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機械乙女は世界を改変する  作者: にしだ、やと。
第六章 潜入と選択
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#45_目的のために、捨てるべきもの

「一体ここは、何なんだ……?」


 明らかにミレスではなく、ヒトが使うことを想定した作りの部屋にアスターは困惑する。

 どうしてこんな場所にヒトのための施設が用意されているのか。

 一体いつ、何をするために作られたのか。

 そもそもこの基地は本当にミレスのためのものだったのだろうか。

 考えたところで仕方がないにしても、気にはなってしまう。


「随分とホコリが積もってる……しばらく使われてないのかな」

「そうね。いつから、なんてことまでは分からないけれど」

「うーん、密閉具合から言えば少なくとも数年、いや、数十年以上は誰も入っていない、かな?」

「ま、どうでもいいわね」


 エリカはそれほど気にならないらしく、適当に室内をうろつき始めた。

 何となく釈然としない気持ちになったものの、考えても仕方がないという点では同意できたので、アスターもとりあえず別のことをしはじめた。


「さて、電源は入るのかな……お、大丈夫そうだ」


 おもむろに中央に設えてある椅子に腰掛け、主電源を入れてみると、ぶうんという低音が小さく鳴り出し、眠っていたコンピュータ群が一斉にうなりをあげた。

 しばらく待っているとメインモニターにつらつらと無機質な文字列が流れ出し、やがて非常に簡素なテキストだけのインターフェースが映し出された。


「えっと、ログインは……必要ない? 随分不用心だけど、この部屋に入れれば十分ってことなのかな」


 杜撰なセキュリティに眉をひそめつつも、今はその不用心さに感謝しておくことにして気になる情報がないか調べようとした。

 その時、


「ねえ、こっちにも部屋があるみたいだわ」


 部屋の隅からエリカの声が届いた。

 顔をあげてみれば、たしかにそこには片開きの扉が設えてある。基地内の通路と小部屋をつなぐ電子ロック式のドアとは違い、簡素な作りの開き戸であった。


「この扉もしばらく開けられた形跡はないわね」

「うーん、それなら後で見てみることにするよ。今はこっちを先に調べたいから」

「わかったわ」


 エリカは特に食い下がることなく、すぐに扉の前から離れるとそのままアスターの元へと歩いてきた。

 彼の邪魔にならない程度に近寄ると、そのまま横で腕を組んでじっとモニターを見つめ始める。


「何か見つかりそうかしら」

「今のところ目ぼしいものは、なにも。ただ、この部屋の用途はなんとなく見えてきたよ」

「って言うと?」


 エリカが聞き返すと、アスターはキーボードをかちゃかちゃと叩いてモニターの表示を切り替えた。

 基地内の地図データが中央に大きく描かれ、その周囲に大小様々なグラフが数秒ごとに動いている。


「この設備全体の稼働状況の監視。それと、推測だけど命令なんかもできるんじゃないかな」

「例えば侵入者を排除しろ、とか?」

「まあ、多分ね。でもさっきのとは関係ないと思う。ここから出せるのはもっと強制力の強そうな指示だと思うんだけど……そこまでやろうと思うとパスワードが必要そうかな」

「あら、それならあなたお得意のハッキングでなんとかなるんじゃないの?」

「うーん、それがそうもいかないんだ」


 困ったように頬を掻きながら、アスターは続ける。


「ここのコンピュータは特にセキュリティが強固でね。こうして設置されている端末からは自由に閲覧できるんだけど、外部端末を繋いで操作するにはかなり手間取りそうなんだ。データを落とすくらいなら二時間くらいで出来そうだけど、管理者権限まで取得するってなるとどれだけかかるか……」


 肩をすくめて参ったと表現していると、その肩をポンと叩く手が現れた。

 機械とは思えない、柔らかな感触であった。


「まあ、焦る必要はないわ。それに、今必要なのはこの施設をどうにかすることではなくて、重要そうなデータを回収することだから。そうでしょう?」

「……うん、そうだね」


 そうだ、自分が引き受けた依頼はあくまでデータの回収だけなんだ。そう気負う必要はない。

 ふっと息を吐くと、アスターは気を取直して調査を再開した。


「……ん、これは?」


 三十分ほど経った頃。画面を追い続けていた目がとある項目で引っかかった。


「機械兵装開発要綱……もしかしてミレスのこと?」


 記載されている名称こそ違ったものの、そこに表示されていたのは紛れもなくミレスに関するデータであった。

 各個体の名称や概要はもちろんのこと、搭載している兵装から細部の寸法、部品を製造するのに使用する素材の指定、当該個体の主な用途や想定しない場面まで、みっちりと記載されている。

 まさに、今の人類なら喉から手が出るくらいには欲しいデータであった。


「ハウンドにハイエナ、ゲイザー、センチピード……他も全部、見たことのある個体ばかりね。しかしここまで詳しい情報は初めて目にするわ……」

「開発要綱、ってくらいだから作った人が残したものなんだろうね」

「とにかく、これだけでも十分潜入した価値はあると思うわ。依頼主も文句は言えないでしょう。それどころか、追加報酬だって要求できるわね」


 それは助かるね、なんて冗談を言えるようになったのはアスターがこの大地に慣れてきた証拠だろう。

 手早くファイルのパスをメモすると、他に使えそうなデータがないか物色を続けようとする。


「待って。その下……そう、それ。ちょっと開いてもらえるかしら」

「これ?」


 何気なく画面をスクロールした時に見えた名称に気になるものでもあったのか、珍しくエリカが口を挟んできた。

 彼女が指定した個体名は『神殺兵装・偽狼』。

 外見画像を見てみたが、アスターは見たことのない機体であった。

 偽狼と名付けられた個体は確かに狼らしく四足歩行で、今まで遭遇してきたどのミレスよりもおどろおどろしい外見をしていた。

 全身くまなく武装が搭載されており、対応レンジも近距離から中・長距離まで幅広い。

 サイズも書き込まれた寸法によれば並外れたもので、足先だけで大人一人分の大きさはあるようだった。


「こんなミレスもいるんだ……なんか、怖いな」


 だから、彼が顔をしかめるのも無理のないことだった。

 こんなものが外を闊歩していては、とても安全な旅などできようもない。街の近くに現れれば、災害レベルである。

 今まで出くわすことがなくて本当によかったと、アスターは内心でホッとしていた。


 ……しかし。


「いいえ……こんなミレスは存在しないわ」


 絞り出すような声で、エリカが否定した。


「え?」


 思わず、聞き返す。


「存在しないのよ。こんなミレスは。私の知る限り。見た目はハウンドに似ているけれど、大きさも装備も、桁が違う」

「エリカが見たことないだけ、じゃない……かな?」


 ゆっくりと大きく首を振って、彼女は尚も否定する。


「それは絶対にあり得ないわ。だって私の知識のほとんどは、ライブラリに依存してるから。ミレスのデータだって、他の誰かが見聞きした情報が常に送られてくる」

「レイス、か……」


 レイスシステム。その機能で彼女たちは知識を共有しており、誰かが一度でも見たものならば少なくとも見た目と名称くらいは知ることができるのだそうだ。

 もちろん個人的な情報なんかは共有されないが、少なくともミレスの情報のような一般的な知識であれば百パーセントライブラリに追加されているはず、というのがエリカの談であった。


「じゃあ、これは?」


 分かりきったことを、アスターは尋ねる。


「新型……でしょうね。信じ難いことだけれど」

「これまでにその、こんな風に見たことのないミレスが現れた、なんてことは?」

「私が記録している限りではないわね。……でもなぜ今更こんなものが開発されているのかしら」


 新しいことを考えるのが苦手な割に、エリカは真剣に考えているようだった。

 腕を組み直して、首をかしげる仕草で画面をじっと見つめている。


「誰かがそう判断した、と考えるしかない気がするけど。えっと……あ、ここに開発状況が載ってるみたい」


 ボタンを押すと、画面が切り替わり違うデータが表示された。

 生産している場所や資源の調達状況などのほか、進捗状況を表すプログレスバーや幾つかの日付も記載されている。


「えっと、第三生産工場……そうか、だからあんなに警備が厳重だったんだ」

「開発はもうほとんど終わっているみたいね。残りの予定は試験投入と再調整だけになっているわ」


 項目の一つ一つを追っていたアスターは、ふと急に険しい顔を浮かべ始めた。


「ねえ、エリカ。この座標って……」


 示された座標を読み取り、エリカは脳内に外の地図を浮かべて照合する。


「ドサの街が近いわね。あの街の住民が狩場にしている地域の一つのはずだわ」

「……試験投入の予定日時ってこれ、もうすぐ、だよね?」

「ええ、一時間ちょっとしたらその時刻になるわね」


 淡々と事実だけを伝える彼女の言葉に、アスターは血の気が引いていくのを感じた。

 確かドサの街では、ちょうど狩りを行なっているはずだった。そして、およそ一時間後、移動の時間も含めればもっと余裕があるだろうが、あと数時間後に新型のミレスがドサ方面へ向かう。

 つまり、タ・ヒルたちとあの恐ろしい兵器が鉢合わせする可能性がある、ということだ。


「……エリカなら、この新型を破壊できる?」

「それを聞いてどうするつもり?」


 胡乱げな目で聞き返すエリカ。


「いいから、答えて」


 対するアスターは、質問に質問で返すことは許さないと言わんばかりの、強い語気だ。

 それでもエリカは、確かめる必要もない真意を確かめるかのように、じっと彼の横顔を見つめる。画面を見つめるばかりで、決して目を合わせようとしない横顔。

 その額には、暑くもないのにじんわりと汗が滲んでいる。

 やがて観念したように、エリカは口を開いた。


「……そうね。大きさと記載されているスペックからいって、倒せなくはないでしょうね」

「じゃあ」


 何気なく右腕をさする動きがアスターの目の端に映った。

 開きかけた口から声が出なくなり、唇を噛む。

 そして少しだけ考えて、別の質問を口に出す。


「仮に、仮にヒトだけでこの新型を相手しようと思ったら、何人いれば倒せる、かな」


 新しい質問は、エリカにとって予想外だったようだ。わずかに目を見開き、それから顎に手を当てて少しだけ考えるそぶりをする。

 そして出した結論は、


「無理ね」


 前提条件の否定であった。

 何人いても倒せない。それが彼女の見解だった。


「そんな……!」

「事実よ。なぜなら、彼らにはこの個体に関する情報が何もないから。ヒトが戦えるのは、どの個体がどんな武器を持っていて、どんな特性を持っているか。どんな弱点があるかを知っているから、というだけのこと。何も知らなければ、太刀打ちできるはずがない」


 叫び一瞬立ち上がったアスターは彼女の説明を聞き、すぐにがっくりと腰を落としてしまった。

 エリカも気を使ったのか、それ以上なにかを言うこともなく、時間だけが流れていく。

 普段は気にならない機械の駆動音が、妙にうるさく感じられた。


「……破壊しよう」


 数分後に彼が出した答えは悔しさに塗れた声だった。

 この大地で初めてできた友達を失いたくない、もうリリィを失った時のような悲しみを味わいたくない。

 そんな想いが、彼に後ろ向きな勇気を与えたのである。


「今から行けば、まだ間に合う。だから、破壊しよう」

「ダメよ」


 けれど、エリカは彼の決断を否定した。

 それは英断でもなんでもないと、強く非難するような目つきだった。


「どうして!!」


 懇願するような目で彼女を見つめる。

 涙すら溢れてきそうなその瞳を見つめ、エリカは静かに首を振った。


「ダメなのよ。今の私じゃ、あの新型を相手にして、またここまで戻ってくるほどの力はない。あなたを最後まで守れない。だから、ダメなのよ」


 彼女の声も、言葉も、表情も。とても淡々としたものだった。

 にもかかわらず、何故だろうか。アスターにはエリカが震えているように感じられた。


「あなたはあなたの目的のために、あなたの為すべきことをしなさい。一時の感情に流されるのはヒトの弱さだわ。逃げると決めたのなら、最後までそれを貫き通す。それがあなたが持つべき強さだわ」

「僕がするべきこと……僕が持つべき強さ……」


 エリカの言うことはもっともだった。

 けれど同時に、分からないな、ともアスターは思った。なんだか、リリィと話してみているみたいだった。

 いつだって彼女の言うことは分からない。

 どんなに賢いふりをしたって、分からないことは分からないのだ。


「大丈夫よ。試験投入されるからといって、人的被害が起こることが決まったわけじゃない。それに、あなたの責任じゃないわ」

「……そんなの、詭弁だよ」


 何もできない無力さを感じ震えていると、ぽんと肩に温かさが伝わってきた。

 柔らかい手が、そっと励ますように添えられていた。人ならば誰でも持っている、当たり前の温もりだった。

 溢れかけていた涙を消し去るために、ゴシゴシと両目をこする。

 気づけば、震えは止まっていた。


「……わかった。僕は僕のするべきことをする」

「そう、それでいいわ」

「でも、」


 涙を拭いた後の彼の瞳は、強い光に満ちていた。


「諦めない」


 彼が続けた言葉に、エリカは改めて目を見開くことになった。

 自然と、肩においた手がこぼれ落ちていった。


「一時間。それでここのデータを全部回収する。それから、あの新型を追いかけて、破壊する」

「……ええ、わかった、わ」


 臆病者は、もう前だけを見つめていた。


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