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王子視点続きます
モンスターに囲まれた。
会場入りした途端に走ってきた貴族令息令嬢達に、囲まれた。血走った目をして、じわじわと近付いてくる。兄弟姉妹を見れば、同じように囲まれていたが、微笑みは絶やさない。たいしたものだ。
甘ったるい香り。耳をつんざく高音。べたべたと化粧をした肌に、べっちょりとぬらついている唇。歯に紅がついてしまっているではないか。なんて下品な女達だ。それが、王族である私の腕を勝手に取り、丸みを帯びたデカい胸に擦り付けてくるのだ。鳥肌が凄い。背中を冷や汗が流れている。これ以上は吐く。吐いて気絶する。
「いい加減にしてくれ!」
叫んでいた。目を丸くした周りの令嬢が、一歩私から退く。できた隙間に体を滑らせ、囲みから脱出した。シンとなった会場など知った事ではない。女がいない場所を探して、新鮮な空気を吸いたい。
人がいない場所を見つけて歩いて行く。ぽっかりと穴が開いたように、人が少ない。ガラガラのテーブルには、一人の令嬢がいた。優雅にアフタヌーンティーを楽しんでいるところ悪いが、退いていただこう。
相手は、一筋縄ではいかない令嬢だった。口が達者だ。王族である私を小馬鹿にしている。今まで、陰でコソコソ言われる事はあるが、面と向かって馬鹿にされたのは初めての事だった。
クラーラ・フゴーリスタという公爵令嬢は、涼やかな顔をした少女だった。清楚な印象を受けるドレス姿に、意地の悪い事を言っても醜悪とは程遠い表情。女は嫌いだが、美人である事は認めてやろう。
私を怒らせるだけ怒らせて、風のように去って行ってしまった。ふと、貴族令嬢特有の、甘ったるい香りがしない事に気が付いた。腹立たしい事ばかり言う女だが、もう少し話をしてもよかったかもしれないと、思ってしまってからハっとして頭を振った。女など、何を考えているかわかったものではない。あれだって、私の気を引くための演技だったかもしれないではないか。
「不敬の演技とか、しないだろうな」
茶会の会場から逃げ出した私を自室で待っていたのは、父親である陛下だった。何があったか報告させられる。不敬罪云々は、王族が絡んだ時のお約束の冗談のようなもので、過去本当に不敬罪で囚われた人間はいない。
「私の気を引く演技ではなかった、と?」
「まあ、お前からの話と、影からの話、両方聞いても、クラーラ嬢の態度は本物だと思うがね」
「…………本気で私を馬鹿にしていた、だと?」
坊やなどと言われたのは初めてだ。あの腹の立つ顔。なのに、凛とした声、真っ直ぐにこちらを見て立つ姿、どれをとっても、他の貴族令嬢よりも好ましい。好ましく思うのが、また腹立たしい。
「彼女を罰したいかね? 腐っても王族だ。その王族に振る舞う態度ではなかったのは確かだが」
「…………いいえ。少なくとも、彼女は、私を『ファッション王族』としては扱いませんでした。ただただ、理不尽に席を譲れと言った私に対して、怒って意地の悪い事を言っただけの女性です。私が理不尽だった。そういう事なのでしょう。彼女はまた、他の令嬢達への私の態度にも怒っていた。私を諌めてくれたのです」
これで不敬罪などと言ったら、あいつはまた私に言うのだ。『パパに泣きついたんでしゅか~坊や?』などと。それだけは絶対に回避しなければならない。
「彼女が気に入った?」
「は? まさか」
「いや、お前が女性を褒めるのなんて、初めて見たから」
「……褒めてなどおりません」
「そういえば、会場に入るまえに、他の王子達と話していたようだね。理想の女性について。あれは、本音かな?」
「勿論、本音です。特に胸の大きさについては、絶対に譲れませんね」
「ああ、幼い頃のトラウマだねぇ。あの、お前を襲ってきた狂った女は、巨乳の持ち主だった……」
「陛下……」
うっとりとする父親に辟易する。あのおばさんの胸を思い出しているのだろう。私の冷たい視線に気付いた陛下は、コホンと咳払いをして、書簡を差し出してきた。
「クラーラ嬢に何か言いに行くなら、これをフゴーリスタ公爵に持って行ってくれないかな。これから行くのだろう?」
「…………まあ、言いたい事がありますし。行こうとは思ってましたけど」
「じゃあ、よろしく頼むよ」
にっこり笑った陛下を訝しげに見る。表情から何も読み取る事ができないのが悔しい。私より、何枚も上手の相手だ。
途中、シェフに捕まって、紙袋を渡された。あの令嬢に渡して欲しい、と。私を何だと思っているのだ。お使いか。断ろうとしたらシュンとされた。熊のような男がシュンとするのは、可愛らしいが、気の毒に思って受け入れた。
(つづく)




