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サクラという言葉も聞こえたし、文脈からしてきっとあれのことだ、と意味が分かりはしたが、さすがに登録すべきだろう。マスクを一旦外して装置の赤いボタンを押し、私は小声で言った。「サクラウルゲノエルダ、ムス、ハンノウキ、ソプス」
多分ルオセウ語を話したのだろう、その男性が、犬神さんに向けて。「反応機には何も映りませんでした」
直後、同じ言葉を――なんちゃらソプスという言葉を――真ん中の男性も、そして女性も声にした。
「今のは反応機という単語の翻訳対象としての登録です」そう言ったのは、犬神さんに答えた男性。
ああ、なるほど。
みんなの納得のあと、同じく左の男性が続ける。「反応機に映らないからこそ、受け継いでいる者がいれば、そしてそれが強ければ、それは脅威です」
確かに脅威だ。僕らの遺伝子が研究されてより強いマギウト使い、変身使いが生まれ、その者達を過激派がいいように使えたら、そしてその強い能力者の位置が感知されないなんてことがあれば、テロが怖いだろう。そんなことを起こされる前に、とは誰もが思いそうだ。
ただ、犬神さんは一つ疑問に思ったようだ。「映らない? それは現在の反応機にも、ですか?」
左の男性が言う。「現在の反応機では、この星の誰のサクラも観測できません」
すると檀野さんが。「逆に古い反応機では?」
同じ男性が。「……今のルオセウには、せいぜい二十四年前までの型しかありません。それ以前の物は残らず分解されリサイクルに回されています。この星に持ってこれたどの型にも、あなた方のサクラの反応はありません」
「だとしても」今度は歌川さんが質問。「うちの研究施設には反応機が一つだけあります、千年以上前のものですが、その年代のものも絶対に残ってはいない、と? そういうことですか? 確実に言えますか?」
「はい、千年以上前のものは古過ぎます」やはり左の男性。「我々の星にはまず現存していません。その複雑さは近年のものとあまり変わらないのです、それを正確に再現するのは、世界一の技術者でももしかしたら無理と言われるほどです。そして現存するどの反応機で以てしてもあなた方のサクラは観測されない、それが事実です」
歌川さんが口を閉ざし、うなずいた。
ふむ、それなら――などと歌川さんも納得したに違いない。
居那正さんのサクラですら反応しない、ということだろう、千年以上前の反応機には反応するが。つまりはサクラの何かが代を隔てて変化し、観測するために感知すべき波長のようなものまでもが変わったのか。
居那正さんが探されていないから心配はそもそも必要なかったが、その理由はこういうことだったのか。
だから彼らはコツコツと拉致、検査、不必要なら殺して遺体遺棄、という方法を……。
色々と噛み合ってくる。が、僕にはまだ疑問がある。
「あの」僕が聞いた。「僕……と鮎持さん家のお爺さんが、その、七十数年前に地球に逃れてきたルオセウ人だった、というのは分かりました。でも、その二人の変身が解けなかったのはどうしてなんですか? もしかしてそれが研究の影響――?」
すると真ん中の男性が。「ええ、確実にそうでしょう。恐らく人体実験をされたルオセウ人の一世代目です。それと、年代的に、ご祖父達がここ地球に来たのは、子供の頃のことでしょうね、しかもより小さい頃に被検体になり、そして保護された」
嘘だろ、と思った。つい言葉に出してしまったんじゃないかと思うほど。繰り返してしまう。「実験、された……一世代目? まだ、子供だった――」
そこで、右の女性が僕に向けて。「変身後の姿を維持できる。その代わり戻れはしない。彼らにできたのはそういう変身でした」
そう言えば、機械と話しているような違和感、あれは本当に半分は合ってたんだな――と、たった今思った。翻訳機を通しての言葉。どこか感情を読み取り難い。そんな感じだったんだ。
そう思う僕と、粋暁さん、それにみんなにも向けて、真ん中の男性が言う。「つまり彼らのご祖父は、この星にやってきた子供の頃に、ルオセウにはもう帰れないと知り、地球人に紛れるため変身し、言葉が分からないなりに、もう戻れなくなった地球人の姿で、誰かに拾われでもしたということでしょう」
なんてことだよ。なんて激動の人生。最初は何もかもが怖かったんじゃないのか? 何かの拍子にバレたりしたら? 恐怖心と常に戦ってたのか? ボロを出さないように、まさに必死に……。なんて人生だ。僕はそう思わずにいられなかった。
どれだけの苦労があったのか。どれだけの精神的な負担があったか。分からないくらいに怖い。そんな人生を生きてきたことを感じさせることもなく、僕らには楽しい時間をくれて……そして、いなくなった。
そういえば、力については教えてはくれなかった、母さんにも。どうしてだろう。もしかしたら、聞かれれば教えるつもりだったんだろうか。それで二十数歳を過ぎて、もう教える必要もない、と? そうなのかもしれない。
僕らの場合は、お爺ちゃん抜きで(父さんに相談したりして)解決したように感じたからこっちからも聞けなかった。聞けば教えてくれたかも。……もしかしたら遺伝すらしてないかもと思ってたかもしれないな。
とにかく。
僕は尊敬してやまない。別の星に来ても生きることができて、寂しくても順応できて、あったかくて優しくて、凄いお爺さんに……そんな人に僕もなりたい、改めてそう思った。
そこで女性が。
「ルオセウは……フロラーダだけに国としては統一されましたが、さきほど言ったように、今でも過激派が――ダウィスファータを取り戻そうとする者や圧政を強いようとする者が――存在します。その一部に不穏な動きがありました。調査によると、元警察上部の――現警備会社社長の――フェンタルディ・ウシュベンという名の男が、地球に、影の部下を派遣したのではないかと見られています。ここでその部下を捕まえれば、ウシュベンの裏の動きを証明できる何かに近付ける、そのために今やるべきことは、置き去り殺人の犯人達の逮捕です、その者達が地球に来た過激派の一味、その可能性は高い、だから私達も追っているのです」
女性が言い終わる。
と、今度は真ん中の男性が。
「ルオセウの個人の宇宙船でも、高額・高性能なものであれば地球に来ることは可能です。宇宙旅行を楽しむ富裕層は多い。我々の星ではそんな時代ですので、ウシュベンの船が登録されているエウヌ宇宙港の情報を目にしても、最初は、ウシュベンが乗ってどこかへ宇宙旅行でもしたのかと思いました。が、目撃情報を得て、そうでないことが分かりました。そもそもそのウシュベンに注目した発端は、搭乗者の中に、認証カードの確認に時間が掛かった者がいたためでした。身元確認をされるのは搭乗者全員。そしてその段階ではまだウシュベンが本物である可能性があると思っていました。実際時間が掛かったのはウシュベンに化けた者とは別の者。現在居住地が違ったのです。ただ、それは更新されていないだけでした。その確認中、受付には、搭乗者達のうち数人が焦っているように見えたようです。それも理由の一つです。そういった経緯で、本当にウシュベンが乗ったのかという確認から入り、出発当時、ウシュベン自身はルオセウ内を遠方旅行していた……と目撃情報からすぐに分かった、ということだったのです。旅行先の警官と街の監視カメラが優秀だっただけで、気付かない可能性はありました。ウシュベン自身は、それほどの変装をしていたのです。そこも怪しい所です。そして。彼が乗っていない宇宙船が、彼が乗っているという体でどこかへ行った。ウシュベンの名を使ってウシュベンでない者が数名を引き連れてどこかへ。怪しい行動です。なぜ自分で行かないのか。たとえば知人を旅行させたいためだけであれば、ウシュベンが受付と話して船を貸すという体でもよかった。ですがそうはしていません。念のため入力されたルートを調べてみました。管制塔にはルートのデータがコピーされます。発着の注意喚起のため現在は必ず。船を飛ばした先で何かあったら、という意味でも。そのデータを見てこの星へのルートだと分かりました。『現地人の遺伝子を実験に利用する可能性がある――ウシュベンは過激派残党だった? だからこその動きであるという可能性が』と疑えたので、それで我々はここへ来たのです」
そう言われて、船のことが気になった。
奏多さんが言う。「でもそれなら、奴らは船を隠す場所をどうしたんですかね、やっぱり俺達の先祖や大樹くんのお爺さんみたいに?」
確かにと思った。佐倉守家にある船も、僕の祖父の乗った船も、ああやって機体が見えている。さっきの話からしたら透明化して地上に降りるらしいが、そのあともある程度は透明なのか? でも、そもそも場所を取る。
僕がそれを聞くと、真ん中の男性が。「我々の星の近代の船は、小型化が進んでいて隠し易いものですが、まあ彼らの船は大きいはずです。エウヌ宇宙港の情報では確か……この星の単位で換算すると……一番短い幅で……七十二……メートル……はあるかと。高さ十数メートルの巨大な円盤型です。確かに隠し難い。ただ、ステルス機能もついています。それは星に近付く際にどんな装置にも捉えられない、そういうものです。船には、ボタン一つで地面を掘って自分を埋める機能もあります。これは九十六年くらい前からある機能で、どんな船にもまずついています。そこの彼のご祖父や連中は、まずそれらの機能を使ったでしょう。ずっと透明かというとそうではありませんが、実体が見えるようになる前に地面に隠すことができます、それゆえに見付からなかったのだと思われます」
そっか、と僕も納得した。祖父の場合どうやって隠したんだろう、とも思っていた、その件も納得。
と、そこで、檀野さんが。「なるほど、じゃあ……奴らの船が、全く無関係の者に目撃されることもない、か」
「ええ、残念ながら。調査無しに目撃されて偶然混乱を招くようなことは、まずないでしょう」女性が肯定した。
「私達の話はこれで以上です。あとはどう対処するかです」と、真ん中の男性が言った。彼が続ける。「彼らはここにいるような力の使い手を捕まえ、その細胞を新鮮に保って利用したがる。つまり、生かして捕まえようとしてくるでしょう、それへの対策と、協力しながらの捜査方法の確立が先決です。そこで提案があります」
真ん中の男性は座り直し、手でジェスチャーを加えながら。「彼らの船が今もどこかの地中に隠れていると考え、土の地面がむき出しの土地、もしくは、掘ったあとで隠された形跡、それらを調べます。郊外の可能性の方が高いと見ていますが、都市部も調べます。そういった地面の調査を二つに分かれて一方のグループが行います。もう一方は廃墟等を調べます。そしてそのためには調査員を何人かお借りしたい。多ければ多いほどいい。そのうち三分の一を都会に、三分の二を郊外にと、そういった割合で二手に分けられるよう協力して頂けると嬉しいのですが」
すると嘉納さんが「ふうむ」と息を漏らした。何やら考えたようだ。数秒後。「分かりました。地方の組織員からもこちらに数人呼び込みましょう、それでどうにか足りるでしょう」
そこで舞佳さんが口を開いた。「あの。前も深くは聞きませんでしたけど、警察はどうなってるんです? 警察の動きは?」
すると歌川さんが。「警察もある程度は動いてるよ、まあ、この真実を話さないでいてくれそうな者達だけで――だけどな。それと、深追いはさせないことにしてる。普通の警察の力だととても太刀打ちできない。俺達や警察には、恐らく銃による攻撃しかできない。機動隊でも機関銃が関の山。彼らに盾を持たせても、顔を潰されたり盾やヘルメットを掻い潜った攻撃をされて、切り刻まれるのが落ちだ。武器も無力化されてしまうだろうな。瞬間の攻撃に対応して盾を大きく作れるのは――しかも自在に動かせるのは――マギウト使いだけだ。だから、怪しい人物を発見したら報告のみするようにと言ってある。基本的にはマギウト使いにはマギウト使い。それが一番いい」歌川さんはそこにいる三人のルオセウ人に目をちらりと向け、首をそちらに傾けた。
「その通りです」右端の女性が言う。「ゲートを使われて同士討ちにされる危険性もあるでしょう。逮捕時は私達にお任せください」
「さて」と、真ん中の男性が先へと進めようとする。
だが、「あのー」と、禅慈さんが。「実感が薄いというかなんというか……、なんか嘘みたいだなって……、いや信じたくない訳じゃないんですけど」
禅慈さんは、手のひらを相手に見せ、『大丈夫、信じたいんですよ』というアピールをしたかのような姿勢を見せてから質問をぶん投げた。「でも……ルオセウ人ならどうして俺らと同じ日本人の姿をしてるんですか? その変身は、さっき言ってた『維持されてしまう変身』ってことじゃないんですか?」
対して、左の男性が。「この変身は、我々の世代になって変化した変身能力のおかげで、元に戻ることも可能なものなんです」
そう聞いて数秒後、「あ」と僕は気付いた。「変身の種類が増えたんですねッ? それで、維持もできる! だからずっと変身した姿のままでいられるし、変身し直すことで元の姿に戻ることもできる。そうか、ルオセウ人の普通の能力者と、人体実験されたルオセウ人の間に、できた子供! そういう人達、いたんだ……。そうなんでしょッ?」だから――元に戻れるから――彼らは安心して変身しているんだろう。きっと泣く泣く変身している訳ではないんだ、僕はそう考えた。
「その通りです」左の男性が答えた。そして続ける。「私達三人は、改造された細胞を持つ種の世代としては、三代目です。私の場合は改造ルオセウ人のクォーター」
次に真ん中の男性が。「私の場合は先々代に改造ルオセウ人が二人います」
「私もクォーターです」これは女性の言。
「私達三人には二、三種類の変身が可能で、維持も可能です。だからこの調査に適任だったのです」とは女性が付け足した。
「じゃあ、鉄の吸収は――」僕が聞いた。
「……? それは何のことですか?」





