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機械乙女は世界を改変する  作者: にしだ、やと。
第四章 旅路の出会いと友
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#028_勝負の行方

「うーん……」

「どうしたのよ。もう満腹になったっていうの?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど」


 エリカ、ルル、ヴェロニカというなんとも不思議な取り合わせの食卓で、アスターはひとり眉をひそめていた。

 テーブルの上には普段の夕食よりも豪華な料理の数々が並んでおり、アスターもそれを見たときには思わず喉を鳴らしてしまうところだった。

 いつも食事ばかりは楽しげにしているエリカも、一層機嫌が良さそうに見える。

 それにもかかわらず今彼がおかしな顔をしているのは何故なのか。


「もしかして苦手なものがおありでしょうか? こちらのムシタマゴゾースイなんて、男の子の口には合わないかもしれませんね」

「ああいえ、それはそんなに嫌いじゃないです。プチプチしてて好きというわけでも無いですけど……」

「だったらなんだって言うのよ。毒が盛られてないことは最初に確認したでしょう。もう食べないって言うなら私があなたの分も全部貰うわよ?」

「あ、そんならオレも食うぞー!!」

「えーと……」


 アスターは、今さっき食べたものについて感じたことを正直に口に出していいものか、とてもとても悩んでいた。

 それこそ、故郷に帰る方法についてと同じくらいには悩んでいたかもしれない。

 なぜなら、これを言葉にしてしまってはとても美味しそうに食べている彼女たちに、物凄く失礼な気がするからだ。


 エンシスである彼女たちの機嫌を損なってしまえば、それはそれは恐ろしい結末が待っているかもしれない。

 それに、ヴェロニカがせっかくとっておきだと言って奮発して振る舞ってくれた食材でもある。

 きっとこの世界ではとても貴重なんだろうし、やはり口にだすのは無粋というものなのではとも思うのだ。


 すなわち――。


(期待していた割にお肉があんまり美味しくなくて食べる気が起きない、なんてやっぱり言えないよなあ……)


 そう、味にうるさいエリカが嬉しそうに頬張っている肉というものが食肉だと、アスターには到底思えなかったのである。


 まず第一に、とにかく硬い。

 肉といえば脂がたっぷり乗っていて、口に中に入れただけで溶けてしまうような柔らかくて美味しいものというイメージが染み付いていたアスターにとって、これは致命的な欠点である。

 全く噛み切れないわけでもないが、硬すぎてゴムでも食べているのかと思ってしまうくらいだった。


 第二に、味付が何かおかしい。

 濃すぎて肉本来の旨味を味わえないのもそうなのだが、例えるなら消毒液をかけて食べているような風味。

 塩味を期待していたら甘かったときのような、味覚の交通事故が起きてしまう味がしていた。


 こんな不味いものを食べさせられてしまっては、一刻も早く故郷に帰ってまともな食事をしたくなってしまうし、彼女らに本当の肉の美味しさを味わってほしいと思ってしまうのも無理はないだろう。

 とにかく一切れ食べただけでアスターは肉に手をのばすのを止めてしまい、それどころか食欲自体も失せてしまったのである。


「ええと、うん。せっかく貴重なお肉なんだから、戦った二人がもっと食べればいいと思うよ。僕はあんまり疲れてないしさ」

「ま、それもそうね。さっきの無駄な戦闘でだいぶ蓄えを消耗してしまったわ」


 そんな自分の事情をなんとか誤魔化そうと、逆に相手に勧めてみるとこれが思った以上に効果があったようで、エリカはそれ以上追求するのを止めてくれた。

 ホッと胸をなでおろしたところで、念には念をと、アスターは更に別の話題を切り出し始める。


「そういえばさっきの勝負は結局どうなるんですか?」

「確かにそうね。引き分けについては何も規定していなかったわ」

「そうですね、どうしましょうか」


 これについては食事が始まる前から聞こうと思っていたところで、実際エリカもヴェロニカもそういえば決めていなかったと、食事をする手を止めながら話題に乗ってきてくれた。

 ルルだけはあまり興味が無いらしく、一度顔を上げて首をかしげた後、自分には関係なさそうだと、再び皿に集中し始めた。


「約束では僕たちが勝った場合になんでも教えてくれるっていうことでしたけど……」

「ええ。しかし今回は残念ながら引き分けですので、そこまでのことは申し訳ありませんが致しかねます」

「やっぱり、そうですよね……」


 事前の取り決めについて確認をすると、案の定ヴェロニカはその取り決めを違えるつもりはないようだ。

 きっぱりと、勝利という条件を満たしていないことを理由に断りを入れてくる。


「ですが」


 正直な話、アスターにとってはこのまま話が流れても一向にかまわないところではある。

 しかし形式上は残念がっておいたほうが良さそうだと、なんとなく声のトーンを落として話を合わせていると、ヴェロニカがそんな空気を払いのけるかのようにやや強い声音で続けた。


「引き分けですので、半分の報酬はお支払するのが筋というものだとわたくしは考えております」

「つまり……?」

「何でもというわけにはいきませんが、お二人の懸念を払拭する程度の情報を……わたくし達についてのお話を簡単にさせていただきましょう」


 そう言った彼女の顔には笑みが浮かんでおり、まるで企みがうまくいって良かったですと言わんばかりだった。

 アスターの隣ではエリカもやれやれと首を振っている。

 きっとなんとなく、こうなる気がしていたのだろう。


「まずはじめに……わたくしはクレイシアに所属しておりまして、そちらでネーヴァ管理局所属の高等監視員という仕事をしております」

「クレイシアっていうと……あの?」

「高等監視員? だからあの娘と一緒にいるのね」


 彼女が自分の正体を明かすと、アスターはピンとこないのかとりあえず知っている単語について確認するように復唱し、エリカは何かに得心が言ったようにルルのほうをちらりと見やった。

 二人の反応を見て、ヴェロニカもゆっくりと頷いている。


「ええ、その通りです。エリカさんがお察しの通り、ルルの身柄は現在クレイシアで預かっておりまして、外で活動する場合にはわたくし共の同伴が必要となるのです」

「え? それってどういう……」


 身柄をクレイシアが預かっている。

 すなわち、ルルは何かしら問題を起こすなどして、クレイシアの管理下におかれているということだ。

 こうして外に出ているからには重大な犯罪を犯した――この世界に犯罪という概念があるかはいささか疑問だが――ということはないだろうが、それでも完全な自由を奪われているのは相当なことをやらかしたのだろう。

 また、クレイシアという企業がエンシスという強力な存在をいとも簡単に管理下におけるという事実も、アスターを少しばかり怯えさせることとなった。


「全く……今度はあの娘一体何をやらかしたっていうのよ」

「それほど重大な問題を起こしたというわけではないですよ。彼女の場合は単に……その、言ってしまえば直接的な話になってしまうのですが――」

「ああ、そういうこと」


 その問題というのが何なのか、言葉を濁されたことですぐに思い至らずどういうことかとアスターが少しだけ首を捻っていると、横に座っていたエリカがこっそりと肘で小突いてきた。

 何事かと視線を彼女の元へ向けてみれば、彼にだけ見えるよう組んだ腕の先で指先に何かを象っている。

 親指と人差指を円形につなぎ合わせただけの、シンプルな手振り。

 この仕草はお金のことを指し示すのだと、以前どこかでエリカが言っていたことを思い出し――アスターもルルが囚われているとてもくだらない、しかしとても重大な問題をようやく理解することが出来た。


「今回の車両破壊のおかげでルルが自由になる日はまた遠のきそうです。全く、わたくしが目をかけていてもこれなんですから……前任の者がボヤいていたのもよく分かるというものですよ」

「そりゃお気の毒様ね。でもいいじゃない。クレイシアにとってはちょうどいい手足がタダ同然で使えるのだから」

「いえいえ、そうも言ってられませんよ。確かに人件費は抑えられて総合的な費用は安くなっているはずなのですが……経理部の皆さんはあったかもしれない出費より、実際にあった無駄な出費の方を口うるさく言ってくるものでして。やっているのはルルだと言うのに、怒られるのはわたくしなんですから、苦労がたえませんよ」


 どうやらルルは高すぎる能力をうまく制御しきれておらず、その上性格もざっくばらんとしているからほうぼうで迷惑をかけ続けているということだった。

 ヴェロニカもこの話をするときばかりは苦笑交じりになっており、隣で何も気にせず肉をかじり続けているルルを柔らかな視線で見つめていた。


「ともかく、ルルが今回受けた任務に付き添って、わたくしはこの先の街――ドサまで行くところだったのです。その任務について詳しく述べることまでは流石に出来かねますが……ちょっとした調査任務ですので、エリカさんが懸念されているようなことは決してありませんよ」

「ふうん、そう」

「まだ何か気になることがあるの?」

「まあ、少なくとも私達の敵になるつもりは無い、ということだけは納得したつもりよ……貴重な肉も出してくれたことだし」

「それはなによりです」


 やはりエリカは何か気がかりがあるように思えたが、それでも彼女らが同行することは許してくれるようだった。

 そっぽを向きながら食卓に手を伸ばし、ゴムよりも硬い肉をかじり始めた。

 対するヴェロニカは終始余裕そうな表情をしていたものの、ここにきて見せた笑顔にはいくらか安堵の色も混じっているようだった。


「それじゃあ、これからドサの街まで短い間だけど、よろしくおねがいします、ヴェロニカさん、ルルさん」

「ええ、こちらこそお世話になります。よろしくおねがいしますね、アスターさん」

「ん? おー、よろしくなー! 少年!!」


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