17 血の繋がり
ある日の夕方、グミのお菓子をコンビニで買った。グミは大好物。それを持ってコンビニから帰ってきた時、リビングから流れるテレビの音声が気になった。理由はニュースキャスターの声だ。
「華賀峰貫次さんの兄に取材した所――」あの話だった。
僕をさらったあの男に兄がいたのか。
そう思ってテレビに近付き、立ったまま見やる。
VTRもあった。華賀峰貫次の兄というテロップ付きで、顔にはモザイク。プライバシー保護をされた声でVTRの中の兄が言う。
「早く解決してほしいというか、見付けてほしいですよ。会社のみんなも心配してますし、兄としてだって心配してます。どうなってるのかがまず本当に心配で……。ただの事故なんてこともあるかもしれません、そりゃあ……言い切れはしませんけど。だからこそとにかく心配なんです。こんなこと今まで無かったので……」
僕はそれを聞くなり部屋へ直行し、スマホで檀野さんに掛けた。が、繋がらなかった。右柳さんに掛けた。こっちは繋がった。
「どうした?」
「あの。ニュースで見たんです。華賀峰貫次にお兄さんがいたって。あの人、事件のこと知らないみたいでしたけど……」
「ああ、そうだな、彼は何も知らないよ。こちらとしても話せない。警察が調査するも見付からず、七年後、死亡したとみなされる、それを待つだけだ」
「そんなの悲し過ぎでしょ……。いいんですか、話さなくて。弟がどんなだったか、そりゃ、知らない方がいいかもしれないけど、でも――」
「そいつがマギウト使いだったら、話しておいた方がよさげなんだがな、そういう素振りすら見せないんだ、ただのいい奴だろう、ま、弟の本性には気付けなかったことになるが、そんなこともある。親身に心配してる感もあるしな、だから、余計に辛いが、話さない、そういう処置にならざるを得ない」
「そうですか……」
心底、可哀想だと思った。弟があんな人で、なのに、事件やマギウトのことを知らずに、心配し続ける毎日を過ごさなければならないなんて。
「佐倉守家の家系図の中で、途切れた部分、除名された人物、そういった、今回の事件と繋がりそうな部分はないものかと思いまして」
私は年寄り同士気が合うと思い、自ら出向いた。白髪同士で話し合う。
玄関の所で「こちらです」と言ったのは居那正さん本人だった。
佐倉守家の倉の中から書物を引っ張り出すのを手伝い、家系図や葉書、封筒、文書を調べた。部下には役所も活用させた。
これらの調査はもしかしたら大樹くんの出自の問題に答えを出せるものになるかもしれない。大樹くんは未だに親に『自分は本当の子か』なんて聞けていないようだから……。まあ、聞けていてもこんなアプローチは必要になっていた訳だが。
さて、何が分かるか、それとも分からないのか――。
数日間は平穏な日々が続いた。夜のマギウトの練習を一気にやることにして時間短縮して早く寝ることにして、朝はその分早く起きると、弁当作りを頑張った。
出汁巻き卵とチャーハン系、ガーリックライス等は得意だ、サラダもだ、特にポテトサラダ。
――というか、やはりレシピ通りにやるのが覚えるのに最も効率がいいし、馴染みがあったり好みだったりする料理は特に覚え易い。
こんなにスムーズにできたのは、母の手伝い、特に父の手伝いもしたことがあったおかげだと思う。
でもそれだけじゃなくて、そもそも『楽しいことって大事なんだな』としみじみ思った。楽しければゼロからでも何でもできるんじゃないか、僕が料理を始めた最初の頃だって、そんな感じだったかもな、なんて思う。
昼は、そうやって作った弁当を、実千夏の作った弁当と交換して食べた。レンコン入りのミニハンバーグがシャキシャキしておいしく、『これが実千夏の味か』と思うと新鮮で楽しかった。
僕の弁当も喜んでもらえた。
互いの嬉しそうな反応は、僕らの人生にとってスパイスになったってことだろう、これが恋愛の味か。というか、幸福の味とも言えるな。
授業の話や趣味の話もした。
互いにいいところだけではなく悪いところの指摘をすることもあった。それでも、そうか、と受け入れられることが続いたので――きっとそれは互いに改められるレベルのことだし――何の不満もなく、確かに幸せな時間を過ごせている、そういう実感があった。
帰る時も、二人でいたからか満ち足りた気分になった。話も弾む――。
僕は覚悟した。
彼女を守る。いつもだ。いつも守りたい。
もし力が必要な時がきたとしても、そんな時もきっと守ってみせる。それを心に誓って言葉にはしなかった。それは、僕がそのくらいの気持ちを持っていると言わずとも分かってもらえるだけの態度を、既に取れているだろうと自負しているからだったし、言って褒められることを求めてなどいなかったからだ。
そもそも言える内容でもない。あえてぼかして言うことはできたかもしれないが、それでも言わない。やっぱり、なんだか見返りを求めているみたいに見えてしまう気がして、嫌だったからだ。
ただ、僕は守りたいだけ。この気持ちは本物だ。
守る、と一口に言っても、僕の手が届かないような状況もありうる。そんな状況でも実千夏を危険から遠ざけておくためには、組織・隈射目の協力も必要かもしれない。実千夏だけでなく、家族全員のことも……。
ある日の夜、調理中の母に言った。「コンビニ行ってくる」
「はぁい」母は味見なんかをしながらそんな返事をした。
コンビニに、というのは嘘だった。家を出、マンション前の池のそばにあるベンチに座った。
周りを警戒し、ポケットからスマホを取り出す。それで電話を掛ける。
「もしもし」
「ほっ、よかった、今話せます?」
「大丈夫だけど、どうした?」
「あの……申し訳ないんですけど、実千夏に……僕の恋人に護衛を付けてほしいんです、僕がよく接するから、狙われたら巻き込まれるかもしれないから。そんなことを防ぐために。それに、僕の家族にも」
「……分かった、話を通しておく」
「よっ」数日後の学校からの帰り道で、いつかのようにまた檀野さんに呼び止められた。
ただ、今回は彼一人じゃない。
「こんばんは。あの……護衛の話ですか? それとも……? 何か別件ですか?」
僕はそう言ってから檀野さんの隣に目を向けた。
そこには七十代くらいの男性の姿が。白髪で細身だが健康そうで、姿勢はシュッとしている、ダンディな人物。
僕が「この人は?」とか檀野さんに聞く前に、彼自身が言う。「話に入る前に、まず挨拶を。私は嘉納丑寅と申します」
名刺を渡されて、どう書くのかを覚えた。そして。
「初めまして」と僕が言うと、嘉納さんも。「ええ、初めまして」
それからすぐに話さずに、やっぱりまた、ここでは何だからと別の場所へ。
前とは少し違うパーキングエリアに連れてこられて、車に乗る。
僕は後部座席。その隣に嘉納さん、前の席に檀野さん。それらの位置に座って数秒後、嘉納さんが話し始めた。
「実はこのあいだの、華賀峰グループ・カガミネ電機の元社長、貫次氏がなぜマギウトを使えたのか、その理由を探るべく佐倉守の家系を調べてみたのですがね。百二十年くらい前に、佐倉守家の内部で言い争いの末『鷹継』という男が家を捨てて出たらしいのです。華賀峰家の家系と照らし合わせましたが、『鷹継』の名は出てきませんでした、ですが、華賀峰家の何代も前の会長が鷹継という男を招き入れ護衛としてそばに置いていたらしいのです。これは諜報任務に長けたうちの調査員の確かな情報です。かつて華賀峰家で務めていた元執事の家を雇用名簿から探り当て、うちの諜報員が直に話を聞き、資料を預かっている家があったのでそこで調べ、家系図ではなく極秘資料としての文書の中から――」
「詳しいことは分かりませんけど、それはつまり、その、鷹継って人を気に入って、華賀峰家の女性との間に?」
「そういうことでしょう。ですがそれは隠された。そしてそれからは、ルオセウの血がその家系にも流れ始めてしまった」
そうか……。と僕がうなずき、納得を示したところで嘉納さんがまた。「大樹くんのお父様は孤児だとか」
「え、ええ」
僕がうなずくと、嘉納さんは言った。
「もしかしたらその華賀峰家の誰かが、外に愛人を作ったのかもしれません。もし血が外に漏れていれば、そこから藤宮泉蔵氏と繋がる――環境が環境ゆえに、だからこそ孤児になるような――何か辛い出来事があったのかもしれません、まだ推測ではありますが」
――ありうる気がした。
華賀峰家に血が混じってからすぐの頃は、『鷹継』本人か、『鷹継』に気があった女性によって、目立たないように、能力の素養をバラまかないようにと抑制が利いていたかもしれない。でも、彼らは――少なくともその子孫の貫次という人物は――マギウトのマの字も知らない、そんな風に感じた。
多分、マギウトについての知識を伝え損ねた代がある? 能力に目覚めることを信じない者でもいたのか? 目覚めない代が続いた? それで伝え損ねた? ……伝えるべき情報を、『鷹継』に気があった女性は、もしかしたら『鷹継』から教わらなかった可能性もある。それでそもそも知らなかった?
とにかく、どんな風にかは分からないが、伝え損ねた代がある、それだけは確かなように思える。
だからこそ――マギウトについて知らないがゆえに――羽目を外して血をバラまくようなことがあったのかもしれない……。
と、色々と知って、なぜだか心臓がドクドクと速く脈打った。
それからハッとした。谷地越愛理紗さん――彼女はどうなんだ? あの人の家系にももしかしたら華賀峰家の誰かから血を分けた者がいたのかも。
「まあ、今回分かったのはこんなところです」
嘉納さんがそう言ったあとすぐ檀野さんが。「今日はこれだけだ、気を付けて帰れよ」
言葉を取られたような顔をしてから、嘉納さんが僕に、朗らかに言った。「お気を付けて」
「わざわざありがとうございました、では」そう言って僕は車を降りた。





