38 平常心
南校舎の東の壁面の横で――誰からも死角になる所で――ゲートを通ってまずは七番のゲートルームへ向かった。
いつものように棚にある鍵で扉を開けると、その鍵は自分のポケットへ。
そこからマギュート練習場へ出る通路を歩く際、シリクスラさんが言った。「さっきの戦い方についてですが――」
「……? 何です?」僕が聞き返した。
「あなたは私達が守らなければならない存在ですよ。あなたが前線に出てどうするんですか。余計に私は動き辛かったんです。盾で視界が遮られていなければ、私はもっと守りながら戦えたのに――」
責めてくるシリクスラさんに対して、僕はしどろもどろになった。「あ、えと、それは、とっさに……必要だと思って、できると思って――」
正直、『一対一なら捕まえられそうだ』と戦い始める前に思ったのを、今思い出した。
それと同時にこうも思った、『あの男が叫んだのは仲間を暗に呼ぶためだった? これは強ち間違いじゃないのかも』と――。あいつ、変に叫んでたしな。
そう考えていた僕にシリクスラさんが強く指摘。「戦うなら後方からの支援に留めること。いいですね」
前みたいな怖い状況にならない保証なんて……思えばいつもないのかもしれない。さっきも。シリクスラさんはそれを分かってた? だからこんなに……?
少し考えてから。
「……そうですね、すみません、出過ぎたことをしました」
彼女は『守りながら戦えたのに』と言った。そのくらいの強さがあるということは、僕が後衛に専念すれば、彼女が守りを意識せずに戦える時点で、そちらの方がよかったのかもしれない。それに奴らの狙いは僕。捕まり易い場所にわざわざ僕がいることはない。
もしかしたら、シリクスラさんが戦う方が、あのテープの男を捕まえられた? 彼女らの立場を考えると、さっきの僕の行動は、余計なものでしかなかった……?
そう思う僕に、シリクスラさんは口調を優しくして言った。「まあでも、次がなければ……。さっきは、守ってくれてありがとう。即断、行動できたことは、とても素晴らしいことではあるんです。ただ、状況が状況ですので」
「あ、ああ、いえ」そうは言うものの、なぜか妙な気分になった。
少し気が楽になったとは思うけど、これはやっぱり申し訳ない気分だ。あと、それに……何かが引っかかってる、胸にそんなモヤモヤがある気がした。
言いたいことを、シリクスラさんが言ってくれた。少し強く言い過ぎなようにも聞こえたが、一応事実ではあるんだろう。
俺がどう言えばいいか迷っていたのはそのことだった。マギュートの知識は俺にとって確実なもの
ではないから――。
大樹くんは守られる立場。あれほどの動きができたのは凄かったが、あれほどの危険に直面しないようにはした方がいい。それがシリクスラさんにはできたのだろう、もしかすれば。
実千夏が付き合っている子は、藤宮大樹って名前で、あんな顔だった、間違えるはずがない――。
私はリビングのテレビを見ながら、心の中で、どういうこと――と繰り返していた。
ちょうど講義がない時だった。俺は友人の宏斗と、大学の中央広場的な場所のベンチに座り、駄弁っていた。
宏斗がある時言った。「なんか今凄い動画があるらしいぞ」
「えー? 何々」
見てみる。
それは電波ジャックがあったことを伝える動画だった。テレビを撮影したもの。一般人らしき男の「すげえ、マジかよ」などという声も入っている。
内容は……衝撃的過ぎた。
「お、おいこれ、お前の弟のことだよな。大樹だろ、名前……」
「や、そうだけど。こんなの嘘だよ、誰かがふざけてやったんだろ?」
「いや、そういうことってあるか? うーん、まぁあるかもしんないけど」
言われてからしばらくは、何も言い返せなかった。
「あのさ」やっととりあえず前置きして、何か言おうとした。
だが、宏斗が先に。「それにこの手の動画、いっぱいあるぜ。ミーパイプじゃこのこと、ライブ配信してる奴もいるんだってよ」
ライブ? 「くそっ」つい声に出る。「何だよこれ……」
「……? どうしたんだよ。俺も嘘だとは思うけど。大樹くん、何かされてんのか? あ、製作者と関わってんのか? 映像関係の」
「本当なんだよ」打ち明けるしかない。
多分もうこのことは知れ渡るだろう。だから友人にだけは真実を話して隠し切ってもらわないと。そこから俺のこと、弟のことがバレないようにしないと。そんな考えと不安が俺の頭を満たしたせいだ、『本当なんだよ』と言ったのは。
ただ、真実を話すにしてもどう言えば。やっぱりやめておくか? 意味深なこと言ったあとだけど取り消せるかな……。
「え、何? 本当って何が?」
「――ごめん、俺帰る」
「は? お、おい、なんでだよ。どうしたんだよ、おいノブ!」
ノブは俺のあだ名だ。事態が収拾したあとも、宏斗は俺をノブと呼んでくれるのか。ふとそんなことが頭を過ぎった。信じてもいい、か? もうこんな事態だしな……。
意を決し、俺はとりあえず答えた。「一部本当なんだよ。あいつは宇宙人じゃない、その点だけは、このジャック犯の嘘だけど、俺もあいつも、不思議な力があって――」
「お前もッ?」
「しっ! 声でけえよ。ちょっと帰るわ。というか、今後しばらく会えないかもしんない」
「は?」
「……弟のこと、信じてやってくれよ、頼んだからな」
そして数歩離れ、走り去ろうと思った。途中で振り返った。宏斗が不思議そうに俺を見た。俺は、言葉にしておかなきゃいけない、そう考えて。「本当のことを言ったのは、お前を信じてるからだからな」
俺は思った。あのゲートルーム、使うことになると思ってなかったのに、と。
俺はキャンパス内の隅の方にあるトイレに走ってその個室に入った。
そのドアに鍵を掛けずに軽く閉じ、ハンカチをズボンのポケットから取り出した。そしてそれの角を一度だけ風呂敷みたいに結び、できるだけ大きな輪にする。
辺りに人がいないのを確認すると、輪になったハンカチを、巨大化させ、ゲート化させた――。
マギュート練習場には禅慈さんと紫音さんが待機していた。二人が交互に、そこに来た者を第一会議室へと案内しているという。
紫音さんが「次はあんたでしょ」と言った。そのあとで禅慈さんが案内。僕と右柳さんとシリクスラさんの三人はそうして第一会議室へと入った。
初っ端、「で、どうするんだ?」という声が聞こえた。歌川さんの声だった。
佐倉守家の何人かもそこにいた。僕らを見て舞佳さんが「見たよ、大変なことになってるよね」と声を掛けてきた。
希美子さんが僕に言った。「あなたのお婆さん、連れてきたわ。今は別の部屋で説明を受けてる」
僕の祖母まで。
「こんなことになるなんて、誰も思ってなかったんじゃないかな」と奏多さんが少し物悲しそうに。
確かにそうなんだ。思ってなかった。僕も。
奴ら、なんでこんな状況を作ったんだ?
奴らも、電波ジャックであんなことをすれば、こんな状況になると想定できたはずだ。僕はとにかく逃げればいいだけ。なんで僕が逃げてしまうようなことをわざわざ?
そんな話をした時には、禅慈さんはマギュート練習場に戻っていたようだった。今ここにはいない。
それから少し遅れて、兄と姉、父と母もこの場に現れた。
父は言った。「客が話してるのを聞いて来たんだ。店は閉めてきた」
母は。「買い物から帰ってきたら、この子達が静まり返って集まってたのよ。ね。話はその時に聞いたの」
少し間を置いてから、「ところで」と風浦さんが聞いてきた。「藤宮家のみなさんは、スマホは? 電源を今切っていますか? ここで持っている方がいいですが、どこか同じ場所で全員が電源を切って、そこを辿られてもいいようにしてからここに持ってきておかないと――別の場所を集まる場所だと見せ掛けておかないと――あとあと厄介なことになります」
「そ、そうですね」父がうなずいた。
「あ!」しまった、と僕は思った。「スマホ、今学校にある」あの場から離れることで頭が一杯で、持ち出すことをなぜか思い付けなった。まあ多分、要太か実千夏ぐらいしか扱わないとは思うけど。
そうか、奴ら、GPS(もしくはそんな機能)で本拠地を探ろうとして? ありうる……。じゃあ僕が確実にどこかに逃げるようにしたかったのか? こんな組織があると踏んで、そういった位置について知ることも目的の一つ?
「スマホ、学校に取りに行ってきます」
僕が言ったあとすぐ風浦さんが。「まあ待て、行くならそこの二人と一緒にだ、慎重にな」シリクスラさんと右柳さんのことだった。さっきから僕の近くにいたから護衛を継続させられたんだろう、僕でも同じ采配をしそうだ。
僕は納得した上で。「はい」
今なら授業中だ。驚かせてしまうけど仕方ない。
授業中なら廊下に人はきっといないだろう。ゲートをその場で教室前の廊下に繋げた。そして移動。
一緒に来たシリクスラさんと右柳さんが廊下のその場から東西を背中合わせに警戒した。窓の外にも視線をやる。
僕は教室へ。入った瞬間、先生や同級生が僕のあまりにも早い帰還に驚くかと思ったが、逆に僕の方が驚いた、教室には人がいなかったからだ。
あれ? と思ってから黒板を見て気付いた。『緊急全校集会・体育館に集合』前の黒板にはそうある。
そうか、中庭で戦った、それを目の当たりにしたり要太達から色々聞いたりして、先生達みんなも、生徒を危険な目に遭わせる訳にはいかないと考えて対処に出たんだ、きっとそうだ。





