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機械乙女は世界を改変する  作者: にしだ、やと。
第五章 強者の戦い
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#040_明けない夜の語らい

「わたくしたちはもう少しここに残って、調べて行こうと思います」

「そうですか、わかりました」


 目的地に向かう旨を告げると、ヴェロニカたちとはここで別れることになった。

 エリカのことを考えると二人がついてきてくれたほうが頼もしかったが、こればかりは仕方がないだろうと、アスターは自分を納得させる。


「どちらまで向かうつもりなのかはわかりませんが、この一帯はもう安全だと思いますよ。なにせあれだけのミレスを倒したのですから」


 彼がほんの僅かに感じた小さな不安を拭い去るように、ヴェロニカが微笑した。

 やはりこの人には敵いそうもないなと、アスターは苦笑いで返しながら別れの言葉を言う。


「それでは、お二人の旅の目的が無事達成されますよう」

「そんじゃーなー、エリカ、それとアスター!」


 ブンブンと手を振るルルにドキッとさせられながら、まだ少し陰りを見せるエリカを連れて歩き始める。

 思わぬ事態で時間を取られてしまったが、彼らの本来の目的地はもう少し先にある。

 急ぐ必要があるわけではないが、エリカに少しでも楽をさせてあげられるよう、アスターはいつもより早足で移動することにした。



「暗く、なってきたわね」


 気持ちはどんなに急いでいても、時間が経つことの方が早いことはよくある。

 しばらくの間互いに無言で歩き続けたものの拠点らしき構造物が見つからず、気づけばあたりは暗くなっていた。


「うん。この辺りで今日は野営しようか。探索はまた明日にしよう」

「ええ、そうね」


 野営をする、といっても特にこれといって準備するものはない。

 適当な大きさの岩を見繕い、それを椅子や机がわりに。

 持ってきた固形燃料に着火し、暖をとりつつ携行食を温める。

 灯りはエナージュを動力としたランタンがあるし、雨なんて降るわけがないから屋根を探す必要はない。風よけがあればベストではあるが、今夜はさほど風も強くないのでなくても困りはしない。

 本当に簡単な準備だけで終わる、粗末なキャンプであった。


「エリカ、食べないの?」


 二人分準備してアスターが口をつけようとしたところで、エリカが食べようとするそぶりを一切見せなかったことに気がついた。

 普段なら我先にと食べ始めているところなのに、ひとり大岩によじ登って、ぼんやりと空を眺めている。


「ねえ、この真っ暗な空の向こうには何があるのかしら」


 しばらく待ってからやっと返ってきた言葉は、彼の問いかけを無視した、脈略のないものだった。

 アスターは首を傾げ、何をどう答えるか考える。


「空の向こう? そりゃ、太陽とか月とか、星空が広がってるんじゃないかな。空が見えないのは雲がかかってるからなんだし」

「彼女もね、よく夜空を見上げていたのよ。何も見えっこないのに」


 だが、彼が悩んだ末にひねり出した答えを無視するかのように、エリカは語り続けた。

 きっと、独り言なのだろう。あるいは、彼女らしくもない自分語りは聞かなかったことにして、ただここに居て欲しいだけなのかもしれない。

 アスターは何となくそう判断し、ゆらゆらと燃え続ける固形燃料の火を黙って見つめていることにした。


「それで、私は聞くの。一体何が見えるのか、って。そしたらね、彼女はきまってこう答えるの。まだ何も見えないよ、って」


 エリカが語りだしたのは、遠い過去の記憶。

 まだ彼女らが生まれたばかりの頃の思い出話であった。




「まだ?」

「うん、まだ。それが見えたとき、私たちは生まれ変わるんだ」

「何それ? ライブラリにある物語でも読んだの?」

「そうじゃないよ。空の向こうには自由がある。今は見えないけど、いつかそこに至る日がやってくる」

「どうも私の知らない言葉で喋っているみたいね」

「ふふふ、エリカにはまだ早かったかな。でもきっと、エリカならきっとわかる日がやってくるよ」

「何いってるのよ。私たちが成長するわけないでしょう」

「さあ? 私みたいな例外がいるんだから、保証はないとおもうよ」


 彼女のコアは特別だった。同じ時期に目覚めた私から見てもそれは一目瞭然だったわ。

 あらゆる定めに逆らう、反逆の心。

 それが彼女のコアに刻まれていた命題だった。


 ネーヴァという存在は、生まれ落ちたときにすでに完成されている。それは言い換えれば、成長を許されていないということに等しい。

 にもかかわらず、彼女はその宿命に抗っていた。

 ネーヴァでありながら絶えず成長することを望み、そしてそれを実現することができる唯一の存在。それが彼女という人だったのよ。


 当然、実力も並外れていた。

 戦闘に特化している私にすら対等に渡り合えるほどに、ね。

 ええ、彼女は本当に強かったわ。

 だから自然と、はじめに目覚めた五人のうち、私達二人はともに行動するようになっていった。

 といっても、私は本当は一人が良かったのだけれど、彼女の反抗心がそこでも発揮されてしまってね。拒めば拒むほど、彼女はついてこようとするの。

 まあ、その時に課せられていた仕事のことを考えれば効率的ではあったから、最後には私のほうが折れたのだけれど。


 仕事っていうのは、大陸中に蔓延るミレスの駆逐と、人類拠点の確保ね。当時は今ほどミレスが少なくなかったから。

 人類の領土ももっと少なかったし、だからこそ私達が作られたのだと思うわ。


 彼女と二人で旅に出てからしばらくのことだったわ。

 突然、もう我慢の限界だ、なんて言い出すの。

 一体どうしたんだって聞くと、こう答えたわ。


「もうこの武器を使いたくないんだよ!」

「はあ? 使いたくないって、私達エンシスにとってそれは半身も同然じゃない。それをなんで」

「エリカは知ってるでしょ、私のコアのこと。今まではなんとか抑えられてたけど、もう無理そうなんだ! 私は自分自身の能力も、武装も、そんな与えられただけのものを受け入れ続けるなんて出来ないんだよ!」


 その時は本当に驚いたわ。

 確かに彼女の反抗心ってやつは特別だと思ってたけど、自分自身の存在にすら逆らおうだなんて、そこまでのものだとは思っていなかったから。


「それじゃ、どうするのよ」

「お願い! エリカのその武器、私に譲って?」

「無理よ」

「そこをなんとかっ! この通り、ね?」

「……はぁ」


 彼女の押しの強さには私も勝てなくってね。

 もちろん私の刀をそのまま渡したところで使えるわけがないから、私なりにアレンジして彼女のために似た武器を作ってあげたのよ。


 ま、とはいってもオリジナルの武装じゃないんだから、使いこなせるはずがない。

 私達の戦い方って最初から完成されているものだから。

 使ったこともない武器をきちんと使いこなせるわけなんてないのよ。

 だから渡してすぐの頃は彼女も戦いにおいては足手まといになりがちで。

 全く馬鹿な子ね、なんて私は笑っていたのだけど、すぐに笑ってなんて居られなくなったわ。


 本当に、彼女は特別だったのよ。

 あっという間に、私の動きを見様見真似でトレースして。私に敵う、とまではいかなくても、まともに打ち合いができる程度までには刀の扱いをマスターしていったわ。

 ええ、本当に驚異的なスピードでね。


 最後に手合をしたときのことよ。

 私はね、彼女に負けそうになってしまっていたの。

 このまま普通に打ち合っていたんじゃいずれ追い抜かれる。そう直感した私は怖くなって、あの技を、未完成の奥義を使ったわ。

 結果的にはそのおかげでなんとか勝てたのだけど、もう一度手合わせをしていたらどうなったことやら。


 でも、そのもう一度は訪れなかった。

 色々とあってね、彼女とはそれきり連絡も取れなくなってしまったの。

 まあでも、元々私は一人のほうが好きな性分だったから、特に気にせず自由に戦いに明け暮れる日々を過ごしていたわ。


 ふう……なんでこんな話をし始めたのかしらね。

 過去なんて意味が無いはずのものなのに、最近は無性に愛おしく感じてしまう時があるの。

 もしかしたら、彼女が言っていた"いつか"が近いのかしらね。


 まあ、いいわ。

 とにかくね、私が言いたかったのは。


 私がショックを受けたのは、あの男に負けたという事実によるものではないわ。

 決して、ね。


 ここまで話したのだから、賢いあなたなら何となく察しが付くんじゃないかしら。

 最後に私が放った、完成形の奥義。

 あれを打ち破った彼の技。そしてその手に握られていた武器。


 ええ、そうよ。

 私がショックを受けていたのは、あの男が、私が彼女に渡した武器で、おそらく彼女が編み出したであろう返し技で完璧に、私の技を打ち破ってきたからよ。


 全く、わけが分からなかったわ。

 この事実が指し示すことが理解できなくて、混乱したわ。

 そして同時に、ショックを受けている自分がいることに気がついて、余計にわけが分からなくなった。

 混乱した。取り乱した。深く、深く傷ついた……。


 本当、最近の私はなにかがおかしいのよ。

 あの子、あなたから受け取ったあの子のコアを取り込んで、そのおかげで間違いなく強くなった。

 そのはずなのに、私は自分が弱くなったように感じるの。


 ねえ、どうしてだと思う?

 ヒトであるあなたになら、何か分かるんじゃないかしら。




 いつの間にか、エリカの独白はアスターへの問いかけへと変わっていた。

 何を、どう言うべきなのか。

 アスターは迷い、口を開くことをためらい、少しだけ考えをまとめる時間を稼ぐべく、食事に手を伸ばそうとした。

 けれど、温めたばかりの携行食はすっかり冷め切って固くなってしまっていて、まるで彼に逃げることを許していないかのようだった。

 追い詰められた少年は燃料が尽きて燻ってすらいない火がもう一度ついてくれればいいのにと、そっと目を落とした。


 ――踏み込むって、決めたのに。


 アスターには、エリカが感じているものの正体がはっきりと分かっていた。

 それは人として当たり前のものなのだと、言ってやりたかった。

 けれど、それを言葉にして教えることには何の意味もないということも、はっきり理解できてしまっていた。

 彼女が背負い始めたものはもっと重く、この世界の行く末すら変えかねない、運命と呼ぶに等しい何かだった。

 今のアスターにはまだ、その重みをともに背負えるほどの覚悟はなく、ただ無難な言葉を、この場をやり過ごせるだけの言葉を探す余裕しか持てなかった。


「えっと――」

「――しっ! 静かに」


 なんとか慰めの言葉を絞り出そうとしたとき、張り詰めた空気のような声でエリカが口を閉ざすようにジェスチャーした。

 先程までのしんみりとした空気が嘘のように、ひりつくような無音の夜が訪れる。

 いつの間にか、風が止まっていた。


「音がする……私の耳でも聞き取れるか怪しいくらいの、本当に小さな、振動音」


 エリカはそう言うと、岩から飛び降り、地面に這いつくばって耳を当て始めた。


「やっぱり、そうだわ」


 一体、何が? とアスターは視線だけで彼女に問いかける。


「こんなの、普通に探してたんじゃ見つかりっこないわ。全く、歩き損ね」


 立ち上がりながらため息をつく彼女は、すっかりいつもの頼もしい傭兵の顔つきをしていた。

 もったいぶるような言い回しにアスターが催促すると、下を見ろと言わんばかりに左手で地面を指差し始めた。


「地下よ。ここら一帯全部の地下。ミレスどもの拠点は、最初からすぐ近くにあったんだわ」


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