31 不安
「とりあえず君を別の大学に通わせる手続きをする。それから、今は地下十階以下の居住階層に住まわせることにする。というワケで、案内しよう、ついて来な」
俺はそう言って、燐治くんを更に地下へと連れていった。
居住階層はマンションの1LDKのような部屋を何列にも連ねている感じだ。その地下十一階の右から六列目から、奥の方へ歩きながら、俺はそれぞれの部屋のドアの取っ手を見ていった。
ドアの取っ手の横に青いランプが点いているのが誰も住んでいない印だった。六〇四号室には誰も住んでいないらしい。
俺はそのドアを開けた。「とりあえずここに入ってくつろいでろ、鍵はこれ」
開けたドアの近くの棚に置いてあるキーを取って、燐治くんに渡した。
「部屋ん中は快適にできてる、ソファーも保存食もある。が、それ以外……きちんと調理されたものを食べたければ、食堂だな。それ以外の、掃除道具やベッド、布団、風呂も完備してる。いい所だが、ここを去る時は、後始末をきちんとしてもらうからな、散らかすなよ」
「はあ」燐治くんの気のない返事。
まだあまり飲み込めていないのかもしれない、気持ちは分からんでもない。
「少し下の階に行けば俺達専用のコンビニもある。何かつまみたかったらそっちでもいい」
俺は去ろうとした。すると。
「あ、ありがとうございました……、その……えと……」
「歌川だ」
「……ウタガワさん、すみません色々と」
「いいってことよ」
俺が第二会議室に戻ってきた時、風浦が、何かの用紙と睨めっこしながら。「やっぱりか」
「ん? どうした?」
俺が言って近付くと、風浦が。「車検証だよ、あいつらの車で見たんだ。でも、あんな風に車で追ってくるくらいだ、マギウトまで使った奴らが、足が付く物を車の中にほったらかしにするとは思えない。なのにあった。変だと思うだろ?」
「確かに、足が付きそうなものは普通載せないな」
「で、調べてみた、どこかで見た名前だと思って……、そしたらビンゴだ」
「やっぱ盗難車ってことだよな」俺は紙切れを手渡されながらそう言った。
それを見た俺に、風浦が言う。「歌川はどう思う? これはあの事件の被害者の名前だ。これが本当なら――」
「いつからなのか……ってか? 確かに不思議だけど、なんで奴ら、こんなことしてるんだ?」
俺が新たな疑問を提示したら、風浦は、無言でこくりとうなずいた。そして。「大元の理由なら俺にも分からん」
そこが謎なんだ、といううなずきだった、そういうワケかい。ああ、こりゃ難題だね。
俺がソファーに寝転がっている時に、インターホンが鳴った。玄関に向かい、扉を開ける。
六〇四号室の扉の前にいたのは檀野という男だった。「いたいた、ほれ、カード」
「ああ、あざす」
俺の若者言葉の礼を聞くと、檀野さんは言った。「じゃ、ゆっくりくつろぎな。すぐに対処は終わる、それまでそんなに待つことにはならないと思う。貴重な体験と思って楽しむといい」
「はあ……」間の抜けた返事をしてしまう。
檀野さんは、そんな俺の背を軽く叩いた。ポンと音が鳴る。うわ、と背を伸ばした俺に向かって優しそうに微笑むと、彼は「じゃな」と言ってすぐに去ってしまった。
そんなに待たないと言っても、実際どのくらい掛かるのか。俺はなぜかそれを聞けなかった。すぐに平穏な外の生活を送れるようになる、そう信じられたからかもしれない。
ロッククライミングやその日のデートをキャンセルしていた。燐治さんのことを知り走り回ったのはそれから。別の日にしてもいいかもと最初は思ったが、もしそうしていたらどうなっていたか。
実千夏とのデートはいつだってできるし、埋め合わせだってする気持ちはある。「今来れるか」と言われたほどの情報を、すぐに聞かないで何かあったらと思うと。だから駆け付けたが、僕が行かず、その日に燐治さんに誰も会いに行かなかったら、燐治さんはもしかしたら。
そう考えると恐ろしい。
そのキャンセルの代わりに、実千夏に言った。「日曜日、デートしようよ。今日の埋め合わせ」
「ホントに? じゃあ――」その声に多くの期待が込められているのがよく分かった。
まさか組織・隈射目の本部が隠されているスカイライクに行くことになるとは思ってもいなかった。実千夏がそこに行きたいと言ったのだ。洋服店グリンモントの人には知らない振りをしてもらおう。
日が変わる前の夜。まだ土曜日。
家で、自分の机を前にして宿題をしている時、スマホが鳴った。画面に出たのは『右柳さん』の四文字。
「もしもし」
「ああ、大樹くん、実はね」犬神さんだった。右柳さんのスマホを借りたんだろう。彼女が続ける。「分かったことがあって、それを伝えたかったのよ。船のことなんだけど――」
「え? 船?」一瞬、燐治さんのことかと思ったが。
「そう、あなたのお爺さんの、春彦さんの船。あれに乗ってきたルオセウ人は、二人いただろうって話よ」
「えっ」
祖父以外にもいた? ホントに?
本当なら、その人はもしかしたら何かに関わっているのかも。
あの追手の連中にも影響を? 捕まってしまったとか、そういうこともありえそうだ、だからマギウト使いがあんなに……?
直接話を聞きたいと思ったので、そう話してゲートルームにゲートを繋いだ。いつものようにゲートルーム内の棚に置いている鍵を使ってドアから出ると、閉めて錠を掛けて鍵をポケットに。
それから練習場を通って広間に出る。と、そこに犬神さんがいた。
連れられて第二会議室へ。
僕は椅子に座ったが、犬神さんは机に座った。
犬神さんはそれまで持っていたコーヒーカップを少し離れた所に置き、丁寧に説明した。
「船に髪の毛みたいな物があったのよ。で――、どんな存在の毛なのかはともかく、複数の存在の毛なのか一個体だけのものなのか、それが知りたかったから、地球の技術でだけど毛同士の鑑定をして、その結果が出た。数回鑑定した時、一致する物も一致しない物もあることが分かったの。それで、たとえば髪Aと髪Bを鑑定して、その結果一致しない場合、今度は髪Cと髪Dでも一致しなかったという組み合わせを探して、髪Aと髪Cが一致するか検査したの。それが一致する場合、髪Bと髪Dは必ず一致する、ということが続いた。完璧な検査をするために毛根と思われる部分が残っている毛だけを使ったんだけど、それで、髪Aと髪Bの二種類を基準にして、どちらに一致するかっていう検査だけを最後まで通してやってみた。採取された全ての検査可能な髪……らしき物質のDNAは、どちらかに必ず九十九パーセントほど一致した」
手でジェスチャーを加えながらの犬神さんの説明は、僕にはとても分かり易かった。「え――ってことは、じゃあ、絶対に二人だと分かったってことですか? 三人とかでもなく」
「そう。絶対に二人。三人以上だと全然違う結果が出なきゃおかしいのよね」
「なるほど――」
僕はうなずき、そして思い出した。家族と一緒に見た船。あそこで僕の母方の祖父がルオセウ人だったことを実感して、ルーツが分かったのに、なぜか不安になった。あの不安はこういうことを頭のどこかで予感していたからかもしれない。
それにしてもと思った。宇宙人に対するDNAの鑑定……、通用するんだな、と。まあ、未知な部分を解析することと一致率を見ることはまた別……か。考えてみりゃそうだけど、それとできるかどうかもまた別かもしれない。
佐倉守家や僕らのこと、それに加えてお爺ちゃんの細胞もあっただろうし、秘密裏に利用して検査の精度を上げてる可能性は? ある、か。……ああ、そもそも、佐倉守家に色々残ってたのかもしれないな。それを手掛かりに精度がずっと前から上がってた可能性はあるのか、ルオセウ人に近い細胞に関しても。まあ、もしそうだったとしても、どうやってるかなんて分からないけど。
本当はこんな発想、突飛過ぎるかも――なんて思った。昔の佐倉守の遺物やマギウト使いの細胞をサンプルになどしておらず、技術向上したりせず、普通に宇宙人にも通用しただけ、ということもありえそうだし。
そんな風に検査のレベルを上げてきたのかどうか。それを僕が問うと、犬神さんはコーヒーを飲みながら。「そうよ」
「え、ホントに?」ついタメ口になった。
犬神さんはうなずいてから。「こんなことができるなんて他言無用だけどね」
「――ですね」そもそも人に言えない、だから、このことだけを人に言うなんて、もっとありえない。
「それにね」犬神さんはカップから口を離し、付け加えた。「前に……華賀峰家とのDNA鑑定もやったんでしょ? それも、そういう技術革新があったからできたことなのよ」
「あ、そっか」
「ま、この革新は、表の技術革新には全く影響を及ぼさなかったけど」
「……うん? え、それって……及ぼそうとしても無理だったってことですか?」
犬神さんは二度ほどうなずいた。「うん、そういうこと。検査の仕方がそもそも少し違うみたいでね、だから。……まあ前提として、簡単に表に出るべき技術ではないけどね」
ああ、まあ確かに。思うと同時にうなずいていた。
急にこんな情報が世間の目に触れれば、混乱を招くかもしれない。それさえなければいいのだろうけど、事情を知る者以外に知らせる必要のない技術ではある。表の社会に活かす必要がない――のか、確かにそうだ。
「それで、もう一人乗っていたはずの人って、どこにいるのか、もしくはいたのか、分かったんですか?」
犬神さんは。「今捜索してる最中よ。まだだけど、すぐ見付かる可能性は、もしかしたら高いかもね」
「ん? なんで高いかもって……、あ!」
犬神さんはまたコーヒーを一口飲んだ。それから。「そう、燐治くんがマギウトを使える理由が、それかもしれない」
そうか、確かに――と顔に出してから、あれ? と気付いた。僕は変身を維持できるだけじゃなく、別の血も継いでいるからこそ突然変異的に変身の種類が幾つか増えた。でも。もし燐治さんが僕の祖父と同じような血を継いでいたとしても、佐倉守の血を――華賀峰の家系経由であろうとなかろうと――継いでいなかったら? もしかしたら、変身可能な姿の数が増えていないかもしれない――。
僕は椅子から勢いよく立ち上がった。
「ど、どうしたの」犬神さんが言う。
「やばい、やばい、それはやばい」僕の心は焦りに包まれていた。
「え?」
「燐治さんは今どこですか!」説明してる時間すら惜しいが、聞かない訳にはいかなかった。
「え? あー、地下十一階の、六〇四号室よ、案内――、あ、大樹くん!」
くそっ、なんて余計なことを言ったんだ僕は! 走り出したのは、大きな後悔を抱いてからだった。
この部屋にはテレビもあって、特にやることがない俺はそれを見て過ごした。
何やら手続きが済むまで俺はここにいなきゃいけないらしい、いつまでこうしていればいいのか。まあすぐ済むだろうと昨日は思ったが、少しだけ不安になる。
テレビへの興味も失せた俺はリモコンを手に取り電源を切ると、廊下を挟んだ先にある寝室に向かった。
ベッドで横になり、そこで思い出した。変身……が俺にもできるかもしれない、だっけ? そんなまさか。今までそんなことはなかったし、言われたからって急にできるとも思えない。
でも、もしかしたら? あんな風に言われたんだ、何か理由が?
今の俺なら――ってことなのか? 分かんねえけど……。
もしできるとしても、それなら、じゃあ、何になりたい……?





