36-3
私は恩田さんが藤宮くんの彼女だと知っている。けど、彼女は私をどう思っているんだろう。「あ、あの、私は――」
「知ってる」恩田さんはそう言ったけど、私を見なかった。そのまま――床を見たまま――。「大ちゃんは」それから間があった。「特別過ぎる……からさ」そしてまた間。「あんな風に、力があって、酷い目に遭ってきて」そのあとも間。数秒の。それからまた。「でも、こんなことになるなんて、思ってなかった」
「恩田さん……」
何もできないで待つしかない無力感の中に、今、恩田さんはいるんだな。そんなことを私は思った。
それがどんなに辛いことなのか。想像しようとすると私の脳がやめておけと警告する。それほどの辛さがあるんだなとただただ思うことしかできずにいた。
恩田さんはついて行かなかった。足手まといになりたくないから? 彼に……無事でいてほしいから? 彼を想って……。多分……。
数秒後ふと、恩田さんが言った。
「教えてくれてありがとう。ちゃんとした……別れに……できたかは、分からないけど。少しだけ、ちゃんと言えて……よかった」
恩田さんは私に薄らとした笑顔を向けた。でも、毅然とした態度でいようとしているだけで、心の中は違うに決まってる。そう思ったからか、私は何も言えずにいた。何か言った方がよかったかもしれないけど、どうしても何も言えなかった。
恩田さんは、彼が帰ってくると信じてはいるんだろう、だから少しは落ち着いていられるのか。それでも待つしかない。それがいつまでなのかも分からない。どうなるかも分からない。あまりにも怖いことで……。やっぱり切なさは半端じゃないはず。
私達のそばには藤宮くんが要太と呼ぶ男子生徒がまだいた。彼は、預かった美術用の道具や教科書を大事に抱えたまま、やり取りを見ていたみんなに向けて訴えていた。
「みんな今の話聞いてたよな! 分かったろ! あいつは俺達のために逃げてくれたんだ! あいつがここにいると俺達が危ないからだ! すげえいい奴じゃねえか、そうだろッ? ジャックした奴が何を言おうが信じるなよ! 絶対に電話するな、自分自身のためにも! お前らの家族とか友達とか、大事な人のためにもだ! ……俺、信じてるからな! みんないい奴だって! ……頼んだからな!」
居間の壁には春彦さんの写真があり、その反対の壁際にテレビが置かれていた。
そのテレビとテーブルを前にして正座し、私はそのテレビでニュースを見ていた。
司会者の男は言った。「一体どういうことでしょうね。事実なら恐るべきことですよね」
するとスタジオの別の(黒髪の)男が言った。「どうせこんなの、嘘偽りでしょう、ただのイタズラですよ」
更に別の(茶髪の)男はこう言う。「あれ? 前にも何かでそんなこと言ってる人いませんでしたか?」
端に座っている女も話した。「まあイタズラだとは思いますけど、どういう意図があってのことなんだろうって思いません? 不思議ですよね」
すると、『前にも何かで』と言っていた茶髪の男は。「いや、待って。イタズラと思いたいのも分かりますよ、でもこんなことイタズラでやります? 不思議なことって、前から結構起こってますよ。もう『そういうフェーズに来たんだ』って思ってもいいと思いませんか?」
「つまり――」と、司会者の男がまとめ始めた。「本当かもしれないから、知っている人は通報した方がいい、ということですか?」
私は思わず口に出した。「あの子はそんなのじゃない。でも、どういうことなの」





