06-3
今日はもう休まないと駄目らしいし、やることもそんなにない。
そうだ、昼食をここで頂いて行こう。そう思ったので食堂へ移動してみた。
鉄分を多く取るべきということで、肉やレバーを食べたい。ほうれん草もだったかな。
食堂内の壁にあるメニューを見て、緑色の麺を使ったスパゲッティを食べた。ミートソースの掛かったパスタだ。それと唐揚げ。これらが絶妙にうまかった。最高の味かも。
皿を返却口に置きに行った僕は、そこからカウンターの向こうに声を掛けた。「ご馳走様でした、おいしかったです」
すると、割と近くで調理していた六十代くらいの女性がにっこりと笑った。「口に合ったんならよかったよ」
その女性の胸に付いている名札に『御厨イネ』とある。
イネさん以外に料理人は十数名いるようだ。
イネさんは六十代っぽく、短髪で、半々くらいの白髪を活かして見栄えよくアッシュに染めていて、何だかカッコいい。
そんなイネさんに向けて僕は素朴な疑問をぶつけた。「あの、店員いないんですけど、料金とかは誰に払えば――」
するとイネさんはチャーハンの入ったフライパンを振りながら。「必要ないよ、ここで金は払わないの」
ほええ、と妙な声が出そうになる。「あ、じゃあ、どうも」頭を下げると、僕はそれから返却口前を去った。
そんな時だ、ふと気になった。反応機はどこにあるんだろう。この組織『隈射目』が研究しているとは聞いたけど。
どうしても見たい訳ではないけど、どこにあるかくらいは把握しておきたい。
その場所を誰かに聞きたいと思い、見回した。
食堂を出ようとした僕の近くのテーブルで、紫音さんが豚カツ定食を食べている。
紫音さんに聞いてみた。すると紫音さんが思い出すようにしてから。「ああ、あれ、最初はうちにあったらしいんだけどね」
「え、おうちにッ?」
「うん。というか庭に? でも、研究が進んで船から取り外し可能になってから、この組織の研究施設に置かれるようになったの。前までは組織の連中がうちに来て研究してたって話。あー……私もあまり知らないけど、これは私が物心付く前に運び出されたからで……家で見た記憶もないのよね」
「そっか、最近のことだけど、小さい頃のことっていう」
「そ。で、今はここの機械工学研究室にある。でも、違う部屋で研究されてた時もあるって話よ。本部がここになる前のことなんだけど、病原体研究室と一緒だったみたい。宇宙からの飛来物として未知の病気も怖かったからって話よ。まったくホント、壮大過ぎる話よね」
「ですよねえ――」深く同意してしまう。僕には突然過ぎるし、この先どうなるか、不安でしかない。
そして更に思ったのは、船の存在についてだ。最初にちらっと自分でも『船に何かあったのか』ということを聞いた記憶がなくもない、なぜかそれすら失念していた。
何かに乗ってきたのではない可能性も捨てきれないと思っていたから連想しなかったのかもしれないが……とにかく、宇宙船はあるらしい。でも、それをうまく隠せている、ということか……。
とりあえず、反応機は今ここの機械工学研究室にあるらしい。
ふむ。
まあいい。今日はもうサクラの残量のせいで練習できない、家に帰って寝るだけだ、これに関してほかにすることはない。反応機もこの施設にあると知ったけど、僕がこの目で見ておく必要性を、やっぱりそこまで感じない。「今日はもう帰ります」
すると紫音さんは。「お疲れ。あ、その前に。ちょっと来て」
「――?」
ついて行った先は、食堂内の左隅にちんまりと設置されている『サプリ置き場』の前だった。
そこで紫音さんが何かを手に取った。
「これ」と手渡されたのは、手に乗るサイズの円筒状の箱だ。真っ黒で模様のないラベルが側面と蓋に貼られていて、一見すると目覚まし用のガムが入っていそうに思える、そんなボトル。
「入ってるのは鉄分のサプリよ」
その中を見てみた。大きめのカプセル剤が大量に入っている。
紫音さんは、僕が受け取ったこのボトルを指さしながら。「サクラは、これまで以上にたくさん食べることと、鉄分をいっぱい取ることで補充されるの。だからその辺を気にしなきゃいけないからね」
「ああ、聞きましたよ、鉄分のことは舞佳さんからも」
「あらそうなの」
「大変なんですね」
「そうなのよね。私達の場合、普通の人よりも鉄分が必要になるから、その補充には絶対にこういうのが必要になる」
「だからここで提供されてる、と」
「そ。で、それはあなたの分ね」
そう言われて、やっぱりこれも無料? と疑問に思った。「これも……、その、無料なんですか? あそこの食べ物もそうだって聞きました」
「うん、そう、ここでお金なんて関係ないからね。ここで生活する人や利用する私達が金で泣くようなことがあったら、何かあった時に困っちゃうからね」
「あ、そっか……」
「自分の分はタダよ、絶対になくなる前にこうして貰いに来るの。で、朝食前とかお腹が空いてる時に飲むようにするといいからね。一日一個、練習するなら絶対よ、慣れて練習量が増えたら二個とかにしてくって感じでね。ちなみに今の私で一日三個」
「なるほど……」
「じゃ、今度こそお疲れ、またね」
「はい、また」
それで話は終わり、紫音さんはまた、さっきのテーブル席へと。
少しだけ見送ってから、食堂の入口を向いて考えた。……そう言えば、来た道はまあまあ覚えてるけど、それは記憶したつもりというだけで、メモしてもいない。帰りはどういうルートなのか、そちらはまだあまり把握もしていない。電車やバスを逆に行けばいいとは思うけど。と考えてからふと思い立ったのは、『よし、この施設にパソコンルームがあったな、そこで経路を調べて行きも帰りもメモしておくか』ということだった。
そういう入力が必要な調べものは、スマホよりもパソコンの方がやり易い。
という訳で階段を上がって地下六階、右手に見えたパソコンルームに入った訳だけど。
「ねえ君、見ない顔だけど、何? 新人さん?」早速言われた。
声の方を向く。
部屋の奥の方から近付いてきたその声の主は背がすらりと高かった。自然と僕の顔も視線も上へ。
黒髪短髪に眼鏡。彼はその眼鏡の位置をクイッと調節し、僕の返答を待った。
「あ、はい、藤宮大樹といいます。サクラが反応機に映ったらしくて、それで」
「ああ、君がその大樹くんか」
「そうです」
「何しにきたの? ここパソコンルームだけど」
「あの、ここから――というか、ここと僕の家との間の経路を確認しておこうと思って」
「ああ、それなら」彼がパソコンを操作してとあるページを見せた。「このサイトが調べ易いよ」
「あ、どうも」
「どういたしまして」
そんなこんなで経路をメモできた。帰りは逆に通るだけ。
さて、実際に帰ろう。
「あの、電源を切った方がいいですか?」さっきと同じ男性に聞いた。
彼も厨房の人と同じように名札を付けていた。彼の名前は鳥居傳介というらしい。
鳥居さんが言う。「ああ、使ってた人がいたから、そのままにしといて」
「じゃあ」最後にお礼も含めて。「さっきはありがとうございました、失礼します」
鳥居さんは無言で首を縦に振った。垂れ目で、堂々としていて、何だか印象的で、面白い人だ。





