31-2
「案内するって言ってるでしょ!」
僕を追い越した犬神さんについて行って、地下十一階まで階段を降り、「こっち!」という声を聞いてその声の方へ。
そうして六〇四号室の前に辿り着いた。
ドアを開けようとした。が、施錠されている。
仕方なくドアを叩く。二度も三度も。
「燐治さん! いるなら開けて! 変身しちゃ駄目だ! もしできても戻れないかもしれない! やっちゃ駄目だ! 何も連想しちゃ駄目だ! 燐治さん!」
しばらくするとドアが開いた。中から燐治さんが、寝ぼけ眼で現れた。
以前と同じ姿の彼が気怠そうに言う。「なんなの、一体」
「よかった……!」安心すると、僕はその場にひざまずいた。「ごめんなさい、燐治さん。変身を促したりしてごめんなさい! 戻れない可能性に気付くべきだった。あんなこと言うべきじゃなかった! もっと考えるべきだった……。本当に、ごめんなさい……」
謝っても謝り切れない。たとえば犬になってみたいなんて彼が思って変身できたら残りの人生ずっと彼は犬として過ごすかもしれなかったんだ。そう思うと涙がこぼれた。安易に知らせるべきじゃなかった……。
「あー……その、ええと」燐治さんは少し戸惑ったみたいだった。数秒してからどう話すべきか、考えがまとまったらしい。「いいよ、そこまで謝らなくても。ありがとな、心配してくれて。ほら、俺、何も変わってないだろ、だからもう気にすんなよ」
その瞬間、僕の涙は滝のように溢れた。
でも、その涙を拭いて立ち上がった時、僕は、涙に物を言わせたみたいで自分が嫌だと思った。
燐治さんの目を見つめ、僕は言い放った。
「僕を殴ってください」
燐治さんは少し考えた。そして。「分かった」
そう言うと彼は僕を殴り飛ばした。それから僕に言い放った。「俺はさっきちょうどな、できるとしたら何に変身したいかって少し考えたんだぞ、答えは出なかったし何もしっくりこなかったからいいけどよ。もし変身してたら、その姿のままだったかもって? ……今度からよく考えろやクソが! 分かったか!」
「はい……! すみませんでした!」
僕がそう返事をすると、燐治さんはニカッと笑った。「さ、このことはもういいだろ。俺、今、退屈だからさ、この際だ、なんかちょっと付き合えよ」
「……はい」
また僕は泣いていた。やっぱり僕は涙脆くて駄目だ。感情に訴えられたらどうなってしまうんだろう。酷い連中が心を揺さぶってくるかもしれない。心を強く持たないと。そうは思うのに。さっき殴られたのだって、儀式的にすれば自分を許せるんじゃないかって、計算してる……? 差し引きゼロにしたいだけみたいで。そんな自分をやっぱり許せない。僕は弱い。どうやったらいいんだろう。どうやったらよかったんだろう。……考え続けなきゃいけないんだ、責任を感じながらどんな時も最善を考えて……。この失敗みたいにならないように考え続ける。考えて、考えて……、それが、今唯一見出せる答えなのかもしれない。
ひとまず答えを出せた気がして、部屋に入ろうとした。が、その時、もう一人伝えなきゃいけない相手がいる――と気付いた。つい立ち止まる。
「私は会議室に戻るわね」と犬神さんは急に立ち去った。自分がこの場に必要ないと思ったのかもしれない。見送る。
犬神さんは手を掲げた。つられて僕も。
手を振り合うことはなかった。あっさりしてる。何だかしつこくない大人の態度に見えた。かっこいい、犬神さんも。素直に思う。
それから僕は燐治さんの方へ少しも近付かなかった。去ろうしたが、何かその前に去りたくなった理由を言うべきだと思って、でもなんて言えばいいのかと答えを出せずにいた。
すると燐治さんから。「おい、どうしたんだよ、お詫びに付き合ってくれって。おい。おーい」
「あ、あの。もう一人伝えなきゃいけない人がいるんです。さっき思い出して。だから――」
すると、燐治さんは廊下の壁に手を突いて。「なんだ、そういうことならいいよ」何事かと思った、と心の中で言うくらいの間はあったんだろう。多分それから。「じゃ、行ってやれよ。俺は一人でもいいから。石粉粘土が少しでもあればもっと気楽なんだけどな、独学するだけで暇潰しになるし。……だからほら、用があるなら行けよ」
「すみませんありがとうございます、じゃあまた!」
「おう」
言われて、僕は走ってその場を去った。





