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機械乙女は世界を改変する  作者: にしだ、やと。
第六章 潜入と選択
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#044_包囲網を突破せよ

「次の三叉路を右にっ!! 敵影予測、1!」


 アスターが指示すると、先行しているエリカは黙って頷いた。

 あれから既に十分以上は走り続けているが、二人は未だに状況を脱せずにいた。

 幸いにしてエリカの突破力とアスターの指示により絶体絶命の窮地に陥ってはいないものの、追っ手として差し向けられるミレスの数も次第に増えてきており、完全に追い詰められるのも時間の問題であった。


(このままミレスを回避して走り続けてても目的地には辿り着けそうもない……どうする? どうすればいい?)


 思考をフル回転させながら、三叉路を右折する。

 ちょうどエリカが針を投げて浮遊型のミレスを撃墜したところであり、アスターの脇をその残骸が掠めていった。


(よし、出現位置予測プログラムはうまく出来てるみたいだ。あとは探索範囲の制限を解除すれば突破口が見えるかもしれない……けど)


 不安。

 それがアスターの決断を鈍らせていた。

 即興で組み上げたプログラムは今のところ問題なく動作している。けれどそれは、対象範囲をかなり狭く絞っているからにすぎない。

 探索する範囲を広げれば広げるほど、処理量が増え、結果を出すのにかかる時間も長くなる。どころかバッテリー消費も激しくなり、長時間の使用が困難になるし、そもそも範囲が広がればノイズも大きくなり、正確性が保証できなくなる。

 下手をすれば、この何とかなっているという現状すら維持できなくなるかもしれない。

 もう失敗できないという思いが、重い足かせとなっていた。


「次は!?」


 迷っている間にも、次の分岐点は近づいてくる。

 早く決断しないと永久に彷徨うことになるぞと言わんばかりに、この迷宮を思わせる構造の第二階層はアスターを追い立ててくるのだ。


(次の十字路は……右はダメだ。数が多い。左は……突破できなくはなさそう。でも、正面の方がもっと薄そうだ)


「……そのまま真っ直ぐ!」


 なんとか指示を出すと、ちょうど正面から二体のミレス――ハウンドが現れたところだった。

 エリカはそれを認めるやいなや、道を変えるという選択肢を一切考慮することなく、ただ指示通りに突き進むため躊躇なく刀を振り抜いた。

 何体が前に立ちふさがろうと、彼女の速度が衰えることは決して無い。迷わないからじゃない。向こう見ずだからじゃない。ただ、信じているからだ。

 そんな彼女の後姿に後押しされ、ようやくアスターは決心する。


(……大丈夫だ。エリカとなら、何とかできる)


 だが、彼はすぐに自身の失敗を後悔することになる。

 より最適な経路を導き出すべくプログラムを更新し、ほとんど階層全域をカバーするように敵影の探索を実行する。

 それ自体はうまくいったのだ。彼の博打は、確かに成功した。ゴーグルに映し出したマップデータに次々にミレスの位置を示すドットが表示されていく。


 しかし、その表示されたデータが問題であった。

 映し出されたのは無数のドット。目的地への経路を探索する以前に、彼らの現在地が完全に包囲されていたのだ。

 進行方向約二百メートル先の三叉路はもはや行き止まりと化しており、突破は困難。

 かといって振り返って戻ろうとしても、通り抜けたばかりの十字路には先ほど無視した二つの通路から多数のミレスが流れ込み始めていたのである。


「と、止まって!!」

「っ!?」


 慌てて叫ぶと、エリカも流石に予想外だったのか少しだけ驚いたようだった。

 疑問符を浮かべながら近寄ってくる彼女にどういう顔を向ければ良いのかわからず、自然と伏し目がちになってしまう。


「完全に挟まれたみたいだ……ごめん、僕の失敗だ」

「後悔はいらないわ。どうするか、それを考えましょう。強行突破は?」

「エリカ一人ならいける、と思う。……でも、僕が足手まといになっちゃうから」

「なら別の案を考えましょう。あなたを安全に連れて行けなければこの作戦は失敗よ」


 そっと顔をあげてみれば、彼女の目には失望も不安も怒りもなく、ただじっとアスターの姿だけが映し出されていた。


「待って……考える」

「ええ」


 気づけば、焦る気持ちはすっかり霧散していた。

 落ち着いた思考でゴーグルに映し出される情報を読み取り、少しでも手がかりを見つけようと肉眼でも周囲の様子を眺め回す。


(このやけに長い通路……面してる部屋が全部で三つ。正面に三叉路があって、後ろには十字路。それ以外には他の道に通じる真っ当な道はないから逃げるのは難しい。じゃ、道以外は?)


 アスターは天井を見つめるが、そこにあるのは30センチ四方程度の小さな排気ダクトくらいで、とてもじゃないが人間が通れるようなものではなかった。

 これは使えないと首を振り、そのまま視線を下げて壁面を見つめる。

 ダストシュートのようなものがあればあるいはとも考えたが、小部屋に通じる扉が四つある程度で、それらしきものはない。


(部屋に入ってやり過ごすのは……ダメだろうな。ミレスの方だって当然マップくらいはインストールされているはずだ。通路から消えれば、すぐに近くの部屋を探索しはじめるはず)


 これはいよいよ絶体絶命か。ミレスがここまで押し寄せるのにあとどれ位かかるかを確認しようと、改めてマップを確認する。


(せいぜいあと二分か三分ってとこかな……いっそ小部屋に入ってしまってそこで迎撃した方が?)


 そういえば、と一切口を挟んでこないエリカの様子が気になって、改めて顔を上げた。

 敵がやってくるのを警戒しているのか、腰に下げた刀に手を添えたまま、どこか遠くを見ている。

 もしも彼女が万全な状態だったなら、こんな状況も意に介さず強引に突破できていただろうか。逆に言えば、万全でないから、こうしてじっと待ってくれているのだろうか。

 いや、きっとそうではないだろう。

 エリカは多分、彼が先ほど待ってくれと頼んだから、こうして待っているのだ。今の彼女ならたとえ万全の状態であったとしても、その提案の方を優先するはずだ。


 僅かに鼓動が高鳴ったような錯覚に襲われて、アスターは首を振った。

 今はもっと現実的に考えるべきことがあるのだ。どこかにあるはずの――否、どこかにあって欲しい突破口を……。

 そして、視線を強引に動かそうとして、ふと気がついた。


 エリカの視線が前にも後ろにも向いていない。

 敵を警戒するのであればどちらかを見ていた方が効率的なのに、そうせず、もっと何か別のものに気を取られている。

 一体、何に……?

 彼女の視線の先にあるものがどうしても気になり、アスターはゆっくりとそれを追いかけていく。


「部屋……?」

「やっぱりあなたもおかしいと思うかしら」


 エリカの声は、いつになく自信がなさそうであった。

 一体何が、と聞き返そうとして、アスターもはたと気付く。


 扉が一枚、多いのだ。

 この通路からいける部屋は全部で三つ。それは地図に書かれていた事実だ。

 しかし今、肉眼で見ている限りでは扉は四つある。同じ部屋につながる扉が一枚多い、というわけではない。それならば地図にも、そのように書かれているはずで――けれどそんな表示はされていない。

 つまり、ここには部屋が四つあるということだ。


 無いはずの部屋がある。その矛盾にエリカはいち早く気づいており、けれどそれは本当におかしいことなのか、うまく判断ができていなかったのだろう。

 だが、アスターには確信できた。


「入ろう」


 その声に迷いはなかった。


「それは、正気?」


 咎めるような、強い口調だった。


「うん。どのみち、いける場所なんて限られてるんだ。それなら――同じ危険を冒すなら、少しでも新しい可能性が得られる道を選びたい。僕たちが目にした道を選びたい」

「……わかったわ。ただし、それなら一つだけ」

「何?」

「あの扉は、あなたが開けて」


 単に感染を恐れての言葉だったのかもしれない。

 けれどアスターには、それ以上の意味があるように感じられた。そして、自然とそうするべきであるとも、感じてしまっていた。


「……わかった」


 こくりと頷き、ゆっくりと扉に手をかけようとする。

 だが、腕を伸ばしたところでおかしなことに気がついた。


「あれ……? どうやって開けるんだろう」


 無かったのだ。それは明らかに扉に見えるのに、開閉するためのボタンも、ロックを解除するためのコンソールも。

 困惑した表情で振り向き、エリカに来てもらう。


「どうかしたのかしら」

「いや、開けられないんだ」

「開けられない? 鍵がかかっているとかではなくて?」

「鍵も何も、この扉にはないんだ。何も無いんだ」

「……たしかに、それらしいものは見当たらないわね」


 グルリと周辺を見渡して、エリカも首をかしげる。

 もしや単なるだまし絵のようなものなのだろうか。

 アスターはそのまさかを確認するために、扉にくっついて耳をあて、軽くコンコンとノックをした。


「うーん、壁が厚くてこれじゃわからな――」


 言いかけた瞬間、浮遊感が彼の身体を包む。そのまま傾いた重心に引っ張られて転びそうになって……なんとか踏みとどまることだけはできた。


「へっ?」


 いきなり起こった訳のわからない現象に、いつになく間抜けな声が出てしまった。

 気づけば、追い詰められていた明るい通路から、暗い別のどこかへと移動していた。


「これは……どういうこと?」


 近くで、落ち着いた声が響く。どうやらエリカも一緒に移動させられたらしい。

 少しだけホッとして、アスターは状況を整理しはじめる。


「原理はわからない……けど多分、あの部屋の中に入れたんだと思う」


 空間的な繋がりがどうであれ、移動方法がどうであれ、扉に触れた途端に移動した。だからここは部屋の中と考えるべき、ということだ。

 実際、その推理は間違っていなかった。


「なるほど。外の音は……聞こえないわね。これじゃ安全になったかは判断できないわ」

「でも、この部屋にミレス達が入ってこれるとも思えない」

「……そうね」


 ひとまずの安全が確保できたことで、アスターは急に肩の力が抜けていくのを感じた。

 必死で忘れていた疲労もどっと襲ってきて、足にも鈍い痛みを感じる。


「ふぅ」

「……少し、休みましょうか」


 おそらく彼女の目には、彼のバイタルデータが映し出されているのだろう。長旅で足腰が多少は鍛えられてきたとはいえ、まだまだアスターの体力は大したことない。

 彼女が気遣うのも、無理ないことだろう。


「いや、休むのは後にするよ。まずはこの場所について調べないと」


 けれど彼の精神は、彼女が思うほどやわではなくなっていた。

 疲れ果てて座り込んでもおかしくない状態にも関わらず、暗闇に目を凝らしその足を再び動かそうとしている。


「そう、わかったわ。ちょっと待ってて」


 エリカはそう言うと、暗闇にぐるりと目を走らせて何かを探し始めた。

 ややあって、つかつかと歩き始めたかと思うと――室内が光に包まれた。


「うわ、眩し」

「あら、失礼。ちゃんと動力は来ているみたいね」

「明かり点けるなら先に言ってほしかったけど――」


 明るさに慣れてきた目に映し出された光景に、アスターは言葉を失った。

 そこは、第一階層で見取り図のデータを入手した管制室によく似た部屋だった。

 だが似ているだけで、決定的に違っているものがある。


 ずらりと並んだ幾つものコンピュータと、複数のモニター。部屋の中央には据え付けられた操作盤は特に大きく、けれど機械が使うにしてはいささかしっかりしすぎているようにも見えた。

 そして何より、彼が驚かされたもの。

 ミレスには不要で、あの管制室にも無かったものがここにはあった。


「椅子が……ある」


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