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機械乙女は世界を改変する  作者: にしだ、やと。
第五章 強者の戦い
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#037_必殺の檻

 一撃で、決める。

 一切の無駄話を好まないとでも言いたげな目の前の男の態度に、私も無駄な労力はこれ以上割くまいと、そう決断した。


 ついさっきは偶然振り向いた男の剣に奇襲を受け止められたみたいだったけれど、二度目はないでしょう。

 どんなに未知数の強さを持っていたとしても、この目の前にいる男が――例えヒトの皮をかぶった得体のしれない何かだったとしても――全力の私の速度についてこれるわけは、ない。

 だからただ一撃、いつもどおりに斬り捨てればいい。それだけだわ。


 愛用の刀をそっと握り直し、正眼に構える。

 男を両断するのに最適な経路を計算し、訪れる未来の可能性を全て予測、演算する。

 奴はネーヴァではない。それだけは確信をもって言える。だから私の初動を知覚することは絶対に、できない。

 ええ、そのはずだわ。


 全てのシミュレーションを終えた私は勝利する次の瞬間を確信すると地面をほんの僅かに蹴って――加速した。


 実時間にしてみれば雲耀。

 男が様子見をしている間に私は間合いを完全に詰め、刀を振りかぶる。


 ――もらった。


 そう確信しながら極めて単純で最も効率の良い軌道をなぞるよう、刀を振り下ろそうとする。


 だが、その瞬間。

 私はあり得ないものをみてしまった。


 いや、あり得ないものは存在しない――私が物理法則を全て無視して、私の速度という値を自由に改変できるように――この世界の強者というものは、あり得ないことこそやってのける。

 そんな単純で、私達にとっては当たり前すぎる事実を考慮していなかった私が目にしたのは、虚空を見つめているはずの男の瞳がゆっくりと動き、確かに私を――加速しきって常人には捉えることの出来ない世界に存在する私の姿を――捉えたところだった。


 ――どうする、攻撃を中断する?


 ほんの一瞬、迷いが生じる。


 ――いいえ、無意識に瞳が動いてしまっているだけに決まっているわ。


 剣筋を鈍らせる余計な思考処理を強引な解釈で例外として処理し、読まれている可能性のある軌道のまま刀を振り下ろす。

 男を殺さず勝利するため、右腕を斬り落とすよう、振るう刀に自身の能力をこめて。


 けれど私は待っていた未来は――。


「それが貴様の全力か?」


 空を斬る感触と、駆け抜けた後方から聞こえる、どこか退屈そうな低い声だった。


 ――偶然じゃ、ない!?


 咄嗟に、速度を操作して男の立っていた位置から素早く距離を取る。

 振り向いて体勢を立て直すと、当然のように男は大剣を(もてあそ)びながらこちらを眺めていた。


「その程度の速度に俺がついていけないと、本当にそう考えているのか?」


 ――やはりこの男、何かがおかしい……!


 二度の回避が偶然の産物ではないのなら、一体どうやって私に追いついているっていうの?

 わからない。

 やはりさっきからずっと流れ続けている、この不可解なログの意味を考えるしか……。


 それは、初めに接触してから感じ続けている存在の違和感。矛盾だった。


 ネーヴァなら出しているはずのあらゆる信号が、男の体からは一切感知できていないという事実。

 このことから、私は男がネーヴァではないと判断した。

 一方で、この男に対して、あのときは本当に無意識的に斬りかかってしまったのだけれど――それが出来てしまった、という事実。

 ヒトであるとコアが判断しているなら、私が彼に斬りかかれるわけがないというのに。


 システムの誤作動も考えた。けど、他の存在に対するシステムの反応はいたって正常なままだ。

 本当に、この男は一体何者なのだろう――。

 不可解な観測結果に、思考がループしはじめたときのことだった。


『私達が誰かなんて、そんなに重要なことなのかな?』


 不意に、かつて剣を交えた少女の言葉がフラッシュバックした。


 そうだ。

 今考えるべきは、彼の正体そのものではない。それはこの男を下した後で、きっちり問いただせばいい。

 私が今考えるべきことは、どうやってこの能力不明の強敵を倒すか。ただその一点のみだ。


 そう考えると、不思議とすっきりとした気持ちになれた。

 確かにこの数百年、私の敵になるような存在は現れてこなかった。

 どんな敵も、全力の速さについてくることはなかった。

 けれど、生まれてから一度も負けたことがないわけじゃない。


「私の速度についてこれたのは……そう、あなたで二人目ね」


 あの時の記録を、呼び戻す。

 私が唯一、完全な負けを認めた少女。

 同じエンシスの中でも、私以上に戦闘に特化した最強の少女……。


 ――ああ、彼女は今頃どうしているのかしら。


「何を笑っている?」

「笑っている? 私が?」

「他に誰がいると、いうのだ」


 対峙する男は、人間味を不意に思い出したかのような表情をしていた。

 戦闘中にそんな顔をする相手とあったのは久しぶりだ、とでも言わんばかりに。

 あるいは、この男も誰かを思い出しているのかもしれない。


「そうね……最近忘れかけていた感覚を思い出せて、私のコアが悦びにふるえているのかもしれないわね」

「そうか。貴様の存在理由はそうであった、か」


 そう、多分私は悦んでいる。

『ただ戦いのために生きよ』という、コアから発せられ続ける絶対的な命令を遵守できる、私の存在理由を証明するに相応しい強敵との邂逅。

 蹂躙するだけの退屈な敵では味わえないだろう、戦闘が生み出す甘美な味わい。


 ――ああ、彼の依頼を引き受けてよかった。


 違う戦場を求めて引き受けただけの、けれど何かを予感して引き受けた出自不明の少年の護衛任務。

 これだから、傭兵稼業はやめられない。


「ふぅ……」


 わざとらしく大きく深呼吸して、昂り続けるコアを落ち着かせる。

 私達ネーヴァに、昂揚感は不要。

 今は目の前の敵に集中し、勝利するための戦略を練ることに演算領域を割り当てる。


「感傷に浸るのは済んだ、か? ならばネーヴァらしく、機械らしく、戦って、見せよ」


 男のその言葉を合図に、今度は男の方から斬りかかってきた。

 大剣を後方に振りかぶりながら彼我の距離を詰めてくる。横薙ぎの一撃だ。しかし、私の攻撃を回避したときのような速さはない。


 私は予測する。

 回避は簡単だけれど、そうすることを前提に攻撃している可能性が非常に高い。

 それならいっそのこと受けてしまったほうが、敵は二撃目に繋げにくいでしょう。


 だけど。私は考える。

 気がかりなのは、あの大剣が有しているであろう能力。

 あんな構造をした剣なんて、見たことも聞いたこともない。一体どんな隠し玉があるのか。あるいはそもそもあの大剣にこそ私の速度に追いつけた秘密があるのか。

 その正体がわかるまでは、迂闊に打ち合いをするべきではないかしら、ね。


 そこまでを瞬時に演算し、私は十分に安全をとって飛び退く選択をとった。

 振り抜こうとする瞬間を見極め、小さく男の手元目掛けて飛び、大剣を握っている右手を踏み台にして大きく飛び上がる。


「ふむ」


 宙返りしながら距離をとるその最中、視界の奥では男の振り抜いた大剣が方向を強制的に変えられ、地面を激しくえぐるところが見えた。

 さすがにあれでは用意していた二撃目は繰り出せないでしょう。

 着地しながら、感心する男を再び正面に捉える。


「敵の能力の正体がつかめないうちは単純な回避をせず、次の一手を封じつつ避ける、か。聞いていたとおり、確かに、良いセンスをしている」

「それはどう――もっ!!」


 小声でつぶやく彼の台詞を無視して、私から攻撃を仕掛ける。

 左手を大きく振り上げながら投げつけたのは、即興で生み出した大ぶりの短剣だ。生成と射出、加速をほぼ同時に行い、男の意表を突く。


「ふん」


 しかしこの攻撃は当然のように、男が軽く振った大剣によって打ち落とされてしまう。

 雑魚であればこの攻撃だけでも十分仕留めることは出来ただろうが――彼の実力からすればこの結果は十分妥当な範囲内か。


「何かと思えば短剣を投げてきただけか……つまらん――む?」


 だけど、私の狙いはあくまで男の注意を逸らすこと。

 彼が飛んできたモノの正体に気を取られたほんの一瞬の隙に、私は既に次の行動へと移っていた。

 地面を真横に蹴り出し、男が円の中心となるようにぐるぐると走り回る軌道で加速する。

 砂煙が少しずつ巻き上がっていき、正確な居場所を隠すヴェールとなっていく。


「なんのつもりかは知らぬ、が。それで死角を狙うつもりであれば、無駄だ、と言っておこう」

「さあ、それはどうかしらね」


 無駄だ、と断言している割に、男が先程よりも警戒心を強めているのが感じ取れた。

 やっぱり――と私は強く確信した。

 この男は、そう長い時間、私と同じ速度でものを捉え続けることが出来ない。


 現にこうして走り回っている間、男の視線が私から離れる瞬間が時折生まれているみたいだった。

 先の奇襲でもただの短剣だと分かっていたのなら、あんな風に打ち落としてから正体を確認するなんてこと、この男ならする必要はなかったはずだわ。

 おそらく、このあたりに攻略の糸口がある。

 なんどか左手を大きく振り上げてみても彼が反応することはなかったから、それは間違いないでしょう。


「……なるほど。確かにこの砂煙の中で絶えず動き回られてはいくら俺でも貴様の正確な位置を捉え続けることは、難しい、だろう。が。貴様とて、いつまでも走り回っていられるわけではない、だろう」

「……」


 実時間にすれば、走り始めてからせいぜい八秒といったところ。

 奴の問答自体が私の動力切れを狙ってのことでしょうし、そろそろ頃合いかしら。

 次に口を開いたその油断を狙って、斬り込む。


「図星か――」


 ――ここっ!


 嘲り笑うように男が口を開いた瞬間を狙い、私は()()()()()()()()()彼の死角から接近する。繰り出すのは、限界まで低くした体勢からの斬り上げ。反応することも、対応することも絶対に許さない……!


「甘い――」


 確信を持って斬り上げた瞬間、激しい金属音が鳴り、火花が飛び散った。

 やはりこの攻撃すら凌いで見せるか――。

 想像を絶する反応速度と剣捌きに素直に感動し、同時に私はつい笑みをこぼしてしまう。

 なにせ、まだ私の攻撃は終わっていないのだから。


「何を笑って――なぬっ!?」


 弾かれそうになる刀に力を込め、男の動きを一瞬封じ込める。

 狙いはここだ。

 この瞬間を狙って、私はすでに次の一手を、必殺の一手を仕込んでいる。


 男が状況を理解した直後、私の刀を受け止めたことで生まれた別の死角から、無数の短剣が飛んでくる。

 いや、短剣というよりは針と呼んだほうが相応しいかもしれない。細く、鋭い、ただ獲物を穿つことだけに特化した極めて単純な武器。


 ここまでのやり取りは全て、この必殺の攻撃を当てるためのお膳立てに過ぎない。

 走り回りながら砂煙を巻き起こし、男の視線がそれる瞬間を見計らって砂煙の中に針を紛れ込ませていく。

 投げ出した針は私の能力で限界まで減速すればこの世の理を外れ、空中をのろのろと這いながらも重力を振り切って飛んでいるかのように振る舞う。

 あとはそれを時間の許す限り何度も何度も繰り返せば――あらゆる敵を喰らい尽くす必殺の檻が完成するというわけ。

 これこそ、私が仕込んでいた必殺の一手。消耗も多いからそう何度も使えない、切り札の一つだわ。


 正直なところ、私自身、この攻撃に捕まってしまえば逃れるのは難しいでしょうね。

 それだけ自信をもっている必殺な攻撃ではあるけれど――いや、だからこそ、かしら。

 この男が果たしてどう対処するのか、本当に楽しみに感じている私がいるようだった。


 計算通り攻撃が着弾しそうなのを確認すると、最後のひと押しとして、男の剣を土台にして飛び退き、距離を取った。

 そして怪しげに瞳を紫色に光らせる彼が檻の中央で体勢を立て直そうとしているのを確認し、高らかに宣言する。


「喰らいなさい――報復する鉄の処女(アンサラー)


 瞬間、接近していた針の嵐がさらに加速し、轟音とともに降り注いだ。


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