの感情がたった今湧き上がった――というような行動に見えた。
その横で、イチェリオさんの話は続いた。
「全ての改造ルオセウ人――全てのモッブルフィンの使い手を保護した施設へダウィスファータのとある部隊が襲撃した、その目的は、フロラーダの戦力を削ぐことだと思われています。彼らはそのために、こちらに保護されていたモッブルフィンの使い手を、拉致ではなく、殲滅しようとした、と記録にはあります」
「なんでそれが正しいと言い切れるんです? 本当に拉致はなかった、と?」
「なかったんです」
「なんでそれが――」
僕は何度もイチェリオさんに問い掛けてしまった。彼らの歴史はそれで正しいかもしれないのに。





