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機械乙女は世界を改変する  作者: にしだ、やと。
第四章 旅路の出会いと友
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#026_勝負の選択肢

「勝負?」

「ええ。と言っても、わたくしとエリカさんとの戦い、ではないですよ。エンシスの相手が務まるのはエンシスだけですから」


 そう言って、ヴェロニカは絶賛正座中の少女に目を向ける。

 エンシスの相手ができるのはエンシスだけ。

 つまり――。


「ルルと戦えっていうの?」

「なんだなんだー!? エリカと戦っていいのかーっ!?」


 当然予測される答えをエリカが口に出すと、反省させられていたはずのルルが飛び上がって叫び始めた。

 その様子を見て、エリカは心底嫌そうな目をしている。


「まあまあ、そう慌てないでください。それも一つの選択肢ということですよ。……あとルルは少し黙っていてくださいね」

「選択肢? それってつまりどういうことですか?」

「ええ、アスターさん。ここにいるのはエンシスとヒトのペアがちょうど二組。そしてエンシスの相手をできるのがエンシスだけというのなら……勝負は当然、余った残りの二人で行っても良い、ということでしょう?」

「それは……」


 彼女の言いたいことを察したアスターがその意味を口にする前に、ヴェロニカは神妙に頷いて提案を続ける。


「つまり、わたくしとアスターさんが勝負をする、という選択肢も存在するということです。エリカさんとルル、もしくはアスターさんとわたくし。このいずれかの組で勝負をして……あなたがたが勝った場合に、望む情報を全てお教えしましょう」


 一体、いかなる思惑があってこのような条件を提示したのか。

 情報の対価としては決して十分とは思えない――むしろ不確定要素が多い分、対価として成立しないのではないかと思える内容。

 まるで自分たちを試そうとしているかのような彼女の提案に、アスターはここにきてようやくヴェロニカに対して僅かながらではあるが疑惑の目を向け始めた。

 そもそも――。


「私とルルが戦うのはまあわかるわ。お互い戦士だもの。けれどあなたたちは戦う術をもっていない。一体なにで勝負をつける気なのかしら」


 そう、まさしくそれだ。

 アスターが戦えないのは当然のことだし、勝負を持ちかけてきたヴェロニカ女史の方だって、見たところ戦いの訓練を受けているようには思えない。


「……古来より、ヒトという生き物は他者を傷つける道具だけを武器としてきたわけではありません」


 エリカが問いかけると、ヴェロニカは何かに思いを馳せるように語り始めた。


「単に剣を持つだけであれば、獣でもきっと出来ましょう。単にその拳で敵を殴り倒すだけならば、わたくしたちはヒトである必要がありません」


 一つ一つの言葉を丁寧に、ゆっくりと。

 その場にいる誰もが――あのルルでさえ聞き入ってしまいそうな音を奏でるように。


「ヒトが持つ最大にして最強の武器。それは、知恵です。知恵こそがヒトをヒトたらしめるものであり、ネーヴァですらその限界には到達し得ないものです。前時代においてヒトという生物種がこの惑星全土を支配領域に置くほどにまで栄華を誇ることが出来たのは、ひとえにこの無限の可能性を秘めた武器を持っていたからこそでしょう。……もちろん、今となっては生存領域を確保することで手一杯ではありますが。

 ……しかし知恵があったからこそ、このような窮地においてもなお生き永らえているのだと、わたくしは考えております」


 ヒトにとって、知恵こそが最大の武器である。

 計算能力という観点で言えば、おそらく機械であるネーヴァのほうが今では優れているだろう。

 けれど、知恵とはそういった単純な能力のことだけを指すものではない。

 神々が見捨てたこの荒廃した大地でなお人々が前を向き、生き続けているのはきっとその知恵というものがあったからだ。

 ゆえにと、彼女は続ける。


「ヒト同士の戦いには、知恵比べこそが相応しきものだと、わたくしは考えます。エンシスは剣を、ヒトは言葉を。わたくしの提案する勝負は、このいずれかとさせていただきましょう」

「……どっちが勝負するかは私達に選択権があるということでいいのよね」

「ええ、もちろんですよ」

「少し時間をもらうわ」


 どうぞ、とヴェロニカは笑顔で少しだけ後ろに下がる。

 提案内容にしても、いまの態度にしても、少なくともアスターたちを騙し討とうという考えを彼女は持っているようには思えなかった。

 本来であればこの勝負を持ちかけた真意も尋ねるべきところなのだろう。

 けれどエリカもアスターも、そうしたところで無意味であるということは理解しているようだった。

 勝った場合にのみ望む情報を教えるという条件は、そういう意味なのだ。


「さて、どうしようかしらね」

「えっと……僕としてはあんまり彼女と戦う理由がないというか、傷つけあうことがないにしたって、変に勝負に乗ってしまってこちらの情報をヴェロニカさんに知られてしまうことのほうが良くないような気がしていて……」

「ま、言いたいことはわかるわ」


 相談し始めたものの、アスターはそもそもこの勝負自体に乗り気ではなかった。

 別にヴェロニカのことを全面的に信用したというわけではないが、無理に彼女から情報を聞き出したいと思うほど、怪しんでいるわけでもない。

 所詮、この世界で過ごすのは一時的なことでしかないのだから、変に首を突っ込んで痛い目を見るくらいなら、見ないふりをしてやり過ごしたいと思っているところだった。

 今彼が口に出した理由は、単にエリカを納得させるためのそれらしい口実に過ぎない。


「けど、私だってルルとなんて戦いたいとは思わないわね。というかあんまり関わり合いたくないもの」

「エリカさんはどうしてルルさんをそんなに毛嫌いするの? たしかにその、なんというか彼女は凄くやりづらい感じがするのはわかるんだけど……そこまで嫌悪するのはちょっと異常っていうか」

「……わかってるわよ。合理的に考えれば、私のこれはちょっと度を超した反応だっていうのはね。けれどね、そういった客観的な分析とは別に、コアに刻まれたある種の本能的な反応とでも言うのかしら。ともかく、私のコアがあの娘を拒絶するのよ」


 アスターが質問すると、エリカはなんだか勢いを削がれたような、不貞腐れたような口ぶりで理由を教えてくれた。

 どうやら彼女も自身のことはあまり正確に理解しきれていないらしい。

 だがその口ぶりから本当の意味でルルのことを嫌っているというわけではないということがわかり、アスターは少しだけホッとしていた。


「それはともかくとして、あの娘と戦いたいと思わないのは事実よ。何しろ私とルルの能力は相性が最悪なのだから」

「相性が最悪? つまりエリカさんじゃルルさんに勝てないってこと?」

「半分、正解ね」

「半分?」


 何が半分なのだろうとアスターが首を傾げると、エリカは見ればわかると、それ以上何も言わず、ただ静かに武器の準備をし始めた。

 結局、エリカはどんなに自分が嫌だろうと戦うのは自分だと決めていたらしい。


「決まったようですね」

「ええ」


 エリカが剣を取り出したのを見て、ヴェロニカも答えを察したようだった。

 ルルに目配せをして、準備を促す。


「おっしゃー! 久々にエリカと戦えるぞーー!!!」


 身の丈を超えるほどの長さを誇る剣を持ったエリカに対し、張り切った様子のルルは一向に武器を取り出す様子がない。

 両の拳を打ち合わせ、いかにもやる気満々といった風だが、まさか素手で戦うというのだろうか?


「戦う前に確認しておくわ。勝敗の条件は、どちらかが降参するか、一部位以上の破損が認められた場合、でいいかしら」

「オレはなんでもいいぞー!」

「ええ、そのように。わたくしとしてもルルに死なれては困りますからね」

「たはーっ! ニカ姉、オレが死ぬわけねーだろっ」

「はいはい、わかっていますよ」


 この世界でおそらくもっとも強いと思われる存在、エンシス。

 そのエンシスが二人も集まって雌雄を決しようというのに、この場の雰囲気はそれほど剣呑としたものではなかった。


 場馴れしていないアスターはどう反応するべきか困惑し。

 エリカは渋々といった限りで、それでも特に何かを気負った風ではなく。

 ルルはこれから始まる楽しいゲームにでも期待するような眼差しで。

 ヴェロニカはそっと静かに、何も感じさせない穏やかな表情で。


 荒野の決闘を迎える彼らの表情はそれぞれ三者三様といったものだが、いずれもこの戦いが単なる日常の延長線上にしか無いものだと物語っているようだった。


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