15 残酷な花火
※残酷な描写があります。
僕はあれから何時間ここにいるだろうか。
彼には鞄も取り上げられた。ポケットの中も改められた。シャー芯のケースもだ。
彼はそれらをどこかへと置きに行き、そしてまた僕の前へ――ガレージに入った車の後部座席の所に戻ってきた。
もしかしたら彼は、僕がポケットに入れている物が何であっても、僕が操る物だと疑って僕の手や目の届かない所に置こうとしていたに違いない、最初から――。その上でシャー芯は確実に怪しまれた。普通はポケットに入っていないし、あの夜僕が何か操ったことをこいつは見たと言っていた。
「来い」
彼は僕に銃を突き付けた。そして僕の手首から手錠を外し、先を歩かせる。「そっちへ歩け」
多分ここは彼の家。
彼は距離を取って僕に指示した。「まっすぐだ」や「そこから右に行け」などと。
言われて歩いた先に階段があり、そこを下りるようにも言われた。
下りていった先に扉があった。入る。
中は広く、天井が高く、蛍光灯等で明るい、白い地下室。地下室だと思えたのは、階層的に下りてばっかりだったからだ、それに窓もない。
この白い部屋の奥の所に、大きな茶色の猫がいた。毛の長いタイプか。それが、ぐたっとして動かない。
一体なぜ? 嫌な予感がする。
僕の顔色を見たのか、彼が言った。「ああ、あの猫は、この拉致の前の予行演習で女を拉致った時に女が連れていやがった猫だ。ネットを利用してデートにこじ付けて、おびき出してさらった。が、猫は予定外。邪魔過ぎた。今日の予定が狂うのも嫌だったんで――その時は連日忙しくて疲れていたし――、ここにずっとほったらかしにしておいたんだ、ふふ」
聞いて怒りが湧く。
そして問いたくなった。「その女性……、女性を、どうしたんだ、あんたは」
「言ったろ、俺は血の花火が好きなんだよ」
血の花火――、彼が運転中にも言っていたのを思いだした。ぞっとする。
「殺したのか」
「ああ」彼は当然のようにうなずいた。そして「そうだ」と何か思い付いたようだった。「やり方を見せてやろう」
「いいや、見なくても十分だ」分かってる振りをした。見せてほしくなんてなかったから。
「はは、振りだな、そうか、見たくないか。なら余計見せたくなるね」
クソ野郎め。
こいつは僕から特殊能力の情報が漏れるのが嫌で、僕を殺したいようだが、その方法を楽しもうとすらしているのか。それを今また強く意識して、吐き気がした。
それから、彼は奥にある金属の棚の前に立ち、缶を手に持った。それを操り巨大化させて、口を下にして猫にかぶせた。
ふと、分かった気がした、血の花火の意味が。「嘘だろ、やめろ……、やめろッ! ふざけんなそんなこと――!」
「邪魔したらお前の家族を殺す」
ぐ、と体が固まる。
僕は何も守れないのか。ずっと守れないままなのか。
そこでふと思った。彼が約束を守らなかったら? その可能性はある。どっちにしろみんな死んでしまう? だったらもうあの猫だけでも助けたい。こんな風に一度は思ったのに見捨ててしまったら、僕自身が僕を誇れない、そんなのは――。
考えた。銃を奪えば、奴は……。シャー芯を探してしまうのは駄目だ、シャー芯を探すなら、その間にこいつは猫を殺してしまう気がする。それにこいつは僕よりも入口に近い所に立っている。やっぱり銃を奪って『殺すな』と脅す、それしかない。
僕は彼の右手に飛び掛かった。
彼はそれを予測していたのか、サッと僕に銃を向け、脅した。「お前を先に殺したくはないんだがなあ……。家族が先に死ぬか? ん? 黙って見てろ」
くっ……。僕がつい、ちらりと缶の方に目を向けた――その時だ。缶がくるりと上向きになり、縮み始めた。
「やめろ!」
殺されるとしても。だったら!
僕は飛び掛かった、今からでも銃を――。
数歩飛び出した時だった。縮み続けようとするその缶の中から、ゴキャボシュッとエグい音がした。
僕は放心した。缶の方を向いてつい立ち止まる。
その――上を向いた状態で小さくなった――僕が見詰めることしかできないでいる缶の口から、血しぶきが舞った。砕かれた骨や肉片、目玉、歯、あらゆるものが缶から勢いよく飛び出して、まるで地面に置いた吹き出し花火の火花みたいに――。
助けられなかった。何もできなかった。もたついた。僕のせいだ。
吐いてしまった。吐きながら僕は泣き叫んだ。
彼はこれをほかにも何度も、きっとやったんだろう。もちろん、さっき聞いた予行演習の際の女にもきっと。なんて奴だ。なんて奴なんだ!
口の中がまだ少し酸っぱいまま、僕は言った。「なんでこんなことができるんだ。なあ……。なんでだよ! 人の心ってもんがないのかよ!」
僕が涙目で睨む。と、彼はしばらくしてから、恍惚の表情で僕に言った。「さあなぁ。あるんじゃないか? こうして感動するんだから」
「感動……?」人のできる感動の仕方なんかじゃない。そんな訳あるかよ。
「さあ、次はお前だ」
それらの言葉を聞いて思うのは、こんな男に何を言っても無駄か、ということ。首を少しだけ横に振る。それから僕は逃げたくなった。入口を確認し、じりっと後ずさり。
だが。
「おい、まさか銃弾を避けて逃げる気か? 逃げるなよ、なあ、お前の家族を殺したくなるだろ?」
そうだ。それが。そんな言葉が彼の切り札。ここから出て、僕が逃走に成功しても、彼は僕を探さないかもしれない。むしろ僕の家族を探して――同じ目に遭わせるかもしれないんだ。
できない。逃げられない……。
つい、家族に謝りたくなった。……実千夏にも。
ごめん、大したことができないまま、僕は……。
どうしようもないという落胆に近い諦めの上に、心を引き裂くような想いが積っていく。胸に、溜まっていく。
誰か、こいつを止めてくれ。
こいつのやることを止めてくれよ! 誰か。誰か……!
「さあ、メインイベントの時間だ」
彼はそう言って、僕に、血塗れの缶を向けてきた、すうーっと、テレキネシスで。
嫌だ。あんな目に遭うなんて。
でも、何もできない。僕の武器は今、手元にない。奴はただただ凶悪。誰か……。誰か……!
巨大な缶が真上から僕を飲み込もうとする――その時、ポシュッと音がした。
次の瞬間、缶は僕の頭上で小さくなり始めた。徐々に元の大きさになりながら缶は落下し、僕の足元を転がる。そして止まった……。
そんな中、どさっと倒れる音がした。見やる。缶を操った男が倒れた音だった。
入口の方を見てみた。そちらにいたのは、見覚えのある男性。
「なんてこったよ……、そんなに恐ろしい目に遭ってたのか」
優しい声。鳥居さんの隣にいつかいたウリュウとかいう人の声だった。
彼の手には銃。サイレンサー付き。さっきの軽い発砲音はその銃のものか――。
ウリュウさんが「いいぞ」と合図すると、その後ろから檀野さんが現れた。「大丈夫だったか」
それよりも。「あいつ、抵抗したら、邪魔したら僕の家族を殺すって……! 無事なんですかッ? 父さんは! 母さんは! みんな……ッ!」
「それも大丈夫だよ」答えてくれたのはウリュウさんだった。「見張ってるが、誰にも何もされてない、安心しな」
ほっとしてから、僕は。
「でも、なんでもっと早く――」
ウリュウさん達にも何か事情があるかもしれないのに、震える声で愚痴ってしまった。早く来てくれればあの猫は……、いや、あれは僕のせいだ……。僕は言葉を飲み込んで、別のことを言わなきゃと考えた。が、檀野さんはその質問(のようなもの)に答えてくれた。
「なぜか君のサクラが反応機に映らなくなってたんだよ、それで探せなかった。これ以降、君のサクラを辿れるとは思うべきじゃあないな」
「そんな……じゃあそれこそ、どうしてここが」めちゃくちゃになった頭で何とか聞こうとする。
一呼吸置くと、檀野さんはしっかりと言葉を選んだようだった。
「替えの制服に着替えさせた時があっただろ、あの少し前――、石奴が制服を改める時に、妙に時間を掛けたんだ。俺はその時一緒にいた。現場にはいけなかったけどな。君を迎えに行ったのは鳥居と石奴、あとこのウリュウだったが、その時には俺は、ほかの任務があったんだ。あの時もしかしたら石奴が、組織に追われるようなことになっても君を独自に探せるようにと、発信機でも仕掛けたかもしれない、と思ってね」
「じゃあそれで……?」
「ああ。あの時は怪しんでなかったから――、あいつは『ゴミを取ってた』と言ったが、俺達はそれを信じ込んでしまってたんだ。でも……」
檀野さんは僕の制服のベルトをカチャカチャと弄って取ると、それをじっくりと手で触ったり見たりして、それから。「あの時あいつが時間を掛けて触っていたのはベルトだった――、あった、これだ、金具と革のあいだに隠れるように――、ほらこれ」
それは平らなものだった。
「さっきの感触じゃ、かなりしっかりくっつけられてたな。普通の材料じゃないぞこりゃ」
「それが発信機……」
と、僕が聞くみたいに言うと、檀野さんが言った。
「ああ。予想だったが本当にあった。この電波を受信する仕掛けは石奴の家から回収した物品の中にあった。……あまりありがたいとは思いたくないが、皮肉にも、それのおかげだ」
そう聞いて、複雑な感情が生まれる。どこに落とし込めばいいのかも分からない感情。吐き気と悲しさを感じた上に、悪への感謝まで圧し掛かって……、もう僕の心は限界だ。
「帰りたい。うちに。でも、帰っても大丈夫なのか――」
不安で仕方がなかった。
「大丈夫だ。この家には彼しかいなかった。華賀峰貫次。あの華賀峰グループの系列の社長だ。今回のことで華賀峰貫次の家族や知り合いに共犯者は恐らくいない、動きが……素振りが全くなかったからな」
華賀峰グループのことは僕もテレビで見て知っていた。系列会社が多数ある大きなグループのはず。カンジ? それが彼の名前なのか。そう思ってから問う。「本当にこいつだけなんですか?」
「ああ、隠してる節もあるしな」檀野さんが言った。「関係者をほかにも調べたが、ほかの者にはアリバイがある。ま、アリバイなんてないことも多いけどな。恐らく、本当に、彼単独のことだ」
「そうですか……」
僕は、やっと帰れる気がして、安心してへたり込んだ。
「大丈夫か」ウリュウさんに聞かれて、僕は「はい」としか答える元気がなく、それは、大丈夫ではないということの裏返しだと自分でも分かっていた。またこんなことが起こるのでは? そんな恐怖がすぐに生まれる。頭の中を蝕むように。





