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「うわ……気持ち悪……」
お茶会という名のお見合いパーティーは、大盛況だった。未婚の貴族の男女が、よくぞここまで集まったものだと呆れるほどに。そのどれもが、ギラギラとした笑顔を振りまいている。奥の方で男性を侍らせているご令嬢、たしか婚約者がいたのではないかしら。何故この場に? と思っていると、婚約者のいる男女がちらほら姿を見せていた。これは、目玉商品があるのかもしれない。今いる婚約者を捨てて、もっとよい条件の相手を捕まえる。そんな思惑が飛び交っているお茶会なのだ。面倒事に巻き込まれないよう、他人とは距離をとって時間を潰さなければ。いつもより存在感を消して、受付を済ませた。
会場に足を踏み入れると同時に、笑顔の男性に囲まれた。我が公爵家について口にしているので、私の正体はバレているらしい。誰だ、バラしたの。一斉に差し出されてくる手。眉間に皺が寄る。
「はい。今ここにいる男性、全員アウトです。メイドに家名をひかえさせました。これより私に近付いたら、後日当家から抗議させていただきますので、お気をつけください」
青い顔をして去って行くお坊ちゃん達の尻を蹴り上げてやりたい。気持ち悪いんだよ。擦り寄ってくるんじゃねえ。おっと、つい口がすべりました。
ああいう、家名に擦り寄ってくる輩は、私が理想とする相手とは程遠いので、遠ざけるに限るのだ。三十五歳の記憶があるので、十代の子供になど魅力を感じない。だからといって、中年に興味があるかと言われれば、無いのだけれど。
その後も、寄ってくる男、寄ってくる男、同じように撃退していたら、結局、ひとりぼっちでポツンとテーブルに座る令嬢になっていた。逆に目立つ。遠巻きに、女性達にもヒソヒソされている。まあ、良い。誰も直接話しかけて来ないので、快適なアフタヌーンティーを楽しめている。
「このクロテッドクリーム美味しいわ~。どこのかしら。王室のシェフの手作りだったら、市販されてないわよね。あとで作り方を聞いてきて下さらない? それが無理なら、定期的に譲って欲しいわ」
給仕のメイドに声をかける。彼女は、快く厨房の方へ走っていった。後でいいのに。
スコーンをもうひとつ。ブルーベリーのジャムを薄くぬり、その上にクロテッドクリームをたっぷりとのせた。ああ、なんという至福の時間。
会場が騒然とした。皆が駆けだす。走っては駄目ですと拡声器持って注意するべきかしら。普段はツンと澄ました御貴族様達が、見苦しいほど慌てて、茶会の入り口に向かっていた。どうやら、今日の目玉が到着したらしい。
「あらあら」
王族の皆さまだった。第三王子以下、第六王子までと、第三王女と第四王女。六人とも、キラキラしている。キラキラしているけれども、要するにあぶれ者だ。我が国の第一第二王子は、大変優秀で、それより後に生まれた王子達は、つまり私と同じようなもの、だ。王族と公爵家の次女が同じなどと言ったら不敬で罰されるかもしれないけれども。王族としての仕事が、結構あるらしい。一緒にしてはいけない。
王族の皆さま一人一人を囲んで、アピールタイムが始まったらしい。すごい。砂糖に群がる蟻みたい。若いっていいわねぇ、などと、おばさん目線で見守ってしまう。興味深く見守りながら、食事は忘れない。新しい紅茶とミルク、スコーンとジャムとクロテッドクリーム、サンドウィッチを追加で注文した。ああ、王室シェフ素敵だわ。うちにスカウトしたい。無理かしら。無理よね。シェフと結婚したら毎日この食事を楽しめるかしら。さっきクロテッドクリームを頼んだメイドに、シェフを紹介してって言ったら、また走って連れて来てくれるかしら。
「いい加減にしてくれ!」
大きな声に驚いた。王子の一人が叫んだようだ。よく見ると、女嫌いで有名な、第三王子のフランシス殿下だ。ご令嬢の波を掻き分け、不愉快そうな顔をしながらこちらへ向かってくる。こっちじゃなくてあっちに行きなさいよ、と念を送ったが、無駄だった。広い会場の中、唯一人が少ないゾーンだ。私のおかげで。私のおかげであって、私のせいではない。
テーブルについてサンドウィッチを頬張りながら王子の動向を見ていると、向かう先にいる私に気付いた王子が眉を顰めた。待って、こちらが顰めたい。先にそんな態度を取られたら、何もしていないのに負けた気がする。
王子は、真っ直ぐ私のテーブルに向かってくると、対面に立ち、コツコツとテーブルを叩いた。
「何か?」
「移動して欲しい」
「は? 何もこちらにいらっしゃらなくても、この周辺のテーブルは、全て空いておりますわよ?」
「そんなのはわかっている! 私の近くに誰もいて欲しくないから、この周辺から移動してくれと言っているんだ!」
「…………随分と自分勝手な事を仰るのですね」
「は?」
「私は、殿下よりも先にこちらのテーブルを確保して、アフタヌーンティーを楽しんでおりました。後から来て、移動しろ? 自分勝手以外のなにものでもないでしょう」
「不敬だぞ!」
「何言ってんの、そっちが不敬でしょ」
「…………えッ」
「女性は敬えって習わなかったの? なぁに、さっきの怒鳴り声。あんたに認めてもらいたくて寄ってきた可愛らしい御嬢さん達じゃないの。お見合い兼ねてるんでしょ? ビビらせてどうすんだっての。馬鹿? 馬鹿なの?」
「くッ……貴様……これ以上の屈辱は無いぞ!」
「あらあら、だったら、パパにでも言いつけるぅ? 婚約相手を自分で見つけられない子供の為にこ~んなお茶会開いちゃうパパだものね。強制参加とか、いい迷惑よ。さ、パパに言いつけるがいいわ。パパ~、あの女子が僕を虐めるんでしゅ~ってね。どうするの? この場で手打ち? それとも公爵家を取り潰す?」
「先ほど以上の屈辱……だと!?」
「これ以上に屈辱的な事、いくらだって出て来るわよ、この口は!」
目を丸くしたまま、動かなくなってしまった第三王子。ああ、やっちまった。不敬も不敬。この場で手打ちされてもおかしくない。護衛騎士達は、少し離れたところで、こちらの様子をハラハラとして見ているし、さっき怒鳴られた令嬢達も、固唾を飲んで見守っている。
「フゴーリスタ様~」
そこへ、能天気な声がかけられた。先程厨房へ走っていったメイドだ。手には、大きな紙袋を抱えている。それはもしや。
「クロテッドクリームね!?」
「はい! シェフからです。そこまで気に行っていただけるなんて、恐悦至極との事でした! あまり日持ちがしませんので、五日分ほどなのですが。他に、スコーンと、ジャムを!」
「ありがとう! これだけいただければ長居は無用ね。そろそろお暇致しますわ」
梃子でも動くかと踏ん張っていた体を動かし、席を立つ。唖然として私を見てくる王子に、カーテシーを披露した。
「…………フゴーリスタ、と言ったか」
「はい。クラーラ・フゴーリスタと申します。フゴーリスタ公爵家の次女ですわ。何か言いたい事があるなら、言いに来ればいいわ坊や。私は逃げも隠れも致しません。首を洗って待っててやりますわよ」
クロテッドクリームが手に入り、心からの笑顔を見せてやった。処分される前に、食べ尽くさねば。折角のシェフの厚意を無にしません。ざわざわと騒がしい中、ゆっくり歩く。王子はもう、私に何か言う事もなかった。他の王族の方々は、目を真ん丸にして、私の退場を見送ってくれた。
「不敬だよね!?」
「不敬かしら?」
「不敬すぎて、わけわかんないぐらい不敬だろうが!!」
家に帰り、父に事情を説明すると、真っ青になって頭を抱えてしまった。
「ごめんなさい、お父様。私が修道院に入る、とかじゃ、済まされないかしらねぇ?」
「……それは、わからん。わからんが……お前達がもめた理由もわからん」
「ん?」
「テーブルくらい譲ってやればよかったではないか!」
「は? 嫌に決まってますう! やっと作った私の場所だったんだもの! それを、後から来て、横取りしようったって、そうは問屋が卸さないのよ!」
「また前世の言葉を使っておるな……」
その時、来客があったとの知らせがきた。名前を聞くと、なんと、第三王子の、フランシス殿下だというのだ。
「やだ、もう来たの? シェフにいただいたスコーンとか、まだ食べてないのに! すっごい迷惑!」
「迷惑言うな!」
ギャーギャー言いながら応接室へ向かう。扉を開けると、ソファに、鬼のような顔をした王子が座っていた。綺麗な顔をしているのだから、そんな表情を作らなければよいのに、本当に残念な青年だ。
「フゴーリスタ公爵、久しいな。急な訪問、失礼する。本日は、陛下からの書簡を持ってきた」
「陛下から……ですか」
父の顔が、益々青くなる。書簡。今回の件で、何かお達しがあるのだろう。お家断絶か、私の追放か。スコーンを食べる時間はあるだろうか。あのサンドウィッチも、もう一度食べたかった。
「あと、これは、そちらの令嬢…………クラーラ嬢に」
睨み付けながら、紙袋を手渡してくる。私の代わりに、メイドが手を出した。そっと中身を見せてくれる。サンドウィッチだった。エスパーかよ!?
「あら……」
「行くなら持っていけって……シェフが……私は持ってきただけだ」
「あらあら。ちゃんとお使いが出来て凄いわねぇ坊や?」
「な……ッ!」
「で、何か言いたくて来たのでしょう? それとも、陛下のおつかいとシェフのお使いかしら?」
「そんなわけあるか。私がこちらに来ようとしたら、陛下にいきなり書簡を託されただけだ。あと、シェフも、目ざとく見つけてきて、無理矢理渡してきた!」
「はいはい、能書きはいいから、とっとと言って下さいな。私に何が言いたいんですの?」
「私は! お前よりも、年上だああ!!」
「……存じてますけども?」
「だったら、坊やって呼ぶな!」
「坊やは坊やですから」
「くうううう! 最大の屈辱が、何度も更新されてゆく……」
歯ぎしりをしている王子を放っておき、隣でプルプルと震える父に声をかける。
「お父様? 書簡には、何と?」
「…………お前を……」
「私を?」
「第三王子の婚約者に決定した、と……」
「はあああああああ!!??」
二人分の悲鳴が、公爵家に轟いた。
(おわり)
読んでくださってありがとうございます。