切磋琢磨
ブン、ブン、ブン。
空を切る音が響く。
木刀が空を切る音が。
「40、41、42………。」
「『400回』✕、『400回』。」
まず剣をとってやらされたのは素振りだった。
体育の剣道の授業でやらされた記憶がある。
一見楽に見えるが、流石に百二百になると腕が痛くなってくる。
そもそも木刀だって1kgはあるのだ、真剣は遥かに重いらしいし。
とはいえ10分くらいで終わすと、バルタイが言う。
「『終わった』✕?『次』✕。」
そういって腰の木刀を引き抜くと、構える。
実践訓練だ。
半年という期間を考えると、このような叩き上げで鍛えるしかない。
バルタイは剣を片手で持っている。
腰は低く、まるでボクシングのようなファイティングポーズを取る。
どちらかというとナイフを使っている感じの構え方だと思った。
さて、右も左も分からないが、どうやって斬りかかっていくか。
俺は数瞬迷ってから剣道で言う大上段の構えで斬りかかることにした。
さっ、さっとスキップするように近づく。
「えいっ!」
ついに俺は振り下ろしー
刹那
俺の胸に自分より遥かに早い速度で潜り込んだバルタイの木刀が突き刺さる。
衝撃と痛み、薙ぎ払われるのではなく先でつかれた事による本能的な不快感と危機感で体がのけぞる。
「『甘い』!」
そうバルタイが一喝して、再び構える。
「くっそ!」
俺はわざとらしい形式張った構えをやめて片手に木刀を持ち替え斬りかかる。
ブンブン斬りかかるがそのすべてがバルタイの剣で跳ね返され空いた隙を叩かれる。
木とはいえ、重い、体中痛い、無論手加減はされているのだが。
イライラする、バルタイの剣は子供を軽くあしらう師範のそれだ。
見た目は脳筋で、力も有り余ってるのに、こんな遠くから弓でぷすぷす撃つような戦いができる人だったのか。
「こんのっ!!!」
俺は頭に血が登り、一旦下がって、全力疾走、構わない、全力で突撃してたたっ斬ってやる!!
なりふり構わない俺の行動だがバルタイは表情を変えない。
俺が再び大上段に構え、振り下ろした瞬間、バルタイが再び剣を突き出す。
今度のそれは胸ではなく、胴体のど真ん中、胃のところに直撃し、刹那、痛みと、衝撃と、不快感が俺の全身を貫いた。
「グえっ。」
俺はそういってそこを抑えながら倒れ伏した。
「『甘い』✕、『力』✕『操作』✕✕✕✕✕✕✕『ない』、『動き』✕『ひどい』。」
そんな事をいうがこっちはいま大変な事になっているんだ、聞く暇はなかった。
殴られたところを見てみると赤くなっている
、青痣になってないあたりかろうじて手加減はしてくれていたようだ。
しかし胃や胸をつかれたときは死ぬかと思った、体が思わずこわばり、攻撃するどころではなかった。
木刀で切られたってどうという事はない、だが突かれるとまあ問題はないけどさ、ドキッとしてしまう。
「悔しいな………。」
なんていうか、想像を遥かに上回る惨敗だった。
バルタイさん強すぎる。
あれここの門番やっていい人間じゃないでしょ、師範代とは行かないけど、剣術の先生は普通にできるぞおい。
「冒険者、やめようかな………。」
思わずそんな事を呟くが実際問題それは無理だ。
冒険者は基本的に誰でも登録だけですぐできる職業として扱われる、異世界転生や転移したてのラノベ主人公が、真っ先に冒険者になるのは………まあ、風潮というか、流行りが7割なかんじだが、そんな誰でもできるという設定が右も左も分からない異世界人主人公を読者に違和感を感じさせずに就職へ導くのに都合がいいからと言うのもないでもない。
飛ばされて初日の異世界人がいきなり騎士団でまるで長年いるかのように自然に働きだしても違和感しかないだろう。
そのような設定をもつ冒険者ならそこらへんストレスフリーにかけるからな。
それはともかく、冒険者を断ったとしても、俺が他の仕事にありつけられる可能性はゼロに等しい。
暇なのでそんな事を考え時間を潰していると、サンティシナが授業のためにやって来た。
「『来たよー!』」
「『これ』✕『切れ』。」
そう言われて指を指すのは地面に固定されている何本かの丸太、そこまで太くはない、自分の太ももくらいの細い木だ。
「『木刀』?」
「『違う』、『こいつ』✕『使え』。」
そういって差し出されるのはひとふりの真剣、聞くとバルタイが持っているものだという。
とにかく、剣を抜いて、さっそく斬りつけてみる。
「はっ!!」
両腕で斜め上から全力で斬りつける。
それは、丸太の3分の1ほど切ったところで終わった。
「『力』✕『ロス』✕『大きい』、✕✕✕✕『素振り』『800回』✕。」
「800!?」
マジかよ、いくらなんでも多すぎる。
「『筋力』✕『ない』✕✕✕✕✕✕、『剣』✕『握る』『時間』✕『短すぎる』、『今は』✕。」
「はぁ………。」
そりゃそうだ、ここまで一週間ほどしか経っていない。
素振りはエグい数やっているが、それでも限度がある。
「✕✕✕✕、✕『一日』『かけても』✕✕✕✕、『しっかり』『やれ』。」
ブン、ブン。
風を切る音がよく響く。
「………まだまだだな。」
そうつぶやくのは脇に座って見ているバルタイだ。
だが、あまりに複雑な事を言うとさすがのやつも理解に時間がかかるから、言葉ではなく体で覚えさせている。
やはり、コーイチは初心者特有の力のムダが抜けない。
おそらくその無駄のせいで力の4割は無駄になっている、それに、振り方が覚束なく、そもそも全力を発揮できないのもある。
「………まあ、そのくらいなら半年で叩き込んでみせるが。」
そこではたと思い出す。
やつの部屋に一人の少女が入り浸っているのは知っている、それどころかやつと一緒に勉強しているところも見ている。
サンティシナ。
彼女はとても変わった、というより得意な少女だとはつねづね思っていた。
非常に明るく快活で、あらゆる場面で臆することがない。
大人ですら興味津々で見ることはあってもあって話そうとしたことは決してなかったあのコーイチに声をかけ、言葉まで教え始めたのがいい例だ。
しかも無理にやっても悪い方向にしか持っていくことしかできないそれを、ことごとくいい方向に持っていこうとしている。
もう七ヶ月になる、怪我で動けない三ヶ月を抜くと4ヶ月でこの前まで全くわからなかった言葉を理解しようとしている。
言葉とはそんなに簡単に覚えられるものなのか?
コーイチが全力で取り組み、寝ても冷めてもそればかり必死だったのもある、だが、それだけではここまで早い習得は説明がつかない。
見ると、素振りを終えたコーイチが、向こうで待っていたサンティシナの方に走っていくのが見えた。