03 薫と結衣奈
時は少し遡り、ベスカレットオープン当日の朝5時。
まだ日が昇る前の薄暗く、少し肌寒い時間に、ダークブラウンのロングヘヤー、制服のブレザーを着た、いかにもお嬢様風な女の子が開店前のベスカレットの入り口に歩いてくる。
「あっ、結衣奈ー! こっちー!」
入り口の前にもう1人黒髪ショートボブの女の子が結衣奈と呼ばれた女の子に気づき、声をかけた。
「ちょっと薫。こんな時間から並ぶとか頭おかしいんじゃ無いの?」
結衣奈は少し眠そうに薫にキレる。
この2人、水篠 薫と瀬崎 結衣奈は幼馴染みであり、和穂と同じ高校に通う2年生だ。
実は、薫はベスカレットのオープンが待ちきれなくて、徹夜で並んでいた。
1人で寂しくなったため、結衣奈を呼んだのだが、さすがに夜中は付き合ってくれなかったようだ。
それでも朝5時に来てくれるのはいい友達と言うほかない。
ちなみにオープンは朝9時だ。
「結衣奈なら来てくれるって信じてたよ?! 昨日から並んでたから、1人で寂しくて。」
「あなた本当に徹夜したの!? 相変わらずアホなんだから。」
呆れながら結衣奈は薫の隣に座る。
薫は顔はおっとり系で可愛いのだが、そのプラス分をひっくり返すバカっぷりを発揮する。
喋らず、なおかつ大人しくしていれば可愛いと、近所で評判だ。
薫はベスカレットのオープン日が決まった時から、この日を待ちわびていた。
それを知っている結衣奈はほっておけなくて、仕方なく朝早くから付き合ってあげていた。
流石に徹夜までは付き合いきれなかったが。
しばらく2人で話していると、ぽつぽつと客が集まってきた。
6時くらいに1番のりを確信してノリノリで到着した人が、2人の姿を見て驚きながら落胆する器用なことをやっていた。
少し列が長くなり、警備員さんも配置につき始める。
オープン1時間前になると、店の中からマスコットのベスカちゃん軍団が風船をもって出てきた。
「うわ?! ベスカちゃんだ!」
スマホでベスカちゃんの写真を撮り始める薫。
しばらくすると、薫の前に風船を持ったクマの手が差し出される。
薫がスマホから目を離し、風船を受け取りながらベスカちゃんの顔を見ると、目つきの悪い顔のベスカちゃんだった。
「むっ!」
薫は睨まれたと思い、とっさにメンチを切る。
「睨んだ顔もやっぱりかわいいわ。」
結衣奈はその光景を、『クマ対ポメラニアンのメンチ切り』と名付け、スマホの薫用アルバムに写真を保存した。
ベスカちゃんとの勝負?が終わり、結衣奈も風船をもらった。
「これ、抽選券がついてるみたいね。」
「あっ、本当だ! 抽選やりたい!」
結衣奈は風船のひもの先端についた抽選券を取り、書かれた内容を確認する。
「中央エリアで抽選会をやるみたいね。混みそうだから最初に行ってみる?」
「そうしよう!」
開店10分前になって、音だけの花火が打ち上がる。
店内の入り口サイドに、スタッフやベスカちゃん達が集まり始める。
「まもなくオープンいたします! 押さずにゆっくり前にお進み下さい!」
「もう直ぐだねぇ。」
薫はワクワクしながら入り口に近づいていく。
結衣奈は薫がはぐれないように、ぴったりと後ろにつける。
「「「「「いらっしゃいませ!」」」」」
自動ドアが開くと同時に、スタッフの元気な声が聞こえた。
入り口に人が雪崩れ込む。
2人は人の波に押されながら、1番に店内に入る。
横に並んでいるスタッフから店内マップをもらい、入り口から少し奥に行ったところで立ち止まる。
「うわ?、すごいすごい!」
「本当すごいわね!」
立派な内装と吹き抜けの天井から降りるシャンデリアを見ながら、感動する2人。
クルッと1回転しながら周りを見渡す薫。
スタッフと一緒に並んでいるベスカちゃんは、店内でも風船を配っているようだ。
「あっ!!」
入り口の付近から、男の子の叫び声が聞こえる。
どうやら後ろから人に押されて、列の横に飛び出しながら転び、店内でもらったばかりの風船を手放してしまったようだ。
薫はとっさに動いた。
風船の位置を見て、まだそんなに高く上がってないことを確認すると、風船に向かって走り出した。
男の子に風船を渡したキメ顔のイケメンなベスカちゃんも、風船の位置を確認し、走ってくる薫に気がついた。
薫とキメ顔ベスカちゃんは目が合い、ピキーン!とお互いの意思が通し合った。
ベスカちゃんはバレーのレシーブのような構えを取り、薫はベスカちゃんの手前で踏み切り、ベスカちゃんの両手に足をかけた。
タイミングよくベスカちゃんが両手を振りあげ、薫は高く舞い上がる。
薫は3メートルほどの高さまで飛び上がり、見事風船キャッチし、前周り受け身を取りつつ着地した。
薫とベスカちゃんはパチンといい音でハイタッチをする。
ベスカちゃんの手は生身の人間の手だった。
薫を乗せて振り上げた時、手に巻き付けていた風船と共にクマの手が飛んでいき、風船の先についたまま、天井に引っかかっていた。
「ありがとうお姉ちゃん! クマさん!」
「どういたしまして。」
薫は笑顔で男の子に風船を渡し、ベスカちゃんは人間の手で男の子の頭を撫でた。
「ありがとうございます。」
一緒にいたお母さんにもお礼を言われ、かっこよく2人はその場を離れた。
「すごいね薫!イケメンじゃん!」
「ふふふ。かっこいいでしょ!」
ドヤ顔で結衣奈の方に戻ってくる。
結衣奈は、風船をキャッチした瞬間の薫のバースト写真から、ベストショットを選んでいた。
「しかも収穫もあったしね。」
薫の手には抽選券が握られていた。
どうやら男の子の風船からちゃっかりとっていたらしい。
「台無しだよ。」
結衣奈は呆れながらつっこみをいれた。
「いざ!抽選会場へ!」
「そうね、まずは中央エリアだったわね。 今西エリアのここだから、この通路に沿って行けば、たどりつけるみたいね。」
「ラジャ?! 1番最初にくじを引かないといけない使命が私にはある!」
そう言いながら薫はクラウチングスタートの構えを取る。
「何をやっているの?」
「ふっふっふっ! 今日の私は、ウサイン・ボ○トより早いん・ボ○ト!」
「何を言っているの?」
薫は動く歩道に向かって走り始めた。
動く歩道の速度と、走る速度を合わせれば、世界一の速さを超えることができる。
しかし薫は知らなかった。
田舎者がゆえ、動く歩道を映像で見たことはあるが、実際に乗ったことがなかった。
そのため、動く歩道を使う上で、最も危険な行為を知らなかった。
ビターーーン!!!!
痛々しい音が、通路に響く。
動く歩道から勢いよく飛び出した薫は、その勢いのまま前に倒れた。
大人しくなった薫は、結衣奈の横で動く歩道を正しく使っていた。
2人が中央エリアについたときには、もう抽選をしている人達の姿がちらほらあった。
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