34 連中の正体の幾つかの可能性
翌日、日曜日。朝十時。
置き去り殺人との関係性を説明された時と同じように、また、マギウト練習場に十数人で集まった。
ただ顔触れは以前と違う。
というより増えた。あの時の十四人に加え、燐治さん改め粋暁さんの母、谷地越さんのご両親、谷地越さんの母方の伯父(彼が谷地越さんのX線検査の情報を偽った)ということで、計十八人に。
前と同じように、弧を描くようにパイプ椅子が置かれている。今回は三列。最前列は五脚、中の列が六脚、後ろの列が七脚。
その弧の中で、藤宮家は、左側に固まって座っている。右側の大半は佐倉守家の席。後ろのほとんどが谷地越家の席。左隅に、鮎持家の席。
ある時、姉が言った。「お兄ちゃん、今日約束があるんじゃなかったの? いいの? ここにいて」
すると兄が。「おう大丈夫。お前が事故ったことにしてるから」
「何それヒドッ」姉がそう言うと、父が軽く笑った。
ほかの家庭も、そんな会話をしたりしなかったり。
そんなマギウト使い集団の更に左右に、パイプ椅子が二脚ずつある。左の二脚には、外側から、歌川さん、犬神さんという順に座っている。右の二脚には、檀野さんと嘉納さんが座る予定らしいが、嘉納さんだけがまだ来ていない。
そして弧に並ぶ席の中央前方に、こちら向きのパイプ椅子が三脚、横に真っ直ぐ並んでいる。そのうち、こちらから見て右側の椅子には、昨日ガラス板を操った女性が座っていて、真ん中の席には、三十代後半くらいの、短髪の男性。こちらから見て左の席に座っているのは同じく短髪の男性。歳は同じく三十代後半くらいか、それより少し下か……くらいだろう。
左端の男性の方が真ん中の男性よりも清潔感がありそうに見えた。多分服の着方のせいだ。この男性は紳士服をビシッと着ているが、真ん中の男性はラフで動き易い格好をしている。……見ていたら、何だか真ん中の人が軍人に見えてきた。
彼らはなぜか三人共マスクをしている。そしてそれぞれのマスクからは細いコードが出ていて、それはマスクの紐のように、装着者自身の耳に取り付けられたイヤホンと繋がっている。
そう言えば昨日のあの女性もあんな感じだった、マスクとイヤホン。
確かに彼女らは犯人像とは違う。置き去り殺人の犯人達はマスクなどしていなかった。だから信じられるという面もあるのだろう。
だけど気になる。何か僕らが予想もしない理由があるとしても、この三人はなんでマスクをしてるんだ? 顔を隠してるだけ?
少し経って、ラフな格好の男性が腕時計を確認した。最後の一人はまだかな、ということだろう。
その三分後くらいに大扉が開いた。そして入ってくる。嘉納さんだ。
彼は用意された席に歩いてきながら。「遅くなって申し訳ありません、別の件でごたごたしておりまして」そして嘉納さんが檀野さんの右隣に。
――と、協力するという三人の真ん中の男性が。「いえ構いません。あなたがリーダーだと聞いています、あなたのような者が伝聞で知るだけ、というのはまずいでしょうから」
嘉納さんはうなずいた。そして深く頭を下げた。「ご配慮いただき恐縮です。では早速ご説明をお願いします」
頭を上げた嘉納さんに手でどうぞと示され、真ん中の男性はゆっくりとうなずいた。「ではお話し致します」ただ少し考えたようだった。何から話すべきかじっくりと練ったのだろう。そして。「私達は……ルオセウという星から来ました」
「へっ?」
何人かがそんな声を上げた。
それ以外の者は無言。無理もない。あまりの衝撃で、反応すら忘れる、それほどのことだった。
男性は続ける。
「私は今、このマスクの裏に取り付けている翻訳機というツールを通して話しています。これは異星間交流のためにルオセウで以前から作られていたものです。インプットにはここ日本で使われる電子辞書やあらゆるシステムの音声データを使いました。インプットした音声は肉声のみです。どの音がどの文字に対応するかなどは解析済みです。音の高さや長さ、発音、抑揚、装着者の声質や叫びのレベル、感情による変化、かすれ、とにかく様々な要素によって、間違いなく自然な肉声に聞こえるはずです。ですが、感情がさほど込められていない時は機械的に聞こえ過ぎる場合があります、選ぶ単語によっては堅苦しく感じさせてしまうかもしれません。しかしそれらは翻訳によるものです、ご了承ください」
男性はそこで一旦呼吸を整えた。一息に話したあと次に何を話すか、整理し直そうとしたのだろう。
その間に僕は思った、昨日あの女性がマスクをしていたのもそういうことだったのか、と。
男性がまた話し始める。「さて」深く座って、言う。「私達がこの星に来た理由をお話ししましょう。我が星ルオセウでは、約六十年ほど前まで、とある戦争の時代でした。それも終結したのですが、残党である過激派と呼ばれる者達は、我が星のそこかしこに、いまだ潜んでいます。そして一年以上前、一隻の宇宙船が偽りの搭乗者を連れてどこかの星へ向かったことが分かり、調べた所、それがこの星だと判明しました。それゆえ我々が調査をしに来ました。我々が来たのは約九か月ほど前です。そして昨今の置き去り殺人の犯人がルオセウの過激派の仕業なのではないかと疑ったのは、ほんの三か月前――」
――話はこういうことだった。
ルオセウには二国しかなく、その二国は争っていた。
ダウィスファータとフロラーダ。
ダウィスファータは強引な政策を取ることが多く、フロラーダは毅然とした態度でそれに冷静に対応、そういった関係だった。
ルオセウ人は変化していた。反応機に映らないレベルの者が増えていた。
その『反応機に映らない者』を双方の軍が利用するのは当たり前だった、ダウィスファータ側は戦うためにということだったが、フロラーダの場合は戦力の犠牲を減らすためという意味合いが強かった。
ある時、ダウィスファータのある者が、『反応機に映らない性質を持ったまま強力に進化した状態の人体兵器を得られないか』と考えた。
ダウィスファータにそういった研究施設があるのではないかと考えたフロラーダ側は、ルオセウ両国間協定により、人道的ではないと説き、その施設があれば違法と認めるとして捜査し、発見、占拠、研究阻止に成功した。
研究対象となっていた者を保護したフロラーダのとある軍基地が、その後攻撃された。それは、今から約七十四年前のこと。ある者は戦い、ある者は逃げた。特に、人体実験をされた者は、保護されたことに恩を感じ、フロラーダに味方した。
その戦いの中には人体実験をされたもののまだ力をうまく扱えない者もいた。そういった者の中には、近くの宇宙船保管庫に避難した者もいたかもしれなかった。
フロラーダの調査機関は出発記録を調べた。それによると、目的地はデータ入力で指定されていたと分かった。
そのルートが問題だった。なぜ目的地が指定されていたのか。その指定は、一度でも渡航に成功し、航路が確立されていなければできない、とのこと。
調査の結果、千年以上前にも同じような『宇宙船による避難』があったらしいとのことだった。
その時に逃げて日本に降り立ったのが、佐倉守の祖先のルオセウ人だということ――。
当時も戦争が(今よりももっと複数の国によるものが)あり、数名が宇宙船を飛ばして逃げ延びた。どこか暮らせそうな星を目指して宇宙船はとにかく動いた。が、逃走先の環境が悪く、降り立った星で死んでしまったルオセウ人もいたし、船の中で死んだ者もいた、そういうことが分かっているらしい。燃料切れや岩石との衝突で、と判明した者もいたとか。
そして、どこかの星に停まった宇宙船の位置データは、当時も今も、発着場と時代の差はあれど、宇宙港の管制塔に送られ続ける。
そのデータ送信部を完全に破壊しない限り、もしくは、専門家が特殊な手順でスイッチを切らない限り、その位置データは送られ続けてしまう。だからデータがある。
その時のデータから、『その経路の先にある星――中でも唯一、地球――には、生命と、暮らしていけるだけの土地、自然、空気が十分にある』と知れた、いとも簡単に。
そして地球とルオセウは成分的にも似ている、ということを調査機関の者は知っていた。
約七十四年前の問題の場所であるウジアル宇宙港(被検体となった被保護者達のいた軍基地近くの宇宙港)に勤務していた一部のフロラーダ人にもそれらの知識があったらしい。逃げた先であるその宇宙港にまで攻め入られ、これ以上の危険がない場所へ送るつもりで――生きてさえいれば――という事だったのだろうとされている。データを入力し、目的地を地球に指定したウジアル宇宙港勤務の誰かが、何人かを逃がした、と。
……ただ、送った者はその当時(恐らく送った直後)に亡くなっている。
臨時の出発だったからか『どの船がそうだったか』が船の形状も含め分からなくなっていた。結局、当時から数年、船は戻ってくる航路を取っているものと思われ帰還を待たれていた。
しかしいつまで経っても戻って来ず、次第に忘れ去られ今に至っているという。
その当時に地球に逃げることができたのが、藤宮大樹ら三兄弟の祖父と元鮎持燐治の祖父、この二人。
その経緯から地球へのルートとして参照できるデータは増えた。
それらのデータを使って宇宙空間長距離移動用ゲートを進行度に合わせて自動的に設置する航行方法を取り、そのゲートを何度も通って一か月掛けて移動。地球付近の宇宙空間に出現する最後のゲート(大気弁付き透明ゲート)を超える際には透明化した船で通る。その後、地球の地上四十キロメートル以下に、音もなく、空気を宇宙空間に逃がすこともなく、地球の成層圏より内側に入る。そして透明なままゲートを消し、船も透明なまま下降。
そうやって地球人が近くにいない場所に着陸し、過激派を追っているのだという。
そして過激派もその方法でやってきたはずとのこと。
そこまでの話を聞いて、僕は悲しくなった。異星の戦争なんて想像もできない。どんなに辛いかも分からない。まるで地獄の底――そう言い切れるようなものだったのかも――。否定できない。何も知らない僕には、どんなに想像を巡らせても、その悲しみを分かった気になるだけ。どんな感情を得ても、ふさわしい感想を抱けたという実感は湧かない。それほどの悲しいこと……。
祖父達二人がどんな想いで来たのか。友人や家族に別れを告げることもできなかったんじゃないか。あまりにも緊迫した状況。死ぬことだって覚悟したかもしれない。船の中で。降り立っても。船に乗るまでの間にも。いつまで船の中で、そうも思ったかもしれない。食料は足りるのか。酸素は足りるのか。もし降り立てても呼吸はできるのか。もし別の星に行けても、そこには何があるのかさえ……。怖かったに違いない。
そんなことを思うと悲しくて仕方なかった。
それに地球に来てからも色々あったはず。
……そして、もういない。あの夕暮れを思い出してしまう。
ふと檀野さんが聞いた。「彼らは何の理由があってここに? なぜ地球に。そこのところは分かってるんですか?」
すると、三人が座るうちの――こちらから見て右端の椅子がギシッと鳴った。
そこに座っている女性が答えた。
「推測ですが、彼ら過激派の残党は、地球にルオセウ人が降り立ったことがある可能性を知り、種としての強化に利用できる遺伝子等が地球にあるのではと考えたのだと思います。千八年以上前にもルオセウ人が来ているし、七十四年前も。それを知って『立派に研究対象になる』と過激派の研究者が思ったのでしょう」
すると犬神さんが聞いた。
「彼らは――あなた方もだけど――、反応機でサクラを探れなかったんですよね? 居那正さんも無事だし。それはどうしてなんです?」
それには左の男性が。「ハン……ノウキ?」何やら疑問に思ったようだ。





