31-3
自分の部屋に戻る時、持ってきたスマホで家に電話を掛け、部屋に誰もいないことを確認してからゲートを繋いだ。
ゲートルームのドアを閉め、施錠し、備え付けの棚に鍵を置くと、ゲートルームから自室に戻る。
そして、さてどうするかと考えた。
僕が思い出したのは谷地越さんのことだった。
彼女に変身について話したかは覚えてないし、だからこそ注意を促したかはもっとあやふやだ。
まあそれはいいとしても、ついさっきまで、彼女の力の原因は華賀峰の人間にあると思ってた。だから僕は鉄の吸収について彼女に何も聞こうとは思わなかった、相談相手にならないと思っていたからだ。
佐倉守や華賀峰の者が鉄の吸収のことを言わなかった。檀野さんも聞いたことがないって言ってた。だからこれでいいんだと思ってた。でも、こうして色々と判明したあとでは――いや、船の違和感に気付かなかったり、鉄の直接の吸収が可能になって最初に谷地越さんはどうなのかと思い付いたりしなかったのがそもそも間違いだったけど――聞かないでいるのは、不正解でしかない。
燐治さんの場合と同じく対処すべきなんだ。
……これらが、さっき燐治さんの前で気付いたことだった。
谷地越さんの祖父母のうち一人が、もし僕の祖父のような存在なら? そうでなくても、何かが原因で鉄を吸収できる力を谷地越さんも持っていたら?(いつからかは分からないけど)そうだった場合、肝心の変身は? 谷地越さんは力をほとんど使わなそうに見えるけど、どうなるかは分かりゃあしない。
それらの考えのせいか、不安は大きくなった。
どうすればいいのか。僕は谷地越さんの住所も電話番号も知らない。
学校に電話するか? リビングの固定電話の近くの棚に電話帳がある、その中に学校へ連絡する時の番号もあるはず。駆け出そうとしたが、その時気付いた。いやいや、僕よ、どう聞くつもりだったんだ? 男が『女の電話番号や住所を知りたい』と電話で学校に? 当直の先生かなんかに詐欺師みたいに思われたら? こちらも理由を言えないし、そうなると、多分教えてもらえない。ほかにどうしたら。
考えろ。考えろ。
自分に言い聞かせてから、ハッとした。そうだ、谷地越さんは文系と理系どっちを学んでるんだ? ああ、でも、分かりゃしない。もし同じ文系でも担当パターンが幾つかあるから会わないなんてこともありうるんだ。
そうか、じゃあ、とにかく同じ授業を受けてる人を探せばいい。
そうだ、実千夏はどうなんだ? 二人が同じ音楽クラスを受けていてよく話すような関係だったらもしかしたら――。
谷地越さんが音楽を選択していると信じ、実千夏に電話を掛けてみた。
電話口に言われた。「やほー、大ちゃん何してた? 私はね、さっきテレビ見てたんだけどね」
「あー、僕はちょっと考えごとしてた。で、ちょっと急いでるんだよ、悪いんだけど、谷地越さんの電話番号知らない?」
「え? 谷地越さん? ……なんで?」
「え? や、実は……」どう言ったらいいんだろう、と濁し方を考えてから、あ、隠す必要ないや、と思った。「実は谷地越さんもマギウトを使えるんだよ」
「えっ?」
私はベッドで正座した。そこで寝転がって雑誌を読んでいたけど――テレビを見ていたというのはそれよりも少し前の話で――読んでいた雑誌を閉じると、枕元に置いた。
そしてスマホを丁寧に持ち直した。
「ど、どういうこと?」
誰にも聞かれてないよね? と私は少しだけ焦った。ドアの方を見る。ちゃんと閉まってる。この季節、まだ夜は寒いし、窓も開けていない。
大ちゃんは少し間を置いた。伝えたいことを頭の中で整理したのかも。
少しの間のあと大ちゃんは早口に。「前に相談されたんだよ、谷地越さんも力のせいで何かが起こったらどうしようって悩んでて、でもその時は、その……何も……悲しいことになる要素があるなんて思わなかったけど、もしかしたら谷地越さんの場合、変身したら戻れないかもしれないんだよ、だから知らせないとやばいって思って。電話番号知らないかな、もし知ってたら教えて」
そ、そういうことなら、と心の中でも少し焦ってしまいながら、私は。「ああ、えっと、多分知ってる、ちょっと切るね」
「オッケー」
通話を一旦切って、僕はつい、よしっ、と拳を握った。まだ確定ではないものの、希望がある。
次の通話を待つ。その間にメモとペンを机に置く。
電話が鳴って、画面を見ると、実千夏とあった。出る。「もしもしっ」
「あ、もしもし、あったよ」
僕はまた拳を握った。
「じゃ言うけど、メモの準備大丈夫?」
「オッケー大丈夫」
番号を教わると、まず礼。「ありがと! こっちの話もすぐに終わると思う。何か話したいことがあったら――ごめん、終わってから実千夏と話すから」
「うん、分かった。そんなに気にしなくていいからね」
「ありがと、じゃ、またね」
「うん、じゃあまた」
言われてから通話を切る。それから谷地越さんの番号を一つ一つ、間違えないように押した。
出てくれるまでの間に考えた。谷地越さんは確か、隈射目に関わりたくなかったんだ、僕が教えたからその存在を知ってはいるけど、多分連絡を取り合ってはいないはず。彼女の話は僕の耳に入ってきてない。本部でも一度も見たことがなかった。多分反応機にも今まで一度も映ってない。そんな話聞いたこともないし。だから今まで本部で会わなかったのは当然。
これからも多分、隈射目に関わらせることはないだろう、けど、この危険性だけは伝えておかないと。
もしかしたら谷地越さんが本部の誰とも連絡を取れない、知り合いですらないかもしれないから、関わらせない前提でならだが、知り合いになるくらいはさせた方がいいかもしれない。
と思った時、谷地越さんが出た。「もしもし、どちら様でしょうか……」
かなり警戒されている。ああそうか、非通知ではないにしろ、未登録の誰かから電話が掛かってきたんだ、そりゃそうなるってもんだ。
「谷地越さん? 僕だよ、藤宮大樹。前に話してくれたよね、マギウトの――不思議な力のことで」
「ああ、藤宮くん」
「うん。でね、その力に関することで、大事な話があって電話したんだけど――」
燐治さんに話したことや鉄の吸収を僕ができるようになったこと、谷地越さんもそれができるようになるかもということや、血の繋がりの関係、それから変身の危険性――とにかく全てを僕は話した、危険性を特に強調して……。
すると。「え? 私、変身願望は色々とある方だと思うけど、そんな変身なんてしないから、多分違うと思うけど――」
考えてみれば僕もそうだった。変身願望はあったが最初の頃は変身しなかった。ある程度練習して、成長して、それから……、そうだ、『最初』は、切羽詰まった状況になって、それで変身したんだ。
とにかく谷地越さんは、今まで変身したことがないのか。
「それならいいんだけど。もし能力の――というか、サクラの――濃度的に今までは不可能だっただけとかだったりしたら、その……あとあと変身できるようになるかもしれないからさ、もしそんな時が来たら……」
そこで言葉が詰まってしまった。
「そんな時が来たら? って、変身したら、もう手遅れなんじゃない?」
そうだ、そのことに気付いて詰まってしまったんだ。
「あ、ああ……、そうなんだよ。だから、もしそんな時が来そうなら――それくらいにサクラの量が増したりマギウトの操作の……滑らかさが増したり、そんな感覚にとにかくなった時――、それかサクラを使い過ぎて鉄の直接的吸収ができるようになるかもしれなくて……、それも原因かもしれないんだよ、今言ったみたいに『変身可能になったかもしれない』って思えた時、この話を思い出して注意してほしいんだ、それならできるよね?」
反応を待ったが、谷地越さんはしばらく無言だった。数秒後。「ありがとう、心配してくれてんだね」
「……うん、まあそりゃね。事が事だし」
「そっか」谷地越さんは静かな声で納得……というより理解を示した。そんな感じだった。そのあとで。「本当にありがとう、私のことは心配しないで」
「心配はするよ。でもまあ……大丈夫そうなら、それでいいけど」
一応は大丈夫そうだが。これでいいんだろうか。
まあでも、やれることはやった。ちゃんと言ったし、伝わったはず。
よし、それならあとは……?
「そか。よし、じゃああとは……、あ、あのさ、隈射目の人と――僕が前に言った組織の人と、連絡を取ってたりする?」
「ううん、連絡なんて取ってないよ、私、会いに来られたことだってないし」
そうか、ならやっぱり言うべきだな、僕はそう思って。「あのさ、本当に隈射目のこと、知らなくていい? 関わることを拒否したっていいと思うんだ、危険な現場に絶対に行きたくない人だって……、いや、組織内には、どうかな……、でも、いると思うんだ、現場に行かずに安全な場所で協力する人だって、ね。守ってもらえるかもしれない、だから、連絡を一方的に取るくらいでもいいと思うんだよ。それは谷地越さんを守ることにも、その『力』を守ることにもなる、組織はそういうメリットを大事にすると思うし、嫌がる人を現場に強引に出す人なんていないと思う。なんというか、持ちつ持たれつにはできると思うんだ、だからさ、話して知ってもらおうよ、『怖くて協力はできないけど』って感じにさ」
長々と喋ってしまった。が、どうだろうか。
「そうだね、なんか色々最近あったんなら……そうしてた方がいいのかな。じゃあその……、連絡先、教えてくれる?」
「それでもいいけど、ゲ」
と、言い掛けて、僕は『谷地越さんがゲート能力をもし今も知らないなら』と考えた。彼女に能力を教えるようなことをするのはきっとよくない。怖がっているのに、興味を持たせるようなことは。
できることが増えて恐怖の度合いが減った時、何か責任を感じて関わりたくなる、そんな質だったら……。もしそうなら、技術を教えるようなことをする訳には。
「んー、そうだなあ、分かった、ちょっと待ってて」
そうして僕は電話帳の番号を確認した。さっき同じようなことをした実千夏は多分紙の電話帳を見たんじゃないかと思うが、僕の場合はスマホで通話が繋がったまま。
多分連絡先としては、格闘や調査と関わらない人がいい、交渉役も――檀野さんも避けるか、そう思って国邑さんの番号を見た。
それを教えると谷地越さんは。「ありがと、すぐに電話してみるね」
「うん、それがいいよ」
「じゃあ」
「うん、じゃ」僕はそう言って通話を切った。
これできっと大丈夫。
谷地越さんは多分変身しない、できるようになるほど力を使わない、鉄の吸収も触れて直接――なんてことができるようにはならない。そういう人だ、力を恐れてた。
けど、もし何かの拍子に僕みたいに事件に巻き込まれでもして力を使わざるを得なくなったら?
そうやって能力が成長してしまうと変身の危険性は上がる。それを恐らく防げる――だけじゃなく、守護が付く。彼女の安心感はきっと以前より増したはず。
……あ、そうだ、実千夏と話さないとな。ちょうど話したいことがあったみたいだったのに、ほかの、しかも女の話で遮っちゃったし。
そう思って実千夏に再度電話。「あ、もしもし? ありがとね、ちゃんと忠告できた。助かったよ」
「そっか、ならよかった。というかあの人もそうだったなんてビックリ。授業でしか見ないけど、スンゴイ身近にいたんだね。ほかにもいるのかな?」
「ほかにも? さあどうなんだろうなあ……。華賀峰家の……古い誰かの、んー、若気の至り? がどれだけのもんだったかによる……けど、まあ、昔愛人が一人二人いたら、その家系の家族だけ……だよね、多分。んで遠くに引っ越しでもしなきゃ、身近にいても当然かもね」
「そっか……、そんなもんなのかな……」
「だと思うよ」
そう言ってからしばらく間があった。それから僕は。「あ、でさ。さっきの話だけど」
「ああ、大ちゃんは何してたの――って聞いたけど、考えごとってそれだったんだよね?」
聞かれて僕はうなずいた。電話越しだけどやっぱり首は動く。「うん、そう。で……、実千夏は? えっと、何してたんだっけ」
「あぁ実はね、テレビ見てたんだけど、面白い場所があんのよ。森の中みたいなフクロウと一緒の空間を味わえるお店があって――」
こんなのは何気ない会話だ。でも、こういう時にその声を聴けることは、僕に幸福感を与える、とても大きな幸福感を。「え、面白そう。ちょっとそこ行ってみたいな」
「でしょ! 私も行ってみたいと思ってたの! 明日はスカイライクだけど、別の時にそこ行こうよ」
こんな風に言われると、どこまでも楽しい気分になれる気がする。
「うん、行こう行こう」





