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機械乙女は世界を改変する  作者: にしだ、やと。
第六章 潜入と選択
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#041_アスターの秘密兵器

 翌朝、調子を取り戻したエリカに先導され、アスターはついにその場所を発見した。


「随分念入りに隠されてたね」

「よほど見つけられたくないんでしょうね、人なんか来やしないのに」


 荒野のそこかしこに点在する大岩。

 そのうちの一つに、地下空間への入り口が隠されていた。

 一見しただけではわからない上、何かがあることに気づけたとしても複雑な仕掛けを解除しなければ開かないという、念の入りようだ。


「しかしあなたがいて助かったわね。私だけだったらあの仕掛けを解くだけでも随分時間がかかっていたと思うわ」

「まあ、僕がいなければそもそもここに来る必要もなかったんだけどね」

「あら、それはどうかしらね。あなたが来なければきっと私に別口で同じ依頼が来ていただけだと思うわ」


 冗談を言うエリカの表情はほんの少しだけ、笑っているようにもみえた。

 しかし次の瞬間には真面目な顔をしていたので、アスターは彼女の言葉が冗談であることにすら気づかず、その可能性について神妙な顔持ちで吟味しはじめたのだった。


「さて、いよいよ潜入するわけだけど。ここから先はなるべく戦闘はしないように、隠密行動を徹底していくわ。もちろん倒して回ったって私は構わないのだけど、目的を達成するには少し効率が悪いから。それに、この基地の規模もわからないのだし」

「うん、わかってる。敵地で僕を守りながら戦うのは大変だよね」

「……それくらい余裕よ」

「だとしても、ね。その右腕で戦い続けるのは良くないよ」


 気遣うようにアスターが視線を向けると、エリカはそっぽを向きながら右腕をさすった。

 いくらネーヴァが痛みを感じないとはいえ、正常では無い身体を抱えていれば違和感というものは感じるのだろう。

 合理的にと言うのならばもっと素直になればいいのにとアスターは思いながら、おもむろに荷物を漁り始めた。


「何を探しているのよ?」

「ほら、僕なりの武器を持ってきた、って言ったの覚えてる?」

「正確には役に立つもの、としか言っていなかったと記録しているけれど」

「似たようなものだよ。それで、今取り出そうとしてるのはね、その役に立つ武器なんだ」


 あったあったと言いながら、アスターは荷袋から何かを取り出す。

 訝しむエリカをよそに、彼はそれらを手間取りながら身につけると、背筋を伸ばして自信満々の笑みで彼女の前に立った。


「ええっと、その、それが、武器、なのね? ……役に立つ?」

「そう! どうかな?」


 歯切れ悪く目をチラチラ逸らし気味に伺うエリカ。

 一方アスターはすごいでしょ? と言わんばかりの勢いで、彼女の戸惑いを気にかけもしない。

 どうしてそんなものでそこまで自信を持っていられるのかしらと、言いたくなる気持ちを飲み込みながら、最適解らしい最適解がなかなか演算出来ないエリカはたっぷり十数秒悩んだ末に、


「どうって……そうね、あなたらしいと思うわ」


 曖昧な言葉で肯定も否定もしない、という逃げ道を選んだのだった。

 彼女がこんな風に誤魔化すのも無理はない。

 なにせ、アスターが披露した装備というものは、有り体に言ってしまえば彼には全く似合わない、要するに美的センスのかけらも無いダサいものだったからだ。


 まず、昆虫の複眼を思い浮かべてしまいそうなほど、不自然にでかいレンズがはめられた巨大なゴーグル。

 素材が足りなかったのか左右非対称なデザインになっていて、左側が角ばった黒のフレームになっているのに対し、右側は丸みをおびた茶色のフレームだ。

 それだけなら多少不格好だな程度で許せたものの、彼はなぜかアゴから鼻先まですっぽり覆うほどの大きな金属製のマスクを着用していた。

 毒ガス対策でもしているのか、あるいはカッコいいとでも思っているのか。

 獣の顎を思い浮かばせるような意匠が彫り込まれた口周りは、少年よりも悪の組織の改造人間の方がよっぽどお似合いの見た目である。

 他にも左腕に小型の入力デバイスが装着されていたり、腰に妙にゴテゴテとしたポーチ付きのベルトが新たに付けられていたりと、随分やりたい放題な見た目になっている。


 あるいは――ゲガルハのような貫禄ある男であれば、あの無骨なゴーグルも様になっていたのかもしれない。

 あるいは――ルクトゥスのように謎多き人物であれば、あのマスクも許せたかもしれない。

 あるいは――幾つもの作戦をこなす傭兵団の戦士なら、あの左腕のデバイスも映えるものがあったのかもしれない。

 あるいは――いや、あのベルトが似合う人物はきっといないだろう。


 ともかく、彼の見た目は非常に、非常にダサかったのである。


「こほん。それで、その装備にはどんな意味があるのかしら」


 見た目はさておき、彼が自信を持っているからにはそれなりに役に立つものに違いない。

 いや、それなりに役に立つものでなければ困る。

 エリカもそんな思いで咳払いをし、アスターに問いかけた。


「簡単に言っちゃえば、これはミレスに擬態できる装備なんだ」

「擬態?」

「そう。詳しい理論は省くとして……この装備の役割は全部で三つ。認識阻害、信号偽装、そして認証解除だよ」

「ええっとつまり、その見た目でヒトであることを誤魔化して、内部に組み込んだプログラムで種別特定用の信号をミレスと同じものにするってことよね」


 流石はネーヴァ・エンシスと言ったところか。

 彼が言った単語だけでエリカはおおよその意味を理解し、当ててみせた。


「見た目は正直おまけではあるんだけど、その二つはあってるよ」

「おまけなのね……まあいいわ。それじゃ、三つ目の効果は? 擬態するにあたっていまいち必要性を感じないのだけれど」

「ああ、それはね」


 アスターはゴーグルを邪魔そうに外しながら屈むと、地面に図を描きはじめた。


「ミレス同士が互いを認識する際、こういうプロセスを踏んでいるはずなんだ。まずはじめに、各種センサーで個体の存在を探知する。それが機械だった場合、常時発信されている信号を読み取る。この段階で対象個体がミレスらしい、というところまでは判別できるはずだよね」


 彼が地面に描いたのは、二体の四足歩行の獣らしきイラストだ。

 きっとミレスのつもりなのだろう。


「ええ。ネーヴァ同士でも似たようなことはやっているわ。私達の場合は視覚情報だけでほとんど区別できるけれど」

「うん。でもミレスに搭載されてる人工知能はおそらく弱い人工知能だから。そこまで複雑な判断はできていないと思う」


 当たり前のようにミレスの設計に言及するアスターを、思わずエリカはジト目で見つめてしまう。


「詳しいわね」

「そりゃあ、こっちに来てから日が浅いと入っても分野的には専門だから……少しくらいは勉強もするし、研究もするよ」

「それもそうね。それで?」


 わずかに憤りに近い感情をアスターは抱いたが、エリカが何でも無いように返すので怒るのもバカバカしく感じられ、気を取り直すように地面に図を描き加え始めた。

 今度は、棒人間のイラスト。それとミレスの片方を線で繋いだ。


「存在を確認するべき相手がミレスだけだったら、それでも問題はないんだ。なにせ相手は味方だけだから、警戒する必要はない。でも、ミレスと敵対しているのは人間。つまり、ネーヴァも区別しなくちゃいけない」

「そうね。それがなにか問題でも? ネーヴァの方だって固有の信号を常に出しているのだから、当たり前だけれど簡単に区別できてしまうわよ」

「うん、でもね、こうすると」


 そう言って、アスターは繋いだ線の上をぐしゃぐしゃと打ち消して、新たに『私はミレスです』と書いた矢印を付け足した。


「普通のネーヴァの演算力じゃ、難しいかもしれないけど。エンシスなら、こんな風に出力している信号そのものを偽装してミレスのフリもできるんじゃないかな」


 図と彼の言葉を聞いて、エリカは少しだけ考えるように腕を組む。


「……そうね、考えたこともなかったけど、たしかに出来そうだわ」

「うん、実際に誰かがやるかどうかは別として、理論上はあり得る話だよね。だから、単純に発信されている信号だけを信じるのは、安全じゃないんだ」


 ここまでは良い? とエリカの顔を見上げるアスター。

 エリカは無言で頷き、続きを促す。


「じゃあどうするのがいいか。これを推測だけで話すのは難しいんだけど、旅の途中でたくさんサンプルが取れたおかげで何とか解明できたんだ。ミレスは、お互いの存在を認証し合うために鍵の受け渡しを行ってる」

「鍵の受け渡し?」


 アスターはさらに図を付け加える。

 線で結ばれたミレスの片方が錠前のようなものをもう片方に送り、送られた側がそこに鍵を差し込んでいるようなイラストだ。


「片方が暗号化された文書を送信して、受け取ったミレスは予めインストールされた鍵でそれを復号。結果を送り返すことで、相手側に自身がミレスであることを認証してもらう。こういうプロセスをとっているんだ」


 なるほどね、とエリカは腕を組み直す。

 アスターの理論は筋が通っているし、手間もかからないから実運用に支障をきたすことがない。

 全く底が知れない少年だと、彼女は自分の相棒の姿を改めて観察しようとして――ふと目があった気がして、ばつが悪くなって誤魔化すように地面の図に視線を戻した。


「さて、ここまで説明すればわかると思うんだけど」


 これ以上図解することは無いらしく、アスターは立ち上がって、今度はいつも使っている小型の端末を取り出した。


「もう何度か使ってるから知ってると思うけど、僕が前に作ったハッキング用のプログラム。これで送られてきた暗号を解いてしまおう、っていうのが最後の役割。認証解除なんだ」


 このベルトは外付けバッテリーも兼ねてて、端末を長時間使えるようにしているんだよ、とアスターはポーチを叩いた。

 彼の装備は、本当に見かけによらないらしい。

 全て意味のある、実用的なものであり、決して彼のファッションセンスが壊滅的な訳ではなかったのだ。


「それじゃ、行こうか?」


 ゴーグルを再びかけ直し、アスターは地下への入り口へ踏み出した。

 エリカの前を、先導していくように。


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