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機械乙女は世界を改変する  作者: にしだ、やと。
第六章 潜入と選択
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#042_潜入開始

「【知恵アル者ノ兜ヘルメェス・プロトコル】――始動」


 アスターが呟くと、ゴーグルのレンズ上に幾つもの文字が流れ始めた。

 システムの起動過程を示す数多のログ。ポーチにしまっているタブレットとの接続が正常に完了したことを示すログ。周辺状況を取得するいくつかのセンサー類に異常がないことを示すログ。

 早すぎてとても常人の目に追えるものではないが、しかし全て正常(オールグリーン)であることを見届けたアスターはよしと頷く。


 今、アスターとエリカはミレス達の拠点に侵入し、入り口から長く続いていた下りトンネルの終端へとたどり着いたところであった。

 トンネル内部には障害らしい障害もなかったが、ここに来てようやく、彼らの行く手を阻むように巨大なゲートが姿を現した。

 その大きさは、ざっと見積もって大型の装甲車が三台は余裕を持って通れるほど。

 分厚さも相当なものに違いなく、エリカの刀でも切り崩すのは困難だろう。


「動作正常、視界も良好。マスクは……うーん蒸れるな。邪魔だし外しちゃおう」

「そのマスクは飾りだったのね……」


 装備の状態を確認していたと思いきや、先程自慢げに見せつけてきたマスクをポイと外してしまったのを見て、エリカは急に心配になってきてしまった。

 ジトッとした目でアスターを見つめて、本当にその装置は使えるのかと、疑惑を投げかけている。


「さて、とりあえずどこに向かえばいいんだろう。使えそうな情報を取って来いって話だったけど」


 そんな彼女の視線もどこ吹く風と、改めて気を引き締めるように目的を確認しはじめるアスター。彼の眼差しは前だけを見つめていて、不安など微塵も感じていない風に思えた。

 エリカの方もそれを見て諦めたのか首を小さく振ると、自身の経験から助言をしていく。


「機密情報っていう意味ならやっぱり奥の方にあるんじゃないかしらね」

「うーん、データサーバーみたいなものがあるのかな」

「そうね。この規模なら製造施設も兼ね備えているでしょうし、ミレスを生産するときに使う設計図みたいな機密データが保管されているはずだわ」

「なるほど……それじゃ、ひとまずそのあたりの回収を目標にしよう」


 目標を再確認したところで、二人は互いにうなずき合い、前へ進み出す。

 最初の関門になるかと思われた堅牢そうなゲートもアスターのプログラムにかかれば暖簾も同然で、無言で彼らを歓迎してくれた。


「そのプログラム、なんていうか……ずるいわね」

「あはは、それはエリカにだけは言われたくなかったかな」


 このアスターの冗談はエリカにはうまく理解できなかったらしい。

 本気で首を傾げ、どういうこと? と歩きながらも彼をしきりに追求してくる。

 特に深い意味もない冗談だったのにこれ以上掘り返され続けるのは敵わない。そう思ったアスターは話題を変えようと、気になったことを尋ねてみることにした。


「そういえば、ミレスの拠点って思っていたより普通だね」


 この作戦は彼女には随分効果覿面だったらしい。

 エリカは首の角度をもとに戻し、キャッチボールに応じてくれた。


「そうね。詳しいことは私も知らないけれど、基本的には人が使うことを想定した構造になっているみたいだわ。これはどこに行っても同じみたいね」

「うーん、ますますミレスっていうものが分からなくなってきたな」

「そんなの、誰も分かりっこないわよ。私にわかるのは、あれが倒すべき敵だということだけ。それだけで十分よ」

「ふぅん、そんなものかな……」


 興味なさげに言い切るエリカにアスターは釈然としないものを感じつつも、これ以上この話題を続けたところで何がわかるということでもないだろうと、今は考えるのを保留にしておくことにした。


「ところでエリカはどう進めば奥にいけるとか、分かっているんだよね? 似たような風景が続いているからどうも進んでいる気がしなくって」

「はあ? あなたがそのゴーグルで道筋でも調べているんじゃなかったの?」

「まさか。データも無しに建物の構造なんて解析できるわけないよ。調べられるのはせいぜい見える範囲のものだけ」

「……」「……」


 無言になり、思わず見つめ合って二人歩く足を止める。

 まさか、互いに相手が道を知っていると思いこんで進んでいたとは。

 エリカは盛大にため息をつき、アスターもなんとなくばつが悪そうに頬をかく。


「いえ……そうね、確認をしなかった私にも落ち度があるわ」

「僕の方も、ね」


 些細な行き違いがあったとはいえ、それで喧嘩をするような二人ではない。

 どちらも自身の非を素直に認め、すぐに頭を切り替えると前へ進むための話に移った。


「建物内の地図データが入手できればいいのよね?」

「うん。というかそうすればエリカも大体わかると思うけど」

「まあ、そうね。二人とも地形を把握できるということは良いことだわ。それなら、内部構造のデータを入手するところから始めましょう。おそらく機密レベルも低いだろうし、適当なコンソールから入手できるはずだわ」

「了解。部屋を見つけたら入ってみよう」


 再び歩き始めた基地内部は本当に静かだった。

 換気用の静音ファンの駆動音がやけにうるさく感じるくらい、アスターの足音が妙に響いて聞こえるくらい、少なくとも彼らが歩く通路には一切の音がなかった。

 明かりがついているからこの施設は確かに生きていると分かるものの、もしも電灯が一つもついておらず、換気音も聞こえて来なければ、すでに捨てられた拠点なのだと言われても誰も疑いはしないだろう。

 時折現れる小部屋の中を覗いても、誰かが現在進行形で使っているようには見えず、しかし埃は一切積もっていない、不思議な静寂を帯びた場所ばかりであった。


「うーん、何もないね。それに、誰もいない」

「ま、表層部の部屋なんてこんなものでしょう」

「そうかもしれないけど、なんていうのかな。重要な拠点だと思っていたんだけど、それにしては随分不用心じゃないかな?」


 アスターの疑念はもっともである。

 何しろせっかく擬態用の装備まで作ってきたのに、ここまでミレスの影すら見当たらないのだ。

 監視カメラも設置されていないし、外の入念な隠蔽とのギャップが著しい。


「そりゃそうよ」


 しかし、エリカはおかしいとは思っていないらしい。

 あっけらかんとした様子で、ぴしゃりと言い切る。


「一体誰が侵入してくるっていうの? ミレスとまともにやりあう戦力なんて、人類は持ち合わせていないのよ」


 いくらエンシスなんていう強力な個体がいたところで、所詮は焼け石に水。ネーヴァに罵倒。ミレスに餌付け。

 圧倒的な数と生産力を誇るミレスの軍勢を抑え込むことなど、到底不可能な話なのである。

 それこそ下手に手を出せば今は見逃されている街にまで火の粉が降ってきかねない。

 現状のバランスこそが、人類にとっては最良の選択で――唯一の選択肢だったのだ。


「ま、でも警戒しておく必要はあるわよ。運搬だのなんだので内部を移動してるミレスはいるでしょうし」

「うん、それは分かってる」


 気楽そうに喋ってはいるが、エリカが一瞬たりとも警戒の色を解いていないことを隣に立つアスターはよく理解していた。

 曲がり角があればアスターが顔を出す前に彼女が一歩出て安全を確認していたし、小部屋の扉を開く時もさりげなく腰の刀に手が触れていた。

 そういう彼女の姿が見えていたからこそ、アスターは慣れない潜入でも緊張せずにいられたのだ。


「そういえば、そのゴーグルでミレスを騙せるのよね。けど、私はどうするつもりなの? 暗号の解析は流石にできないわよ」


 ふと思い出したかのように、エリカが尋ねてきた。

 不安があってというよりは、単に気になったからというような、軽い口調だ。


「ああ、それはね。多分エリカは何もしなくても良いと思うよ」

「何も? ミレスとして振る舞う必要すらないってこと?」

「うん。まあ、その時になったらわかるよ。ダメそうなら斬り捨ててくれればいいし」

「曖昧な言い方ね……」


 そんな会話をした直後のことだった。

 まるでタイミングを計ったかのように、曲がり角からミレスがやってくるのが見えた。

 蜘蛛のような多脚の下半身でガシャガシャと歩いており、上半身を見てみれば猿のように長い二本の腕で大きな荷台を引いている。おそらく戦闘よりは作業や運搬に特化した個体だろう。

 姿を表した直後は顔面のカメラアイは青色に光っていたが、少し進んだところでアスターたちの姿を視界に捉えると、その色を黄色く変化させた。

 ミレスが警戒しているときに見せる、特有の反応だ。

 だが、赤くはなっていない。完全に敵視したならば赤く光るはずだから、まだ彼らが人であり、侵入者であるとバレたわけではない。


 自然とアスターの額に汗が流れ、緊張で喉が急速に乾いていく。

 エリカはいつでも斬り捨てられるよう、自然体でありつつもしっかりと刀に手を伸ばしている。


(うまくいってくれ……)


 妙に引き伸ばされたように感じられる時間を、ゴーグルの画面上に流れ続けるログを見つめながらアスターは過ごした。

 通信自体はうまくできている。

 あの運搬ミレスから届けられた暗号は解いて返送済みだし、襲いかかってきたいないのだから問題はないはず。

 だからどちらかといえば疑われているのは隣のエリカの方なはずで……けれど予想が正しければ、このまま通り過ぎてくれるはず。

 ガシャガシャと鳴る音がだんだんと大きくなり、すれ違う瞬間を張り裂けそうになる心臓とともに耐え忍んだ。


 そして――。


 気づけば、蜘蛛の足が鳴らす移動音は何処か遠くへ消え去っていた。

 すれ違うときに見えたランプの色は黄色から青へと変化していて、それが意味することが頭では理解できていても、アスターはしばらく動けなくなっていた。

 いくら自信があったとはいえ、この後の潜入の成功の可否を決める最初の接触だったのだ。

 彼が緊張するのはあたり前のことだし、動揺して下手な動きをしなかっただけでも、十分すぎると言えるだろう。


「もう行ったわよ」


 どこまでも平然とした優しい少女の声が、耳朶を叩く。

 その春風のような音色でハッとしたアスターはようやく握りっぱなしだった手の汗を拭い、忘れかけていた呼吸を思い出して大きく息を吐き出すことができた。


「なかなか青にならなくってドキドキしたよ……」

「そう? 割とすぐに通り過ぎていったと思うけれど」


 どうやら彼女とアスターとでは感じていた時間が違っていたらしい。

 それが信頼の証なのかどうかまでは分からなかったが、隣に立っているのがエリカで良かったと、彼は心からそう思ったのだった。


「でも、どうしてあれは私を無視したのかしらね」

「ああ、それはね。ミレスってたぶん、ネーヴァを完全に敵視しているわけじゃないんだよ」

「? どういうこと?」

「なんていうのかな、攻撃されて始めて敵として認識するっていうか。あの時もそうだったんだ。僕が初めてこの地にやってきて、襲われたあの時……」


 あの時、ハイエナ型のミレスは執拗に自分だけを狙っていて、まだ息のあるリリィを無視し続けていたように見えた。

 彼女が攻撃を受けたのは全て自分を庇ったからであって、ミレスの銃口が彼女を狙っていた瞬間は一度たりともなかった。

 旅を始めてから何度もあったミレスとの戦いでも、いつだってエリカが先手をとり続けていた。それは単にエリカの能力が高いからとかではなくて、いつもミレスが最初に狙ってくるのは自分たちヒトだからだった。


 いくつもの戦場を見つめ続けて、アスターはそういう結論に至ったのだ。


「ふうん、にわかには信じ難いけれど、あり得る話なのかしらね」

「多分、奴らにとって今のエリカは鹵獲されたネーヴァ、くらいの認識になるんじゃないかな。もちろんまだ立証できたとは言い切れないけどね。でも、今回はうまくいったし、もうすこし実験を重ねられれば何かしら分かる気がするよ」

「それは頼もしいわね……ま、ともかく先を急ぎましょう。時間は有限だわ」


 話しているうちにアスターも落ち着きを取り戻したので、気を取り直して先へ進むことにした。

 それから何度かミレスと遭遇する機会があったものの、いずれも最初と同様に何事もなく、やり過ごすことが出来た。

 これなら何も心配しなくて良さそうだと安心し、アスターの足取りが軽くなり始めた頃のことだった。

 突き当りになっている場所に、扉があった。


「この部屋は他より少し大きそうね。申し訳程度にロックもかかっているし、期待できそうだわ」


 エリカのいうとおり、これまで見てきた小部屋とは入り口の作りからして違って見える。おそらく、当たりの部屋だろう。

 彼女に視線で合図されたアスターは頷くと、慣れた手つきで扉のロックを解除した。

 電子音とともに、モーターが回り自動的に扉が開いていく。


「やるわ」


 それと同時に、エリカが小さく呟いた。

 アスターがなんのことか尋ねる前に、彼女は隣から消えている。


 瞬間、一閃。無音で踊る、鎌鼬。


 どこにいったのかと探して巡らせた視線が部屋の内部を覗き始めるころには、彼女の仕事は綺麗サッパリ片付いていた。

 部屋の中央で刀を鞘に納め、残心するように目を閉じている。


 遅れて状況を察したアスターが見渡してみれば、大きめのモニターがいくつか並ぶ中、数体のスクラップが静かに横たわっていた。

 この管制室らしき部屋で作業に当たっていたミレスの成れの果てだろう。

 エリカは扉が開いた瞬間にその姿を認めると、排除すべき障害だと判断し、反応される前に全て破壊したのだ。


 いくらアスターの擬態が有効といっても、コンソールからデータを抜き出すのに作業中のミレスがいては出来ることもできないし、不審な動作をする個体を疑わないほどミレスの知能は例外に弱いわけではない。

 機転の聞いた彼女のとっさの判断に舌を巻きつつ、アスターはこの異常が他の個体に伝わる前にデータを抜き取ってしまおうと、素早く行動に移った。


「……これで、よしと。エリカにも送るね」

「ええ。私が直接コンソールを触るのは危険だから助かるわ」


 五分もしないうちにアスターの作業は終わってしまった。

 機械だけしか扱わないデータにしては随分人にも親切なデータ構造になっていて、おかげでスムーズに調べることが出来たのだ。


「感染、かあ。それらしいプログラムは見つからなかったけど、一体どういう経路で起こるんだろう」

「それが分かったら苦労しないわよ。私たちにできるのはせいぜい、信用できない端末にはアクセスしないことだけ」

「まあそっか。さて、いつまでもここにいるわけにはいかないし、どう進むか考えよう」


 雑談もそこそこに、二人で一緒に入手した地図の確認をし始める。

 拠点内部は全部で三階層あり、今はもっとも地上に近い表層部にいる。

 記載されている付随情報を読み取った限り表層部は居住区として設計されているらしく、ミレスがあまりいなかったのはそのためなのだろう。

 次いで第二階層には大きめな部屋が点在しており、整備工場や生産工場があるらしい。

 そして更に奥に進み第三階層に行くと、今度はフロア自体が非常に狭く、また用途についても手に入れたデータには一切記載がなかった。


「明らかに怪しいわね」

「うん、機密情報を保管しているんだとしたらやっぱり第三階層だろうね」

「ええ、広さ的にも間違いないでしょうね」


 となると……と、エリカがざっと経路を目算していく。

 アスターも負けじと最短経路を即席のプログラムで割り出そうと、素早く手を動かす。


「このルートね」「ここを通っていくのが一番早そうだね」


 二人が全く同じ道筋を示すのは、ほとんど同時のことだった。

 アスターはなんとなく嬉しくなって、エリカは少しだけ驚いて、互いに互いの顔を見つめてしまう。

 そして、力強く頷いて進み出す。


 彼らが指し示した経由地点。第三生産工場という文字の横に、厳重警戒地区を示すマークが刻まれていることに二人が気づくことは、無かった。


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