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機械乙女は世界を改変する  作者: にしだ、やと。
第七章 見え始めるなにか
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#49_再構築と打算的な報酬

「ゲガハハハ! 調子はどうだ!?」

「ええ、問題ないわ」


 フェリと会った翌朝。

 アスターはゲガルハの工房を訪れていた。

 一度切断された右腕を修復するため、一晩かけて全身の再構築を行っていたエリカを迎えに来たのである。

 今はちょうど最終調整を行っているところで、特にすることもないアスターは少し離れたところでしげしげと観察しているところだ。


 ちなみに、アスターが訪れたときにちょうど全裸だったエリカを見てしまい羞恥に身悶えるという一幕があった、という事実もここに添えておこう。……もちろん恥ずかしがったのはうぶな少年の方である。


「しっかし今回は随分派手にやらかしたのぉ! それもついこないだ作り直したばっかだってぇのに、えぇ?」


 敷地内での簡単な試運転を終え、身体をほぐしているエリカにゲガルハが笑いかけた。

 おそらく彼としては世間話のつもりなのだろうが、当人はそうは受け取らなかったらしい。

 ムスッとした顔で、言い訳し始めた。


「ふん。強敵と戦うのに期間なんて関係ないわ」

「ほぉ? エリカちゃんが強敵なんざいうとはのぉ! そいつぁ随分いい腕をしておるんじゃのぉ」

「……不本意ながらね。それより、データを見せてちょうだい。きちんと録ってあるんでしょう?」

「ん? そいつぁ勿論だが……今まで見たことなんぞなかったろう? いつもは、『必要ないわ。私自身のことなら完璧に把握しているもの』なんぞ言っておるくせに。一体どういう心境の変化じゃ? いや、ネーヴァは変化なんぞせんだろうが?」

「それはモノマネのつもり? つまらないわよ」


 わざとらしく甲高い声を出す禿頭の親父はあまりにも滑稽で馬鹿げていた。きっと、ここが平和な日常の一幕であったならどっと笑い声が溢れたところだろう。

 しかし、エリカにそういう類の笑いが通じるはずもなく、ただ白けた目で睨まれるだけであった。


「おぉ、怖いのう。これじゃから冗談の通じない若モンは困る。で、慣らし運転のデータだったか? ほれ」

「ええ。……どの数値も誤差の範囲内に収まっているわね」


 ゲガルハがタブレットに各種データを表示させてからエリカに渡すと真剣な表情で読み始めた。

 何か気になることでもあったのだろうかと、アスターも気になりその様子をじっと観察するが、彼女の表情に変化らしい変化はない。

 ゲガルハも珍しいエリカの行動が気になったらしく、メインのコンピュータをいじってそのデータを再度確認し始めている。


「ふぅむ。動かしてみて何か違和感でもあったか?」

「違和感……と言うほどではないけれど。少しね。ただ、本当に動かすのに支障はないわよ」

「それならええがのぉ。少しでも気になるのなら精密検査でもしてみるか?」


 そう尋ねるゲガルハの顔からは先ほどまでのおどけた様子はすっかり消え失せ、熟練工らしい鋭い目をしていた。


「いえ……そうね」


 一瞬、エリカは悩むそぶりを見せる。

 おそらく、本当に何か気がかりがあるのだろう。

 ちらりと、視界の端へと意識を向ける。


「ならば――」

「やっぱりやめておくわ。時間を無駄にしたくないもの」

「ふぅむ。エリカちゃんがそう言うならワシはこれ以上何も言わんがの」

「ええ。そうしてくれるとありがたいわ」

「……まぁええか」


 なんとなく"らしくない"エリカに、ゲガルハは何か言いたそうな素ぶりを見せる。

 じろじろと探るように彼女を観察し、一度だけアスターの方をちらと見る。何度か視線を往復させて、結局、最終的には困ったようにツルツルの頭をぽりぽりと掻くだけに留まった。


「それじゃ、行きましょうか」

「あ、うん」


 あらゆる違和感を無理やりなかったことにするように、エリカは踵を返す。

 彼女がいいと言ったのだからアスターはそれに従うほか無いのだが、それでも彼女のパートナーでありたいと思い始めていた彼は、気にせざるを得なかった。

 その気がかりは出口までついたところでようやくアスターに行動を促し、彼を立ち止まらせた。

 そして、


「ごめん、ちょっと忘れ物したから外で待ってて」

「……? そう。わかったわ」


 訝しむエリカを置いて、大事な忘れ物を取りにゲガルハの元へと駆けていった。




 ――五分後。


「……遅かったわね。一体何を忘れてきたって言うのよ」

「ごめんごめん。ついでにお手洗いも借りてきたんだ」

「あら、そう。まあいいわ」


 出てきたアスターをエリカは最初咎めていたが、それも次の瞬間にはすぐに忘れられることとなった。

 彼の言い訳を素直に信じたからではない。

 次のイベントが始まってしまったからだ。


「それで、私たちに何か用かしら?」

「え?」


 呆けるアスターをよそに、エリカは物陰へと鋭い視線を向ける。

 そこは大きな箱がいくつか積まれただけの場所だったが、


「さすがはエリカ様。すでにお気づきになられていましたか」


 じっと見つめていると、抑揚に乏しい静かな声が向こう側から響いてきた。

 そしてその声とともに、小柄な人物が姿をあらわす。


「エンシスを相手にそんな至近距離で隠れられているなんて、本気で思っているわけ?」

「滅相もございません。これは一つの言葉の綾、と言うものでございます」


 慇懃無礼、という表現がまさにふさわしいその人物はエリカ相手に一切物怖じしておらず、泰然とした様子でゆっくりと詫びた。

 白染めのローブに包んだ彼女はフードに顔をすっぽりと覆い隠しており、声を聞かなければきっと女性であることにさえ気づけなかっただろう。

 体格はエリカと同じくらいか、少し小さい程度。その立ち振る舞いは戦士のものではなかったが、しかし独特の静けさを纏っており――自然と、二人は警戒心を強める。


「そう。それで?」

「アスター様にエリカ様。お二人に面会を希望している方がいらっしゃいます」

「面会? 僕たちに?」

「はい。お食事でもご一緒にどうか、と」


 自分たちに会いたい人がいると言われても、アスターには全く見当がつかなかった。

 何かの間違いでは無いかと問い直そうにも、目の前の女性は明確に名指しをしている。

 その上彼女からは、一切の悪意が感じ取れないのだ。これで間違いという方がどうかしている。


「招待を受ける道理がないわね」

「それはその通りでございます」

「あら、分かってるじゃないの」


 エリカがぴしゃりと断ると、小揺るぎもせずにその断りを肯定した。

 アスターからすればこんな問答はこの上なくやりにくいものであったが、しかしエリカにすれば、これくらいこざっぱりとしている方が好感がもてるらしい。


「ですが、アスター様は義理を尊ぶお方だとお聞きしております。故に、道理はなくともこう伝えれば来ていただけるはずだと、そう言付かっております」

「随分と古風な言い回しをする子ね。それで?」


 おかげで、エリカもすっかり話に乗ってしまっていた。


「はい。『打算的な報酬の、追加分です』、と」

「……?」


 けれどどんなに彼女が乗り気になったところで、婉曲的な言い回しはまだまだ苦手らしい。この不明瞭なメッセージは、エリカには伝わらなかったようだ。

 首を傾げ……はしなかったものの、腕を組み考え込み始めた。

 一方隣で聞いていたアスターはほんの少しだけメッセージを反芻すると、その意味を理解し、ふふっと笑いだした。


「そっか、なんだかあの人らしいや。分かりました。招待を受けたいと思います」


 勝手に結論を出すアスターにエリカは「ちょっと」と声をかけようとする。

 だがその声が出かかったところでフードの案内人が丁寧にお辞儀しながら「ありがとうございます」と言い出してしまったので、結局どういうことなのか、その場では聞けずじまいになってしまった。


「では、ご案内いたします。こちらへどうぞ」


 □ □ □


 音もなくするすると進んでいく案内人について歩くこと数十分。

 随分と入り組んだ道を女性にしてはかなり速いペースで移動していたので、アスターはいま自分たちがメフッタのどのあたりにいるのかよく分からないでいた。

 それでも、辿り着いた場所の特異性だけはすぐに理解できた。


 そこは、人通りの少ない小さな路地であった。

 人がいないおかげなのか、あるいはそうなるように誰かが取り計らったのか。いずれにせよこの通りは他よりも随分と綺麗に整備されていて、歩けば音のなる、()()であった。

 当然目の前にある建物もかなりまともな外観をしており、ここだけが継ぎ接ぎだらけの街から抜け出した、既製品の世界のようだった。


 浮き上がった街並みに驚くアスターを無視して、案内人は目の前の建物の扉を開く。

 カランカランと鈴がなり、一行を出迎えた。


「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」


 案内人に促されるままに店内に足を踏み入れると、今度は待ち構えていたウェイターの格好をした男性に丁重に迎え入れられた。

 どこか浮世離れした雰囲気にしばし面食らってしまっているうちに、ウェイターは店の奥へと歩いていってしまった。

 きっと、言葉通りついて来いということなのだろう。

 これ以上この場にいても仕方がなかったのでアスターはエリカと一度顔を見合わせ、頷いてから一緒に彼を追いかけ始めるが――ふと思い出して一度後ろを振り向いた。

 いつの間にか、フードの案内人はどこかに消えていた。結局、彼女がどういう人物なのか分からずじまいだったな、となんとなく残念に感じつつ、どこかホッとしているアスターがいた。


「お久しぶりです。アスターさん、エリカさん」

「あなたは……一体どういう風の吹きまわし?」


 ウェイターに通された部屋で待っていた人物の顔を見て、エリカが目を見開いた。

 そして警戒心をあらわに身構え、用意された席から一歩引いた位置で周囲の観察を始める。


「あらあら。お伝えしてもらったと思うのですが……。やはりあの子では言葉足らずでしたかね。そう警戒せずとも大丈夫ですよ。エリカさんが思うような伏兵なんてどこにも隠していませんから」


 柔和な笑みを浮かべて二人を待っていたのは、ヴェロニカだった。

 アスターは彼女が待っているのだと分かっていたので特に驚きもせず、お久しぶりですと差し障りのない挨拶だけをとりあえず済ませた後にさっさと席についてしまう。


「……あの子はいないのね」

「あの子、と申しますと……ああ、ルルのことですか? ルルは騒がしいですから、こういう静かな店に連れてくるわけにはいきませんよ」

「まあいいわ」

「ほら、エリカも早く座りなよ」


 アスターが促すと、不承不承といった感じでようやくエリカも卓についた。

 ちょうどそのタイミングで、ウェイターが料理を持ってくる。事前に準備させておいたのだろう。あっと言う間に食卓の上が埋め尽くされていく。

 並べられたのは量よりは見栄えや味にこだわっていそうな品々で、店の雰囲気とも相まってこれがこの街での高級料理なのだと、アスターはすぐに理解した。


「お味の方はいかがでしょう? 口に合うといいのですが」

「ええ、とても美味しいです」「……料理に罪はないものね」

「ふふふ、それは良かった。やはり保存食では味に限界がありますからね。こうして街にいるときくらいは良いものを食べませんと、ね」

「ヴェロニカさんもそんな風に思うんですね」

「あらあら、わたくしも人間ですもの。美味しいものを食べたいと思うのは同然じゃないですか、ねえ?」


 食事は終始和やかに進められた。

 交わされる会話も至って普通の世間話ばかりだったし、提供される品々もアスターがこの大陸で今まで食べてきたなかでは一番と呼べるものばかりだったから、自然とエリカも警戒心を和らげていった。


「しかしこの店は随分ほかの場所とは違うんですね」


 並べられた料理を一通り平らげ――殆どはエリカの体内に納められたが――、卓上がきれいに片付けられた所でアスターが切り出した。

 雑多な活気の良さに包まれたメフッタにしては、この店はいささか落ち着きすぎているのでは、と思っていたのだ。


「驚かれましたか? この店、というよりこの近辺はクレイシアの手が入っている地区でして。正直に申しますと若干の悪趣味さを感じずにはいられないのですが……こうしてゆっくりと歓談するにはぴったりな場所なんですよ」

「悪趣味、ですか……。僕はこういう雰囲気も好きですよ」

「おや? アスターさんはあまり気にならないのですね。もしやどこかの街の特権階級だったのでしょうか。あれだけの腕前があれば無理もなからぬことですが」


 冗談めかして笑う彼女の言葉に、アスターはどう答えていいか迷ってしまった。

 この人なら信じても良いと考えている反面、心の奥底ではまだそこまで気を許すべきではないと警鐘が鳴り続けていたのだ。


 会話を先延ばしにする口実でも作ろうと、アスターは無意識にお茶に手をのばす。


 この行為が、命取りとなった。

 もしもこの場にいるのが並大抵の人物だけであったなら、この程度の誤魔化しでも十分通用しただろう。

 おしゃべりの途中に喉が渇いて飲み物を欲するなんて、誰にでもあり得ることだ。違和感なんて、感じるわけがない。

 だが、こと対人でのやり取りにおいて、目の前の女性は人並みとは呼べない才能を持っており、アスターの想像を絶する場数を踏んできている。


 若き少年が作ってしまった無自覚な心の隙間に切り込むなど、造作も無いことだった。


「……あるいはアスターさんは過去からの迷い人なのかもしれませんね」

「え?」


 なんの脈略もない言葉だった。

 意味のわからない憶測だった。

 だが冗談とも笑い飛ばせない、強い響きを持っていた。


「いえ、大した話ではないのですよ。大陸が一つになる前の時代には、これよりも遥かに美味しいものが安く、どこででも食べられたそうでして。そんな時代の飲食店に比べればこの程度の店など、せいぜい大衆食堂止まりなのでしょうねと、そう思っただけです」


 アスターの心を揺さぶった彼女の目は、ゆらゆらと遠くをじっと見つめていた。

 先程までの笑顔はなく、かといって恐ろしさも、真剣さも見当たらない。

 吸い込まれるような語り口。

 一体どんな意図でそんな事を言いだしたのか……邪推しようとしても、思考を妨害するように存在しない彼女の笑顔がちらついた。


「さて、与太話はこのあたりにしておきましょうか」


 突然ナイフを心臓に突き立てられたかと思えば、実はおもちゃでしたと道化師が笑う。

 命がけの舌戦が始まる予感は、その予感をもたらした彼女によってあまりにも呆気なく打ち砕かれてしまった。

 重くなったように感じられた空気も、いつも通りの無害な笑みがさらりと吹き飛ばしてしまったかのようである。

 アスターは、どうやらすっかり翻弄されていただけらしい。


「ところで、今日お二人を呼んだのはただお喋りをしたかったから、というだけではありません。実は、一つお願いしたいことが会ってお呼びしたのです」


 ヴェロニカが本題と言ったところで、エリカがやっぱりね、とため息をついた。そしておもむろに席を立ち、壁際に立って腕を組み始める。

 この先の話はアスターに任せる、という意思表示のつもりらしい。

 まだ動揺から抜けきれてはいなかったものの、ヴェロニカがようやく纏った真剣そうな雰囲気を感じ取り、半ば強制的に姿勢を正す。


「アスターさんたちはこれから中央都市に行くのですよね? そしてそこから更に北へ向かうとか」

「……!!」


 アスターは思わず目を見開く。

 一体どうして自分たちの予定を彼女が知っているのか。

 自然と、僅かに声が上ずってしまう。


「え、ええ。その予定ですが……一体なぜ?」

「なぜ、といいますと。なぜ知っているのか、ということでしょうか。それとも、なぜ、わたくしがお二人の旅程を気にするのか、という意味でしょうか」

「……」


 なんてわざとらしい。

 こんな風にとぼけられては動揺するほうが馬鹿らしいと、アスターは黙って相手の出方を見始める。


「なに、そう気構える必要はありませんよ。単に腕のいい情報屋――いえ、彼らは渡し屋などと名乗っていましたね。とにかく、彼らに相応の信用を支払えば、ということです。……ああ、ご安心を。お二人の目的までは聞いておりませんから。彼らとて、そこまで重要な情報を売り物にするつもりはないようです」


 なんだか目眩のするような話であった。

 この街のどこかの隠れ家で、『言っただろう? 聞かれるままに答えてちゃあ信用が落ちるって。あらゆる情報には相応の対価を、だよ。アスター殿』なんていう風に、飄々と笑っている男がいるような気がした。


「話を戻しますね。これから中央都市に向かわれるというアスターさん達にお願いしたいことは一つだけです。中央都市フォーリアに住んでいらっしゃる、とあるお方にお会いしていただきたいのです」


 それはとても簡単そうで――あまりにも難儀そうな依頼であった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まさか会話と飯でドキハラさせられる日が来るとは(; ・`д・´) ドキーッ、ですよぉ。もお。 ああーもう、くそっ。面白いなもう。 [気になる点] 全部。 どうなるんだ、どうなってんだ…
2019/12/29 11:54 退会済み
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