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機械乙女は世界を改変する  作者: にしだ、やと。
第四章 旅路の出会いと友
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#027_不毛なる荒野の戦い

「よっしゃー! そんじゃ先手は貰うぜーっ!!」


 戦いの口火を切ったのはそんなルルの宣言だった。

 叫び声と同時に、地面を強く蹴って飛び出すルル。

 蹴り出した地面が軽く陥没するほどの脚力で加速した彼女は一つの弾丸となり、猛然とエリカの元へ飛び込んでいく。


「まずは一発、ルルパーーーンチッ!!」


 一瞬で間合いを詰めたルルは叫びながら、大きく振りかぶる。

 その動きは、間抜けな技名と同様に至極単純で拙いものだ。

 だがいくら技巧的でなかろうとも、その一撃が弱いものだということにはならない。

 どんなに動きが単調で先読みすることが容易かろうと、反応できなければなんの意味もない。


 アスターがあっと気づいたときには、すでに事は終わっていた。

 砂煙を撒き散らしながら飛び出した勢いを一切殺すことなく、その莫大な運動量を全て一点に載せた、渾身の一撃。

 轟音が荒野に響き渡り、砕け散った地面は無数の礫となって周囲に雨を降らせた。


 その光景を一言で称するならば――まさしく爆撃。

 爆心地には巨大なクレーターが出来上がり、もしもそこに人が立っていたならただの肉片へと成り果てていたことだろう。


 安全のために充分距離をとっていたアスター達の元にすら、その攻撃の余波は届いていた。

 思わず両腕で顔を覆ったアスターは飛んでくる砂礫の痛みに顔をしかめる。

 その後ろではヴェロニカが彼を盾にして涼しげな顔をしていたが、アスターはそんな事を気にしている場合ではなかった。


「……っ! エ、エリカさんは!?」


 あんな一撃を食らってしまっては、さしものエリカも無事ではいられまい。

 戦いが始まる前に言っていた相性が悪いという言葉のこともあり、飛礫の雨が落ち着いてくるとすぐに顔を覆っていた腕をおろし、少女の姿を探した。


 だが当然のように、砂煙が収まったクレーターの中心地に彼女の姿は無かった。

 隕石落下すら思わせるあの一撃を受けて、人が立っていることなどありえないのだ。


「そんな、まさか……」


 欠片一つ残さず姿を消したエリカの、最悪の結末を想像をするアスター。

 相性が悪いというのはここまで酷いものなのかと呆然とする。


「あらまあ、さすがは【風剣】、といったところですね」


 そんな彼の耳に、静かな声が届いた。

 思わず声のする方へ振り返ると、状況をずいぶんと楽しんでいる様子のヴェロニカが微笑んでいた。


「アスターさん、ご安心なさいな。彼女は無傷ですよ」


 にこにこと笑うヴェロニカが言いながら視線で戦場を指し示す。

 その言葉と、破壊されたのなら残っているはずの残骸がどこにも無いという事実がようやくアスターの脳内で結びつく。


 あの一撃を本当に受けてしまったのなら、破壊されたにしても痕跡すら残っていないなんてことはありえない。

 それに、エリカはこの世界のどんな存在にも追いつくことを許さない、速さを誇るエンシスだ。

 たかだか弾丸を思い起こさせる程度の速さの攻撃など――食らう道理がない。


 ハッとして、アスターは戦場に目を向ける。

 彼が視線を戻した先には案の定――砂埃一つ浴びなかったエリカが自慢の剣を握って立っており、そして戦いはすでに次の展開を見せていた。




「遅すぎ――るッ!!」


 初撃を躱されたことに気づき、対戦相手がどこに逃げたのかキョロキョロと視線を彷徨わせていたルルの後ろから声が届く。

 声の主は当然、エリカだ。


 彼女の声が空気を伝わり、ルルの聴覚へと到達し、音波が電気信号へと変換されコアで処理されるその僅か一瞬の間。

 その一瞬で、彼女はすでに攻撃を終えていた。


 ただ勢いと腕力を乗せただけの強引で拙いルルの一撃とは違い、エリカの攻撃は技術の伴った立派な剣術である。

 最大の速さと最適な太刀筋で放たれるそれは空気の揺らぎすら起こさず、極めて静かに、だが確実に敵の息の根を止める必殺の一振りである。


 それを知覚することなど常人には到底不可能。

 たとえネーヴァ・エンシスであっても、認識能力に特化した個体でもない限りは反応することすら困難であろう。


 ゆえにルルに気づけたのはエリカが背後に立っているという事実だけで――それすらも、彼女の超速の剣閃がルルの身体に届いたそのあとのことだった。


 戦場に金属音が鋭く鳴り響き、音と同時に金属の塊が宙を舞う。


「ちぃっ!!」


 勝敗は決した――ように思われた。

 だが舌打ちをし、不快感を明確に表したのは攻撃されたルルではなく、仕掛けた側だったはずのエリカだった。

 彼女は攻撃が終わると同時に油断なく飛び退き、再び二人の間に距離が開く。


 あっという間の出来事に遠くから観戦していたアスターは何が起こったのか把握しきれず、ただただ混乱する一方であったが、宙を舞っていた金属片が彼女たちの中央に落下し、地面に突き刺さったことでようやく理解した。


 刃だ。

 一瞬の攻撃で砕け、失われたのはルルの身体の一部ではない。

 エリカが振り下ろしたはずの、剣の刃であった。

 その証拠に、今エリカが握っている剣の刀身は半ばほどで折れ、美しい輝きを損なってしまっていた。


「いてててて……やっぱ守らないとエリカのカタナ? だっけ? は結構痛いなーっ!!」

「ったく……相変わらず馬鹿みたいに硬いわね……不意打ちなら届くと思ったのだけれど」

「へへーん、エリカとやり合うときは常時硬化状態にしてるからなーっ! そんなことよりエリカだってオレの攻撃をまた躱しやがったなー? 結構自信あったんだぞー」

「ふん、あんなノロノロの攻撃当たるわけないじゃない。昔っからあなたの攻撃は単調すぎるのよ」


 二人は戦いの仕切り直しでもするかのように、互いの一撃について感想を言い合っている。

 やはり二人は長い付き合いなのだろう。

 お互いのことをよく知り尽くしていて、攻撃が通用しなかったことを悔しがってはいるものの、それほどおかしいことではないと思っているようだ。


「ほらほらー、早くカタナ直せよー。今日こそは決着つけるんだぞーっ」

「はいはい、わかってるわよ……ったく、また出費がかさむわ……」


 ぶつくさと呟きながら、エリカは折れた刀身を回収すると握っていたもう半分と合わせて光に包み込み――数分足らずで元の姿へと戻してしまった。

 そして修理を完了した剣を何度か振って出来具合を確認するとルルの方を向き直り、こう呟く。


「さあ、続けましょうか」


 そこから先の二人の戦いはますます熾烈を極めたものになっていった。


 暴力的な威力でもって地形を変えながら強撃を叩きつけ続けるルルと、そのことごとくを圧倒的な回避力を持って躱し続けるエリカ。

 いくら火力が高かろうとも、当てる事ができなければそれは何もしていないのと同意義である。


 圧倒的な速度でもって回避することを許さず鋭い剣閃を刻み続けるエリカと、そのことごとくを絶対的な防御力を持って防ぎ続けるルル。

 いくら攻撃が当たろうとも、堅牢な装甲を貫けなければそれは撫でているのと同意義である。


 幾度爆撃しようと、幾度斬り結ぼうと、全てが有効打とならず、さりとて少しでも手を抜けば相手に上回られてしまう。

 エリカにとってルルは天敵であり、ルルにとってエリカは天敵であった。




「……だから半分、正解だったんだ」

「何か言いましたか?」


 想像を絶する光景を目の前に、アスターがエリカの言葉の意味を理解して呟くとそれが気になったのか、ヴェロニカが声をかけてきた。

 先程から二人の観戦者はただ黙って戦いの行く末をじっと見守っていたところだった。


「あ、いえ。エリカさんがルルさんと能力の相性が悪いって言っていたので」

「ああ、そういうことですか。確かに、あの娘も似たようなことは言っていましたね。だからこそ戦いたいんだ、とも」

「そうなんですか。そこはなんだか……ある意味でやっぱり二人は似ているんでしょうかね。エリカさんが言っていたのは全く正反対のことでしたけど」

「ふふふ、あの娘達が似ている、ですか。アスターさんにはそのように見えるんですね」

「? 変ですかね?」

「いいえ、決してそのようなことは。ただやはりお二人にお会いできたのはとても運がよかったのだな、と実感しただけですよ」


 話のつながりが見えてこず、アスターは首を傾げる。

 それは一体どういう意味なのかと尋ねるべきか少しだけ迷い、けれど結局これ以上何かを質問することはできなかった。


「さて、そろそろ日が沈んでしまいますね。この辺りにしましょうか」


 そう言ってヴェロニカはパンパンと両手を叩き大きな音を響かせた。

 どんどん遠くへと戦場を移していったエリカとルルの元へもその音が届いたらしく、鳴り続けていた戦いの交響曲はピタリと止んだ。


「決着は……いいんですか?」

「ええ、始めから勝敗がつかないことはわかっていましたので。それよりも夕飯の支度のほうが大切ですよ」


 なんでもない事のように話の前提を覆すようなことをいい、微笑むヴェロニカ。

 思わず言葉を失っていると、戦いを終えた二人が帰ってきた。

 全身ボロボロなんてことはないが、普段よりは少しばかり疲れた様子だ。


「全く、本当にくだらない茶番だったわ……」


 口ではそう言いながらも、エリカの顔にはどこか満足そうな様子が現れている。

 隣にいるルルは言わずもがなだ。


「いやー、久々に全力出せて楽しかったぞー! でもやっぱ引き分けだったなー」

「私があなたに負けるわけ無いでしょう。次やるときまでに少しは技を磨いてきなさい」

「んー、気が向いたらなー! それよりお腹空いたぞっ」


 拳と剣を交えた二人のエンシスの少女は和気あいあいと、まるで姉妹のように会話をしている。

 素直になりきれないツンツンとした姉のエリカと、姉のことが好きでたまらない妹のルル。

 彼女たちが武器を持たないただのヒトだったなら、そういう平和な光景も見れたのかもしれない。

 そんなことをアスターがぼんやりと考えていると、姉妹の母親役と言われても不思議ではない女性が楽しみなことを言ってきた。


「はいはい、今日はたくさん消耗したでしょうから、特別にとっておきのお肉を出しますよ」


 確かにルルたちと出会ってからゴタゴタとしたが、食事時くらいは肩の力を抜いてもいいだろう。

 虫食ではない肉が食べられるのも気になることだしと、アスターは先程まで考えていた色々なことを一旦忘れることにした。

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