21-2
とある日。
今日は要太の家で勉強会を開いていて、男友達で集まっていた。
帰る時、シャー芯のケースがポケットに入っているのを確認してから、「じゃあまた」と手を振った。どうも身の安全のため、そうする癖が付いた。マギウトを人前で使う訳にもいかないのに、だ。
人が見ていなければ、そしてもし相手が同じマギウト使いだったら……、そういう場合をいつも考えてしまっているんだろう、心配性過ぎるのかな……。
いや、いいんだ。これでいいはず。相手もマギウトを使わないとは限らない。そうだよな――。
自分がどのくらい正しいのか、確かめながら――きっと色んな所に穴はあるだろうけど、と思いながら――駅に向かい、電車を乗り継ぎ、自分の住むマンションへ帰ってくる。
その入口に来た時、配達業者の男性とすれ違った。ペコリと一礼され、ついこちらも。
鍵を使ってドアを開けて入る……その前に、うちのポストにチラシが入っていたので、そこに手を掛けた。
ポストから物を取り出す。チラシと白い封筒があった。チラシはいつものことだが、封筒、これは何だろうと思った。宛先に『藤宮大樹様』とだけあって、僕の住所は書かれていない。
これで届くワケがない。送り主のことに関しては名も住所も両方ない。
怪しい……。
封筒は重かった。中に入っているのが真っ平らな電池かな、と思うほどに。そして四角い何かが入っているのが手触りで分かった。エアコンのリモコンくらいの大きさの物だ。
ハッとして入口から出てさっきの配達人を探してみた。まさかあの人が届けた? 左右を見てみたが、いない。くそっ、見失った……。
ちょっと護衛の人と相談したいな。そう思いながらその場で封筒を開け、中を見てみた。四角くて重いのはスマホだった。それと紙が入っていた。
紙にはこう書かれていた。
『このスマホで、この紙に書かれいる番号にピアペアでビデオ通話を掛けろ。このことは誰にも知らせるな、知らせた時はお前の大事な人が死ぬ』
ピアペアというのは、映像付きの電話ができるアプリの一つ。
そんな。嘘だろ。また脅し?
なんで僕なんだ。僕ばっかり。僕の特別感を知ってる……? このあいだのせいか……?
くそっ……。そう思いながら、スマホと紙を、封筒の中に戻した。
僕が参った顔をしたからなのか、護衛の一人、右柳さんがタタタッと小走りにやってきた。「どうした、何かあったのか」
「いえ、何でもないです。あー、その……、昔の友達からの手紙があっただけです」
「そうか……。それだけならいいが。……俺は近辺からの見張りに戻る。すぐそこにいるから何かあったら言えよ」
何とか隠せたらしい。言えば僕の大事な人が死んでいたかもしれない。
「もちろん」僕はそううなずくと、右柳さんが戻っていくのを黙って眺めた。そんなこと言われても、何も言えない、言えないんだよ。そう思って見ていた――。
五〇三号室に帰ってきて、自室の机の横にバッグを置き、椅子に座ると、僕はあの封筒をまじまじと見た。それを机に置き、中身を取り出す。
入っていたスマホを起動させ、紙に書かれた指示通りにし、映像を見て、僕は現実逃避したくなった。
「なんだ……なんだこれ、嘘だろ……」
スマホがビデオ通話機能で映した場所は、使われなくなったどこかの施設のようだった、廃業したショッピングモールの一角のような、そうでなくともどこかの小綺麗なビルのような……。
そんな場所のとある白い柱に縛られた姿で、実千夏が映っている。
こ、このままじゃ実千夏が……! どこなんだこれ!
その柱の横を見ると、実千夏を護衛していた誰かなのか、女性が一人、眠っているのが分かった。いや、眠っているだけなのか? まさか死んで――?
最悪のことばかり考えてしまう。
「実千夏っ」
僕が小声で叫ぶようにすると、向こうから声が。「大ちゃん……? 大ちゃんなの……?」
どうやら実千夏は生きているらしい。脅しの材料とは言え、生きていると見せかけられている可能性もなくはなかっただけに、ほっとする。
だが、緊迫した状況なのは変わりない。
ぐっと堪え、できるだけ冷静でいようとした。そして声を掛けた。「すぐにそこに行くから。そこ、どこか分かんないかな、目印になるものだけでもいい、教えて――」
「分かんない、何も分かんない。助けて。殺すって言ってた。私だけじゃないの。助けて、助けて大ちゃん」
僕のことを、実千夏は最近になって『大ちゃん』と呼ぶようになっていた。それをもう聞かなくなるなんて、考えたくもない。
「助ける。絶対助ける。待ってて、絶対すぐそこに行くからっ」
ただ、場所が分からなければ行くことはできない。
封筒の紙には脅し文句しかなく、ヒントはなかった。
くそっ! でもこの状況を僕に伝えて、それだけで終わりじゃないはず……!
自分を落ち着かせ、通話を一旦切ってから、封筒にあったこのスマホのメモ帳機能なんかも開いてみた。
そこには文章があった。
『大事な人を殺されたくなければ、同封されたバンドを手首に着け、同じく同封されたスマホを持ち、洲黒鬼千堂デパートの廃ビルに一人で来い。このことを誰にも言わず、誰にも知られないようにしろ。このスマホには盗聴器と発信機を仕掛けた。通話状態でなくてもどんな声も音も拾うし、同封のバンドを着けたお前がこのスマホから離れればそれも分かる。今日中に鬼千堂デパートに来なければ、その場合もお前の大事な者は死ぬ』
なんて用意周到なんだ、これで僕は誰かに相談もできない。
相談するならスマホの盗聴器で拾われない位置まで離れる必要があるが、離れたら、実千夏は……。そんなチャンスにもならないコトはできない。
僕はやっぱりこれに従うしかない。バンドに仕掛けられた機械を壊した場合も多分実千夏がとんでもない目に遭う。バンドを身に着けずに向かっても信号の位置が離れたと見なされるかもしれないから、実千夏達が殺される可能性が……。
それに、約束を守る相手とも限らない。できるだけ早く到着しないと。
くそっ、くそっ……! でも、どうする……!
僕がこの時間にどこかに――それも人気のない場所に――行こうとしていたら、それを見た右柳さんらが黙っちゃいない。
右柳さん達に何か行動されたら実千夏がどうなるか。だからこそ僕は護衛に見付からないように家を出る必要がある。
考えに考えた僕は、室内用の運動靴の入ったバッグを机の横から取り、その靴を履いて財布を手に取ると、その財布と与えられたスマホを靴の入っていたバッグに入れた。それを左手に持つ。
自分のスマホは部屋に置いたままにする――GPSで誰かが駆け付けたら犯人が怒るかもしれない、そうなったら実千夏が心配だからだ――。もちろん、発信機付きのベルトも外して机に置いた。
右手にシャー芯のケースを持った僕は、シャー芯を増やすイメージで念じて四本出して操作し、ゲートを作った。
それでまずは近くの公園のトイレへ。小汚くて不衛生で利用者がほぼゼロだし、今ならきっと誰もいない。そう願ってトイレへ移動したら、ゲート化に掛けたサクラへの意識を減らし、ゲート化を解く。
そのままシャー芯の操作までをもやめる。と、四本の芯は床にポトリと落ちた。
こういったゲート化に使った対象物は、使い手本人のサクラに反応でもするのか、それを操るマギウト使い本人のいる側に落ちるらしい。だから部屋ではなくこのトイレに。だが、それの回収はしない。もちろん衛生面も気になるが、ケースに大分残っている。回収する必要がない。
近所の公園のトイレには誰もいなかった。ほっとする。
安心後、何食わぬ顔でトイレの個室を出ると、護衛に見られていないと確信してから走り出した。





