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ブルーピーシーズ ~不思議な力が発現し子種や命を狙われ迷いの中で生きた僕の半生と関わる人々の生き方~  作者: 弧川ふき(元・ひのかみゆみ)
第三章 隠し事

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27 藤宮家

 僕が実千夏みちかに秘密を話してから三か月ほどの月日が経った。

 体ももう傷だらけになる前と同じように動かせる。学校や家などでの運動も含めて様々な状況で段階を踏んで慣らしていったが、今はもうなんのその。

 十一月。

 突然だが、その中旬に僕の祖父が倒れた。祖母から連絡を受け、祖父の家の近くに唯一ある診療所に向かい、家族みんなで医師の話を聞いた。「胃がんです。肝臓にも、ほかにも転移しています」

 問題の祖父は、この診療所の病室のベッドで今は寝ている――ので、この説明は、祖父以外のみんなで聞いたのだった。

 詳しい話はよく覚えてはいない。覚えているのは、あとほんの数か月の命だということだけ――。

 ただ図で説明されながら、転移箇所やその深度を知った。

 その説明のあとで、違和感があって、祖母に聞いた。すると祖母はこう言った。「この先生が仰っていたけどね、本当は随分前から患っていたはずなのよ、でも、お爺ちゃんは言わないことにした、そういうことみたいなのよね」

 それを聞いて、誰より早く母が言った。「なんでそんなこと」小さく叫ぶようだった。

 祖母はそれまでのように、落ち着いたトーンで話し続けた。「どっちにしろ手遅れだと思ってたってことだと思うわよ。自分で考えたかったみたいね、これからのことを……多分」

 それを聞いて、そうか、と思うことしかできなかった。

 ……そして一月。年越しも祝う気になれず。その中旬。「もうお迎えが近いみたいって」と、祖母が、マンションの僕らの家に連絡を寄越した。



「あんなにも、よく動けたもんです」と、あの診療所の医師が言った。

 以前説明してくれたのと同じ医師。その診療所には、どうやらしか診られる医師はいないようだった。

 その医師にはほかに聞きたいことがあった。それは僕だけじゃないだろう。それを僕はひとまずは抑えた。

 祖父は診療所のベッドの上で、ほとんど寝たまま過ごしていた。世話しながら見守った。

 僕らは近くで本を読んだり、祖父の好きな音楽をスマホで流して聞いたりした。

 食事は必要な時に代わる代わる済ませる。それに対して、祖父は少しの水を飲めればよし、という程度になってしまっていた。

 祖父はその翌日の夕暮れ時に、息も絶え絶えに、誰へともなく。「おあ……りあ……ふるら……」

 すると兄が言った。「俺達は長生きするよ」

 横たわる祖父のそばに、この時は兄と僕だけでなく、みんなが一緒にいた。姉も父も母も祖母もだ。

 きっと兄は、祖父が『お前達はすぐにはこっちに来るなよ』などと言ったと思って、心配しないで、と

思ったんだろう、僕もそう聞こえたし同じように思った。

 数分後、母も父もこの場を立って、「夕飯の準備をしてくるよ」と一旦祖父の家へ。

 兄も「何か飲みたい」と言ってこの部屋を出、姉は花摘みに。

 僕と祖母だけが、この病室に残った。

 そんな時に、僕らが何も音を立てないでいたせいか――なぜかは分からないが――祖父が独り言のように口にした。「なす……かし……な……るぉ……せうの……そら……こ……なに……うすく……し……」

 寒気を感じた。

 今、なんて……。

 ルオセウの、と聞こえた。はっきりそう聞こえた。

 なんで。

 ただ、瞬間的に理解した。僕の力の理由は、お父さんだけじゃなかった、お爺ちゃんもそうだったんだと。

 心臓がバクバクと鼓動する。尖った氷が胸に刺さったような気分でさえあった。

 そんな感覚の中、考えた。

 お爺ちゃんは死ぬ直前に走馬灯でも見て、言いたくなったんだろう、『懐かしいな、ルオセウの空、こんなに美し……』と。多分そこで途切れただけで、まだ先があったんじゃないか、そう思った。それを言いながら永遠の夢の中へ。

 そして祖父はその幻か何かに対しての言葉すら、もう発してはいない――。

 そんなまさか。そんなまさか――! そんな言葉ばかりが頭に浮かぶ。

 本当なのか。

 だったらと、力のことについて聞きたいと思った、祖父を含めてみんなで話したい、と。だっておかしい。ルオセウ人の姿をしていないのになんで。変身は――僕は違うが――ずっとは続かないはずなのに。

 ルオセウ人ではない? でもそうだとすると懐かしく思うだろうか。もっと別の星の? もう、こうなると意味不明だ、ルオセウ人ですらないならルオセウを懐かしく思うだろうか、最後の夢で。ありえないとは言い切れないけど、でも……。やっぱりルオセウ人なのか? だとするとどうして変身が続いて……。

 声を掛けたい。だが、どう声を掛ければいいのかが分からない。

「お爺ちゃん……、ねえ、聞いてよ」

 やっとそんな言葉が出てから、少しずつ絞り出す。「教えてほしいことがあるんだよ。ねえ……。お爺ちゃん」

 ただ、返事はなかった。

「お爺ちゃん……?」

 大きな声を出さないと聞こえなくなっているのかも。そう思って叫ぶ。「お爺ちゃん、お爺ちゃん!」

 ……でも、反応はなかった。

 今になって、祖父が亡くなることの実感が、唐突に湧いてきた。それまで、なぜだか現実感がなかった、想像が追い付いていなかったのかも……。

 話を聞きたかった。

 変身やルオセウに関してもそうだが、祖父の旅の話が好きだったし、写真も。一緒に将棋なんかもした。習字対決もしたし、色んなことを教わったり遊んでもらったりした。それらが思い起こされた。……話したかった。まだ一緒にいたかった。それは本心だった……。

 取り付けられた心電図の音が響いていた。まだ脈はある。ただ、かなりゆっくりになっていて……。

 また呼び掛けてみた。「お爺ちゃんっ」

 だが声はない。

 僕がうなだれていると、「だいちゃん」と祖母に声を掛けられた。「みんなを呼んで。ね」

 そう言われて診療所を出て、スマホでみんなを呼ぶ。まずは父さんに。

「どうした」

 そう言われ、僕は開口一番。「戻ってきて、病室に」

 うまく喋れない感覚がする中、僕は必死に話した。「声、何度も掛けたんだけどさ、でも、もう、全然返事しないんだよ。……脈ももう、もうすぐ……止まりそうだから……」




 春彦はるひこさんの家に嫁いで、今まで大切にされてきた、私もあなたを大切にしてきた。

 そういう人生を振り返りながらこうして見送ることで、『いい人生だったのだ』と安心した中で眠らせてあげる、それが私にできる最大限のことで、そしてそれができたのだと私は信じている。

 夕陽の差す中、眠る春彦はるひこさんに向けて、私は告げた。「ありがとうね」

 その手に触れ、また告げる。「お疲れ様、春彦はるひこさん」

 掛けたい言葉は幾らでもある。ただただ喉に詰まる。それだけの密度が、私達にはあったからだ。




 祖父の家から、夕飯の準備をしていた父と母が戻ってきた。少し離れた所にある自販機で缶ジュースを買ったらしい兄も、トイレに行っていた姉も戻る。

 この診療所唯一の医者も来た、彼は僕の父と共に。

 医者はベッドの向こうに回り込むと、祖父の脈を心電図で確かめたり、呼吸の音を聞いたりした。

 僕らは声を掛けた、代わる代わる。「今までありがとね」「色々話が聞けて楽しかったよ」「もっと一緒に居たかったな」「寂しくなるけど、心配しないでね」「カッコよかったよお爺ちゃん」最後の言葉が心地いいものであってほしい、だからそうした。

 叶わないことは口にしなかった。孫を見せたかったのに、とかそういうことは――、後ろ向きな言葉になってしまう。「お爺ちゃんがいい気持ちで去れないじゃない?」と祖母が言ったのだ。

 そして、僕らは大丈夫だよと、そういうことばかりを言った。

 掛ける言葉が段々なくなり、静かになる。それから数分と数十秒が経ってから。

「――お亡くなりになりました」

 しばらく何も言わなかった。言えなかった。言いたいことが多過ぎて、今さら増していく実感が大き過ぎて、ちゃんと不安なく逝けたのかなとか、お爺ちゃん孝行もそんなにできなかったなあなんて、思ったりもして、それで今度は胸がつかえたんだ。

 みんなもそうだったのかもしれない、無言だった。

 ……気付いたら、僕は滝のように涙を流していた。



 なんでこんなことになったのか。なんで祖父は誰にも言わずに。

 祖父の態度を思い返すと、それはあまり謎ではなかった。背負い込む人だったから。表に出さない人だったから。

 それは十分に理由になると思えた、こんな風に大事なことでしかも人に言えないことなら、一人で隠し通そうとする、そういう人だと――。だから今の今まで……。

 そう思ってから、気を落ち着かせて、それから気付いた。近代と昔のルオセウ人で違いがあることはありうる、そしてそれは変身に関わることかもしれない。近代のルオセウ人は千年程前と違い、変身後の姿を維持できる? 少なくとも祖父がルオセウ人なら、その推察が合っていると言うことはできそうだ――。

 そう考えてから、僕は更に気付いた。「そうか――」

 祖父の血と佐倉守さくらもりの家系の血。二つが混ざって、僕ら三兄弟がマギウトを――でも、兄と姉は未熟児だった。僕だけがサクラの状態がよくて……、だから近代のルオセウ人のものとよく混ざり合った特殊な形の能力を……持つほどの……耐えられるほどの成長を胎内でして、生まれた……。そして僕の変身能力はもしかしたら進化までしたのかもしれない、居那正いなまささん曰く「変身できる姿は一種類だ」ということだが、僕は青い肌のルオセウ人(の想像?)の姿にもなれたし、人より大きなヤモリにも人間大の猫にも変身できた、その時点で僕は例外的――。

 僕の変身は、最初は佐倉守さくらもり家の特色を持っていた気がする。青い肌になってしまった時、八分くらいで解除された。

 だが最近は変身を維持できるようになった。それは祖父の変身の特色かもしれない、祖父が元々ルオセウ人だったなら、変身能力を持っていたなら、そう仮説を立てることはできる。そして維持できているから、それにサクラが必要なかったから、ずっとあの姿だったんだろう、そう思える。だから僕らは今の今まで気付かなかった、思いもしなかった……。

 力が混ざった?

 ……いや、変わった? その上で、何種類も変身できるように、進化――そう言えるのかもしれない――。どうなのだろう。この仮説には、あまりにも穴がないのでは……。

 こんな存在は、本当に、僕だけかもしれない……。

 僕はそう結論付けてから、祖父が最後に口にした言葉とこの推察を、父、母、兄、姉の四人にだけ話した。

「そ、それが本当なら……、でも……」父は驚きのせいかそんな風にしか話せなかったようだった。

「聞き間違いじゃないんだよ、冗談でもない、こんな時にそんなこと言えないし」僕がそう言うと、四人は複雑な表情を見せた。

「そこまで確信があるんなら、隈射目くまいめに報告した方がいい」父が真剣な顔で言った。

「うん、そうだね、報告してみる」僕はそう言って、スマホの連絡先一覧を開いた。最初に目に付いたのは、嘉納かのう丑寅うしとらさんの名前――。




 スマホが鳴って画面を見た時に、掛けてきた相手が大樹だいきくんだということには少々驚いた。

 彼が私に報告する。「僕の祖父もルオセウ人かもしれません」

「……! それは確かですか?」

「確かです。それらしい言葉を耳にしたんです、間違いなんかじゃありません、絶対に」

 本当ならとんでもない事実。「御祖父の出身地がどこかは分かりますか?」

「出身地って言っても……」

そこで電話を代わったのか、彼の母・香菜かなさんが。「あの、大樹だいきの母の香菜かなです。私の父なら、ずっと東京郊外の村住まいで、引っ越しはしていないはずです」

 私は更に詳しい情報を受けると、隈射目くまいめの各研究室のリーダーを、本部地下六階の談話室に呼び出した。

「で、急に何です?」そう言ったのは花井はないくんだった。

 本題を話す。「大樹だいきくんの御祖父もルオセウ人かもしれないとのことです」

 皆の顔が変わる。

 私は先を続けた。「超音波調査で御祖父の家の周囲の地下を調べましょう、船があるかもしれません」

 合同研究班を結成した時にリーダーをやることになっている人物がいる。それは根浦逸ねうらすぐる

 彼が作戦を立てた。「分かりました。静音ヘリを飛ばしましょう。俺達研究員プラス、希美子きみこさんや奏多かなたくんも、大樹だいきくんの祖父の家付近に派遣。ある程度調査地点を把握したあとは、研究員等の移動において希美子きみこさん達のゲートを使わせてもらう、いいですね?」

「……仕方ありませんね、我々も本分を怠ることはできませんから、佐倉守さくらもりの協力が必要でしょう。分かりました、やり方はお任せします、お願いしますよ」

「はい」根浦ねうらくんはそう言うと、「よし、早速準備だ」と、皆を先導してこの地下六階談話室を出ていった。




 祖母の代わりに一人娘である母が「喪主をする」と言い、母は、父や祖母と相談しながら打ち合わせを進めていった。

 通夜、葬儀には多くの人が集まった。近くの者も、旅先の者もいただろうし、同業者もいたかもしれない、昔――と言っても最近までやっていたが――祖父は米作りをしていた、その関係者も、だ。

 集落の若い衆もいたし、とにかく多くの者が集まった。

 祖父は、火葬され、遺骨だけになった。あまりにもあっけなく感じた反面、僕の胸にはじくじくとした穴が開いていた。

 初七日の法要を終え、まずは一段落。落ち着いたというか……、なんだろう、うまく言い表すことができない。これは、簡単に言い表したくない感情なのかもしれない。そんなにすぐに落ち着きたくない感覚もある気がする。胸の痛みが消えないうちは、忘れることがないから? そういった感覚だけは、とても強く残っている。

 だけど慣れていかなきゃならないんだろう。

 僕は幽霊をあまり信じていないけど、もしいるのなら、お爺ちゃんはきっと、僕らがあまり気にしなくなることを空の上で願っているんだろう。『いつまでも落ち込んでなんかいるな』という風に――。

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