27-2
藤宮春彦氏の家の周囲の調査は数週間続いた。ある時。「ここだ!」船を発見。
超音波モニターの映像によると、今見付けた船は、佐倉守の船に比べてとても小さいようだった。横長で、最長部分でも七メートルちょっとくらいの船体。
付近の山の地面の中だった。
そこに穴を掘り、入口を見付けた。二メートル四方くらいの扉だ。
機械工学研究班はその開け方が分かるようだったが、開扉の前にまず防護服やガスマスクで完全防備をした。以前に開いたことがあると言っても、中で何かが腐っているか、潜伏している可能性もある、用心に越したことはない。
掘った穴の上にはテント。テントの出入口には何重ものシートを張り、船の扉を開けた時に地球外物質が外に漏れないようにした。
そうしてからウイルスや微生物、菌対策の病原体研究班が入口の前に立つ。
全体のリーダーは僕――根浦逸だが、その班のリーダーも僕。僕がゴーサインを出し、機械工学研究班のリーダー花井が開扉。そして入り、調査。細心の注意を払った。
安全が保たれていたのか、危険なウイルスや菌は検査機に引っ掛からなかった。
顕微鏡でも見たが、無菌に近いし、危険なウイルスはやはりいない。
僕は班員と共に外に出た。そして各班員に向け分かったことを報告。その後、植物研究班がそのリーダー彦見沢を先頭にして入った。
植物にも問題はないようだった、船内の植物の世代を経たがゆえの変化(いわゆる進化)もそこまでない。地球への影響も心配ない。「花粉が外に出ないように対策できてるし、問題ない」とのことだ、彦見沢曰く。
「よし、航行記録を解読する」機械工研究班のリーダー、花井がそう言った。その班が入っていったのはそれからだった。
そして数日。
解読できた航行記録によると、地球付近まで来てから古い型の信号をキャッチしてそれに寄せる方向に軌道修正された形跡がある――かもしれない――とのことだった。
その軌道修正の結果、日本にルオセウからの宇宙船がもう一度来ることになったんだろう、ほかの国に着陸しなかったのは恐らく偶然ではない。僕は花井の報告を受けてそう結論付けることにした。
古い型の信号というのは、佐倉守家の宇宙船の(現代の地球では感知できない)信号のことらしい。
「佐倉守の船の装置は全て停止しているはずだよな?」僕は花井に聞いてみた。
すると花井はすぐうなずいた。「確かそのはずですよ。でもどこかに停止できていない部分がある可能性はありますね」
なるほど、それはありそうだな、と考えてから僕は思った、新たに関係者のみが入れる場所を作ったりしてそこにでもこの船を運び完全に隠してしまうべきだろう、と。僕は嘉納さんに今回分かったこととその考えとを伝えた。
ある雨の日だった。初七日の法要を終えて数週間が経ち、僕は自分の地元に戻っていたが、部屋にて連絡を受けた。
「――ということで船が見付かりましたが、全てが偶然という訳でもないようですよ」嘉納さんの声だった。
詳しく話を聞いてから、その情報を夜には家族みんなで共有した。
その話す最中にふと思った。お爺ちゃんは医者に体を見せたはず。レントゲンも撮られたんじゃないか。最低でも一度(多ければもっと)体を診られている可能性がある。
少なくとも、最後に診断した医者は祖父の秘密を守ろうとしてくれたんじゃないか、だからどこへもこの情報が広まっていない……のではないだろうか。そうならそうだと知って感謝したいし、知らない部分の話を――祖父の話を――その医者から聞いてみたい、そうも思った。
だが、話を本当に詳しく聞いているだろうか。聞いているとしても、そんな医者はどこの誰なのか。まあ、診療所のあの医者の可能性は高いが、念のため、その調査を隈射目に頼むことにした。
近場から調査し、医者を探した。大樹くんの祖父の秘密を知る医者を。
もしかしたら離れた場所の――ふもとや、もっと都会な所の――医者の話を盗み聞かなければならない可能性もあったが、そうはならずに済んだ。大樹くんの祖父が住む集落にある診療所の男性医師がそうだったのだ。彼は掛かり付け医でもあった。少なくとも彼はそうだということが盗聴で分かった。
それ以上調べる必要は恐らくない。
俺はこれらを、大樹くんのスマホを通し、彼の家族に話した。
檀野さんからの知らせを受け、数日後、僕らは件の男性医師に会いに行き、お願いした。
兄と姉と僕は力を見せたが、父は見せなかった。父が見せれば話がややこしくなる。だからだ。
「あなたが話を聞いていて、祖父の秘密を守っているのは知っています、どうか教えてください」兄がそう言った。それから僕らは頭を下げた。
僕らの気持ちを察してくれたのか、医師は、低い声で言った。「分かりました」
私は、一人暮らしの老人に拾われ、その家に養子に入って生活していた。拾われてからは母国の言葉を一切話さなかった。
名前についての日本語を学んですぐのことだ、私は、イェキセンという名だったが、それを捨て、春彦を名乗り始めた。
少年の頃は学校などに行かず、十進数の数学や日本語を使った化学に興味を持っても、地球で覚えるべき一般的な知識がまだまだあると思っても、家で勉強した。その後、農業に興味を持ち、米作りの仕事をした。
戦争に行かせられる。その不安が私に重く圧し掛かった。もしものことがあれば、自分はきっと化け物扱いされるから余計に。知られれば狙われ、閉じ込められ、研究される。このような環境では、軍事的にも私は危い。もし知られれば生活の自由はなくなり、血を見るしかなくなる。そんな不安と戦いながら仕事をしたが、赤紙は来なかった。
私の世話をしてくれている老人――藤宮豊さんがあまりの高齢なので、私が豊さんを支えるようになり始めていた。その頃には、私がいなければ豊さんは恐らく……。
私は赤紙がこない理由を、一人の老人を支えていることと、日本の食のために農業をやっていることのせいかもしれないと考えた。
よく働いているという自負もあったが、それだけで満足せず私は用心していた、歩く時も働く時も、食う時も寝る時も。だからか頑健だった。
そのため、子供の頃にレントゲン写真を撮られて疑われるようなことは一切なかった。
そしてほかに身内のいない豊さんが死んだあと、全ての遺産を引き継いだ。当時私は齢三十。地球においての育ての親を失い、一人寂しく、それでも私は、地球の、ここにある稲を刈った。
何のために稲作をするのか。
それをよく考えるようになった。もちろん他人が食うためでもあるが、農家はほかにもある。単純な興味もあったが、自分が食うためというのが目的としては大きかったはずだ。
私は考え続けた。この稲は、今を生き、これを買う全ての者の命のためにある。その意識は以前からなかった訳ではない、が、以前よりも強く意識しながら私は稲を植え、育て、刈るようになった。
私は家を継ぎ戸主となったが、それが実は兵役免除になるとあとから知った。
ならばと、世話になったこの日本のために、なおさら自分はここで稲を刈ることに手を抜いてはならぬと精魂を傾け続けた。
何よりそれに汗を流すことに抵抗感はなかった。充実感をすら覚えた。
数年後、岸辺サエという女性と出会い、結婚。彼女は藤宮サエを名乗るようになった。
そのサエとの間に、中々子供ができなかった。一度流産した時、サエはしばらく泣いて暮らした。
それから数年度、ようやく女児を授かった。ただ一人の娘。私とサエは話し合い、その子を香菜と名付けた。
香菜に力のことを言うべきか、もし言うべきならそれはいつか、そのことで私は長く悩んだ。だが香菜は二十歳を大きく過ぎても食事量の変化や鉄分欲しさなどを見せなかった。
だからこそ、私は話さないことに決めた。
そして思った、危機感を覚えない人生などあろうか、何か力に目覚めるような『こんなことができたら』という想いがない人生などあろうか。力は、この土地の者との間にできた子供には伝わらないの
だろう、それが私の結論だった。
年老いてからは、医者に掛からなければならない時は、診療所を頼るしかなかった。
その際――レントゲンを撮られた時に――そこに映るサクラに関することを打ち明け、味方になってもらうほかなかった……。
サクラのことをその医師にだけは打ち明けた私だが、自分が元はイェキセンという名の薄青い肌の異星人だったことを、誰にも言ってはいない、その医師にすら。
最期の寝台の上で私は幻を見た。青々とした緑と紫掛かった緑を宿した木々、それに、地球と同じ青さに緑が足されたような、その上で夕焼けが彩る変化を内包する空。それを見る自分は白壁の窓辺にいる、そういう幻。
真下の道路には青い肌の隣人が歩いていた。
――それを見た私の胸に、夢だと理解できた感覚がなぜかあった。
そしてその幻達に語り掛けたくなった。だが、私はルオセウの言葉をほとんど忘れていた。仕方なく、新たに覚えた言葉で告げるしかなかった。「ありがとう、フロラーダ」その声は、夢の中でしか音にならなかったかもしれない。それから空に目を向け、哀愁を抱き、声にした。「懐かしいなあ、ルオセウの空。こんなに、美しかったんだな……」
地球に住んでからの幻も、そのあとに見た。我が子と、そして孫と、遊ぶ幻。甘やかすばかりじゃなく、色んなことがあった……。この夢の中で思った、『私は、幸せの中にいることができたのだ』と。
祖父の死ぬ間際までの掛かり付けの医師。一緒に看取ってくれたあの医師。彼はこう言った。「レントゲンを撮って見えたものについて、春彦さんは誰にも言わないでくれと言ってたよ」
そしてこうも言った。「最初は精神病院に送ろうかと思ったけど、春彦さんが水晶玉を操るから調達してきてみろと言ってね、私がその通りにしたら、見せてくれたんだ、本当にできたからびっくりだよ。それで信じて誰にも言わないことを誓ったけど、家族であるあなた方がその力を知っていると言うのなら――。まあ、話さない訳にはいかないと思いましたよ」
「そう……だったんですね」母も驚きを隠せない。
……結局、彼に聞いて分かったのは、祖父が掛かり付けの医師に『レントゲンに映るサクラの性質とマギウトについて』を説明し、『診察しても誰にも言わないようにしてほしい』と頼んでいたこと、それらだけだった。
僕と父母、兄と姉の計五人でこのことを確認したが、祖母には言わない。まだ生きているうちに知れたら違ったかもしれないが、祖父がもう……。そんな状況な上、僕らのことに祖母が巻き込まれる心配をする必要がほぼないと思っている今、話す必要はないだろう。
それからは祖母のものとなった家に寄り、祖母に母が聞いた。「これからどうするの」
父は同居を勧めたりしたが、祖母の対応はこうだった。
「一緒に住む気はないよ、稲畑はもう、ずうっと前に若い衆に継がせてはいるけどね、この家に、私がいたいのよ。だから、まだなんとかやっていくよ」祖父との思い出の地を……失いたくはないのだろう。
そんなこんなで、僕らはマンションに帰ってきた。
それから特に事件もなく、また何日も経った。
四十九日。その法要も終わり、祖父はあの地の近くの墓地に埋葬された。
数日後、祖父の乗ってきた船のことが気になり、父、母、兄、姉と共に見に行った。船はあの施設のもっと下層の十九番倉庫とやらにあって、その船自体は想像とは違って小さかった。
これでお爺ちゃんは地球に、日本に……。
でも、来た理由は何だったんだろう。それに、お爺ちゃんが――いや、そもそも近代のルオセウ人が――なぜ居那正さんとも違う変身能力を使えたのか。それらだけは未だに謎だ。
僕はマギウトの練習を怠らないようにした、前よりも強い意志で。それは妙にそわそわしたからだった。なぜそわそわしたのか。自分でもよく分からない。





