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機械乙女は世界を改変する  作者: にしだ、やと。
第四章 旅路の出会いと友
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#025_理由と依頼

「それで、結局あなたは一体どうしてこんな所で突っ立ってたのよ」

「おおー、そうだったそうだった。聞いてくれよー」


 ごちゃごちゃと騒がしい挨拶を終えた所で、ようやく本題に入ることになった。

 どうしてこの少女がこんなだだっ広い荒野に一人で立っていたのか。

 いくら特殊な存在であるエンシスとはいえ、理由もなくそんなことをしているはずがない。


「それはだなー」

「それは?」

「なにかしら」

「それはだなー!」

「……ごくり」

「なにかしら?」


 焦らすように言葉をため続けるルル。

 アスターもエリカも、よっぽどの理由があるのだろうとその次の言葉を緊張して待つ。

 だが、いつまで経っても彼女は先に進もうとしない。

 心なしか、視線が宙を漂っているようにも見える。


「それは……、だなー!!」

「……?」

「あなた……まさか……」


 明らかに言い淀む彼女に、その場はなんとも言えない空気に満たされた。

 エリカはじとっとした眼差しでルルを見つめ、アスターはどう反応するべきか困惑し頬をかく。


「はははっ、なんでだっけ?」


 この少女は、本当にエンシス――いや、ネーヴァなのだろうか。

 機械の頭脳にど忘れなんて起こりえないのに、まるで普通のヒトのように振る舞う少女。

 もしかしたらネーヴァとは思っている以上にヒトに近い人間なのかもしれない。

 そんなことをアスターが思い始めていた折のことだった。


「それについてはわたくしの方から説明いたしましょう」


 微妙な沈黙を破るように、新たな声が届いた。

 穏やかな凪を乱すことのない、調和の取れた響き。

 声のする方をアスターが振り向けば、微笑をたたえた女性が歩いてくるのが見えた。


「あなたは……?」

「ニ、ニカ姉!」

「全く……大きな音が聞こえたからやってきてみれば、ルル。またあなた人様に迷惑をおかけして……」

「い、いやー、ははは、ほら、元々の目的は果たせたんだしいいだろ? な? そ、そんな怖い目しないでくれよー!」


 どうやらこの女性はルルの知り合いらしい。

 二人の態度から考えるに、ルルの方が立場的に弱い……のだろうか?

 出来の悪い妹を叱るような雰囲気で、ニカ姉と呼ばれた女性はルルに何事か言っている。


「ええと、それで……」

「ああ、これは失礼いたしました。わたくし、ヴェロニカと申します。この娘――ルルのいわばお目付け役のようなことをやっております」

「あ、これはこれはご丁寧にどうも……」


 アスターが割って入るように声を掛けると、女性は改まって自己紹介を始めた。

 軽く目を伏せる程度の簡素なお辞儀をする様がなんとも上品で、ついついアスターもかしこまって深々とお辞儀をしてしまった。


「ふふふ、そんなに畏まらなくて結構ですよ。ええと――」

「アスターです。アスター・ルードベック」

「ルードベックさん……そう」

「あ、僕のことはアスターと呼んでもらって構いません。みんなそうしているので」

「……ふふふ、そうですか。ではそうさせてもらいましょう」


 何だか意味深げに微笑み彼女に少しだけどぎまぎしながら、しかしこれまで出会ってきた誰よりも大人びた対応に、アスターもつい気を緩めてしまい、まじまじと彼女の姿を眺めてしまう。


 背丈はエリカと同じくらいか、あるいはそれよりもほんの少しだけ高いくらい。

 顔立ちは物凄くキレイかと言われればそうとも言い切れないが、しかし余裕有りげな表情からは大人の魅力を感じ取れる。

 胸の膨らみにかかるように前に流されたダークブラウンの髪は彼女の女体を強調しているが、それは決して下品な強調の仕方ではない。むしろきっちりと結われた髪が同時に目に入ることで、彼女の上品さを際立てているかのようだ。

 服装もこの世界の人物としては珍しく、動きやすさよりも見た目の華やかさを重視しているかのようで、清潔感とほんの少しの色気を演出している。アスターの故郷で会社の受付嬢が着ているような服装に近い雰囲気もあり、この女性がそれなりの地位にいることが伺える。

 再び目線を顔に戻してみると、縁の細い眼鏡越しに見える琥珀のような瞳が知的に輝いている。なんとなく全てを見透かされるような気がして思わず目を少しそらしたところに飛び込んでくる泣きぼくろがまた、少年の心をざわざわと掻き立ててきて――。


「……おほん」


 アスターが大人の女性に視線を奪われていると、一人蚊帳の外にいたエリカがわざとらしく咳払いをした。

 ネーヴァの身体機構に咳なんてものが実装されているはずがないので、当然これは早く話を進めろという催促だ。


「それで? 先を急ぐからさっさと説明してほしいのだけれど」

「わかっていますよ、エリカさん」

「……私の名前は知っているみたいね」

「あの有名な【風剣】ですもの、職業柄当然知っていますよ。その強さも、無駄なことが嫌いだということも、ね」

「ふうん、まあいいけど」


 ヴェロニカがそう微笑むとエリカは少しだけ調子が狂ったかのようにそっぽを向いたが、少なくとも彼女に対して悪い印象を持っているというわけではなさそうだった。

 分かっているのなら早く話を進めなさいと、しばらくは黙って聞く姿勢を取り始めた。


「それで、この娘がこんな所で立っていた理由ですが……口でいうよりは見てもらうのが早いでしょう。申し訳ないですが、少しだけお時間いただけますか?」


 彼女の言葉にアスターとエリカは顔を見合わせるも、断った所で話が進むわけでもなさそうだと、まずは素直に従うことにした。

 二人が頷くとヴェロニカはありがとうございますと礼を言い、道案内を始める。

 目的地はそう遠くないようで、三人は黙って歩き続け、殿(しんがり)を務めた少女は静かな雰囲気が耐えられないのか、一人でぎゃーぎゃーと騒いでいた。


「つきました、こちらが理由となります」

「これはまた随分……」

「そういうことね」

「んんー、今見てもドハデにやっちまったもんだなぁ! はははっ!」


 ヴェロニカが指し示すと、三者三様の反応が返ってきた。

 アスターは悲惨な光景に明日は我が身かもしれないと言葉を失い、エリカは状況から光景の原因を直感し、そしてその原因たるルルはあっけらかんと笑っている。

 彼らの目の前には、横転し煙を吐き出す、もはや再起不能と思われる大型車の成れの果てが放置されていた。


「見ての通り、わたくし達が乗っていた車がダメになってしまいまして……どうしたものかと途方に暮れていたのです」

「オレは別にこっから街まで歩いてもいいっつったんだけどなー! ニカ姉は貧弱だかんなー!」

「誰のせいでこうなったと思っているんです?」

「うっ」

「それに徒歩で移動できるのはネーヴァだけですよ。ヒトには過酷すぎます」

「えー」

「えー、じゃありません。少しは反省してください。正座」

「はい……」


 一体何をどうしたらこのような惨状が引き起こってしまうのかは分からない。

 けれどヴェロニカに叱られて萎んできている自由奔放な少女の様子を見て、アスターもエリカもそんなことは些細な問題のように感じてしまっていた。

 あのルルを制御できるなんてこの女性は一体何者なんだと、二人して驚きを隠せず目を見開いている。


「さて、それでですね」


 ルルを正座させたところでもう十分と判断したのか、ヴェロニカは改まってアスター達の方を向き直った。


「この通り足がなくなったものですから、ルルには代わりになるものを探しに行ってもらっていたのです。旅団が通る可能性は高くはありませんが、一応街と街の間ですし、ないわけではありませんしね」

「なるほど、それで運良く僕たちが通りかかって……彼女が立ち塞がった、と」

「ええ……どうも衝突してしまったみたいで……本当に申し訳ありません。お怪我はありませんでしたか?」

「僕たちは大丈夫ですが……」

「そうですか、それならよかったです」


 ルルの心配ではなくこちらの心配をしてくる辺り、やはりルルは特別なのだろう。

 エリカも彼女の丈夫さを知っていたようだし、エンシスとしての特性がそこに集約しているのかもしれないと、アスターはぼんやり考えた。


「事情をご理解いただけた所で、お二人にお願いがあるのですが――」

「嫌よ」


 ヴェロニカが何かを言い出す前に、エリカが食い気味にきっぱりと言い放った。

 その目線は今も正座して項垂れている少女の元へ注がれている。

 親の仇でも見るかのような恐ろしい眼差しだ。

 ルルも少ししてその熱い視線に気づいたのか、ぱあっと嬉しそうな笑顔になり手を振り始めた。

 全く、本当に仲の良さそうな二人である。


「まあまあ、話だけでも聞いてあげようよ。契約内容を聞く前から断るなんて、エリカさんらしくないよ」

「……わかったわ。話だけは聞いてあげる」


 アスターがそういえば、渋々と言った具合でエリカは了承した。

 ルルは反省の色が見えないと、またしてもヴェロニカに叱られていた。


「すでに予想はついているかと思いますが、わたくしたち二人を次の街まで乗せていってほしいのです。もちろん、タダとは言いませんよ。そうですね……クレジットでこの程度と、それに移動にかかる経費の負担でどうでしょうか」


 彼女が提示した金額をエリカに確認してみると、相場のおよそ三割増し程度ということだった。

 それだけでも十分すぎる上、経費の負担ともなればこれは本当によい商談のように思われる。

 車両の空間には充分余裕もあるし、特に断る理由もないだろうとアスターは了承しようとする。

 だが、口を開きかけた所でエリカがそれを制した。


「ちょっと美味しすぎるわね。一体何を企んでいるの?」

「企んでいるだなんてとんでもないですよ。わたくしたちもそれだけ困っているということです。なにせこんな場所ですから、お二人に断られてしまっては後がないので……」


 どうやらエリカはヴェロニカのことをあまり信用できていないらしい。

 確かに初対面の相手にこれだけ都合のいい条件を提示されるというのは珍しいのだろうが、そこまで怪しむ必要があるのだろうか。

 アスターには彼女が本当に困っているようにしか見えなかったし、丁寧で腰の低い姿勢からは彼女が根っからの善人であるとしか思えなかった。


「筋は通っているわね」

「では……」

「けれど、怪しいことに変わりはないわ。そもそもタイミングがあなた達にとってよすぎるもの」

「ねえ、エリカさん、別にいいんじゃないかな。僕らに不都合があるわけじゃないし。なにか企んでいてもエリカさんがいれば、その、僕としては安心だし」

「……はあ」


 アスターが正直に思っていることを伝えると、エリカは何だか弱ったようにため息をついた。

 照れているような、嬉しいような、あるいは自分の中で芽生えた不思議な感覚に戸惑っているような、曖昧な表情。


「わかったわよ。ただし――」


 迷いに迷った末、エリカはついに降参する。


「追加で条件があるわ」

「ありがとうございます。条件、お聞きしましょう」


 それでも、疑いはまだ持ち続けているようで、エリカはこんな条件を持ち出してきた。


 第一に、彼女らの素性をハッキリとさせること。

 すなわち、二人は何の目的でここにいたのか、今どんな仕事をしているのか。

 第二に、移動中は必ずアスターもしくはエリカの指示に絶対遵守すること。

 すなわち、一時的な完全隷属の要求。

 第三に、ルルを車内に入れないこと。

 すなわち、エリカは彼女となるべく顔を合わせたくないらしい。


「……なるほど、第二、第三の条件については問題ありません。その通りにいたしましょう。道中遭遇するミレスの駆除に関しても、ルルに優先してあたらせます」

「第一条件は?」

「そうですね、守秘義務などもありますので、このままでは全て明らかにすることはできません。それはこちらとしても割に合わないことですので」


 まあそうだろうなと、アスターは納得した。

 いくら進退に関わるほど困窮していても、仕事の情報を全て開示するなんてことは信用に関わる問題だ。

 この世界で信用を失うということは、命を失うよりも避けなければならないことだと、今ではアスターも理解してきている。


「まあ、それは当然の言い分ね」


 エリカも同じように納得しているようで、むしろどこか好感を持ったような様子さえあった。

 やはり彼女は、こうした交渉を経て相手の人となりを理解することを重要視しているのだろう。

 だが、エリカはさらにこう続けた。


「つまりそれは、あなたが提示する条件を飲めば、全て教えてくれてもいい、って意味であっているのよね?」

「え? それって……」


 彼女の言ったことがよく理解できず、どういうことかと聞き直そうとするアスター。

 だがその答えは言葉ではなく、ヴェロニカの満足げな笑顔によって返ってきた。


「ふふふ、エリカさん。一つ、勝負をしてみませんか?」


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