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哲学研究部の低俗な日常

作者: 桐之霧ノ助

青年は椅子に座りながら腕を組んでいた。碇ゲンドウさながらの姿勢である。やや俯き加減の顔にかかる黒縁の眼鏡が日光に反射する。夏服が窓から入り込む生ぬるい風にヒラヒラとはためく。


「唐突で悪いんだが水田。」

「なんでしょう。部長。」


水田と呼ばれた女は散らばっている本をかき集めて机の上に置く作業を繰り返していた。散らばったものでごった返しているこの部屋を片付けようとしているのは彼女しかいなかった。


「俺に恋を教えてくれないか?」

「私、頭を冷やすために部室に冷房を付けた方が良いって前に言いましたよね?部長。」


--------------------


青年は椅子を立ち、机の周りをグルグルと歩き回り始めた。


「水田、お前も知っていると思うが。」

「知らないし聞きたくもありません。」

「俺は恋をしたことがない。正確に言えばこの感情が恋かどうかが分からないんだ。」


青年は全く水田の意見を聞こうともせず話をつづけた。無論、水田も全く聞く気はない。


「俺は女性に好意を持つことはある。しかしその感情が俺には恋でないと断言できるんだ。何故だと思う?」

「都合の良い彼女が欲しいだけだからでしょう。」


青年は水田に問題を出した瞬間に、立ち止まっておかしなポーズを取りながらビシィッ!と水田を指さした。水田の答えは想像の斜め上を行く答えであり部長の心を深くえぐる物だったが部長は一向に気にせず話を続けている。


「この感情を同時に複数人に向けてしまうこともあるんだ。好意という感情を何の前触れもなく複数人に抱き、他人だけでなく自分すらもこの感情が本物なのか自分に問いかけずにはいられない......あぁっ!なんて罪作りな男なんだ俺はッ!!一人の女を愛することもできないなんてッ!!」

「ただの浮気性でしょう。」


水田は拾い上げた本の中から一冊を手に取りパラパラとめくる。本には長ったらしくて難しそうなタイトルが書かれてある。

この部屋のドアの前に寄りかかっている『哲学研究会』と書かれたボロボロの立て札が、かろうじて体裁を保っているのは、彼女がこの部に所属しているからに他ならない。


「それに俺が人を好きになるときは大抵、その人が近くに居ることが原因なんだ。出席番号が隣とか、席替えで席が隣とか、笑顔で挨拶してくれるとか。そういうことが一番大事みたいなんだ。そして離れてしまえば最初は名残惜しいが3日もすれば何も感じなくなる。俺の思いはこんなにも小さい物なのかッ!?」

「部長の人生経験が子供用プールの水底よりも浅いからでしょう。もっと色々な人と話さないからそういうことになるんです。」


水田は用意したお茶を飲みながら本を読んでいる。もちろん部長の分は無い。

部長は水田に近寄ると懇願するようにこう言い放った。


「なぁ、水田、俺に本当の恋を教えてくれないか。俺も一度ぐらい目が覚めるくらいの恋をしてみたいと思うんだ。学生生活は短い。その間に何としても青春の1ページをお前と刻んでおきたいんだ。」

「気持ちわるいです。部長。」

「一度で良いんだ。水田。俺を本気にさせてくれ!俺の頭が誰か一人の事だけで埋まっていくのを味わってみたいんだ!水田。俺にとってお前は一番その可能性がある。俺と一番近い場所に居るお前なら俺を夢中にさせることが出来るんだぁぁぁ!!!」

「待って。本当に意味が分からない。」


部長が雄たけびを上げながら部屋中を歩き回る。

水田はその姿を見ながらドン引きしていた。至極真っ当な反応である。

部長はそのままの勢いで床に両手を付けて頭を地面につける。俗に言う土下座だ。


「お願いだよぉ!!一回ぐらい学生のうちに女の子とイチャイチャしてみたいんだよぉ!街中で人々に見せつけるように肩とか組んで、一つのジュースを二本のストローで飲むとか、カラオケでデュエットの曲とか歌ってみたいんだよぉ!!!」

「あんたにプライドは無いのか。」

「うるさい!うるさい!!俺はとにかく彼女が欲しいんだ!!最早手段はいとわない!最悪、義理でも良い!金は払う!一回だけ、一回だけで良いから!ホント!一回だけだから!危惧するようなことは何もしないから!!」


部室内に鈍い音が響く。

部長......もとい変態は倒れ伏した。

「あっ。」

「水田ぁ、何故だ......私が殴られる理由など......あったか。ガクッ......」

「すいません。私のキャパシティがオーバーフローしました。」


--------------------


「ふぅ......少し冷静になろうか。」

「そうですね。冷静になるのに足りなければもう一度殴りますが。」

「結構だ。」


頭には見て分かる程の大きなたんこぶが出来ていた。


「お前は恋をしたいとは思わないのか?こんなところでじっとしていて良いのか。」

「退部しますよ。」

「ごめんなさい。」

「勝手にやりますよ。恋愛ぐらい。」

「うむ。俺もお前ぐらいの頃はそう思っていたんだ。だがな、いつか水田も気づく時が来るんだ。」

「あんたは何様だ。」


水田が長いため息を吐く。茶を飲みながら本を読む姿は、おつまみ片手にテレビを見る休日のオヤジにそっくりである。


「水田よ。この部は何部か知っているか?」

「部長、それは自分への問いかけですか?私に聞いてませんよね?」

「そう、ここは哲学研究部。この世の真理を探究する部活だ。」

「そうですね。部長、他の人がこの部を何と呼んでいるか分かりますか?」

「またの名を雑談部と言う!この世の中を生き抜くための必要な事への理解を深めあう部活だ!!」

「違います。帰宅部です。」

「おっふ。」


部長が腹を抱えて机に突っ伏す。

ところどころが腐りかけの机がミシリと音を立てた。


「この部が体裁を保てるのは私のおかげです。この部が存続できるのは顔も見たことのない幽霊たちのおかげです。」

「それでは俺が何の役にも立っていないみたいではないか。」

「部長、倫理の授業とか受けたことないですよね。」

「だって理系だし......」

「部長、全然ここにある本とか読みませんよね?」

「だって難しいんだもん。」

「部長、部長はこの部の部長ですよね?」

「もう許して......ゴメン。謝るから。恋愛の話をしたのは謝る。ごめんなさい。」


再び部屋に響く鈍い音。

ゴングの音が鳴り響きそうな素晴らしい右ストレートと共に青年は鼻血でまるで虹のように綺麗な放物線を空中に描き出す。


今日も哲学研究部、略して『てっけん』は平和である。

今回の日曜短編はギャグを書きました!

センスが足りないですね。修行してきます。

もっとうまい掛け合いが出来るようになりたいですね。

今はなんか一昔前のギャグマンガって感じがします。


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― 新着の感想 ―
[一言] 土屋賢二先生の『ツチヤの口車』みたいな屁理屈を期待して読みました、なかなかでした。
2019/07/14 19:46 退会済み
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