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妻とトカゲ

電子書籍化記念SS第一弾です。



「どうなる事かと思ったけれど、なかなかどうして、お似合いのカップルじゃないか?」


 王太子である一番上の兄が声をかけてきたのは、私とクラーラの婚姻式が行われたちょうど一週間後の事だった。

 私達兄弟姉妹は、腹は違えど王の子として分け隔てなく育てられた。その中でも、正妃腹の王子は、この兄と私の二人だけだ。第一王子のシルベスターは、そんなこともあってか、兄弟の中で私を一番気にかけてくれているようだった。


「お似合い…………」

「あれ? フランシスは、然程嬉しそうな顔をしないんだな」

「……フランシスは、ということは?」

「さっき、庭園をフラフラしていた義妹殿に同じことを言ったら、なんかドヤ顔をしていたぞ」

「目に浮かぶ」


 クラーラは思ったことがすぐ顔に出る。しかし、この時代はそれも許される範囲内だ。社交界において表情を取り繕えないのが致命的であった時代はもうずっと昔のこと。クラーラは怒っている時は不機嫌そうな顔をするし、楽しんでいる時は淑やかとは程遠い顔で大笑いをする。さすがに公式の場所ではアルカイックスマイルを浮かべて上品美人に擬態しているが、身内の前ではさらりと自分を出してしまう。そんな女だから安心してそばにいられるのだ。


「優しい顔をするようになったな」

「……は? 私ですか?」

「パートナーと愛を育んでいるようで、兄としては本当に嬉しいよ」

「はあ…………」

「羨ましいぐらいだ」


 義姉上と、うまくいっていないのだろうか。淑女の鏡のような王太子妃殿下。爪の垢を煎じてクラーラに飲ませてやりたいほどなのだが。苦笑いをしながら肩を竦める兄は、寂しそうにも見えた。


「あッ、フランシス様、よいところに!」


 にわかに騒がしくなる回廊。足音をバタバタとさせながら、よく知る声が近付いてくる。その後ろから、「お待ち下さい妃殿下!」と泣きそうな声が聞こえてきた。

 クラーラが私を見て、『よいところに』と嬉しそうな時は、たいがい私には悪いことなのだ。嫌な予感がしながら彼女の到着を待つと、その手に何かを持っているのが見える。藍色というか紫色というか、なんとも言えない小さなものは、クラーラの手の中で、少し蠢いているようにも見えた。


「走るな走るな。淑女教育どうなってんだまったく」

「しまった! うれしくてつい! ね、ね、見て見て! お庭で捕まえたの!」

 捕まえた。クラーラはそう言った。つまり、生き物ということだ。言われるままに、彼女の手の中を覗き込む。群青色をしたトカゲだった。いや、淑女が捕まえて喜ぶ生き物ではないだろう! 

トカゲは大きすぎず、さりとて小さいわけでもなく、クラーラに両手で胴を持たれて手足をパタパタさせていた。群青色の皮の形成は、まるで松ぼっくりのようだった。そんな、見たこともない生き物を、我が妃はキラキラした目で見つめている。

「……毒は…………無いんだろうな?」

「たぶん」

「…………たぶん?」

「よくわかんない」

「阿呆か! 誰か、クラーラの手の中のトカゲを!」


「毒は無いよ」


 兄の落ち着いた声がそう告げると、私達は顔を見合わせて、次に兄に視線をうつした。

 兄は腕を組み、苦笑いをしている。クラーラの手の中のトカゲをじっと見つめながらも、近付こうとはしない。

「兄上? 何故知ってるんです?」

「うん? まあ、うちの棟で飼っているのが逃げ出したから、かな?」

「えッ、この子、王太子殿下の飼いトカゲなのですか? すごいですね~!」

「いや……私が飼っているわけではないのだが……あ、飼い主が来たようだよ」

 兄が指し示した方向に目をやると、淑女の鏡と評判の王太子妃殿下がしずしずと近付いてくるところだった。いや、しずしずという速度ではないな。よほど体幹が鍛えられているのだろうか、縦にも横にもまったくぶれずに真っ直ぐと、それでいて高速馬車のように素早く近付いてきていた。後ろから死にそうな顔で駆けてくる侍女達が可哀想なくらいだ。あれ、さっき同じような光景を見たぞ。前を行くレディが全く違う動きをしていたけれども。


「見つけましたわ! まー君!」


「…………まーくん?」

「……そのトカゲの名前だ」

「えッ、まさか飼い主って、義姉上なんですか?」


 義姉上である王太子妃殿下は、慈愛溢れる微笑みでもってクラーラの手の中のトカゲに飛び付いた。そう、飛び付いたのだ。淑女の鏡が。

「うお!」

 淑女の底辺といって過言ではないクラーラは、驚いて野太い声をあげた。あいつ。きゃあ、ぐらい言えばいいものを。

「クラーラ妃が見つけて下さったのね。感謝致しますわ」

「王太子妃が飼われているんですか? 可愛いですねぇ」

「あら。トカゲ、お好き?」

「はい! 夢は、フトアゴヒゲトカゲを肩にのせて練り歩く事であります!」

 ビシリと敬礼をして世迷言をいう我が妻。練り歩くな練り歩くな。生き物が好きっぽいなとは思っていたが、あんなに興奮しているのを見ると、五歳くらいの男児と同じだな。

「まあ、まあ、まあ! 素敵な夢ですわね! クラーラさんとお呼びしてもよろしくて?」

「勿論です!」

「もしよかったら、これからお茶でも如何かしら? もっとお話ししたいわ。王妃殿下もお呼びしましょう。あの方も、生き物が大好きでらっしゃるのよ」

「王妃殿下も!? それは素敵ですね! 是非!」


 盛り上がってしまった二人は、私達には目もくれずに立ち去ってしまった。兄はそれを寂しそうに見送っている。義姉上も、一言くらい兄に声をかけてくれればよいものを。


「見たか?」

「…………はぁ」

「妃は、私よりもあの『まーなんちゃら』と愛を育んでいるのだ」

「まー君ね。なんで余計長くしちゃったんですか。いや、それよりも、愛を育んでいるというのとは違うような……」

「私なんて二の次なんだよ! 王太子だなんだと祭り上げられているが、私なんてこの程度の男さ。トカゲ以下のな」

「いやいやいや、卑屈になりすぎでしょ。デキる第一王子はどこ行ったんですか」

「それに!」

「はい?」

 兄は私を指差した。何か怒らせるようなことをしただろうか。


「きみの妃は、ずるい!」

「ええ……」

「私の妃と、あんなにも簡単に仲良くなってしまうだなんて! ずるいぞ! 私なんて、名前を呼んでもらうのに五年もかかったというのに!」

「えええ~」

 それは、仲良くなるのに時間がかかりすぎなのではなかろうか。ちなみに、兄と義姉が婚約してすぐに、私は名前で呼ばれていたような気がする。決して兄には言わないが。拗ねて面倒な事になるのは明白だ。

「まあ、我が妃とあんなに簡単に仲良くなってしまうのだ。フランシスみたいなチョロい男が絆されてしまったのも無理はない」

「チョロくねぇわ!」

 その後、散々八つ当たりをされて執務室まで戻った。王太子妃殿下を溺愛しているという噂は本当だったらしい。兄弟のなんだか恥ずかしいところを見てしまった気分だ。



「お茶会楽しかった!」


 夜、上機嫌で寝室に現れたクラーラは、鼻歌を歌いながらベッドに腰掛けた。

「トカゲのせいでか?」

「そう! トカゲ! フトアゴヒゲトカゲのふーちゃんを肩に乗せてもらったのよ~。シモの躾が出来ないからって、おしめをしてね! 可愛かったな~」

「名付けのセンス皆無だな」

「いつでも遊びに来ていいって言われちゃった!」

「…………飼いたいか? お前が飼いたいというなら……」

「は? 飼育とか無理だから。都合のいい時にだけチヤホヤしたいの」

「…………お前は、そういう女だよ」


 クラーラは毎日遊びに行きたいなどと言っていたが、すぐに王室の一番忙しい時期がきて、他の兄弟達とは挨拶もままならなくなった。文句を言いつつも仕事はきっちりこなす。王宮での評判も上々な私の妃だ。ただ…………


「義妹殿よ! 私は負けぬぞ! 見よ! 我が妃オリジナルのトカゲの刺繍を施したマントだ!」

「わぁ、いいですね~。ところでお仕事はサボっていても大丈夫なんですかね?」

「く……ッ……」


 たまにシルベスターが私達の執務室に突撃してくるようになった。デキる第一王子やばいぞ。変な輩に足元をすくわれないといいのだが。本当はトカゲが苦手なのに、好きなふりをして義姉の好感を得ようとする努力はわからないでもない。しかし、ここに来てドヤ顔をする暇があったら、もっとほかにやることがあるだろうと言いたい。

 悔しそうな顔で執務室を飛び出して行く兄の背中を見送りながら、クラーラはクスクスと笑う。


「お義兄様は、随分自信がないんですね。お義姉様はあんなに彼を好いているというのに」

「は!? 初耳だな!」

「えー。見てればわかるし。なんでわかんないのかなー。これだから男子は」

「本当に? あんなに素っ気無いのに、本当に好いていると……?」

「え? 素っ気無いの? じゃあわかんない! 適当に言っただけー」


「お前はそういう奴だよ!!」





ミーティアノベルス様から、電子書籍が発売されます。

各電子書籍配信サイトでご確認くださいませ。

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