#002_隠された部屋で
あの後すぐ、二人はルードベック家の敷地の外れの方にある、とても古い倉庫にやってきていた。
初代当主の時代からあるというこの建造物は老朽化がかなり進んではいたものの、どことなく威圧感を感じるような趣であった。
「たしかこの辺りの……、あの箱の下だと思います」
「了解、動かしてみるよ」
倉庫内でリリィが示した場所には大きな箱が置かれていたが、幸いなことにそれほど重くはないようだ。
力仕事にはそれほど自信がないアスターだったが、難なく箱を退かすことができた。
箱の下から現れたのは、小さく紋章が刻まれた床板だった。
念の為、機巧の光を壁に照射して、細部まで違っていないことを確認する。
「本当にあった……間違いない、この模様だ」
二つの紋章が完全に同じものだと確認できると、アスターは周囲の探索を開始した。
もしこの二つの紋章になにか意味があるのなら、なにか隠されたものが――例えば隠し扉のようなものが――あるはずだと考えたのだ。
倉庫内は物に溢れていたが、古い割には整理が行き届いており、探索はそれほど難航しなかった。
しかし、いくら調べても特にそれらしいものは出てこなかった。
開くための仕掛けはおろか、隠し扉があるならあって当然の痕跡すら見当たらない。
「うーん、どうしてこんなところに模様だけ描かれてるんだろう。意味がないとは思えないけど、仕掛けらしい仕掛けも見当たらない」
「二つの紋章を合わせたらどうでしょうか」
絶対に何かあるはずだと、諦めきれずに床を叩いたりしていると、リリィがふと思いついたようにそんなことを言った。
なるほど確かにそれは試す価値があるかもしれないと思い、アスターは立ち上がり、機巧の光が床の紋章にぴたりと合致するように投影を始めた。
少し手間取りながらも焦点を合わせ、床の紋章と光の紋章、二つが寸分のズレもなく重なった瞬間――抑揚のない音声が室内に響き渡った。
『――認証に成功しました。ロックを解除します』
変化はすぐに現れた。
軽い地響きが起こり、何もなかった床板を数本の線が切り開いていく。
突然の出来事にアスターは驚き声を失ってしまうが、地響きが収まる頃にはなんとか落ち着きを取り戻すことができた。
そして、これ以上何も変化が起こらそうだと判断すると、部屋におきた変化をゆっくりと確認し始めた。
「これは……地下への階段?」
仕掛けによって現れたのは、床下に隠されていた階段だった。
一体どこまで続いているのかわからないほど先の見えない、長い長い階段。
ぼんやりとだが足元を照明が照らしているため、危険はないのだろう。
しかし、彼はなかなか降りていこうとはしなかった。
未知の領域に勇んで踏み込むほどにアスターは勇敢ではなかったし、また慎重な彼の頭の中を幾つもの考えがぐるぐると走り回っていたからだ。
この階段を降りた先には一体何が待っているのだろうか。
これだけ巧妙に隠されていたものを暴くような真似をしていいのだろうか。
気になりはするけれど、本当にこの先に行くべきなのだろうか。
「アスター様、降りてみましょう」
「リリィ?」
アスターがどうするべきか悩み続けていると、落ち着いた様子で彼女が提案してきた。
「きっとアスター様がこの階段を見つけたことには意味があると思います。だからこの先に何が隠されているのか、その目で確かめるべきだと思いますよ」
リリィが言っていることはもっともらしかった。
けれどアスターにはまだ勇気がなかった。
この先に進んでしまうと、この平穏な日常から離れていくような気がしてならなかったのだ。
「大丈夫です、私もついていきますから。怖いことはないですよ」
そんな彼の内心を察したのか、リリィはいつものように優しげに微笑んだ。
どこに行っても、傍には私がいますからと言っているような笑顔だった。
「……そうだね。行ってみよう」
階段はやはり随分長く続いていた。
もう上を見上げても倉庫の天井は見えなくなってしまっていたが、少なくともこの先に何があるのか見てからではないと帰れないと思い、アスターはひたすら階段を降り続けた。
彼が少し疲れを感じ始めてきた頃、唐突に階段は終わりを迎えた。
目の前に大きな扉が現れたのだ。
「頑丈そうな扉だ……どうやって開ければいいんだろう」
「アスター様、あれではないですか?」
リリィが指さしていた先を見ると、そこには小さな台があった。
人の腰ほどの高さに据え付けられていて、よく見てみると上面が手のひらのような形に掘られている。
「ここに手をのせろってことかな?」
言いながらリリィの方を見ると頷いているので、試すだけの価値はあるだろうと思い、意を決してアスターは右手を窪みに合わせるようにそっとのせる。
その瞬間、
「痛っ」
ピシリと刺激がアスターの人差し指の先端に走り、思わず台座から手を放してしまった。
一体何だったんだろうと思いながら痛みのあった指先をみると、じんわりと血が滲み出していた。
「大丈夫ですか?」
アスターの怪我に気がついたリリィがすぐさま駆け寄ってきて、傷の具合を確認しながら心配そうな声をあげる。
「うん、痛かったけどもう血は止まりそうだし大丈夫。棘でもささったのかも」
「よかったです、アスター様をお守りするのも私の務めだと言うのに……」
「リリィは大げさだな。そんなことよりあの台はなんだったんだろう。結局扉は開きそうもな――」
そう口にしかけた瞬間、再び抑揚のない音声が響き始めた。
『――認証に成功しました。ロックを解除します』
「……開いたね」
なぜ扉が開いたのかアスターには今ひとつ分からなかったが、開いたのならそれでいいかと深く考えないことにした。
扉の向こうは暗く、中の様子はここからでは伺えない。
ここで躊躇していても仕方ないと、アスターは意を決して待ち受けていた部屋へと足を踏み入れていった。
「これは……一体……?」
部屋に入ると同時に扉が閉まり、真っ暗だった部屋に照明が灯る。
驚くアスターの目に飛び込んできたのは、壁や天井から無数に生える用途不明の機巧の数々だった。
それらは稼働している様子は一切見受けられないものの、アスターたちが部屋に入った途端照明がついたことを考えると、少なくともこの部屋の電源系やセンサーの類は生きているのだろう。
「アスター様、あの台座は何でしょうか?」
リリィが指さしていたのは、部屋の中央に鎮座する巨大な台座だった。
見たところ数十人は乗れるだろう大きさで、人が登りやすいように前面には階段が備え付けられ、側面には幾つものケーブルが接続されている。
また、台座の真上の天井に目を向ければ台座とちょうど同じ大きさの円盤のようなものが吊り下げられており、円盤下部には複数のレンズらしきものが取り付けられている。
おそらく、これがこの部屋のメインの装置なのだろう。
「見ただけじゃ何のためのものか分からないな……操作盤はこれかな。何か情報が見つかるといいけど……」
そう言って、ケーブルの先で見つけた操作用のコンソールをいじり始めるアスター。
機巧士としての経験と自身の直感を頼りに十分ほど試行錯誤したのち、制御装置の起動になんとか成功した。
「ええと……二地点座標交換型実存在転送装置……? 運搬用の装置ってことかな」
起動したコンソールに浮かび上がってきた情報からわかったことは、装置の名称と、使用するためには鍵が必要らしいということだけだった。
「鍵か……ここに差し込むみたいだけど、これ鍵穴って言うよりはなにか箱をはめておく為のものにしか見えないけど」
そこまで呟いたところで、アスターは自分が箱状のものを一つ持っていることに気がついた。
まさかと思いつつも、試すだけならそう危ないことはないだろうと安易に考え、それを手にとった。
目算では入るかどうか微妙な大きさの穴だったにもかかわらず、光を放つ機巧の箱は驚くほどにスルスルと穴に入っていき、ピタリとはまってしまった。
「入った……まさかこの機巧はこのための……?」
たまたま手に入れたものが鍵だったこと、そして複雑な機巧を装置の鍵として使うという発想にアスターが驚き感心していると、室内がにわかに騒がしくなった。
先程まで沈黙していた幾つもの大型機巧が動き出したのだ。
『――最終認証に成功。これより転送シークエンスを実行します。対象は装置上に静止してください』
「転送を実行って……リリィ! そこから早く降りて!!」
機械音声が案内を開始した時、リリィはちょうど台座の上に乗って辺りを観察しているようだった。
それに気づいたアスターは慌てて彼女に降りるよう指示するが、何が起こっているのか良く分かっていないのかキョトンとした様子で首をかしげていた。
「アスター様? これは一体なにが?」
「説明は後でするから! 早く! どこにつながってるのかもわからないのに……ああ、止める方法はどっかにないのか?」
「すいません、音がうるさくてあまりうまく聞き取れず……」
どうやら起動した機巧の駆動音が思ったよりも大きいらしく、アスターの声が彼女の元までハッキリ届いていないらしい。
『実行完了まで残り20カウント……』
音声アナウンスが響き、その意味を理解したアスターはますます焦ってしまう。
必死でコンソールをいじるが止める方法は見つからず、声を上げても機巧の音に邪魔をされてしまう。
もしもここで彼が冷静になり、室内に用意されたマイクとスピーカーに気づいていればそれを使って彼女に声を届けられたのだろうが、残念ながら追い詰められた彼の視野は狭くなってしまっていた。
『残り10カウント……9……8……』
カウントダウンがいよいよ時間切れを告げようとしていた。
アスターはいよいよ追い詰められ、ついにコンソールからその身を翻した。
(機巧の知識に乏しいリリィ一人が転送されてしまったら戻ってこれなくなるかもしれない……そうなるくらいだったら僕も行くしか……!)
『……5……4……』
カウントが終わるのが先か、アスターがリリィのもとに駆け寄るのが先か、ギリギリのラインだった。
ただアスターはがむしゃらに走り、短いが永遠のように長く感じる最後の5カウントを聞いていた。
(あと3歩、2歩……!)
『……2……1……』
ついにアスターは台座の階段のふもとまでたどり着いた。
一足飛びにこれを駆け上がっていく。
「間に合えっ!!」
叫び、思い切って飛び込むのとカウントが尽きるのはほとんど同時だった。
『……0。転送実行します』
そして砂時計は全て落ちきり、室内に光が満ち溢れた。
『――転送シークエンスの実行に成功しました。これよりシステムチェックのため整備モードに移行します……なお、十分以内に鍵が取り外されない場合、機密保持のため鍵は保護モードへと移行します……』
光が消え去ったあとの部屋には、抑揚のない声だけが残響していた。




