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機械乙女は世界を改変する  作者: にしだ、やと。
第四章 旅路の出会いと友
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#029_アスターの才

「アスターさん、ずっと気になっていたのですけど、一体何をなさっているのですか? 随分と熱心に操作しておられますけど……」

「……これですか? えーと」


 ひび割れた大地を駆ける車内で、耐えかねたようにヴェロニカがアスターに話しかけた。

 問いかけられたアスターの様子を見てみれば、運転を彼女に一任したことで空いた時間を無駄にしないようにするためか、フェリから貰った小型情報端末を起動して作業しているところだった。

 その内容について、ヴェロニカに教えてしまってもいいものかしばし逡巡する。


「差し支えあるようでしたらお答えいただかなくても結構ですよ。単なる興味本位ですので……」

「ああいえ、そういうわけじゃないんですけど」


 しかし申し訳なさそうにヴェロニカがそう言えば、アスターの方もなんだか申し訳ない気がしてしまう。

 一体どうしたものか。

 そもそもこれは極秘の仕事というわけでもないとアスターは思っているし、この作業自体、彼が勝手にやっていることでもある。

 結局悩むだけ仕方ないだろうと、今自分が一生懸命作り上げているものについて簡単に説明することにした。


「今作っているのは……そうですね。いくつか機能はあるんですが――実際に見てもらったほうが早いかもしれません。すみませんがヴェロニカさん、何か鍵のかかるようなものはありますか? もちろん電子ロックタイプの」

「鍵、ですか? そうですね……ではこちらを」


 アスターが頼むと、ヴェロニカは訝しがりながらも懐から何かを取り出した。

 温和そうな彼女には似つかわしくない、無骨なデザインの金属製の物体だ。


「ええっと、これは……?」

「あら、このままではわかりませんよね。えっと、ここをこうして……少し右手を拝借しますね」

「?」


 彼女は車のハンドルを制御しながらも器用に左手だけでその物体をいくつか操作し、おもむろにそれをアスターの右手にあてがう。

 すると板状の金属片からピピッと小さく電子音が鳴り、その形状を変化させた。


「っ!?」


 予想外の出来事に驚愕するアスター。

 その右手首に、金属製の腕輪が着けられていた。

 重さはそれほど感じられないが、明らかな異物感にアスターはひどく息苦しさを感じ、一体何をされたのかとおずおずと尋ねる。


「こ、これは……?」

「驚かせてしまいましたね。これはわたくしがよく使っている拘束具でして。設定次第で色々と出来て便利なんですよ」

「よく使ってる……拘束具?」

「ええ、何か?」

「い、いえ……」


 色々と聞きたいことはあったが、彼女の浮かべる笑顔がなにかとてつもなく恐ろしいもののように感じられて、アスターは口をつぐんでしまった。


「それで、一体何を見せて頂けるのでしょう? ちなみにこの拘束具なんですが、解錠せずに一定時間放置しておくと爆発する設定になっておりまして……」

「えっ!?」

「冗談ですよ」

「お、驚かせないでくださいよ……」

「ふふふ、すいみません。アスターさんはなんだか反応が面白いので、つい」


 まさか彼女が冗談を言うなんて思いもよらず、アスターは狼狽えてしまう。

 そんな彼の様子を横目で眺めて、ヴェロニカは随分と楽しげな様子だ。


「それで、一体何を見せて頂けるのでしょうか? まさかとは思いますが……」

「そ、そうでしたね。ヴェロニカさんのご想像の通りだと思います。――ええと、これで端末と接続状態にして……」


 気を取り直したアスターは即座に作業に集中し始め、テキパキと自作プログラムを起動させていく。

 端末の画面上にプログラムの動作ログが流れ始めるとアスターはそれらを適宜目で追いつつ、入力が必要な箇所が現れれば迷いなく一瞬のうちに操作を済ませていく。

 やがて片隅に表示され続けていた進捗を示すバーが右端に到達した時――静かになっていた車内に小さな電子音が鳴り響いた。


「……まさか」

「ふう、実機テストは初めてだったので不安でしたが、うまくいったみたいですね」


 ほっと一息をつき、解放感からか何となく右手首をさするアスター。

 当然のように、その場所には先程まで着けられていた拘束具は存在していなかった。



「このレベルの鍵で三十秒ってところ、か。もう少し高速化したいけどそこまでする時間はなさそうかな」

「ええっと……一応確かめておきたいのですが」

「はい、なんでしょうか?」


 自作プログラムの出来について、自分の中だけでブツブツと評価を下し、改善点などを脳内に描いていると少しばかりの放心から帰ってきたヴェロニカがおずおずと口を開いた。


「多分、私はロックを解除したつもりもありませんし、かけ忘れたということも無いと思うのですが……アスターさんのそちらの端末でこじ開けてしまった、ということでしょうか?」

「正確に言えばこじ開けたというのは適切な表現じゃないと思うんですが、認識としてはその通り、ですかね。簡単に言ってしまえば、これに組み込んだ機能の一つに電子ロックを解除する、というものがありまして」

「それを……この数日の間に?」

「ええ、まあ」


 アスターにとっては自信作であったが、しかしこの程度のプログラムなら作れる人物も多くはなくともそれなりの数いるだろうと、ヴェロニカの質問に対して謙遜気味に答えていく。

 きっと彼女はあまりこの方面に詳しくないから大げさに驚いているのだろうとこの時は思っていたのである。

 しかしそれでも、彼の精神は完全に謙遜し続けるにはいささか幼かったようで――続けて開いた言葉の端々からは自信のほどが滲み出ていた。


「僕たちが今受けている依頼で必要になるかもと思いまして、せっかくヴェロニカさんが運転を代わってくれたので作ってみることにしたんです。この手のプログラムにはいくつかアプローチがあるんですが――」


 いつになく饒舌に話すアスターの話を、ヴェロニカはほとんど聞いていなかった。

 彼が話す内容が専門的であまり分からなかったというのもあるが、それ以上に彼がやって見せたことがとても信じられなかったというのが大きい。


(先程は冗談なんていいましたが、この拘束具には正規の鍵を使わずに開けようとすると本当に爆発する仕掛けがしてあったのですが……それすらすり抜けて解錠してしまった、ということでしょうか。そもそも接続した時点でわたくしが持っているコントロール用の端末に通知が来るはずなのですが……ふふふ、何にせよ面白いことになってきたかも――ああいえ、これはいけませんね。家名のこともありますし……彼のことは一層注視しておくべきかもしれません)


「――というわけで、少し作るのに苦労しましたが、こうして無事動作したみたいでよかったです。……あ、もちろん決して悪用はしませんよ? 他の人には使えないようにロックもきちんとするつもりですし……」


 ヴェロニカが考えにふけっている間に、アスターの方も制作秘話を早口で語り終えたようだった。

 彼に聞いていなかったなどと思われないよういつもの表情を保ちながら、ヴェロニカはまた彼をからかうつもりで追加の質問を投げかける。


「先程これが必要になるかもと仰っておりましたが……まさかどこかへ押し入る予定があるということでしょうか?」


 この問いかけには調子に乗ってきていたアスターも突如として冷水を浴びせられたような気持ちになり、つい黙り込んでしまう。

 もちろん冷静に彼女の様子を見てみれば、アスターを問い詰めようとしているわけではないということはすぐに分かる。

 しかしそれでも、しまった、と彼は思わざるを得なかった。

 必要にかられて作り始めたものの、アスターにはまだ良心の呵責というものがあったのだ。

 どこかへ侵入しようとすることが悪い事のように感じられ、今更ながら後ろめたさを覚えたのである。


「私達が何をしようとあなたには関係のないことでしょう。安心なさい、少なくともあなたたちクレイシアに手を出そうなんて話じゃないから」


 アスターが一人でいたたまれない気持ちに包まれていると、そんな雰囲気をさらりと吹き流すかのようにエリカの声が流れ込んできた。

 彼女は外に行っていたはずなのだが、一体いつから話を聞いていたのだろうか。


「もちろん心得ておりますよ、エリカさん。それとお掃除の方、結局やっていただいてありがとうございます」


 しかし彼女が割って入ってきたことに対し、ヴェロニカは何の疑問も抱いていないようだった。

 特別驚いた様子もなく、それまでの話題を忘れてしまったかのように、エリカとのお喋りに興じ始める。


「ふん、構わないわ。戦うのは好きだし、あの娘に任せてたらいちいち車を止めなきゃいけないじゃない。それは効率が悪いわ」

「提案を聞いたときはまさかと思いましたが……本当に走行中の車からそのまま飛び出して追いついて戻ってくるだなんて。ルルには出来ない芸当ですね」

「ま、そうでしょうね。いくらネーヴァ・エンシスの基本性能が良いからって、最新式の装甲車に追いつくのは骨が折れることだわ」


 そう言うエリカは態度こそツンとしているものの、随分と鼻が高い様子だ。

 ヴェロニカたちが同行することになった日には随分と彼女らを警戒していたようだが、今ではすっかり打ち解けて気楽に接しているようにも見える。


「本当に、エンシスの皆さんは素晴らしい能力をお持ちですよね。全く、ヒトとしては羨ましい限りです。もっとも……同じヒトでも飛び抜けた才能をお持ちの方もいらっしゃるようですので、ネーヴァだからなんて話にするべきではないのでしょうね」


 その言葉の後半は平時より少しばかり小声で呟かれた。

 自分自身の才能に気づいていない少年に対する当てつけのつもりなのか、あるいはその逆で嫌味に取られてしまわないよう、聞こえないように気を使ったつもりなのか。

 どちらにせよ、当の本人は全く気がついた様子はなく、自身がしてしまうかもしれない悪行に対する葛藤のさなかに未だいるようであった。


「確かに、同じエンシスの中でも強さには差があるんだもの。ヒトにだってそういうのがあってもおかしくないわね」

「強さ、というよりは能力の相性の問題のようだと、わたくしは感じているのですが……違うのでしょうか?」

「ええ、もちろんエンシス同士で戦えば相性は大きな問題として関わってくるわ。けれどそれを抜きにしても、絶対的な格の違いのようなものがあるのよね……忌々しい限りだわ」


 忌々しい、と呟くエリカは何かを思い出しているようで、ルルに対するものとは全く違う、どこか悔しさを覚えているような苛立ちをその顔に浮かべていた。

 その表情を見た者はこの車内には誰もいなかったものの、声音からただならぬ気配を感じ取る者はいたようだ。


「ごめん、あんまり話を聞いていなかったんだけど……エリカさんでも勝てない人がいるっていうことなのかな。その、ルルさんみたいな感じじゃなくて」

「あら、それはとても気になりますね」

「……言いたくないわ」


 二人に興味を向けられると、エリカはぼそりとそれだけ言って、窓の外の風景を眺め始めた。

 彼女の視線の先には相変わらずなにもない荒野だけが広がっていて、一体あとどれだけ進めば人里にたどり着くのか、その風景だけからでは決して予想することはできなさそうだった。


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