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全年齢向け、初めて書いてみます。お手柔らかに。
「お前もそろそろどこかに嫁ぐ年齢になったが、誰か好きな相手などはいないのか?」
齢十八。適齢期。公爵家の次女という、なんかこう、責任あんまり無い感じの存在。幼い頃から婚約者がいる姉と違い、ある理由もあって、私はわりと自由に過ごさせていただいていた。ある程度の教育は受けているが、特に優秀であれとも言われていない。ゆるっと育てられた公爵家令嬢、それが私、クラーラ・フゴーリスタ。
「いませんね」
「まあ、そうだろうね」
趣味、寝る事。特技、早食い。化粧嫌い、ダンス嫌い、夜会嫌い。貴族令嬢らしさは、一ミリも持ち合わせていない私だ。当然、恋の生まれる出会いも皆無。どうしても出なければならない夜会では、誰とも目を合わせないよう、ひっそりと時間を潰して帰ってくる。しかし、腐っても公爵家の令嬢だ。入場の際に、必ず注目を浴びる。だから、兄がいれば兄に、兄がいなければ侯爵家嫡男の従兄にというように、エスコートは身内にしてもらい、自分よりも注目を浴びる男性が隣で黄色い声に包まれている間に、素早く移動して壁の花になる。その素早さ、風の如し。あれ、たしかさっきご令嬢もいたよね、見間違いだったかな、と周囲が目を擦るぐらいの素早さだ。
「お父様、前々から言おうと思っていたのですが……」
「…………なんだ?」
「このまま一生面倒みてもらえませんかね」
「…………」
父の眉間に深い皺が寄った。自分も負けじと眉間に皺を寄せる。いつも小難しい顔をしていると言われ、私の眉間の皺には定評がある。
「条件に合った相手が見つかれば、私だって結婚する事は吝かではないですよ。でもね、そのたったひとつの条件を満たす方が、どこにも見当たりませんのでね。一生独身かしら、と」
「その条件とやらを、お聞かせ願えるかな?」
「ええいいですよ。生活は落したくないので、資産は最低でも我が家程度、女嫌いで無愛想、立場上結婚しないとならないだけで、結婚したからといって、妻に何か特別なものを求めようとはしない、顔立ちが平凡で地味な、私を自由にさせてくれる人、ですね」
「ひとつじゃないよね」
「は?」
「なんだかまとまった一つの条件みたいに言ってるけど、箇条書きにしたら結構な条件の量だよね」
「嫌だわお父様、何を仰っているのかわかりません」
父は、大きく溜息をつきながら、実は、と話し出した。
「王家から、適齢期の男女を集めて開く見合いを兼ねたお茶会に、お前を名指しで招待してきたのだ」
「…………名指し、ですか? 私、そんなに目立った存在ではないと思うのですが。それに、幼い時に申しあげましたが、私は前世の記憶があります。自由気儘に過ごしてきた前世の記憶が、この世界の貴族的な考えには全く当て嵌まらず、政略結婚は無理であると、お父様も……」
「お前の記憶の事は、我が家だけの秘密だ。王家とて、知らぬ情報なのだ。だが、この家に、未婚の娘がいる事は、目立つ目立たないに関わらず公のこと。今回、王家からの招待なので、断る事は出来ない。ただ、望まぬ婚姻を結ぶ必要はない。軽い気持ちで参加してきて欲しい。貴族である故の義務とでも思ってくれ。これは、お前の前世で言うところの、嫌であっても研修や会議に出席しなければならないような、業務命令だ。婚姻は絶対ではないが、参加は必須なのだ」
業務命令か。ものすごく嫌な思い出でしかない。小さい時に自覚して両親に告白した前世の記憶。父も嫌な言葉を憶えたものだ。
前世。三十五歳頃の記憶がある。そこで死んでしまったのか、その後も生きていたのかは、わからない。独身、彼氏無し。おひとり様を満喫している人生だった。三十五にもなると、独身に慣れ過ぎて、結婚して誰かと生活するなんて考えられなかった。働いたお金は全て自分のために使う。老後の事は、女性にしてはあまり考えていなかったように思う。楽しければそれでいい生活。遊ぶ為に働いている毎日だった。だからといって、派手な生活をしていたわけではない。今と同じ、面倒くさがりで趣味は寝る事な、枯れた女だった。
「あ、そうそう、子供は、今生でも産みたくないんですよね~。私、前世でも世話好きじゃなかったし。友達の赤ちゃんを眺めて、可愛い~って言ってるだけの存在だったから」
「…………世継ぎを望まれたら……?」
「婚姻を結んでから言われたら、離縁しかないですね。世継ぎが欲しいと最初から言われる方には嫁ぎませんし」
「一緒にいたら、相手との子供が欲しくなることもあるかもしれないだろう」
「それは契約違反ですね。もし婚約するなら、その時に私は相手の方とは細かく取決めをしようと思っています。だから、途中で契約更改をする場合、第三者をたてて、相互に異論のないように徹底的に話しあわねば」
「お前が相手の子供を欲しくなってしまったら、どうするのだ?」
「その場合も、話し合いをします。まあ、欲しくなる事は、多分ないでしょうけども」
前世で、散々脅された。痛いの苦しいの、死ぬ目にあったのと。はっきり言って、私は小心者だ。そんな事を聞いて、自分の子供を産みたいなんて思えるわけがない。そういう相手に巡り合わなかったという事もある。子供は嫌いではないのだけれど、別に面倒見がいいわけでもない。どちらかというと面倒を見て欲しい。そんな性格だ。
目の前の残念そうな顔をした現世の父は、大仰に溜息をついた後、きっぱりと言った。
「お前の理想はさておき、お茶会に参加するための準備はしてもらう。綺麗な庭と、美味しい紅茶と菓子を楽しんでくるとよい」
(つづく)
続きは、明日更新致します。