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02-4

※遺伝子学、医学的に必要な、性を想起させる乱暴な表現が含まれます。

 それから少しして、また黒シャツ男が言った。

「最後に、なぜこんなやり方になったか教えてやる。君が帰宅時に一人にならないからだ。朝は、君の周りには人が多かった、だから夕方を狙うことになった。かなりの暗さで、人通りもほとんどなくなっていて、状況は最高だ。しかもちょうど隣には女の子。ま、君一人の方が楽ではあったがな、一緒に歩いているあの距離感だったからこそ一度に人質も手に入った、急ぐ必要性は増したがな。でも、拉致がその一回で済んだってワケだ。お前の一家の誰かを人質に取ろうとして抵抗されたら厄介だった、そっちよりも随分と楽だったんだよ。だってそうだろ? お前は特殊だ、じゃあお前の一家は? 『もしかしたら』がありうるからな。だから彼女が人質に選ばれた。……そうだ! お前が選ばせたんだ! ……なんて奴だお前は。駄目な奴だよ、自分がどんな奴か、もっと知っていれば、人を、あの子を、関わらせない生き方だってできたのに。お前のせいで怖い思いをしてる、可愛い可愛い女の子がだ! ハ……、笑えないよ」

 彼は何だか嬉しそうな顔で最後の言葉を放った。そして続ける。

「絶望したか? とことんしろ。お前にはもうそれしかできない。さあ――、こちらの質問はもういい。彼女を殺されたくなかったら抵抗するなよ」

 くそっ、好き勝手に言いやがって。

 しかもやっぱり真っ黒なんじゃないか、と僕が思った時には、男は、僕を縛るロープに手を掛けていた。恐らく解く気なんだ。

 あの女もグルだろう、多分恩田(おんだ)さんのそばにはあの女がいるかもしれない。そうでなければ見たこともない誰かがいるか。

 僕は解かれても多分、身動きできない……。

 僕が考える間に、足元にいる方――そっちは白シャツ――の男が、スマホを手に持ち、それに向けて言った。「彼氏に声を聞かせます」白シャツ男はそれからそのスマホを僕の耳に当てた。

『まだ彼氏じゃないけどな』心の中でそう突っ込んでから、『でもまあもう好きになってるけど』と、これまた心の中でつぶやいた。

 そうだ、好きなんだ、あの声が、あの歩幅が。二人でいると楽しい。恩田おんださんは僕にそう思わせてくれる。大事な人だ。守りたい。守りたいのに……!

 その恩田おんださんの声がスマホから聞こえる。

「大丈夫、私は大丈夫だから。藤宮ふじみやくん、こんなことするような奴の言うこと聞くことないよ! 殺す気なんかないみたいだし! ぐ! い、痛くないもんね、こんなの全然痛くない――」

 それを聞いて、経験したことのないほどの悔しさを覚えた。何をされたか分からないけど、強がりを言わせてしまうなんて。でも何もしてやれない……、それがこんなにも悔しいなんて、腹立たしいなんて。

「何してんだよ」僕は静かに声を震わせた――叫ぶのを押し殺すように、彼らに聞いた――。

 そのスマホを、すぐに引き離された。

 だからか僕は、思い切り叫びたくなった。「おい! 彼女に何したんだ! 電話の向こうのお前だよ! 聞いてんだろ! ……くそっ、なんでこんな……」

 僕は悟った。何か余計なことをすれば、恩田おんださんが死ぬことはなくても、指を折られたり、切られたり、それこそ……。

 嫌だ。そんなの嫌だ! なのに! 従うしかないのか……ッ!

 怒りと悲しみが心に満ちる。

 何もできない……? だったら……。

 ……そうだな、僕が嫌な思いをするくらいで恩田おんださんを守れるなら、それでいい、それしかない――。

 でも、彼らは約束を守るのか?

 こんなことをしでかす奴らだ、約束なんてどうでもよさそうだ。なのに僕にできるのは、恩田おんださんを生かそうとすることだけ。しかも、彼らの用が済んだあとで、恩田おんださんがどうにか生きている保証は、きっとない……。

 それにこんな奴らなら『僕の精子によって生まれた子供』を大事にしなさそうだ、最初柔らかな口調で聞いた時はそう思わなかったが、今はそんな気がしてる。その『子供』がどんな目に遭うのか、それを思うと……。

 なのに今、提供しようとしてる。それでしか恩田おんださんを守れない。しかも絶対守れるとも限らない。

 これが僕にできる限界。ちっぽけな限界――。

 弱い。僕はなんて弱いんだ。

 そう思った時、ロープが完全に解かれた。黒シャツ男がロープの一部を刃物で切って緩めたらしい。そして。「さあ、この中に出せ」

 そう言った黒シャツ男の手には彼自身の足元にあるバッグから取り出されたプラスチック製のような透明な容器があった。それが差し出される。――祭りなんかで見る使い捨てのカップに見えたが、それよりは頑丈そうだ。

 黒シャツ男の足元のバッグも何だか特殊そうに見える。

 もしかして人肌に保つための箱? 保存のための? ……ありえそうだ。

 体を起こし、仕方なくカップを受け取る。そして思う。やるしかないのか? このカップに、こいつらの前で。

 扉は……? 逃げ道は……? ある、一つだけ。でも脅されていて今は無理だ。

 くそっ、くそっ……!

「少し時間をくれよ」

 僕が言うと。「要求できる立場か?」これは黒シャツ男が。

 直後、白シャツ男も。「あの女の子に痛い思いを――」

「分かった! 分かってる……」胸の穴が大きくなるのを感じた。だからかその声も震えていた。

 それから深呼吸し、ブレザーのボタンに手を掛けた。静かに、脱いでいく。

 ブレザーを完全に脱いだあとは、ベルトに手を掛けた。

「後ろ向きで――」と僕が逆を向いたら、黒シャツ男は命じた。「こっち向きで出せ」

 仕方ない。彼らの方を向いたまま、ベルトを緩める……。

 と、その時だ。

 唯一あった扉が突然開いた。瞬間、聞こえる。「伏せて!」女性の声。

 意味も分からず理解しようとしながら、僕は伏せた。

 一緒に誘拐犯の男達も振り向きながら伏せた。が、その瞬間、彼らの背中に、巨大な黒い扇形の物が上から激しく当たった。

 彼らは這いつくばり、動かなくなった。

 そうさせたのはニ十歳くらいの女性だった、開いた扉の前に立っていた。

 彼女は手を伸ばし、その黒い扇形の物に念じているようだった。その姿勢のまま彼女が言う。「さあ出て、早く!」

 僕が彼女の横を通ってカップを投げ捨てながら部屋を出ると、床に押し付けられた二人の男が叫んだ。「くそ! ふざけんな! こんなことしていいのか!」などと。

 女性は言い返した。「いいのよ、こっちが正しいんだから」

 直後、彼女の手に向けて黒い物体がなぜか浮遊移動していき、小さくなってその手に乗った。ほんの一、二秒ほどのこと。

 黒い物体は扇子だった。全体が黒く、そこに花が描かれたもの。

 彼女はその扇子を閉じると扉を閉めた、かなりの素早さでだ。そして鍵まで掛ける。キーが必要なのではなく内鍵だった。

 黒い扇子が彼女の手に移動してからは、中の彼らも部屋を出ようとしただろう。が、それは叶わなかった。

 ほっと一息つくのも束の間。彼女は言った。「こっちよ、さあ早く!」明らかに僕に言っている。

 僕は走る彼女を追う形でその場から逃げた。

 不思議な力のうち僕の知らない部分って、ああいうことなのか? 多分そうなんだろう――。思いながら、感謝の念を伝えなければと思った。「あの! ありがとう! でも恩田おんださんを――」

「大丈夫! もう助けてる!」

 その言葉を信じてもいい、信じられる、なぜかそう感じた。

 後ろから聞こえる。「待て、こら!」

 ドアが開いたのか? なぜ? 鍵を持っていた? 外に内鍵があったから持っていた鍵で開けたという可能性は高い。

 追ってくる男ら二人を誰かが素早く巧みに取り押さえる――その光景を、僕は走り去りながら見ていた。「あれって――」

 僕が問うと、扇子を持つ女性が。「秘密組織の連中よ。いい組織なんだけどね、彼らはその秘密組織自体を裏切って、別の組織を作って強引なやり方で力を得ようとした。組織の掲げる理念に反する形で罪を犯したの。こんな行動に出るような別組織を作らせるわけにはいかない。もしかしたら本来の組織も潰されかねない。未来の日本のためにならない。だから処罰される」

 そんなことに巻き込まれたのか、僕は。

 本来のその組織は、本当は清廉潔白――いや、汚いことをしても自分が正義だと言えるくらいに悪を懲らしめてきたのだろう、最低でもそういうルールに違いない。理念に反する形で罪を犯した、というのは多分そういうことだろう。筋が通っているとは思えた。

 考えながらついて行った先には広場があった。そこには二機のヘリコプターの姿も。

「ヘリ……」僕はつい口にした。「音も振動もなかったけど、いつの間に」

「超静音ヘリっていうのよ、あれ」

 そうか、それで気付かれなかったのか。

 答えに納得してから、記憶と今見ている情報とを整理した。

 目の前には広場と二機のヘリ。脇には山道。そばにあのトラックも。

 広場の周りは大体が森だ。

 森の中には廃墟。その廃墟の中に白い部屋が作られていたようだ、僕はその中にいた。壁やらがボロボロになったコンクリートむき出しの床を走って逃げてきた――。

 状況は理解できた。そのタイミングでヘリのドアが開き、そこから声が。「藤宮ふじみやくん!」恩田おんださんの声だ。

 しばらく黙ってしまった。それから叫んだ。「恩田おんださん!」また少し間を置いてしまってから、安堵あんどを言葉に。「よかった……」

 僕がそうつぶやいた直後、扇子を操った女性が。「さあ乗って」

 言われてから乗り込んだ。

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