24 赤い衣と緑の衣
入口のある階から更に降りた所にある第二給湯室。そこに普段なら絶対にいるはずのない者の顔を見てもさして驚きはしなかった、というのはさっき聞いていたからだ。
その部屋に入ってまず俺は切り出した。
「何か手掛かりは? 大樹くんは何かヒントを残さなかったのか?」
「それが何も」そう言ったのは、実千夏ちゃんを護衛していた同胞、犬神美海だった。
「犬神、ベルトは」
「さっきも彦見沢さんに言ったの、ベルトを置いてくる暇も持たせてもらえなかった。大樹くんが私達をここへ送ってくれたけど、そのせいで……って言うと悪いけど……。多分向こうはもう戦場になってる。大樹くんがゲートを使ってくれれば――」
俺は、そうなってないってことは――と考えたことを口にした。「それを待っちゃいられないな、その場所から大樹くんが消えたら、こんなことをしでかした奴がどんな行動に出るか分からない。大樹くんはもしかしたら犯人の注意を引き付けて捕まえるつもりかもしれない」
そこで彦見沢も考えを述べた。「ここに来ないのなら……、やばいぞ、協力を要請するって考えすら頭にないかもしれない。というか、ゲートをどこに開けば危なくないかとか、この本部のことも配慮してしまってる可能性も――」
俺はうなずいた。
そうだ、そもそも考えが及んでいない可能性があるし、子供なりの考えで配慮して自分で戦ってしまっているかもしれない。あの子はまだ高校一年生だ。一人で捕まえられると思ってしまっているか、もしくは、混乱しているか、そのどちらもか……。
ほかにも、俺達が駆け付けたら犯人が今度は俺達を人質にするかもしれないからそれを避けてる、なんてこともあるかもしれない。
俺はとにかく鳥居に頼もうと思った。発信機の追跡を、だ。「鳥居に話してみる」
「何を」
ソファーにへたり込んだ犬神がそう言うので、俺はそちらに顔を向けて答えた。「大樹くんの発信機の追跡だ」
鳥居に電話で頼んだあとで、鳥居から「分かった、やってみる」と。
そしてその後、その報告が入る。「発信機は家にあるみたいだぞ、なんでだ、置いていった……? そうか、脅されたせいか」
「ああ、くそっ、俺達の調査が入って犯人が怒り狂うのを嫌ったんだな。人質はそいつの手のひらの上……仕方ない判断ってことか」
俺は推理を全員で共有しておくためにその場に聞こえるように言った。実千夏ちゃんには嫌な思いをさせてしまって悪いが……。
電話の向こうで、鳥居も同じように落胆している。「くそっ……」
嫌になる。だが冷静でいなければ、と思いながら言う。「切るぞ、また頼むかもしれないから迅速に動けるようにしといてくれ」
「了解」
その返事を聞いてすぐ電話を切った。
発信機で駄目ならと、スマホの位置を辿るべく調査担当を探し、この本部の事件資料室に残っていた風浦敏明という同僚を見付け、お願いした。
「分かった」と言った風浦が移動する。
俺もついて行く。その際に事情を詳しく話した。
調査用具室で専用のGPS機能を使えるパソコンを風浦が立ち上げ、それで調べる。約一分後、風浦が俺に報告した。「調べられる機種でよかったが、家だ、家にスマホを置いたまま。脅しのせいだ」
「くそっ。手間を掛けさせて悪かった」
「いや、構わないけど。あ、おい、檀野」
俺は走りながら。「今は急いでる、何か手伝えるならお前もこっちに来てくれ」
「ああ、分かった」
過去の事件を調べていたらしいが、そんな風浦がこちらを今は優先してくれたらしく、俺について来た。
俺はすぐそこの第二給湯室へ走って戻りながら、電話で右柳にも――頼もうとしたが、説明から入る必要があった。右柳に電話で事情を話しながら、風浦と共に第二給湯室に入った。
事情を話し終え、頼む段階に。
「大樹くんの部屋に何か手掛かりがないか確かめてくれ、家には一度帰ってるみたいだから何かあるかもしれない」
右柳の電話口での言葉はこうだった。「奥さんの目を掻い潜った上でか」
「ああ。何とかやるしかない」俺はそう言わざるを得なかった。ほかに選択肢が? きっとあるはずがない。
数分後、右柳が俺に報告ついでに愚痴った。「ゴミ箱から脅迫文の書かれた紙を発見した、なんだよこれ、いつの間に」
「それにはなんて書いてあるんだ」
「洲黒鬼千堂デパートに来いって書いてある」
「まだ動くなよ、佐倉守家にも協力してもらって迎えに行く、全員で探すぞ」
「分かった」右柳からそう言われてから通話を切った。
今知った『洲黒鬼千堂デパート』という場所は俺も知っていた。確か昔何度か事件があった。佐倉守家の希美子さんに隈射目が協力してもらって未解決事件の凶悪犯を逮捕できた場所のはず。それは確かな記憶だった。「希美子さんに協力を仰ごう」
そして連絡。
希美子さんと奏多くんと舞佳ちゃんが来てくれて、それからまずは右柳と合流した。これは奏多くんのゲートを通ってのことだった。
洲黒鬼千堂デパートへは希美子さんの結んだタオルによる円形ゲートで向かった――俺と右柳と風浦と犬神、希美子さんと奏多くんと舞佳ちゃん、この計七人で――。
だが、そこには大樹くんの衣服や靴袋、財布等があるだけで、本人はいない。
これでは手詰まりだ。くそっ! 何か方法があるのか? 俺は考えたが、答えが出そうにないという暗い感覚で胸が満たされそうになっていた。
そんな時だ、俺のスマホが鳴った。見やる。藤宮家からの着信だった。
あっちでも何かあったのか? 嫌な想像をしてしまいながらその電話に出た。
まず、相手の勢いに圧倒された。「あの、うちの大樹が、檀野さんとかに連絡してほしいことがあるって言ってて。何か苦しそうな声をあげてたんです。でも、さっき返事をしなくなって。大樹、どうなってるんですか。また何かに巻き込まれたんじゃ!」
それが大樹くんの姉の声だとすぐに分かった。聞いたことがあったし、この話し方だ、間違いない。
それ以外に俺がこの時思ったのは、混乱させないように伝えるにはどう話すか、ということだった。
「落ち着いて聴いて。実は――」
事情を話そうとして、俺はハッと気付いた、今のが手掛かりなんだと。
「え、ええと、理美ちゃん、大樹くんが俺達にって、それ電話で言われたんだろ、誰の電話で受けた? 履歴に番号は残ってないかッ?」
「い、家の固定電話です、けど――」
「固定電話か……! できないタイプなら無理言って済まんが、一旦切るからその番号を確認してくれ。確認できたら――メモできたら俺にまた電話してほしい」
「わ、分かりましたッ」
そこで一旦通話を切り、願うように強く呼吸した。
俺も申し訳ないとは思うが、こんなことを頼まれもして、さぞ心細いことだろう、不安も感じているだろうし焦ってもいるはず。なのに責任を一部背負わせるような形になってしまった。遣る瀬ない。
前の着信から約三十秒くらいで、また着信。大樹くんの家の番号だ。
「もしもしっ」
「あの! 履歴ありました! 今から言います!」
「よし――!」
俺はこの時教えられた番号をメモし、その番号が使われている携帯電話の位置特定を鳥居に頼んだ。
約一分後、鳥居が本部から電話口で言った。「場所が分かった! 旧大浜岸中古ショップセンター!」
早速そこへ行こうとしたが、ここにいる佐倉守家の三人ともがそこに行ったことがないようで、直接ゲートを繋ぐことはできないようだった。それはしょうがないと思いながら、その辺りの地元の警察に協力を電話で仰いだ。
そのあとで希美子さんが言った。「近くの双子川駅には行ったことがあります、もちろんゲートで」
「お願いします」俺は彼女に頼んだ。
希美子さんが繋いだタオルゲートの先へ向かう。
タオルゲートの先は駅構内の関係者用通路だった。
この通路は隈射目と警察しかほぼ使わない、駅員が使うなんてもってのほか、そういう意味での関係者用通路。佐倉守家の者に協力してもらう時にも使う秘密の場所。まあ、協力してもらうこと自体はそんなにないが。
そんな通路から駅構内の質素な通路に出て駅から南口に出ると、駆け付けた数台の覆面パトカーに分かれて乗り、現場までを急いだ。
――到着後、同行した警察官と共に、手分けして探し始めた。
もし動かない大樹くんを、ゲートを作れない者が見付けたら、見付けた者はゲートを作れる者を呼ぶ必要がある。が、奏多くん、舞佳ちゃん、希美子さんのうちの誰かが発見者なら、もう発見者だけで本部の治療用の階層に送ればいい。それさえできればあとはうちの医療担当の腕次第。
大樹くんの部屋へ消しゴムのゲートを最初に繋げた日、いい弟分ができたな、と思った。子分というか、友達として。それに人間的に好きだったし、いい奴だと思ってた。なのにまさか、俺より先に。そんなのは嫌だぞ、ふざけんな、くそっ――。
心の中で怒りながら走った。
一階は彦見沢さんと警察が探してる。二階は檀野さんと警察。
風浦さんは、エスカレーターを駆け上がりながら、俺を含む残り五人に向けて言った。
「三階は俺と希美子さんで探す。四階は奏多くんと犬神、五階は舞佳ちゃんと右柳で探せ」もしもの場合のバランスを考えてのことだろう。
「了解!」
探し始めて一分ちょっとで四階奥の床に横たわる物体が見えた。最初は赤いシートの上に何かがあるように見えたが、それに向かって走りながら気付く。
「おいまさか嘘だろ」
こんなに焦ったのは初めてだった。こんなに怒りを覚えたのも。こんなに……、こんなに目の前が揺れるのも。
「おい! 大樹くん……、おら大樹!」
返事は、ない。くそっ、くそっ……! 涙を拭ったあとは、すぐにその場にゲートを作った。
……閉ざされた所に僕はいる、そんな気がした。
体は重くて動かない。それに何だか寒かった。
そうだ、寒かった、でも今は違う。熱を感じる。僕に入り込むように僕を温めた熱。今はそれが僕の熱を作っている、なぜだかそんな感覚があった。そしてその熱がじんわりと全身に広がっているような気がした。
でもまた、何も感じられなくなっていく。
目蓋を開けてみたかった。でも重過ぎて、できない。
周りにある物を見てみたかったが、意識は、すぐに遠のいた……。





