25-2
それから一時間後、嘉納さんが僕の病室に来た。檀野さんと鳥居さんも一緒だ。
「目が覚めてよかったよ」とは鳥居さんの言。
「僕もです」なんとなく薄い笑みが零れた。
「ホッとしたトコで悪いが、事件について話したい、今いいかい?」檀野さんが僕に聞いた。
「構いません」
何があったかを僕が話すのに対し、檀野さん達はどうやって現場へ辿り着いたか等を話した。
「――で、君の家の固定電話の履歴に、通話に使ったスマホの番号が残ってたんだ。それで辿れた」
鳥居さんにそこまで言われてから「なるほど」と相槌を打った。
その後、「さてその犯人ですが」と嘉納さんが切り出した。「あのビルの中で倒れていた男、彼が大樹くんを脅した人物だろうとほぼ確信できたので、その男を捕まえました、実は彼、華賀峰繊一という男です」
「華賀峰ッ?」逮捕後に調査して分かったのだろうけど、それが華賀峰? いったい……。
嘉納さんが続ける。
「確信に至ったまでを順番に話しますと――、そもそもあの場に『あの男しかいない』のであれば、『あの男の傷』と『大樹くんの傷』の違い、それからあの現場の血痕など……マギウトによる戦闘の跡が決め手になりあの場所にいた男が犯人だろうと推察されました。そして男を確保してマスクを脱がし確認した所、犯人は華賀峰繊一だと分かったということです」
「そ、それは……、あの男が誰か分かった経緯は分かりました、でも、傷の違いと血痕で分かったっていうのは?」
僕が問うと、嘉納さんがまた。
「つまり、大樹くんと同じ被害者ならば――だからこそ倒れていたとするならば――、あの男の体に切り傷がただの一つもないのは不自然でしょう? 彼には打撃の痕しかなかった、大樹くんのいたであろう位置や行動からすると、あれは大樹くんが攻撃したことによる打撃の痕跡――そう思うのが自然です。別の可能性ももちろん考えられました。ですが、血痕の位置、互いの操作対象であろう物の位置、放つ角度、追跡の痕跡などを加味すると、それが正当な対応ということになります」
……なるほど。
僕が納得してすぐ、檀野さんが付け加えた。
「その華賀峰繊一ってのは、この前君をさらった貫次の兄で、グループの会長だった」
兄と聞いて『ニュースで見たあれか』と思った。
モザイクの顔とプライバシー保護の声を思い出す。あの時僕はあの男を心配したのに、し損だ。本当は最低な男だったってワケかよ。
と僕が思ったあとのタイミングで、檀野さんがまた。
「すまん。俺達が先に調査した時、疑えていれば――確たる証拠を見付けられていればよかったんだが、奴には騙された。いや、見抜けなかった、振りがうまい奴で……。こう言っちゃ言い訳にしか聞こえないだろうが――」
確かに実際分かっていたならとは思う。
でも、人の行動には限界がある。
思ったように行かないことだってある。
「そんな。謝る必要なんてないです。完璧な人なんていませんし……いいんですよそれは。とにかく助かったし、逮捕もできたようだし、僕はそれで満足です。だって、僕はこうして生きてるし」
「……そうか。まあそれでもな。こちらでも痛感してる。護衛とか監視とか色んな意味で奴を尾行しておく手もあったが――」
「それならそれで別の問題が起こっていたかもしれないですよ」
「……まあ、そうだな、そうかもしれん。それでも、そっちの方がまだよかったかもしれないなってコトだよ」
僕は気付かされ、思い直した。「そう……か。そうですね……、そうかも……」
もしかしたら、ああまで大きな行動を取られない状況にはできたかもしれない――そういう意味で悔やんでいる部分もあるんだろう。その悔みを、理解したい、共感したい、そう思ったからこその言葉だった。
そこに責める意図なんてない。そして分かろうとした時、ありがちな『いいんですよ』という言葉が正解にならないこともあると思い知った。
色々と気付いたあとで、危ない橋を渡った感がより強くなる。
あの状況から助かったのは、本当に奇跡的だったんだな――と僕が思い直した時、鳥居さんが言った。「で、彼、華賀峰繊一が、あの――君のいた旧大浜岸中古ショップセンターの――ビルの所有者だった。会社名義じゃなく個人でのな」
「なるほど、それで」空っぽなビルのままだったのも、電気が点いてたのも、彼の仕業だったのかも。
もしかして鬼千堂デパートも?
それを僕が聞くと、鳥居さんが言った。「うん、そこもそうだった、全部そいつの所有地」
「そうか、だから……」
だからしてやられたんだな。僕がそう思ってすぐ、今度は嘉納さんが話した。
「華賀峰家の兄弟は、彼ら二人だけ。親は死別。元々大きかった会社ですが、それを更に大きくしたのが、華賀峰グループの今は元会長のあの繊一という男です。弟は子会社の社長だった。ほかの肉親は不遇の死を遂げていて、華賀峰家の正当な血筋の者は彼らだけ。だからその血も、もう途絶えた――」
「……!」ハッとした。つい身を乗り出してしまいたくなる。
それを抑えて聞いてみた。「ってことは、その血筋の人に襲われる心配は、もう――」
答えてくれたのは檀野さんだった。「ああ、その心配はもうしなくていい」
とはいえ、肉親が不遇の死?
なぜだろうか、それも彼らの仕業に思えなくもない。
もしそうなら、なんてことをする奴なんだ、と怒りも湧く。けど、逆に、その不遇の死の際、彼らにしょうがない点がもしあったら? と思うと、一概に責められない。なんだかもどかしいというか……、何かが彼らを狂わせてあんな人間にしてしまったのかもしれない。
……変な気分だ。落ち着かない。息苦しくないのに胸が満たされていない……。
まあ考えても仕方ない、それに、僕と関わりのない部分については、もういい。その真相を知るべきは、細かいことを知るべきは、警察や隈射目であって僕じゃない。まあ知れたら少しは気が楽だけど。
とにかく。
彼が捕まって、もう華賀峰の者から狙われることはほぼ百パーセントないと分かって、どっと一安心だ。泣きたくなるくらいに。
もうこの件については考えたくない、気分が暗くなるから。





