努力の開花
2 ヶ月の月日がたった。
異世界転移からは9ヶ月、期限までは4
ヶ月。
トレーニングメニューに素振りや実践以外にも走り込み、筋力鍛錬が追加され始める。
ただの走り込みや筋力鍛錬ではない。
例えば。走り込みは10キロほどの荷物を背負って900m程を5回に分け、4.5kmを走り抜く。
筋力鍛錬は腹筋、腕立て伏せ、スクワットを各50回ほどだ。
その後に素振りや実践訓練をやるのだ。
稽古は現在7時半くらいから12時までみっちりやる事となっている。
運動神経はもともと悪くないから、ぎりぎり耐えられるが、いつもクタクタで、2時までベットで横になっている。
筋肉痛がひどい。
あまりにも痛みがひどいと5日ほど休日をもらえるが、基本的にぶっ続けだ。
そこから6時まで言葉の習得に勤しむのだ。
「しかし、自分、家族も友人も、助けてくれる人は誰もいないと思ってたし、事実遥かに少なくなったのは紛れもないが、それでもかなり恵まれたほうだよな。」
考えても見てほしい。
海外などに移住したり、仕事で長期間日本から離れたりしたとき、サンティシナといいバルタイといい、ここまで親身になって接してくれる人達と出会うことは果たしてできるだろうか?
おそらく無理だ、絶対無理だ。
無論、自分が遭難者で、しかも故郷には帰れないと説明しているから、との同情もあるのかもしれないが、それだけではありえない。
誰でも登録だけで入れるとはいえ、冒険者という職を凱旋し、しかも嫁入り前の孫に家事を叩き込むおばあさんのように働くに当たる知識まで教えてくれた。
サンティシナはこの孤独な環境で真っ先に俺に声をかけ、親身になって接してくれた。
それどころか、言葉が通じる状況でも難しい言語の習得を、半年足らずで、マトモなコミュニケーションが取れない中叩き込もうとしている。
おかげであと一歩のところまできている。
「頑張んなくちゃな。」
恩返し、という気持ちはない、だが、無性にそうしなければならない、そんな気がした。
「『こい』!」
そうバルタイがいう。
俺はジリジリと近づく。
不用意に近づかれるとあっという間にボコボコに殴られるのが目にみえているからだ。
俺は間合いのギリギリにまで迫る。
目の前に木刀が迫っていたのに気づいたのはすぐだった。
あぶねえ!
間一髪でバランスを多少崩しながら避ける。
ビュンビュンバルタイが斬りかかってくるのでいくらか後退する。
「✕✕✕✕✕『ない』✕、『俺』✕『倒せない』✕?」
そういって来いよと手招きしてくる。
正直、防御に徹すれば、生き残れる、生き残るまでは難しくない。
しかし、バルタイに一太刀入れるのが難しすぎるのだ、最近、バルタイの周りが地雷地帯に見えるようになってきたくらいだ。
一歩でも入ったら生還の保証なし、全くひどいもんだ。
だが、流石にやられっぱなしもしてられないよな。
ここまでこっちもそれなりに考えてきたんだ。
ジリジリと再び近づく、そして間合いギリギリのところで…!
ガッ、と、バルタイの剣撃を、脊髄反射が間に合った俺の木刀が弾き返す。
何も考えるな、突撃だ!
バルタイが、剣を返してまた斬りかかる前に突撃するんだっ!!
「でいっ!!?」
信じられなかった。
剣がすり抜けた。
無論、そんなことはない、ただ単にそれはバルタイが半歩下がっただけの話で、同時に振られたバルタイの剣は、俺の脇腹に直撃する。
俺は痛みと衝撃で横に倒れた。
「『なんで』『強いんだろう』?」
そうつぶやくと、サンティシナが首をかしげる。
「『誰』✕✕✕?」
「『バルタイ』、『バルタイ』『強い』、『ありえない』。」
そう言うと、サンティシナがああ、という。
「『ここ』✕✕『20歳』✕『なる』✕、『訓練が』『ある』✕、✕✕✕『男』✕『みんな』『強い』✕。」
聞けば、ここの村、というより王国は、騎士団が正規軍としているものの、数は少なく、有事の際には国民を徴兵することになっているらしい。
そのため国民、特に男子はある程度強くないと国としては非常に困り、20歳に軍事訓練を半年ほど施して、剣や弓の使い方を覚えてくるらしい。
バルタイの剣技はその時教官として参加していたある老冒険者から習ったそうだ。
もっとも、身体能力はもとからあんなだったらしいから。
「『すごい』✕✕『バルタイ』✕、『前』『牛』✕『魔物』✕✕✕✕✕、『突進』✕『受け止めちゃった』✕✕✕✕。」
俺が来たときもそうだったな、狼の魔物の突進を受け止めきったっけか。
「『本当』、『バルタイ』✕✕✕『すごい』✕✕。」
そんな事を話しているうちに、俺は剣術もそうだが、と思う。
こっちの言葉の方も、もう大詰めだな、本当にこんな短期間で覚えられたのは、サンティシナが四六時中勉強に付き合って、手伝ってくれたのが大きい。
最初はこんな少女に言葉を教わることに抵抗があったが、手伝ってくれなかったらおそらく俺の語学力は正直ほとんど成長しなかったかもしれん。
「なんとか1ヶ月前には終わるか、な?」
その日、俺は珍しく森にいた。
それは、バルタイから与えられた最後の課題を終わらせるためだ。
魔物狩り。
冒険者の業務は多種多様だ。
掃除などの雑用から、暗殺業務、国王の護衛などすら高位の冒険者なら十分ありえる。
そんな中、ダントツで冒険者の9割が主な収入源としているのが、魔物狩りだ。
弓などは必要ないし、ただひたすら隠れる必要ない。
凶暴な魔物は、逃げもせず、死ぬまで襲ってくるものが大半だからだ。
きたっ………。
俺はその姿を見て、恐ろしい偶然に身を震わす。
まさか、まさか………。
白い毛並み、凶悪な牙と爪、強靭でしなやかな体。
狼。
「ウルフ、とか言ってたっけな………。」
最も、ウルフと言ってもあくまで総称で、日本で犬と言っても様々な犬種がいたように、このウルフも他に様々な種類がいて、バルタイはそんなこと気にせずただ総称で読んでいるだけなんだが。
「うおっと!!」
俺はやつがかき消えた瞬間横に飛び、服がやつの爪で切り裂かれる。
「組み付かれるな!絶対に肉弾戦は避けろ、間合いのギリギリから少しずつ攻撃するんだ!!」
そんな声が聞こえる。
異議はない。
もとよりあれと押し合いする気はない、それができるのはバルタイレベルの人外だけだ。
次の突進のとき、俺は目を凝らしやつを捉える。
剣が白線を空に描き、やつの肌にかすかにかする。
やつが止まったとき、その場所は白い毛が飛んでいた。
奴は突進を止める、うかつな突進は危険なことがわかったのだろう。
今度はゆっくり不規則な軌道で移動し、、そして急に近づいてくる。
攻撃を避けられたのはなかなか奇跡だ。
動きは遅くなったが、その分確実に当てようと、のしかかって、確実に息の根を止めようとしてくる。
そのくせ、危険な場合は飛びかからず、当てられない。
「そうかい、そこまで言うなら言ってやる………!!」
俺はだっと飛ぶと、両手で大上段の構えをとり、狼にそれを振り下ろす。
それは狼の胴に直撃し………。
「硬っ………!!!」
硬い、それはもうとんでもなく硬い、刃がまるで入らない。
ドンッ、と俺は跳ね飛ばされ、案の定上にのしかかられる格好となる。
そのまま頭を丸かじり………されないように噛み付く狼を剣で押し止める。
止まった………が、ジリ貧だ、このままじゃ絶対に体力が切れたところをガブリだ。
ところで、仮にもバルタイが、命を落とすかもしれない魔物狩りを、俺一人だけでやらせるだろうか。
ベテランならともかく、こっちは半年目のペーペーなのに、だ。
ボッ、そんな音が響く。
「申し訳ない………!!」
「なんで近づいた!死ねばそれで終わりなんだぞ。」
それではたと気づく。
試験だからと、逃げてはいけない、そう無意識に思っていたが、冒険者が危険を感じれば逃げてなんぼの職業だ。
ひとまず引いてもっと弱いのを狙う手もあったんだろうが………。
ともかく一瞬ひるんだすきに狼の後ろ足を思い切り蹴って拘束から抜け出す。
向こうではバルタイが弓を構えている。
ひゅっ、そんな空を切る音とともに第二射が飛んでくる。
それはまたボッと狼に突き刺さり再びひるむ。
俺はそこを見逃さない。
一回、二回、三回。
連続でどんどん斬りつけていく。
通らなかった体表も少しずつ通るようになってきた。
剣が滑るというか、切りにくい感じがするのだが、もうなれた。
やれる、あいつをやれる!