#018_整備士ゲガルハ
「ゲガハハハ! ワシがゲガルハだ!! よく来たのぉ!」
アスターたちの目の前で、大男が豪快な笑い声をあげている。
着古された作業用のツナギ姿はまさしく職人といった風体で、捲し上げられた袖からは大木を思わせる逞しい腕が覗いている。
これだけでも痩せ型の多いこの土地では随分と特徴的ではあるが、それ以上に彼を決定的に彼たらしめているものがあった。
それは、いかにもたくさんの機能が盛り込まれていそうな大型のゴーグル――ではなく、そのゴーグルが鎮座している、爛々と輝く頭頂部だ。
あの日あの丘から見下ろした荒野のごとく髪の毛一本すら生えていない見事な造形の肌色の大地にアスターは思わず言葉を失い、初めて見る禿頭をチラチラと見ては目を逸らしを繰り返していた。
「よく知っているわ。相変わらず騒がしい出迎えね」
「おお、そのそっけない態度はエリカちゃんじゃねぇか!! 随分久しぶりじゃのぉ! 背ェ、少しは伸びたか?」
「ネーヴァの身長が伸びるわけ無いでしょ。あとその呼び方いい加減やめてもらえるかしら。言っておくけど私のほうがあなたよりも長く生きているのよ」
「ゲガハハハ! エリカちゃんは相変わらず冗談も通じねぇのぉ!」
アスターが連れてこられたのは街の中心から少し外れたところにある、整備場と呼ばれるネーヴァにとっての病院のような設備だった。
エリカとこの禿頭の整備士は案の定顔見知り同士らしく、随分と愉快そうなやり取りをしている。
愉快そうと言っても愉快そうなのはゲガルハの方だけで、エリカに間しては若干うっとうしそうな顔をしているが。
それでもフェリのときに感じた、油断ならない雰囲気や胡散臭さは彼からは感じ取れず、きっとこの巨漢は裏表のない、今まさに目にしている通りの豪快なだけの人物なのだろうとアスターは評価し、安堵した。
「で、何の用だ? メンテか? エンシスにメンテなんて要らんだろう?」
そう言いながら、禿漢はアスターにもチラリと目をやった。
言外に、エリカではなく用事があるのは見知らぬ少年の方なのかと聞いているようだ。
「エンシスだってヒトにやってもらったほうが楽な時はあるわよ。それに、今日の用事は単純なメンテナンスじゃないわ」
しかしエリカはそんな行間を読むような真似はせず、素直に彼の言葉にだけ答えていく。
こういうやや融通の効かないところはやはり機械だからなんだろうか、とアスターはなんとなく思ったものの、この場はすべてエリカに任せようと静観し続けることにした。
「ほう? ついに改造でもしたくなったか? 改造は漢のロマンじゃけえのぉ! 反重力加速砲でもつけるか?」
「そんなもの私には要らないわ。第一、あなたのセンスはいちいち古臭いしダサいのよ。……とりあえずこれをみて頂戴」
ゲガルハの冗談らしき提案を軽くあしらいながら、エリカは持ってきた背負い袋の口を開き、彼に見えるようにした。
すると禿頭の整備士は笑い続けるのをやめ、職人らしい真剣さをその眼に宿しながら静かに覗き込んだ。
「うん? こいつぁ……よし分かった。奥の整備室に行こうじゃないか。話はそっちでしよう」
「ええ、その方が助かるわ」
招かれるままに整備場の入り口から奥に進んでいき、実際の作業で使っていると思われる整備室に三人は入っていく。
客とやり取りするための受付になっていた入り口の部屋は小奇麗に整理整頓されていたのに対し、今やって来た整備室は機材がそこら中に散らばっていて、アスターは少しだけ落ち着くような気持ちになっていた。
彼の家の作業室もまた、この部屋と同じようによく機材で散らかっていたからだ。
「そいで? こんな上物のネーヴァの素体なんてどこで手に入れたんだ? クレイシアの目を盗むなんてエリカちゃんでも不可能だろう」
アスターが懐かしさに浸っていると、ゲガルハは扉を厳重にロックしながらエリカに訊ね始めた。
「この子は妙なことに管理コードが埋め込まれていないのよ。だから絶対に彼らに見つけることは出来ないわ」
「ほぉ……そいつぁ随分珍しいモンを手に入れたのぉ」
そう言う彼の目は随分と興味深げで、早速その体を調べたいと言わんばかりに、作業用の手袋を着けながらリリィの亡骸に手を伸ばしている。
親交のない男にその身体を触らせるのはすごく嫌な気持ちがして、アスターは思わず声を上げそうになる。
「分かっていると思うけれど丁寧に扱いなさいよ。それに一応女性体よ」
そんなアスターの様子を察したのか、あるいは同じネーヴァとしてどうしても言いたくなったのか、彼が手を伸ばしきる前にエリカが釘を刺すように忠告した。
しかしゲガルハはそれを気にした様子は一切見せず、むしろ鼻で笑うように吐き捨てる。
「はん、言われるまでもねえのぉ。第一ワシら整備士にとっちゃあネーヴァに女性体も男性体も関係ないけえの。いちいちおっ勃ててたら仕事にならんし、神聖な作業台の上で女を抱くなんて神が生き返るよりも有りえんわ」
「そうだったわね。今のは忘れて頂戴」
つまらないことを聞かれたと言わんばかりに憤慨する男のその言葉を聞いた時、アスターは心の奥底から湧き出ていた嫌な気持ちが霧散していくのを感じた。
そして、この整備士になら少なくとも悪いようにはされないだろうと、同じく手袋を着ける人間として彼を信用することにした。
「わかればええんじゃ! さしずめそっちの坊主の大切な人だったんだろう? 目を見りゃあそれくらいはわかる。それにワシのこの滅茶苦茶イカしたスキンヘッドに惚れてることものぉ! ゲガハハハ!」
「えっ、あっ、はい……」
スキンヘッドを羨ましげに見た記憶は決してなかったが、彼の指摘の前半部分だけはしっかり当たっていたし、ここで否定するとなんだか怖そうだと直感したのでアスターは小声になりながら頷いた。
その反応を見て、イカしたスキンヘッドは一層楽しそうに笑っている。
「さて、それじゃ調べるとするかのぉ。少しバラすが戻せる範囲でしかやらんからいちいち文句は言わんどいてくれると助かるぞ」
ゲガルハはひとしきり笑い終えると、また真剣な眼差しに戻り作業に取り掛かり始めた。
エリカはどうやら作業風景にはあまり興味が無いようで、静かに壁際に移動するとそのまま瞑目し始めた。
一方アスターは、ネーヴァの整備士がどんな風に作業していくのか、似た仕事をしている者として興味がわき、邪魔にならない程度に離れて静かに観察することにした。
彼の手付きは、その大柄な体格とは裏腹に大変丁寧で繊細なものだった。
リリィの体を傷つけないよう慎重に分解し、精密作業用の手袋で部品一つ一つに埋め込まれた回路をなぞり、読み取り、時折ゴーグルを弄ってそのレンズ越しに何かを観察し。
迷いなく動き続ける熟練職人の手さばきに感銘を受けつつも、アスターはあることに気が付き始めた。
細かなところでは多少違いはあるものの、しかし大筋としてはアスターのよく知る、機巧の状態を調査する工程と大変似ているのではないかと。
そしてその気付きは、一つの推論に達する。
ミレスが機巧とほとんど同じものだったように、ネーヴァという存在もまた、根本的には同じ技術から生み出されたものなのではないかと。
もしも本当にそうだとしたら――。
やはりアスターの住んでいた国と、こちらの荒廃した世界は元々繋がっていたのかもしれない。
だとしたらどうしてこんなにも環境に差が生まれているのか。
どうしてアスターの国にはネーヴァという存在がいなかったのか――いや、リリィというネーヴァがいたから自分が知らないだけで本当はたくさんいたのかもしれない。
兎にも角にも、謎は依然として深まる一方だった。
物思いにふけりながらゲガルハの作業を眺めること数十分、深まる謎はさておき、これなら自分でもネーヴァの整備ができるかもしれないと思い始めた頃、ようやく調査が終わったようだった。
「とりあえず調べ終わったぞ。結論から言わせてもらえば、こいつはうちじゃ値がつけられん。エンシス並に高品質・高純度のオープ素材が全身に使われておる。これ一体精製し直せば今の世代のネーヴァを百体は軽く作れるだろうのぉ。造形も良いから、修繕して素体として売り出しても一財産築けるやもしれん。残念なのはコアの損害状況だな。再生は期待してはおらんかったろうが、まあ不可能だのぉ」
解析結果をタブレット型端末に表示しながら、ゲガルハが解説していく。
再生は絶対に無理と言ったところでアスターは淡い期待が潰えたことに悲しさを感じたが、そもそもリリィの身体はエリカに預けることになっているのだ。
たとえ再生可能であったとしても、今まで助け続けてきてくれた彼女を裏切ることは決して出来ないと、その点についてはこれ以上考えるべきではないと首を振った。
「そう、値段はつけられないのね。それは少し厄介だけれど……まあいいわ。売るつもりはないし、私の価値感覚で判断することにするわ」
「なんだ、売ってくれるわけじゃないのか。せっかくの上物で楽しみだったんだがのぉ……っと、冗談に決まっとろう! ゲガハハハ!!」
楽しみだった、と彼が言ったところでエリカが睨みつけてきたので、元々そのつもりだったのだろうが慌てて禿頭は笑いながら冗談だと誤魔化した。
同じタイミングでアスターも少しだけ不機嫌な様子を出したつもりだったが、そちらはあまりにも弱々しい気迫だったからきっと気づかれていないだろう。
「そいで、売るつもりがないならどうするつもりなんだ? 調べるだけってことはなかろう」
「ええ、あなたにはその子の身体を、私が取り込めるように調整してほしいのよ。もちろん、コアも含めて爪先から毛の一本一本まで全てね。できるわよね?」
「そりゃこの品質なら問題ないだろうがのぉ……コアも取り込むなんて状態が完全だとしてもネーヴァにゃできんだろう? なにしろ……」
ゲガルハが言うには、ネーヴァは一人につき、コアと呼ばれる心臓部分となるパーツは原則一つしか持つことができないらしい。
複数埋め込んだとしても、互いに干渉しあって正常な機能を発揮できなくなり、まともに動作しなくなるとか。
そもそも他のネーヴァの身体を取り込むというのは一体どういうことなのかともアスターは思ったが、彼女の言う有効活用というのはつまりエリカの身体の一部としてリリィの身体を貰い受けることという意味だったということだけは理解できた。
「大丈夫よ。エンシスコアには他のコアを補助モジュールとして制御するための仕組みが備わっているから。破損したままじゃ確かに難しいけれど、回路をつなぎ直すくらいは出来るでしょう?」
「そういやぁそんな機能もあったのぉ。しかしハード面の補修をしたとしても、ソフト面の調整まではワシでもできんぞ?」
「内部調整は取り込んでから私が時間をかけてやるから問題ないわ。その条件ならどれくらい時間がかかるかしら」
きっとエリカは物凄い無茶をいっているのだろう。
豪快に笑い続けていたゲガルハも、このときばかりは若干苦笑気味だった。
「……確認まで含めれば三日かのぉ」
「そう。じゃあ一晩で頼むわ」
しかし、さらに無茶を畳み掛けるのもまたエリカである。
「ゲガハハハ! 相変わらず無理をいう嬢ちゃんだ。料金はたっぷり頂くからのぉ!」
ここまでくれば、苦笑も一周回りきってまた大笑いに変わってしまうものらしい。
無茶を言われたのならそれをやり切ってみせるのもまた職人の努めだと言わんばかりに、たっぷりの報酬を要求しながらゲガルハは頭頂部を一層光らせていた。
「言い値で払うわ。じゃ、準備よろしくね。私達は少し買い物とかしてくるから。日暮れまでには戻ってくるわ」
そう言ってリリィの身体をゲガルハに預けると、エリカはアスターを促し、整備場を出ていった。
アスターは置いていかれないよう、彼女の斜め後ろに駆け寄っていく。
次はあなたの宿の確保と、旅に必要なものの調達ね、とこれからの行動の方針を語る生真面目な少女の横顔を眺めながら、少年は声をかけるべきか考える。
しかし言葉はうまく形にならず、ただ心の中で小さく、ありがとうとつぶやくだけに留まってしまった。