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機械乙女は世界を改変する  作者: にしだ、やと。
第六章 潜入と選択
48/58

#47_選択の結果

「これで……よし、と」

「あ、お兄ちゃん、終わったのぉ〜?」

「うん、手伝ってくれてありがとう、ダフネ」

「えへへ〜、褒められちゃったぁ」


 停止した時間の中で、アスターは途中まで進めていた作業を完遂した。

 あれからしばらくダフネとのおしゃべりに付き合っていたが、その中で彼女の協力を得ることに成功したのだ。

 といっても、ダフネが直接解析を手伝ったわけではない。単に、彼女の世界にこの部屋のコンピュータを取り込んでもらっただけだ。

 どうやらダフネは任意の対象だけを選んで時間の停止した世界に持ってくることができるらしく、そのおかげでアスターは時間経過を気にせずに作業に専念できた、というわけだ。


「そういえば、ダフネは良かったの?」

「うん〜? なにがぁ?」

「ほら、僕はここのデータを盗もうと思って解析してたわけだけど、その手伝いなんてしちゃって」


 彼の懸念はもっともだった。

 アスターと違ってダフネはこの部屋に普通に入る権限を持って、ここにきたように思える。それならばこの施設の関係者と考えるのが自然だ。

 そんな彼女が、侵入者である彼を手伝っていいものなのか。

 しかしアスターの心配とは裏腹に、ダフネはちょっと目を見開いて、それからクスクスと笑いだした。


「盗む〜? お兄ちゃんがぁ? なにそれ、おもしろーぃ」

「えっ? そんな風に見えなかったかな」

「あはは、ごめんごめん〜。そういう意味じゃないんだけどねぇ? まぁいいんじゃないかなぁ? うん、お兄ちゃんなら何してもいいと思うよぉ」

「??」

「アタシは別に気にしないし、お兄ちゃんもそのことを気にする必要ないってことだよぉ」


 結局ダフネがどうして可笑しそうにしていたのかまでは分かることもなく、アスターは最後まで首を傾げっぱなしにさせられる羽目になった。

 その様子を見てさらに彼女は笑っていたから、もしかしたら単にからかっていただけなのかも知れない。


「それじゃ、アタシはそろそろいくねぇ〜」

「あ、うん」


 現れたときと同様に、去っていくのも本当に唐突だった。

 だから、アスターも大した受け答えが出来なかったし、その後に残された言葉が残響のように耳に残り続けることになった。


「またね、お兄ちゃん。きっとすぐにまた会えるよ。お兄ちゃんがどっかに行っちゃわない限りね」

「え? どういう……」


 彼の問いかけは切り離された世界には届かなかった。気づいて声を出したときにはもう、やけに耳に障る音に満ちた、色のついた世界へと戻っていたからだ。

 ダフネの姿は、こちら側には存在していなかった。


「夢、ってわけじゃなさそうだよね……?」


 今の今まで体験していたことが本当にあったことなのか確認しようと、アスターは手元の端末を覗いた。画面端に表示した時計は、彼が覚えている限りせいぜい数分しかまだ経過していないことを示しており――そして、確かに回収したデータが保存されていた。


「よかった。ちゃんとある」


 ここが現実であることにホッとし、実際に経過した時間以上の疲れを感じて――しかもその時間もきっと彼女が最初に実演しようとした結果なんだろうな、なんてぼんやりと考えつつ――、アスターは背もたれに深く身を沈めようとした。

 その時のことだった。


「あすっ……ちょっと! 一体今までどこに行っていたって言うの!?」


 開きっぱなしの扉の向こうから、いつになく慌てた様子の叫び声が飛び込んできたのだ。

 普段はほとんど鳴らない足音も大げさに鳴り響き、積もったホコリが乱雑に舞い踊る。

 その顔には不安と怒りと安堵とがごちゃ混ぜになった、シャボン玉のような表情を浮かべていた。


「どこって、ずっとここにいたけど……?」

「ずっと? そんな筈はないわ。もう何度もこの部屋を探したのよ」

「へ? どういうこと? だって僕はずっとここでコンピュータの解析をしてて、それでほら、データもちゃんと回収し終わったよ」

「……本当みたいね。だとしたら一体……?」

「ごめん、エリカがなんでそんなに慌ててたのか分からないんだけど……何かあったの?」

「何かあったって、あなた……まさか気づいていないの?」


 話が進むにつれ、疑念に満ちていたエリカの表情は驚愕するようなものへと変わり、そしてそれはアスターにも不安という形で伝搬していった。

 彼女がこれだけ緊迫した様子を見せるのだから、相当な事態が起きているに違いない。

 先ほどまで話していた少女とは違い、エリカは決してアスターをからかうような真似はしないのだ。


「時計……いえ、日付を確認したほうがいいわ」

「日付?」


 言われるがままに、アスターは端末に日付を表示させる。

 しかし普段意識する必要のない数字の羅列を見たところで何かが分かるわけでもなく、エリカの次の言葉を聞いてようやく事の重大さに気づくのだった。


「あなた、丸一日消えていたのよ」

「丸一日……丸一日!? それって、それってつまり、あの新型は……」

「とっくの昔に出て行って、今頃帰りの支度でもしてるんじゃないかしらね。疑うのならそのメインコンピュータで確認してみたらいいわ」


 たちの悪い冗談であってほしい。

 そんな彼の願いは虚しく、表示されたデータには、試験運用が完了したことを示す文字列が表示されていた。


「そん、な……じゃあ一体僕は何のために……」

「本当に気づいていなかったみたいね。何があったの?」

「作業に没頭していたら突然女の子が声をかけてきたんだ。それで、この場所だけどこの場所じゃない、変な空間に……そう、時間が止まった空間に気がついたらいて……」

「女の子? 時間が止まった空間? ……まさか、エンシス能力?」

「うん。その子は自分がネーヴァ・エンシスだって言ってた。名前はダフネだって」

「ダフネ、時間を操る能力……聞いたことがないわね」

「彼女とは話をしたんだけど……悪い子じゃないなって思ったんだ。僕の作業を手伝ってくれたし」

「手伝ってくれた?」

「うん。その止まった時間の中でコンピュータを使えるようにしてくれたんだ。だから僕はまだ時間が全然経ってないって思ってたんだけど」

「実際には丸一日経っていたって言うわけね」

「これっぽっちも悪意は感じなかったんだけどな……まさかこんな風に足止めをする目的だったなんて」


 最初から最後までやっぱり読めない子だったなと、肩をがっくりと落とす。

 だが、エリカはその意見には少し懐疑的なようだ。

 腕を組み顎に手を当てながら、考えるそぶりを見せる。


「違うんじゃないかしら」

「え? 違うって?」

「あなたはそのネーヴァから悪意は一切感じなかったのよね。あなたを妨害するような意思を」

「うん。最初から僕に興味を持っているような様子で、君は誰? なんて繰り返し訊いてきたし。その後の会話もなんだか拍子抜けするくらい他愛もないものでさ」

「なら、やっぱり違うわね。そのネーヴァの本質が何であるかにもよるけれど、能力から考えておそらく嘘はつかないと思う。私と同じで、腹芸は苦手なタイプね」


 エリカは割と腹芸ができるほうな気がするけど……とアスターは少しだけ思ったが、言わないであげた方がこの場はいい気がして頷くだけで我慢した。

 しかし、能力からエンシスの性格がある程度わかるとは、なるほど盲点であった。


「だから多分、たまたまこうなった、と考えるべきね。ま、どうでもいいけれど」

「そっか……それならよかった、のかな」


 別に良くもないと思うけれどね、とエリカは肩をすくめた。

 状況は決して変わっていないのだ。信じた少女が悪者ではないと分かってホッとしている場合ではない。


「で、どうするの? このままもう少しこの施設を調べるのかしら。それとも」


 この問いかけは無意味だった。

 アスターの答えなんて、最初から分かりきっているからだ。


「ドサに戻ろう。大至急。間に合わないのは分かってるけど……とにかく心配だ」

「ええ、わかったわ。なら向こうの部屋に行きましょう。脱出用の装置があるわ」


 エリカが見つけた装置はこの隠し部屋から基地の外へと繋がる、直通の転送装置であった。

 といっても一方通行になっているらしく外から隠し部屋に戻ることは出来なそうだった。それでも、ミレスの軍団を掻い潜りながら脱出する手間を省けたのは大きい。


「入り口に置いてきた荷物は……回収する時間ないかな。大したものも入ってないし、捨てていこう」

「ええ。道も分かっているし、急げば明日の朝には街につくと思うわ」

「それでも明日までかかるんだ……」

「仕方ないわ。私一人ならもっと早く着くけれど」

「……分かってる」


 あらゆる場面で自分が足を引っ張っていることは十分自覚していることだった。

 けれどどう動くかを彼自身が決めている以上、文句を言うこともできないし、彼女に全てを任せてしまうのもダメなことだとよく理解していたから、黙って唇を強く噛むことしかできなかった。





「……見えてきたわね」

「うん」


 翌朝。

 夜通しエリカの運転で移動し続けた二人は、予定通りドサの街の目前まで戻ってきていた。

 ネーヴァである彼女は当然疲れた様子を見せたりはしていないが、助手席に座るアスターの声からは覇気が失われていた。


「眠っていればよかったのに。疲れているんでしょう」

「そんな訳にはいかないよ……街のみんなが心配だ」

「……そう。まあいいわ」


 ……起きていたところであなたには何もできないでしょう。

 なんて言葉が出てきそうなところだったが、エリカは無駄に言葉を紡ごうとはしなかった。

 フロントガラスに小石がぶつかる音ばかりが、二人を急かすように鳴り続けていた。



「おう、待たせたな……ってあんたらか。しばらく戻ってこないって聞いてたが、随分早い帰りだな?」


 街の入り口に車を乗り付けて少し待っていると、門衛がやって来て話しかけてきた。

 こちら側の門は外からの訪問者はほとんどいない為、見張り番も四六時中見ているわけではないのだ。


「ええ、予定より早く仕事が終わったのよ。入れてもらえるかしら」

「ああ、構わんさ。ところであんたら何でもいいから卸せる商品はないのか? 急なんだがちょっと物資が足りなくなりそうでな……」

「何かあったわけ?」


 素知らぬ顔で、エリカが尋ねる。


「いやまあ、ちょっとな。狩りにいってた連中が珍しく失敗したのさ。なんでも見たことないデケえのが出たっつってな。被害もそれなりに出てるし、参っちまうぜ」

「へえ、そうなの。大変ね。少しくらいなら拾ってきたものもあるから卸せると思うけれど……交渉次第ね」

「ははっ、そいつはちげーねぇや。まあいい。とにかく入んな。商談は中のやつに頼むよ」

「ええ、そうさせてもらうわね」


 門衛の男の口ぶりは随分軽いもので、隣で聞いていたアスターはそれほど大した被害も出ていないのかな、とこの時点では少しだけ安堵していた。

 きっとあの新型が現れた時点ですぐに撤退したのだろうと、勝手に楽観していたのだ。

 だが、それは全くの間違いだったとすぐに知らされることになる。


「これが、ちょっと……?」


 ゆっくりと進む車窓から見えたのは、野外に設けられたテントの下で苦しそうにうめき声をあげる、何人もの戦士たちの姿だった。

 申し訳程度に引かれたボロ布の上に身を横たえる彼らは今にも死んでしまいそうで、アスターは思わず目をそらす。

 だが、逸らしたところで見えてくるのはどこまでも残酷な現実だけである。

 怪我人がいない場所には壊れた武器や車などが積み置かれており、使えそうなものを探し回る技術屋らしき人々が忌々しげに悪態をつきながらその山に蹴りをいれているのが目に入ってきた。

 先日初めて訪れた時に感じたあの粗暴ながらも活気に満ちたドサの街は、ここにはもうない。

 機械の群れに惨敗した人々の、弱々しく惨めな姿ばかりがアスターの目を埋め尽くしていた。


「よくある光景よ。別に気にする必要はないわ」

「そうはいっても、だってこれは……僕が」

「あなたが何をしたって言うのよ。それよりほら、ついたわよ」


 放っておけばぐちぐちと自責の念を唱え続けそうなアスターを無理やり引っ張るように、エリカは車を停めると降りるように促した。

 そこは倉庫と工場を兼ねた大きな建物の前だった。

 路上に積み重ねられていたスクラップよりもずっと多くの山がここには出来ており、働いている人数も比べるまでもなかった。


「街の入口で使えそうな物を卸してくれと頼まれたのだけど」

「ん? おぉ、そいつぁ嬉しい限りだぁね。ただでさえ忙しいってのにまーた仕事が増えちまう。あー嬉しい嬉しい。これほど嬉しいこたぁないね」


 忙しなく歩き回っている男の一人を捕まえたエリカが尋ねると、大して嬉しくもなさそうに、大げさなジェスチャーで歓迎してきた。

 その男はちょっと待っててくれと残すと建物の奥へと消えていき、数分後にはタブレットを持った別の男がやってきた。


「このクソ忙しい日にわざわざ外からやってきた業者ってのはあんたらかい? ま、物資は足りてねェからいいんだけどよ……んで? ブツはどこにあんだぁ?」

「車の後ろに積んであるわ」

「おうおう、随分デケェ装甲車だなぁ。いっそコイツを丸ごと売ってくれた方が助かるってもんだぜぇ。なんせ足を調達すんのが一番面倒くせェからなぁ」

「それは無理な相談ね」

「ははっ、ちげーねェ。こいつを手放すようなビッチにゃぁそもそも手に入れられんシロモンだろうしなぁ」

「あら、これは私のじゃなくて、うちの雇い主の物よ」

「あぁん? 雇い主だぁ? っと、あんたぁ……」


 その時になって、初めてアスターと男は目を合わせた。

 どこかで見たような顔――いや、頭だ。

 天を突くかのように異常なまでに鋭く尖った髪の毛。

 あの冒険的すぎる髪型は、忘れようがない。


「にーちゃん、あんた確かどっかで会ったな……? あぁ、そうか、タ・ヒルが……うちの弟が世話になってたやつだな」

「あ、あの時のぶつかってきた人……」

「女のケツ追っかけ回してぶつかってきたのはお前の方だろうがよぉ、えぇ?」


 タ・ヒル兄が冷やかすように笑うと、エリカはジト目になってアスターのことをジロジロ見つめ始めた。

 咄嗟に首を振って強く否定する。


「べ、別にルルを追い回してたわけじゃ……! いや、追いかけてたのは事実だけど、そういう意味合いじゃなくて……」

「おうおう、わーってるよ、冗談だ、冗談。っつーか話には聞いてたがよぉ……にーちゃん、結構やり手なんだな……あん時はぶっ倒しちまって悪かったな」


 初めて出会った時に比べ、彼は随分と気さくな人物であった。

 きっとこれが、実力主義を地で行くこの街の若者の標準なのかもしれない。

 腕っぷしはさっぱりだとしても、他の部分で秀でたものを見せれば敬意をもって接してくれる。

 お陰でアスターの方も気が緩んでしまったのだろう。

 つい口が軽くなり、今この場所で聞かなくてもいいことまで、彼に尋ねてしまった。


「い、いえ……それよりタ・ヒルは、今どうしてますか? やっぱりどこかの手伝いで忙しいですかね」

「あ? ああ、あいつなら死んだよ。昨日の狩りでな。おかげで俺がここの取りまとめやることになっちまってなぁ」


 彼はあっさりと言った。

 あまりにもあっけらかんとしているので、聞き間違いを疑うほどであった。


「え……? すみません、上手く聞き取れなかったんですけど、いまなんて……?」

「ん、だから、死んじまったんだよ。なんか新しい兵装を試すんだかでいつもより前に出ててな? ま、いつも通りなら別にどうってことなかったんだがよぉ、あいつも運が悪かったよなぁ……」


 目の前の男が何だかんだとその時の状況を語り始めたが、アスターの耳にはもう何も入ってこなくなっていた。

 いつ湧き出てもおかしくない慟哭すら発することもできず、ただ彼は深い海の底に投げ込まれたような、時の狭間に迷い込んだような感覚に陥っていった。


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