04 本部と背景
引き出しに入っている箱の中に隠していた『メモ』を、日曜日になってから改めて見た。メモには『次の日曜日の朝十時、洲黒駅の北口で』とある。だからこそこの日に改めて見たのだった。
その場所に向かった。晴れていてよかった。
駅北口に外から近付く。すると僕に手を振る人を見付けることができた。
檀野さんだった。「やあ、来てくれると思ってたよ」彼はにこやかに言った。
あの時は気にしなかったが、年齢の割に茶髪で調子のよさそうな人に見える。三十代くらいか。確かメイクアップアーティストだったっけ、そう名刺にはあったけど。
「で、どこへ行くんです? それともただ話をするだけですか?」
「いや、本部に行くよ。君は色々と知るべきだし、紹介がてらね」
檀野さんが言う本部へと行くため、まずは地下鉄に乗った。
「乗ってる間ゲームなんかはしないのか?」
「スマホでなら、音楽を流すのがほとんどなんですよね」
それよりも。気になったので聞いてみる。
「僕は、その……場所を覚えた方がいい……んですよね? 教えてもらえるくらいだし」
「まあ、通うなら、だけどね」
ならば――と、経路を頭に叩き込むことにした。
とは言っても簡単な経路だった。乗り換えも無し。ただ駒留駅まで直通で行って降りるだけ。
降りたら今度は駅の南口から外に出た。
そしてすぐのバスに乗って、今度は荻赤山スカイライク前――という何ともスタイリッシュな建物の前――で降りて、その建物に入っていった。
色々な店舗が入っているデパートのようだった。モールと言うべきか? 中のエスカレーターで三階へ行き、歩いて洋服店の「グリンモント」に入る。
店員に近付くと、檀野さんは黒いメンバーズカードのような物を『ほかの人に見えないように』見せた。
「こちらへ」
と、通されて行った通路の先の部屋に僕らが入ると、僕と檀野さんを中に残して、店員は扉をしっかりと外から閉じたようだった。誰にも見られないようにしたのだろう。それから檀野さんがこの部屋の奥の床にある蓋を開ける。そこには梯子があった。それを下りると、建物の外壁の中みたいな――いや多分そうなのであろう――通路と階段を通ってどんどん下りていった。
途中で檀野さんが僕に言う。「ここからは地下だ。この地下のスペース自体は、公式にはカモフラージュに使ってる会社の倉庫ということになってる」
そのタイミングで聞きたくなった。「あの、その組織って……えっと、名前はなんでしたっけ」結局、聞きたいことの質問にはならなかった。
「あいつらから聞いたのか」
「ええ、結構たくさん。多分、僕の信用を得ようとしてのことで――」
「そうか、じゃあまずはその情報に間違いがないか、そこを確認しよう」
そういう訳で、歩きながら、ある程度覚えていることを話してみた。
「――よし、嘘はないな。ほぼ君の予想通りだと思う、事実を言えば信用に繋がると思ったんだろう。それと、あいつらにとって最悪なのは、俺達が君を助けてしまうこと。だからあいつらは、『もし俺達に駆け付けられて失敗して、君が事実をどうせ知るのなら、じゃあもうその情報を利用しない方がデメリットが大きい』と思ったんだろうな」
「なるほど……。あ、それで、その中でも僕が忘れてしまった部分があれば――」
今度は情報の補足や穴埋めだ。こう表現すると、何かのテスト勉強みたいだ。
全てあの時の言葉通りに記憶を新たにできた上で、更に分かったことと言えば、こんな感じだ。
・マギウトの使い手は、組織『隈射目』の中にはいない、あくまで隈射目に協力しているだけ。
・マギウト使いの一族と呼ばれているのは、佐倉守の家系の者達。
・佐倉守一族は、『我々のものは我々だけで守り続ける』という姿勢を取っていた。
・組織『隈射目』は、マギウトの練習場を設けてそこを自由に使えるようにする(武士や使用人や旅人に特殊な力を使えることがバレないよう、広くて使い易いのに人に見られないという場所を提供する)、分かったことは逐一報告する、だから研究をさせてくれないか、と鎌倉時代初期から交渉していた。
・両者の存在そのものが昔から秘密で、隈射目は『この交渉も秘密にする』と誓った。
・佐倉守一族がそれならと返事をしたことで組織『隈射目』が研究できていて、だからこそ、佐倉守の家系が組織『隈射目』のマギウト練習場でその練習をすることがあり、そこを僕も使ってよいということ。
・佐倉守に伝わるオーパーツの研究は、昔から組織『隈射目』だけが秘密裏に行っていて外に洩れてはいない。
彼はこうも言った。「もし、この前の事件が彼らの思い通りに運んで、対立が表立ってきたら、外部に情報が洩れるかなんて心配できないほど危険なことになってたかもしれなかったな」
――それは、僕にもしわ寄せが来るかもしれない事態……だよな。情報が洩れていないかどうかは最も重要視されるんだろう、まあそりゃそうか。
ほかにも重要なことが。
・僕と実千夏を彼ら組織が救出した際に捕まったのは三人。あの二人の男もあの女もこの組織に捕まったということ。
「あの三人は組織の裏切り者で、三人ともが元々うちの組織の人間だった」と檀野さんは言った。
なるほど、あいつらも色々知っていたワケだ。
さて。
最後に大階段を下りて行った先に自動ドアがあるのが見えた。彼曰く、「この先の最初のフロアは地下五階に相当する」らしい。
見えた自動ドアから入ると空気が変わったのが分かった。呼吸する度、鼻から新鮮な空気が肺へと入る。
閉め切った空間なのにどういうことだろう、そう思い見渡した。
通路の脇には観葉植物がたくさん並んでいる。広い所にもプランターが少しばかりある。ぶら下げられている物もある。緑が一杯。換気もしていそうだし空気の新鮮さは十分に感じるけど、こうまでやるのは、このくらいやらないと精神衛生上よくないからだろうか。
そのことを問うと、檀野さんは言った。
「ああ、そうだな、実は換気だけでも十分なんだが、彩りは目にもいいし、こうして緑を置くことで不安も減るしな」
やっぱりそうなのか。
うなずいて檀野さんは続ける。「観葉植物もだけど、木そのものも育ててるよ。もっと下にはLEDライトで大量に育ててるエリアもある」
「マジか、木まで」
「杉だけは制限されてて、ほとんどない」
「なるほど」花粉症対策だろう。
うなずきながら頭にインプットしていく。
自動ドアから入って最初に見えたのは前方にある診察・検査室と病室だった。――と一目で分かったのはルームプレートのおかげ。
右手には生物学的研究室と植物研究管理室。左手には手術室と手術用具室。
後ろを振り返って自動ドアの右に見えたのは機械工学研究室、左に見えたのは化学研究室。
それらのプレートの文字を見て、「明朝体……『たから明朝』かな」とフォントを気にした直後、「こっちだ」と言われた。
自動ドアから前について行くように進み、そこにある階段を降りる。
と、次の階も同じような構造。
どうやら一フロア八部屋らしい。「一つの階にロビーみたいな中央広間が絶対あって、その四方に二部屋ずつが基本だ」なるほど。
階段には踊り場があってそこから向きを変えて同じ距離だけ降りるので、広間の下にぴったりと広間がある構造のようだ。
最初の階には専門的な部屋ばかりだった。それが地下五階。
この地下六階は、階段から見て右手には第一給湯室とパソコンルーム、前には風呂付きシャワー室とマギウト練習場、左手には談話室と運動用具室、そして振り返ってから見た階段の右にはトレーニングルーム、左にはリハビリルーム。――この階は趣味や運動メインか。
檀野さんについて行き、まだまだ階段を下りる。
ふと気付く。階段の階層表示。独特だ。『地下』や『B』といった表記はない。地下六階のことなら単に『6』だ。判り易い。入口自体が地下だったし、ここは全部が地下にあるのか? ……そうなんだろう。
そうか、だから地上かどうか区別する必要がないためその表記に? 理に適ってる。