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ブルーピーシーズ ~不思議な力が発現し子種や命を狙われ迷いの中で生きた僕の半生と関わる人々の生き方~  作者: 弧川ふき(元・ひのかみゆみ)
第一章 始まりの受難

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07-2

 そんなまさか――と、今更思ったわけじゃない。変化が起こってから少しずつ予感は大きくなっていた。

 左腕も見た。なぜかそちらも音を立てて太く長くなり始めていた。数秒後、服が破れ、薄青い上腕、浅葱あさぎ色の前腕が露わに。

 自分でも驚いた。こんなことがあるなんて。本当に変身できるなんて。まるで夢の中だ、悪夢という名の。

 正直、怖くなっていた。もし戻れなかったら? 例外があるのかないのか分からないけど、もし先祖返りのようなことが起こっていて、僕の姿として定着していったら……? 絵で佐倉守さくらもりの先祖を見ただけで、『実物』をその目で見た訳でもない。なのにイメージだけでなれるものなのか?

 考えると恐怖は増した。

 怖い。怖い。その思いがあったからか、悲鳴を上げてしまった。「ウオオオオアアアアアッ!」――こんなんじゃただの咆哮だ。

 全身の何もかもが――それこそ髪や爪までもが――、あの絵の通りになっているかもしれない。助かってはいる、そういう状況ではある。でも嫌だ。嫌なのに。

 思いながら、逃れたくて四肢に力を込めた。ロープを引き千切るために全力で。するとすぐにブチッと音がした。

 緩んだロープを掴んでその辺に投げ、自由になって身を起こすと、女性に近付いてみた。

「ひ、ひいい!」

 女性は僕から逃げた。とは言っても、尻餅をついたままほんの少し退いただけ。

 僕はその女性に「こんな怖い目に遭うかもって、知らされてなかったのかよ」と嘆く意味で言おうとした。だが言葉になったのは。

「こ、な、くわいめいあぅかうぉっへ、ひあはえてらかっらろはよ」

 この形態の喉や口をうまく使えていない。ほかにも理由はあるかもしれない。そして普段の僕よりもずっと低い声だった。

 視点も高い。首が長く、背も高くなってしまったのか、あの絵の通りに? 反応からして見た目はかなり怖そうだ。声も、何を言ってるか分からなかったはず。だから恐怖を煽ってしまってる。まあこの女性が竦んで逃げないなら、それはそれでいいか……。

 居那正いなまささんは『八分くらいしか変身が続かない』と言っていた。どうするか。八分。待つしかないのか?

 僕は首を横に振った。そして辺りをさっきよりももっとよく見てから気付いた。廃屋の天井の高さや見降ろし加減から見て、身長自体、随分伸びている。望む大きさになれるのか? 今の僕はまるで二メートル何十センチ越えのバレー選手みたいだ。

 その上で腕と脚が極端に長い。

 太ももとすねはもちろんだが、足首より先までもが長いし、足の指に至っては普通の人間の足の指の四倍くらいの長さがある。

 ――あ、靴下の先が破れてる。

 その穴から薄青色の足の指が大きくはみ出ている。

 爪も見た。手足の指の爪はどちらも半透明な翡翠ひすい色。

 前髪を見てみる。翡翠ひすい色だった。長さ自体はそこまで変わっていない。

 顔を触る。

 目は元の姿の時よりも若干左右に離れていて、口の部分はとんでもなく前に出ている。鼻はその上唇の上、少し引っ込んだ所から上に、気持ち盛り上がっているだけ。そのくらいに鼻からあごまでが鼻ごと前へと大きく出ている。

 口は、下あごの大きなクチバシのような形。

 唇はある、軟らかい。なのに、口の形はこんなにも違う。混乱するほどショックだった。

 息が乱れそうになるのを抑えながら、顔から少し離した手の指を見た。

 六本指。

 混乱の中、背中で風を感じるのにも気付いた。巨躯化そのものと盛り上がった肩のせいで(見えはしないが)袖だけでなく背中の布地も裂けているんだろう。

 背中と違って服の前部は視認できた、前側は少しも破れちゃいない。まあボタンは少し取れてはいるけど。

 よく見るとベルトの留め具もひん曲がっている。

 ズボンは、太もも部分に破れはあるが、ほかの損傷はない。靴は脱がされていて近くに置かれていたようなのでそれも壊れてはいない。

 ――と、変化を把握するのに実際は十秒も掛かっていない。

 それから鞄の捜索。お、あった、そこか、と見付けた時、突然けたたましい音が響いた。何かが激しく衝突したような、ガンッ! という音。

 音のあとで、女性が――僕を怖がって叫んだり途切れ途切れの声を上げたりしていたが――悲鳴を上げるのをやめた。

 ――え? 何が。

 女性の方を見た。

 倒れているのが視界に入る。女性は動かない。そしてその辺りの床に血が――。

 まさか。

 なんでだ。

 近付き、顔を見た。女性の表情は、何もない壁を見たまま止まっている……。

 動かない女性を色々な角度から見た。そして気付いた。彼女の背中とお腹から血が。服のどちら側にも穴があるように見える。

 ――死んだのか? この人。

 動かない。僕が縛られていたみたいに。でも喋りもせず、もう彼女は動かない。

 なんでだ。思うと同時に僕はまた咆哮していた。

 きっとさっきのは銃声。

 そう思い辺りを見た。どこから銃声が聞こえたのか。思い出そうとするだけで、なぜか『こっちから聞こえた』とすぐに分かった。その方向を見やる。

 そちら――廊下の壁の陰――から少し音が聞こえた気がした。足音か? そちらに人影が見えた気もした。

「ゥオアエガアアアッ!」お前か、と叫びたかった。でも、吠え声みたいになるだけ。

 実際にはどんな声になったかなんて気にもしていなかった。勢いに任せ、人影らしきものに飛び掛かるように近付いた。

 だからなのか、『男』は勢いよく息を吐くような「ひっ」という小さな声を上げた。

 そのあとにまた銃声。

 僕はとっさに深く沈むような動きを加えた。低姿勢で素早く接近する形になる。銃弾は僕に当たらず後ろの壁に。

 そして銃声を鳴らした誰かを、僕は力一杯押し倒した。

 僕の巨体と廃墟の壁に挟まれて、その人物が弱々しく悲鳴を上げる。「ぐぉ」

 それから見やる。あの男だ。羽交い絞めにして僕に睡眠薬を打ったのであろうあの男――。

 僕は銃を奪い、弾を取ろうとした。が、どうやればいいのか分からない。

 ああ、もういい。

 その辺に銃を置き、男に向き直った。問い詰める。「らんえ、こおひしゃ」

 なんで殺したと言いたかった。が、やっぱり駄目だ。「らんえ、こおひしゃ!」

 僕は男の胸ぐらを掴み、言い続けた。

「らんえ! おあえおひんぎてうおんわを、こおひしゃッ!」

 きっと予想は当たっている。あの女性は『そんな私を、あの人が捨てる訳ないのよ』と言った。実際ああまでしたんだ、女性はこの男を信じてたんだ、たとえだまされただけの酷い形の愛だとしても、それは彼女にとって全てで……。

 そんなのは残酷だ。なのになんで殺したんだ、こいつは……。

 僕の言った通りみたいになってしまった、そうなってほしい訳ではなかったのに、ただの方便だったのに。

 この男も死んでやいないか。僕が殺してやいないか。そう思って怖くなった。確かめる。大きく横に伸びたひし形の耳を、男の首に――当てようとしたが――近付けるだけで確信できた、生きてる、こいつは生きてる。

 ……少し経ってから、僕の姿は元に戻った。ホッと安心感が押し寄せる、泣きたくなるくらいに。

 ――嬉しくない。逃れられても、こんな状況でどうすればいいんだ。

 廃墟のなぜか切れていない電灯が照らす中、死んだ女性と恐らく気を失っているだけの男を見て、僕は立ち尽くした。

 しばらくしてから、僕がここにいたと分かる物を粗方片付けた。そして。

 ベッド付近に戻り、近くに置かれた鞄を手に取ると、鞄の側面のポケットからスマホを取り、街区表示板や近くの看板を確認。警察に通報し、とりあえず破れた服をサブバックに入れ、ジャージに着替えてその場を去った。

 あの場所は、誘拐された場所からそこまで遠くでもないはずだ、僕はそう信じて歩き続けた。

 当てもなく歩いて、精神的に来るなと思ってから、しばらくして見覚えのある道に出た。

 更なる安心が押し寄せる。

 それから考えた。いや、考えてしまった。なんでこんな目にばかり、なんであんな奴らが、と。考えても仕方ないのに。

 制服で帰っていたのに今はジャージ。その姿を同級生やなんかに見られて不思議に思われても嫌だ。そういう気持ちがあったからか、僕は終始、家路を急いでいた。

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