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機械乙女は世界を改変する  作者: にしだ、やと。
第四章 旅路の出会いと友
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#023_旅路

 見渡す限り一面の荒野。

 行き交う人々の姿はなく、動植物も今は影を落とすことがない。

 この光景が静止画ではないと分かるのは、機械の生物が不気味に蠢き時間という概念を思い出させてくれるおかげだ。


「もっと力を抜きなさい。そのほうが安定するわ」

「う、うん、がんばる」


 今、静寂の世界に新たな客が訪れたようだ。

 砂煙をもうもうと上げながら、ふらふらと大地を走り抜けていく。


「だから、力を抜きなさいと言っているでしょう。頑張る必要なんて無いわ。ただ自然体でそれを握っていればいいの」

「そ、そんなこと言ったって怖いし……」

「怖いも何も、道も障害物もない場所で何を怖がる必要があるのよ」


 先程から聞こえてくるこの会話はどうやらあの装甲車の中で交わされているらしい。

 操縦席でハンドルを握る少年の顔には余裕がなく、隣に座る少女は呆れたように外の様子を眺めている。


「は、初めてなんだから仕方ないじゃないかっ、いまだって、喋ってると気が散って……」

「ああもう、わかったわよ。黙ってるから集中しなさい。そのうち慣れるから。あと東に少し逸れ始めているわ」

「〜〜〜っ!!」


 アスターとエリカがメフッタの街を出発してから三日が経っていた。


 ここまで特に問題らしい問題もおきず、順調に進んできた二人。

 昨日まではエリカに運転を任せ、自分自身は助手席に座りフェリに貰った小型の情報端末を弄り回していたアスターが今、運転を覚えようと四苦八苦しているのは一体どうした経緯からなのか。

 それを語るにはほんの三時間ほど前に遡るのがちょうどいいだろう。



「思ったのだけれど」

「うん?」


 遭遇したミレスを撃退し、停車した車両に戻ってきたエリカは運転席に座ろうとして、ふと気づいたかのように呟いた。

 おもちゃに夢中で停車していたことすら気づいていなかったアスターも、その声に何事かと顔を上げる。


「ミレスが現れる度に停車するのって効率が悪いと思うのよね。どうせ私だけで倒しに行くのなら、停車する必要はないと思うのよ」

「ん……それはまあ、そうかもしれないけど。気にするほどかな」


 アスターは、その提案はとても彼女らしいなと思った。

 エリカはいつだって効率を最優先に考えている。

 だから言いたいことはよく分かるし、その次に彼女が言いそうなことにも、彼は薄々だが気づいていた。


「停車すればそれだけ時間を無駄に消費するし、それに再加速するにはエナージュを余計に使ってしまうわ」

「動力の無駄遣いってこと? でもそれは仕方ないんじゃないかな」


 多少の無駄が出るのは仕方ない。

 なるべく急ぎたい旅路ではあるが、障害を排除するための時間消費は、必要経費だ。

 そう言って、彼女がこの次にするであろう提案ができないように言いくるめようとするアスター。


「いいえ、節約できるところは節約するべきよ。それが合理的な判断というものだわ」


 しかしエリカはエリカで、なかなか食い下がろうとしない。

 やはり彼女を舌戦で制するには、十分論理的で合理的な根拠がなければダメそうだ。


「仮にそうだとしても、車が走ってたらエリカさんが戻ってこれないんじゃ?」

「何言ってるのよ、私一人ならこの装甲車よりずっと速く動けるわよ」

「……そういえばそうだったね」


 もはやこれまでか。

 アスターはついに観念し、けれども全くあり得るわけがない可能性に賭け、彼女が最も重要な一点を考慮していなかったという可能性に賭け、エリカに問いかける。


「でも、エリカさんが離れている間、誰が運転するのかな。分かっていると思うけど、僕は運転できないよ?」


 口ではこう言っているものの、彼とて別に絶対に運転をしたくないと思っているわけではない。

 もしも運転技術を身に着けていたのなら、むしろ進んでハンドルを握っていたくらいだろう。

 けれど彼にとって、自分ができないことをしなければならない、というのはひどく恐ろしく、可能な限り避けたいことであった。


「できないのなら覚えればいいだけのことでしょう」


 エリカの答えはアスターが予想したとおりのものだった。

 この世界ではそれが当たり前のことだと言わんばかりに、生きていくのに必要な技術は練習して身につけるのが普通だと彼女は言った。


「無理だよ、絶対……。こんなに大きい車の運転なんて、怖すぎるよ。事故を起こしちゃったら元も子もないし……」

「こんな何もない場所で事故を起こすのは天才の所業ね」

「それに……ええと……そうだ」


 何を言ってもエリカの態度は変わらない。

 だからこそアスターもつい意地になってしまい、どうにか彼女を説得できる材料を見つけようとして、思い出した。


「僕は免許を持ってない! うん、そうだ。無免許運転なんてしちゃだめだよ」


 運転免許。

 それはアスターの故郷において、大切な許可証だ。

 いくら技術が進歩して事故が起きにくい設計がされていても、大質量の物体を操縦するのは危険が伴う。

 安全に扱えることを国に認めてもらえない限り、車を運転することは許されないのだ。


「免許?」


 何それと、エリカがとぼける。


「自動車の運転免許証。取らないと車なんて運転しちゃダメだよ」


 言葉足らずだったかなと補足すると、彼女はああと納得したようで、アスターは少しだけホッとした。

 だが、


「そんなもの要らないわ」


 安心はほんの束の間のものでしかなかった。


「まだ国家というものが存続していた時代にそういう物があったという記録は確かにあるみたいね。でも安心しなさい。この時代には免許なんていう面倒なものを発行する国も無ければ、管理する団体も存在しないし、それを持っていないからと言って処罰するような決まりはどこにもないわ。大陸の隅々まで探したってね」


 結局エリカに言い負かされ、アスターはハンドルを握ることになり――今に至るというわけだ。



「日暮れが近いわね。このあたりで食事にしましょう」


 黙ってしばらく走行していると、外を眺めていたエリカが口を開いた。

 確かに辺りは徐々に暗くなってきており、これ以上アスターの目で運転を続けるのは難しそうだ。


「やっと休める……もう疲れたよ」

「肩に力が入りすぎなのよ。でも、最後の方はだいぶ安定してきてたわね」

「まあなんとか、ね」


 食事の支度をしながら、二人はとりとめのない会話を交わす。

 フェリに貰った車は長距離走行用の居住区画付きの大型装甲車で、車内には当然のように調理用の設備や、休憩するためのスペースが確保されている。

 危険の多い荒野で野営の準備をする必要もなく、それなりに快適な一晩を過ごせるというわけだ。

 これにはアスターだけでなくエリカも満足しているらしく、この三日間調理場に立つ彼女はいつも上機嫌そうだった。


「街の外だと言うのに毎晩こうしてきちんと食事ができるというのはやっぱりいいわね。フェリもいい仕事をしてくれたわ」

「って言うと、今まではこんな風に外で寝泊まりするときはきちんと食事できていなかったの?」

「まあ、そうね。食べるときはだいたい保存食だし、そもそも食べないことも多かったわ」

「それは……大変そうだね」

「別に、そうでもないわよ」


 そんな生活は耐えられそうにないと、エリカの苦労を労ってみたものの、彼女はさして苦労だとも思っていなかったようだ。

 出来上がった食事を机に並べながら、むしろ良いことだってあるものだといい始める。


「贅沢ができない時間が長いほど、こうしてゆっくり食事を楽しめる時間が価値のあるものになっていくものだわ」

「そういうものなのかな」

「ええ、そうよ。さあ、食べましょう」


 エリカの言っていることはアスターにはまだピンと来ていないようだったが、少なくとも彼女が今この瞬間をとても楽しみにしているということだけはしっかりと伝わっているようだった。

 ぱくぱくと物凄い勢いで皿を平らげていく彼女の食べっぷりに微笑ましさを感じながら、アスターはこの長い旅路も彼女とならやっていけそうだと確信する。


「エリカさんって本当に楽しそうに食べるよね」

「そうかしら」

「うん、たくさん食べるし」

「食事量が平均よりも多いというのは否定出来ないわね。でもそれは仕方のないことだわ」


 アスターが話しかけると、エリカは食事する手を少しだけ休めて答えてくれた。

 食べるのに集中しがちな彼女だが、日が経つにつれこうして会話に乗ってくれることが増えてきている。


「っていうと?」

「戦うために必要だもの。私の能力を十全に発揮しようと思ったら、莫大な動力源が必要になるから」

「そう、なんだ」


 必要だから、戦うために、沢山食べる。

 どこか寂しさを感じる理由に、アスターは思わず声のトーンを落としてしまう。

 楽しんでいるように感じたのは、単なる自分の勘違いだったのだろうか。


「ヒトだって生きるためには食べる必要があるでしょう。それと同じだわ」

「同じ、かな?」

「ええ、同じよ。私が私として生きていくためには、戦うしか無い。だからそのために必要な分、食事をして動力を確保する。それだけだわ」


 アスターはそれ以上口を開くことが出来なかった。

 彼女の言葉を聞いたあとでは、きっとこの食事も味がしなくなってしまう気がしていた。


 彼が黙ると、エリカは再び食事に集中し始めた。

 無言の車内に、カチャカチャと食事の音ばかりが静かに響き渡る。

 やがて彼女が食事を終えてしまえば、その音すらもなくなってしまうだろう。


「まあでも、そうね」


 しかし、訪れるはずの静寂は彼女の言葉によって打ち払われた。

 もう何も乗っていない自分の皿の上を素通りし、彼女の右手がアスターの目の前に現れる。


「必要だから食べているのは事実だけれど、食事をするのが好きというのもまた事実だわ」


 アスターがその言葉に反応する前に、彼女はとても自然な動きで彼の食事を奪っていった。

 食べかけのそれを遠慮なく口に放り込む彼女の表情はいつもの無表情ではない。

 悪戯に成功して喜んでいる少女の顔――とまではいかないが、間違いなく、今この瞬間を楽しんでいるであろう、少しだけ機嫌の良さそうな色を浮かべていた。


「食べないなら、貰うわね」


 結局、アスターが気に病むような悲しさをエリカが抱えていることはなく。

 断りを入れる前に行動していた彼女の早さと図々しさに呆れながら、まだもう少し自分も食べたいのだと慌てて主張してアスターは再び楽しい食事の時間に戻るのであった。


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