30-3
燐治さんは地下七階の第二会議室にいた。檀野さんが燐治さんの近くにいるものと思っていたが、今この場にはどうやらいない。燐治さんは、ただただ一人で、自分の写真が貼られたホワイトボードを眺めていた。
僕は歌川さんと風浦さんの二人と共に近付いた。
「あの」これは僕の声掛け。
燐治さんは振り返り僕に目を向け、すぐにその目を歌川さんや風浦さんに向け直した。「どうなるんです? 俺は。もうあの家にだって戻れない。そうなんでしょ」
絶望しているみたいだ。『どう助けてくれるって言うんだ』そう言っているように見える……。
「そうだな」風浦さんが肯定し、そして。「君が学びたかったものは、どこか別の場所で学べるようにする、それなら構わないだろ?」
すると燐治さんは。「でも、それじゃあ俺は資金面で……、困ってたから俺、あれを使ってたんですよ」
そこで僕は聞いた。「どんな力なんですか?」
「俺は粘土を増やせた。形が崩れないように硬くすることもできた。大きさを変えられることは知らなかったけど」そして僕に向けた視線を、風浦さんと歌川さんの二人に向けながら。「増やして費用を浮かしてたんですよ、俺に金なんてない、バイトしても生活するのがやっとで、碌に学べそうもなくて。だから何度も粘土を増やして、せめて資材費を減らすために、この力の回復のためにって……。でも、だからかお腹が減り易くなって、最近は大量のパンの耳がないと駄目で――……」
「……この組織は、君への支援が可能だ。だからもう力を使うのはやめろ」歌川さんの指摘。それは続いた。「鉄の吸収も、身元がバレる、絶対にやめろ」
燐治さんはしばらく黙り込んだ。
数秒後、燐治さん。「分かりました。それで、バレないで学ぶ生活ができるなら……、ああいう奴らに見付からずにいられるなら……」
まあ、一段落はしたらしい。そこで風浦さんが。「檀野はどうした? もう一人いた茶髪の男だ、一緒にいたろ」
「カードを作ってくれるってどこかに。ここの出入りができるように、念のためにって」
ふむ。という感じで、風浦さんが壁に視線を移し、まばたきをした。「あとは――大樹くん、聞きたいことがあるなら今聞くといい」
そうだ、僕には聞きたいことがあった。「あの」切り出す。「燐治さんは、自分の力の……その……ルーツを、知りませんか? 父親の家系からなのか、母親の家系からなのか……とか」
「てことは何、これって遺伝なの?」
「はい」
「……でも、それは分かんない。俺の記憶では、母さんはそんなの関係ない気がするし……。うちの父は、事故で、随分前に死んで……父さんにももう確かめられないし」
「本当に事故なのか?」と風浦さんが言った。
少し間があってから、燐治さんが何かを危惧するような顔で。「な、何言ってるんですか。まさか何かの陰謀だったとか? そんなこと」
風浦さんは首を縦に振った。そう思うのも無理はない、という意味かもしれない。だが。「いや違う、もしマギウト使いの遺伝子を受け継いでいて目覚めていたら、遺体を検査された時に、色々と発覚してしまうんだよ。それを、誰かが隠した可能性もある……、資料に何かあるかもしれんが、とにかく、どういう事故だったんだ?」
「いや、車の衝突で……、ただの交通事故です。衝突された側で。父さんは歩道で立ってて……」
「……そうか。原因が分かり切っていて検死されなかったんだな、だから俺達も知らなかった。それなら、父方も母方もまだどっちも怪しいのか」歌川さんがそう推理した。
死の淵のレントゲンで――ということかと僕は納得した。ただ、即死だったならその通りというだけで、即死でなければ病院で何かありそうだ、でも、そういった発見がもしあったら以前から明るみになっているはず――。
僕も同意見。ただ、付け加えたいことはあった。「マギウトを使えるようになってなかったとしたら、検査がもしあっても引っかかってない、ですよね?」
「ありうるな」歌川さんが言った。「調べても何も分からない可能性は高い、ってことか」
これなら、祖父母を調べるのが一番だろう。
「何か分かればまたお願いします。これ以上は分からなそうだから。僕はこれで」
「ああ、じゃあな」
風浦さんにそう言われて帰ろうとした時、気になった。変身について聞いておこうか、と。共通点がどれだけあるか確かめておきたい。多分、変身のことを知っても燐治さんにとって不都合はないだろう、どうせ華賀峰家由来の血のせいで力を使えるに違いないから。僕の祖父の血からとは思えないし。
佐倉守家からの別ルートだとしても同じだ、変身できても多分八分くらいで解ける。彼に変身できるかもと知らせてもきっと問題はない。そして彼が変身を既に知っていて、したこともあるという可能性もある。それが八分ほどの自動解除式である可能性はほぼ九十パーくらいなんじゃ? と思うけど、僕のようかもしれないんだ。そこを知りたい。維持できるのかどうか。
僕と燐治さんが鉄を直接吸収できるようになった原因は、生活環境の中にあるのかも。そしてそこら辺が関与して僕のような変身形式に……なんてことがありえるとしたら? まあほかの要因もあるかもしれないけど――その場合僕には想像も付かない。
……やっぱり聞いておきたい。振り返って再度近付き、問う。「あの、もう一つ聞きますけど、変身はできますか?」
僕が燐治さんをじっと見つめると、燐治さんは。「え、変身? 姿を変える意味のヘンシン?」
僕のうなずきを見ると、また燐治さん。「え、マジで変身できるのか?」驚きと疑問が混ざった眼だ。
「はい。まあ、もしかしたらってコトですけど」
「そ、そんなこと考えたこともない。けど、何、お前はできるのか? 俺も?」凄く不思議がっているように見える。
「えと、僕はできるけど、燐治さんもかは分かりません。もしできるなら同じような存在なのかもって、色々……絞れそうで」
「そっか、えっと……君にも、何かそうやって知りたいことがある、と」
「はい」
すると燐治さんは申し訳なさそうな顔をした。「でも、ごめん、俺全然知らない、変身なんて。やったこともない。あー……ごめんな、参考にならなくて」
「いえ、構いません、聞けたことが大きいので。もし今後何かに変身できたりしたら、それ、ぜひ僕に教えてください、あ、もちろんこの組織にも。その方が絶対にいいですから」
「ああ、うん、その時は」
「じゃあ今度こそ失礼します、何かあったらまた」僕はそう言って、その場の三人に手を振った。
「ああ」と燐治さん以外に見送られて、去っていく。燐治さんは戸惑いの中だろうし、挨拶し辛くても仕方ない。
第二会議室を出て、何か忘れてるような気がした。考える。が、思い出せない。
多分気のせいだ。不明な点がまだまだ多いからそんな気がしてるだけ、僕はそう思いながら広間を歩き、階段を上がり、そのタイミングで頬に傷があるのを思い出して、診察・検査室に向かった。ゲートルームから帰るのはそこで処置されてからだ。
ああ、いや、腹も減ってるから、処置されたら次は食堂だな。帰宅はそれからだ。





