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機械乙女は世界を改変する  作者: にしだ、やと。
第二章 逃げ出すための、はじまり
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#008_知りたかったこと、受け入れがたいこと

「さて、そろそろあなたの質問に答えるとしましょうか」


 食事があらかた済んだところで、エリカが口を開いた。

 とても食べきれないと思われた料理の数々はもうつまむ程度にしか残っていない。

 驚くべきことに、本当に彼女一人で九割は平らげてしまったのだ。

 アスターはこの世界のことなんかより、まず彼女の胃の中がどうなっているのかを知りたい気持ちでいっぱいだった。


「ええと、いろいろと知りたいことはあるんだけど……まずここはどこなの?」


 そんなくだらない質問をしたくなる気持ちをぐっと堪え、とにかく一つ一つ知るべき情報を引き出そうと懸命に質問を絞り出していく。

 最初にこの質問を選んだのは、まず現在地が分からなければ国に帰るための方針さえ決まらないと思ったからだ。

 陸続きでたどり着ける場所なのか、海を渡らないといけないのか、あるいは……?


「ここはリジーマの街。大陸の中でもそうね……だいぶ西の端の方にある街だわ」

「……たいりく?」

「ええ、この世界はひとつづきの大陸になってるってことくらいは……知らなそうな顔をしてるわね」


 まただ――アスターはそう思った。

 この少女、エリカと出会ってから……いや、それ以前にもこの荒廃した世界にやってきてから、いくつも知らない単語を聞くようになった。

 同じ言語を使っているはずなのに、聞いたことも見たこともない単語が時折現れる。

 もちろん彼とて、自分が使っている言語の全ての単語を網羅しているとは思ってはない。

 しかし、普通に会話をするには充分な語彙力は持っているはずだった。

 にもかかわらずこれだけの頻度で知らない単語が現れるというのは、明らかにおかしい。


「まあいいわ。とにかく私達はこの世界に広がる、たった一つの物凄く広い陸地に住んでいるってこと。小さい島とかはもちろんあるでしょうけど、私はよく知らないわ。海になんて出られないもの」

「それはやっぱり禁止されているから?」


 大陸という概念が伝わっていないことを察してか、エリカは分かりやすく言い直してくれた。

 おかげでなんとか理解できたアスターは、彼女の言葉の中に自分でも分かりそうなことが含まれていたのでつい嬉しくなって答え合わせを求めてしまう。


「はあ? 誰が禁止するのよ」

「国の偉い人が、かな。僕の国ではそうだったよ」

「あのね、昨日も話したと思うけど国なんてもの、もうこの世界には残ってないわよ。ま、似たようなことしてる街はあるかもしれないけど……少なくとも、何ていうのかしら、えーと……あ、これね。法治国家なんてものは存在できないわ」


 話しながら、言葉が思いつかなかったのかエリカは少しだけ迷うような素振りを見せた。

 しかしその後すぐ、まるで何処か遠くを見ているような目になると、言葉を見つけてきたかのような口ぶりになった。

 このことに少しだけアスターは違和感を覚えたが、それ以上に語られる内容が衝撃的だったのですぐに別のことを考え出してしまった。


 少なくとも、歩いていける範囲、いや、車を使っていける範囲でも自分の国、クランエは存在しない。

 しかし海に出れば島があるかもしれないし、そこではエリカが知りえない生活が存在するかもしれないという。

 逆にクランエでは海に出ることを禁じていたし、あの国の外周は海に囲われていたはずだった。


 だとすれば。

 アスターは考えだした結果を静かに口に出す。


「つまり僕の国はこの大陸の外、海の向こうにある可能性が高いってことなのかな」

「そうかもしれないわね。こんなに常識が通じないなんて大陸ではありえないもの」


 エリカもその意見には納得したようだった。


「じゃあ、海を渡る方法を探せば!」

「だから言ってるじゃない。海に出るのは無理だって」


 即答だった。

 特に感情を見せることもなく、エリカはただ淡々と事実だけを告げていく。


「だって海には海を支配しているミレスがいるもの。私でもさすがにあれは倒せないし、他の誰でも無理でしょうね」

「ええと、そのミレスっていうのは一体?」

「そういえばミレスも知らないのね。よく今まで生きてこられたわね」


 ミレス。昨日出会ったときにもちらりとその単語を聞いた気がする。

 彼女の口ぶりから言って、その存在はどうも命にかかわるものらしい。


「正式名称はマキナ・ミレス。通称がミレスね。あなた、廃墟で襲われていたでしょう? あれがミレスの一種よ」

「あの変な機巧が……?」


 言われてアスターはぞっとした。

 あんなものがこの世界では当たり前の存在なのだろうか。

 人を傷つけるための存在が、常識なのだろうか。

 こんな世界に、自分はいつまでいなければならないのだろうか。


「きこう……? 変ね、見つからない単語だわ。それはどういう意味の言葉かしら」


 アスターが暗い気持ちになりかけていると、また遠い目をしたエリカが、不思議そうな顔で尋ねてきた。

 どうやら彼女には機巧という言葉が逆に通じないらしい。

 現物を見せずに説明したところできっと伝わらないだろうなと思いつつも、機巧技術についてかいつまんで彼女に説明していく。

 すると予想に反して、エリカはすぐにその概念を理解したようだった。


「なんだ、要するに機械のことね。よくよく考えてみれば言葉の響きも近いし、大陸とその外で少し言葉が変わったのかもしれないわね」

「こっちでは機械って言うんだ。じゃああのミレス? っていうのも機械ってことなんだ……。機巧をそんな目的で使うなんて信じられないな」


 やっぱりこの世界に自分はいたくないなと、アスターは改めて思った。

 自分が身につけた技術が、あんな風に使われる世界なんて認めたくないと思ったからだ。


「とにかく、そういうわけだから海は渡れないわ。それこそあなたが昨日言っていたように転送装置とかいうのを見つけるしか無いんじゃないかしら。というか来れたのに帰れないわけ?」

「どうにも一方通行みたいなんだ……。でも帰る方法が無いのにあんな物作れるわけないし、そう遠くない場所にあると思うんだけど……」

「ふうん、そうなの」


 言いながら気落ちしていくアスターに対して、エリカの方は特に興味が無いらしく、まるで勝手に探せばいいじゃないと言わんばかりの口ぶりだった。

 アスターとしては彼女の善意にすがって、探すのを手伝って欲しいところだったし、もしもここがクランエだったら誰だって言わずとも手伝ってくれるところだった。


「それで、他に聞きたいことはないのかしら?」


 しかしここはアスターの常識の通じない世界だ。

 エリカは既に先の話題は終わったものとして、次の質問を急かしてくる。


「たとえば、そうね。あの子のことは聞かなくて良いのかしら?」


 あの子。そう言って目線で示した先には、静かに眠るリリィの身体があった。

 その姿を捉え、アスターはまた自分の中に悲しい気持ちが溢れていくのを感じていた。


 知らないことを知ろうとすることで目をそらしていた、変えようがない事実。

 この世界にきてからずっと自分のことを支えてくれていた大切な侍女が、大切な家族が死んでしまった。

 せめて彼女のことを故郷で埋葬してあげたい――それだけが今のアスターの望みだった。


「またつまらない顔になっているわね。何度も言うけど、あの子はネーヴァよ。その素体は資源としてとても価値があるの。あなたの命なんかよりずっと重いのよ」


 何も言わないアスターにしびれを切らしたように、エリカは強い口調で告げる。

 まるで彼女の死がなんでもないかのような口ぶりにアスターは再び激昂しそうになったが、満腹感が彼に冷静な思考をもたらした。


 今はいちいち怒っている場合ではない。

 彼女が死んでしまったのは誰のせいだ?

 無知な自分のせいではないのか?

 もしもあの時、あの猫――ミレスのことを知っていたら、彼女が死ぬ必要はなかったのではないだろうか?

 もしもこの先、何一つとしてこの世界のことを理解せずにいたら――こんどは自分が死んでしまうのではないだろうか?

 きちんと生きて国に帰って彼女の墓を作ってあげるためには、感情を抑えてでも知るべきことを知らなきゃいけないときだ。

 今は我慢するときなんだ。


 数秒の葛藤の末、湧き出てくる感情をなんとか抑え込み、アスターはゆっくりと言葉を紡ぎ出す。


「その……ごめん。教えて欲しいんだ。ネーヴァっていうのは一体何? 彼女がネーヴァっていうのはどういう事?」

「あら、今度は怒らないのね」

「怒りそうになったけど、それよりも今は知ることのほうが大事みたいだから」

「そう、やっぱり食事って大切よね。あなたに何も食べさせていなかったら今頃あなたがミレスの餌にでもなっていそうだったわ」


 変な言い回しで冗談を言う彼女の顔は、わずかに微笑んでいるようだった。

 その顔を見ているとなぜだか気恥ずかしくなってしまい、思わず目の前にあったクロカマボコを口に投げ込んだ。

 甘みと苦味の混ざり合う、不思議な食感だけど特に美味しいと感じる一品だった。


「さて、ネーヴァについて教えるわね。ネーヴァっていうのは一言で言うなら、機械で出来た人間のことよ。新人類と言ってもいいかもしれないわね」

「機械で出来た人間……?」

「そう。見た目はヒトと変わらないし、ちょっと話したくらいじゃ違いはわからない。けれども内部は機械で作られていて、一切歳を取らないし病気にだって絶対にかからない。ヒトとは根本的に違う生き物よ」

「それが、ネーヴァ……それが、リリィ……?」


 信じられなかった。

 そんなものが存在しているなんて。

 確かに、機巧の技術でもかなりの精度で自律制御を行える人形を生み出すことはかのうだ。

 けれどそれが絶対にヒトと区別がつかないレベルに達することはない。

 会話なんていうのは人工知能で学習させたとしても、どうしたって違和感が生まれてしまうものだ。


 信じられなかった。

 リリィが、そんな存在だったなんて。

 確かに、どんなに記憶をさかのぼってもリリィの見た目はずっと若く美しいままだった。

 でもそれは単純に彼女が何か特別美容に気を使っているだけなんだと思っていた。

 ある程度歳をとっても見た目が若いままの女性なんてあの国ではそれなりにいたからだ。

 でもそれは、単純に歳を取らない存在だったから?

 あり得ない。

 そうだとすると、今まで彼女と交わしてきた会話も、全て作り物だというのだろうか。

 いつも自分を気遣ってくれるあの優しい言葉は、全て偽りだったというのか。

 彼女がそうしたいからそうしているのではなく、そういう風に作られたものだからそうしていただけに過ぎないのだろうか。


「信じられないみたいね。でも事実よ。見てみれば分かるわ」


 そういいながらエリカはナイフを持ち、ゆっくりとリリィの亡骸に近づくと……その指を切り落とした。


「なっ!」

「落ち着きなさい。そしてよく見なさい」


 死体とはいえ傷つけるなんてありえない、そう思ったアスターだが、差し出された切断面を見てぎょっとした。

 そこにあったのはむき出しになった骨や筋繊維などではなく、黒く塗りつぶされた断面。

 アスターが見慣れている、機巧の内部と同じものだった。


「そもそもあなた、この子が一滴も血を流していないのに違和感を覚えなかったの?」


 そういえば、とアスターはあのときのことを思い出していた。

 最初に彼女が足を撃たれてその向こう側が見えるほどの穴が空いていた時……一切血が出ていなかった。

 心臓を射抜かれているのに、血が全く出ていなかった。

 そのことにすら気づけ無いほど、あのときは気が動転していてようだ。


「わかったかしら。この通り、この子は機械の人間。ネーヴァよ」

「じゃあ……じゃあリリィが言ってくれた言葉は……全部作り物だっていうこと? 嘘だってこと?」

「それは違うわね。この子がどんな性格だったのかは知らないけれど、ネーヴァには自分の意思がちゃんとあるの。確かにネーヴァは作られた生命よ。だけどネーヴァはマキナじゃない。自分で考えて、自分で判断するの。感情もちゃんと持っているし、一生懸命生きているわ。ネーヴァは確かに人間なのよ」


 彼女は自分の言葉を強く信じているようだった。

 口調は淡々としていたが、その目がはっきりとそう伝えていた。

 常識としてネーヴァが人間であると言っているのではなく、彼女自身がそう信じているのだと言っている目をしていた。


 それでもアスターにはまだ分からなかった。

 どんな言葉を連ねられたって、機械の生命が本当にそんな風に自分の気持ちを持っているなんてすぐには信じられなかった。

 機巧士としての知識と経験が、そんなことあり得るはずがないと告げているからだ。


「それに彼女が特別ってわけでもないわ。ネーヴァはそこら中にいるもの。現に――」


 エリカが何かを言おうとしたところで、部屋の扉が強く叩かれた。

 続けて男性の声が扉越しに語りかけてくる。


「エリカの姐さん、いますかい? ちょいと緊急の依頼が――」


 緊急の依頼。

 その言葉でだいたいのことを察したらしいエリカは軽くため息をついて、再び立ち上がった。


「どうやら質問の時間はここまでみたいね。続きはまた今度にしましょう」

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